S1-3
前回のあらすじ:葉月視点
私と早希は神崎さんと仲良くなり、早希は神崎さんのお兄さん、修介さんと運命的な出会いをした。
こうして、偶然の出会いを果たした沙耶さんも交えて他愛もない話を楽しむ。
話題は沙耶さんの事で、彼女は正真正銘本物のお嬢様だった。しかも意中の相手が居るらしく、相手に気づいてすらもらえていないという話に葉月と盛り上がっていく。
その様子は元から仲が良かったと思えるほどだけれど、それは葉月の明るさや話題のふりがうまい事もあった。
……そういえば、ひとりじゃなくなったのも葉月のおかげだっけ。カードの噂も嘘じゃないかも。
そんな恋の話を楽しんでいるうちに気づけばパーティーも終盤となり、私も気持ちがすっかり落ち着きふと思う。
……彼に悪い事をしちゃったかなぁ。
冷静になってみれば彼からはただダンスに誘われただけ。あまりにも差のある私と彼が踊ったところでロミオとジュリエットのように恋に落ちるとも思えない。
……私、何やっているんだろ。 ……ジュリエットと呼ぶのはどうかと思うけど。
あの時は、周囲の目が怖くてあれが最善だと思っていた。けれども周囲の目がなくなると、さすがにやりすぎだったかもと少しだけ後悔を感じた。だって……
もし、あのとき誘いに頷いて一緒に踊っていたら……物語のように恋に落ちていたのかなぁ。
選ばなかった先の事はわからない。けれど、今も誰からも誘われない事が私自身に非があると示しているような気がしたから。
だからこそ考えてしまう。
もしジュリエットのカードが私を見限って手放させたとしたら。そして、ジュリエットのカードをもった女子はその後沙耶さんのお兄さんと仲良くなって、恋をして、もしかしたら…………?
「……死ぬ?」
「はぁっ!?」
気づけば葉月が目を丸くしながら私を見ていた。
……しまった! つい口に出ていた! な、なんとか誤魔化さないと。
「結局、誰からも誘われなかったなぁ、て」
「私は!?」
「お兄様……」
訂正。少なくとも二人には誘われていたわ。
「死ぬ前にせめて私と踊りなさい!」
葉月が訳のわからない事を言いながら私を抱きしめ、私はされるがままになりながらもジュリエットのカードをもった彼女が無事なのか気になった。
ロミオとジュリエットのはじまりはパーティーで出会った事が始まりだったという。だとしたら、今のロミオとジュリエットは……?
もう恋に落ちてしまった頃だろうかと、ホール中央で行方を見ようとしたときだった。その彼がちょうど沙耶さんの隣に戻るところだったらしく、私と目が合った。
「あ……」
「……」ニコッ
私達三人で雑談している間、ずっと踊り続けていたのかもしれない。彼は凛としながらもその表情には先ほどと違ってはっきりと疲れが見え、笑顔をつくりながらも恨めしそうな目で器用に私に睨んでいるようにも見えた。しかも、彼の後ろには遠巻きに眺める満足げにうっとりとした女子達の視線のおまけ付き。
その様子からして想像していた恋に落ちた姿とは程遠いものだった。それどころかハーレムを築こうとしたチャラ男……というよりは餓えたオオカミから命からがら逃げてきた子羊のように見える。
……もしかして、あの人たち全員と踊ったとか? ……ま、まさかね。
「お兄様、少しお休みになりますか?」
「ありがとう。大丈夫だ」
「ずいぶんといろんなコと楽しんだようですね」
「ああ。おかげさまでね」
「あら、あちらにまだ」
「許してくれ」
そう言いながら余裕そうな笑顔に私に向けてくる。
嬉しそうな姿にはやり女のコなら誰でもいいのかと睨んでいると、彼の手にジュリエットのカードがある事に気づいた。不思議に思っていると彼はそのカードを私に差し出す。
「先ほどは失礼しました。早希さん、俺と踊っていただけませんか?」
……今、私の名前を呼んだ?
既に断られ、散々な目に合いながらも再び誘う彼。
冴えない私にそうまでして何度も誘う理由はわからなかった。ただ、その顔は先ほどと違って笑顔はなく、目が合ってもずっと見つめてくる姿が真剣に見えてなぜかドキリとしてしまった。
思わず頷きかけ、我に返って顔を逸らす。
「……す、少し休んだら?その様子じゃ疲れて踊る体力は残ってないでしょ」
やんわりと断わってみるも返事がない。ちらりと見れば、彼は目が合った瞬間にニコリとほほ笑む。
「君と踊れたらこんな疲れはすぐに吹き飛ぶ。一緒に踊ってほしい」
台無しである。
…………なんか軽いなぁ。そういえば葉月と似たようなやりとりをしたような。
ただ、そのせいか先ほどと違って不思議と嫌な気分はせず、それどころか引く気のない彼に私の心が揺らぐ。けれども先ほどよりだいぶまっしとはいえ周囲の視線の事もある。
ここで頷ける勇気があれば、あの時にあんな断り方などしていない。
「で、でも、私はパートナーの葉月とまだ踊ってないから。ね?葉月」
「やっと私の想いに応えてくれる気なったんだね! でも沙耶さんのお兄さんなら先に貸してもいいよ。あ、有料ね」
「親友なのにまるでモノ扱い!」
「ん?それとも私の後に沙耶さんのお兄さんと踊る方がよかった?」
「彼と踊る事は決定なの!?」
当然でしょと言いたげな顔をする葉月。うん、そう言ってたものね。
ならばと沙耶さんを見ると彼女はニコリと天使のようにほほ笑んでいた。沙耶さんならきっと……
「すみません。私も早希さんがお兄様と踊っていただけると嬉しいです。それに……ね?」
ね、という沙耶さんの仕草に葉月は上機嫌に頷き、二人は私の心を見透かすような笑みで見ていた。もしかしたらあの時の呟きでいろいろと余計な気を使わせているのかもしれない。余計な気なのに……
いつの間にか二人から左右を挟まれ諦めろとひどく優しい笑顔で無言の圧力をかけてくる。
そんな二人から逃げるように前に再び見れば、彼もどうすると困惑した表情で目を向けていた。
いや、そこは最後の一押しするところでしょうに。そうしたら、……そうしたらそれを理由に逃げの口実が作れたのに……。
彼からはその余計な言葉はなく、ただ愚直に行動で示されて断れるほど私も器用ではなかった。
…………あぁ、覚悟を決めるか。
他に手段がなかった。どうしようもなかった。ココで断ればそれこそ周囲は何様と思われてしまう。そんな自分への言い訳が揃ってしまっていた。
思わずため息をつく。
「……私でよければ」
二人の後押しに逃げ道を失った私は彼に手を差し出した。
私は彼からカードを受け取ると、エスコートされてホール中央に着いた。
なぜか少し距離を置いて葉月と沙耶さんがおり、二人が楽しそうにしながらこちらを見ている。周囲には、葉月と沙耶さんを羨む男子達の視線。一方、私は女子達の嫉妬の視線ばかり。……なぜ、私だけ恐ろしい視線を向けられなくてはいけないのか。てか、みんな彼と踊った後だよね!
そんな理不尽を嘆いていると、ほどなくして曲が流れはじめた。私は緊張しながらも彼と手を取りあい身体を寄せる。
「早希さん、もう少し近づいて」
「え?あ、はい。……あ」
うっかり見上げれば余裕の笑みを見せる彼の顔がすぐそこにあった。対して、これまで男性とほとんど話す機会もなかった私は戸惑いに胸が高鳴る。それがまた悔しくて、腹立たしくて、恥ずかしくて。私は必死に平静を保とうと顔をすぐさま逸らし、音楽に集中しながら彼の動きに合わせる。
彼のリードはとても上手で、テンポの良い淡々とした音楽に自然と彼の動きに合わせて足がワルツのステップをふんでいく。心配していた葉月の言うような相手の足を踏む事もなく、ただステップにあわせて身体を動かしているだけだというのに高揚感に似た胸の高鳴りに戸惑いすら感じるほどだった。
「楽しめているかい?」
「えぇ、おかげさまで」
私の踊りが下手な事はきっと彼にバレバレなのだろう。
非の打ちどころがない彼のリードに対して悔しさで睨むと目が合う。
「やっとこっちを向いてくれた。実はね、君を一目見たときから一緒に踊りたかったんだ」
「そ、それは……よかったね。で、その言葉は何人目なの?」
「君だけだよ」
不覚にも私の胸が大きく高鳴った気がした。
ただ、それは他の女子にも言っているかもしれない言葉。天使みたいな神崎さんの兄だからといって、その兄も天使な紳士とは限らない。そう心に言い聞かせ、必死に平静を装う。
「そ、そう……。そういえば、とてもかわいらしい妹さんね」
「ああ。沙耶は自慢の妹だ。でも、一番かわいいのは君だ」
もはや褒め殺しと思う程にロマンチックのか欠片もない軽い言葉。それなのに、初めて男性から言われた「かわいい」の一言に胸の高鳴ってしまう。それがまた悔しくて仕方ない。
……これは、断った時の仕返しをされてる!?
動揺する私をからかって何が楽しいのかはわからない。ただ、言葉のたびに満足そうな笑みを見せる彼がいて、悔しい事に彼の褒め言葉に動揺して胸が高鳴る私がいた。そして、その胸の高鳴りも彼にバレているかもしれない。
その事が許せなくて悔しくて、意地悪に付き合っていられないと顔をそらす。
「早希さんは奥手なんだね。それとも目を合わせれない程に俺の事が気になるかい?」
「なっ!?だ、だれが!私はただ」
からかうあなたに付き合っていられないだけ!
そう言って睨もうとした瞬間だった。彼の顔が迫り、驚いて目を瞑ると耳元からはっきりと囁きが聞こえた。
「俺は君の事が好きだ」
……え?
あまりに突然の告白だった。時が止まったと思えるほどの驚きの後、動き出す時と共に私の胸が大きく高鳴ったのがわかった。
何の冗談だと彼の顔を見るが、こんな時に限ってその表情は笑っていない。信じられないと驚く私に彼は言葉を続ける。
「本気だ」
「そ、そんな。だって私は……」
あなたが嫌い。
そう言ってしまえば終わる話なのに、なぜか息苦しくなってその言葉がでない。その事にさらに動揺して踊っている最中に思わず手が離れた瞬間だった。不意に視界がぐるりと動いて天井を映す。
何が起こったの? なんて考える余裕もなかった。躓いて転んだと気づいた頃には身体が衝撃と共に倒れていた。視界は真っ白な照明の色でひどく眩しく、後には飛び交う悲鳴と嘲笑うような騒めきが聞こえる。
「……!……!」
うるさい騒めきの中で、眩しい照明を遮り余裕のない表情で私を抱き起こして呼ぶ彼の声。
心配してくれているというのにどうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。目の前に望んでいたはずの彼の慌てる姿があったというのに気分も晴れない。
あぁ、それもこれも好きなんて言うから……。初めて受けた告白だったのになぁ。
ほんと嫌い。嫌い。嫌い…………こんな私が。
こみ上げる感情は抑えようとするほど涙が溢れて息が苦しい。ぼんやりとする意識の中、近寄る足音に気づいて顔を横にする。見えた先には私よりも泣きそうな顔をしながら駆け寄る葉月の姿。苦しくて、悲しくてわけがわからなくて。
「……ごめんね」
ここで私は頭が真っ白になった。
9/5 誤字等を修正