S1-2
前回までのあらすじ:葉月の視点
中学の卒業前パーティーに私と参加した一人娘で親友の如月早希。
そんな早希の前に現れたのは学校でも評判の神崎さんと彼女のパートナーだった。
……捜した? 私がジュリエット? 何言ってるのこの人。
「いえ、私は如月早希です。そして隣は葉月詩織です。人違いじゃないですか?」
「早希、そういう意味じゃない」
葉月の指さす先を見て、手元のカードの名前を言っていた事に気づいた。
考えるまでもなく私はジュリエットと呼ばれる美女でも欧州風な見た目でもない。的外れな返事をし、恥ずかしさのあまり顔に血がのぼるのを感じた。
ただ、そのまま逃げだすわけにもいかない。私は必死に平静を装い目を細めて尋ねる。
「……なぜ、私がジュリエットのカードを持っていると思うのですか?」
「俺はただ直感を信じただけだ。まぁ、君の友人の反応でそれも確信に変わったが」
「ぐっ……! で、でも。それって話しかけるまで知らなかったという事ですよね! 偶然ですよね!」
「ああ、そうだ。でも、君はジュリエットのカードを持っていたとしたら。とても運命的な偶然だね」
「なっ!?」
恥ずかしがる素振りもなく、彼は爽やかにニコリとほほ笑む。その自信に満ちた姿は背景にスイセンの花がキラキラと出ていそうなほどに様になっていて見惚れてしまいそうだった。
……周囲にいる女子達の殺気を除けばだけれど。
ただ、それはそれ。彼の隣には神崎さんという可憐なパートナーがいる。私に対してジュリエットと呼んで誘うなんて神崎さんに対して失礼だ。
私は苛立ちを感じながら彼を睨む。すると大人しく話を聞いていた神崎さんが一歩前に出た。
「お兄様。いきなり見ず知らずの人に誘われたら誰だって警戒してしまいますよ」
「……え?お兄様?」
お兄様と呼ぶ人なんてはじめて見た……じゃなくて、神崎さんのお兄さんなの!?
驚きに呆然としながら神崎さんと彼を交互に見ると、二人の雰囲気がどことなく似ているような気がした。そんな彼は、そうだったなと神崎さんに言うと私に頭を軽く下げる。
「これは失礼した。俺は神崎修介。沙耶の兄で、今日はかわいい妹をエスコートするために参加したんだ」
かわいい妹! は、事実か。ちらりと神崎さんを見ると両手を頬に当てて嬉しそうに頬を赤らめている。
……うん、とりあえず言っている事が本当で、二人がブラコンとシスコンなのもわかった。
私は心の中でため息をつく。
そんな事は気づいていないらしい彼は私と目が合いニコリとほほ笑んだ。
「改めてお願いする。俺と一緒に踊っていただけませんか?」
二度目の誘いだった。しかも、わざわざご丁寧に仕切りなおしてくれたらしい。
たしかに先ほどと違って自己紹介を終え、彼が神崎さんのお兄さんとわかった。神崎さんも承知しているらしい。しかも、顔やスタイルだって文句のつけどころがない。
だから私はそんな彼にニコリと微笑み返して丁寧にハッキリと答える。
「お断りします!」
「……え?」
「……ん?」
「……え!?」
私以外の三人が驚きの声をあげる。特に動揺していたのはなぜか葉月で、どうしてと私の肩を揺さぶり耳元で問いかける。
「見た目よし、家柄良し、しかも神崎さんのお兄さん。早希にはもったいないほどの相手なのになんで誘いを断るのよ!」
クレッシェンドのように葉月の声はだんだん大きくなり、後半に至っては耳を遠ざけたくなるほどだった。特に最後の言葉には共感したらしい周囲の女子達の頷く姿も見える。
……あなた達ちょっと……いや、だいぶ失礼だぞ! そして、目の前のあなたも頷くな!自画自賛になってる!
……と、私は叫びながら怒ったりはしない。なぜなら悲しいかな。もったいないほどという事を私自身がもっともよく自覚しているから。
そして、周囲の私を蔑む視線を理解しながら堂々と踊れるほどにシンデレラを演じられる覚悟も自信もない。踊った後の事を考えると尚更に。
私はコホンと咳払いをして彼を睨む。
「決まっているじゃない。彼が誘ったのはジュリエットなの。つまりはこういう事」
私は手に持っていたカードを適当に上に向かって投げ捨てる。
あぁ、さようならジュリエット……。
ひらひらと……とはいかずに不格好に舞ったカードは名前も知らない女子生徒の足元に落ちた。その女子生徒はカードを拾って大事そうに持ち、戸惑った様子で私を見るのはもしかしたらと察しての期待と不安からなのかもしれない。私はそれに応えるように言葉を続ける。
「あのカードはたしかにジュリエットよ。でも、今は彼女の手元にある。そんなにジュリエットと踊りたいのであれば、彼女を誘えばいいじゃない」
彼はジュリエットのカードを持っていたから私を誘った。それはつまり、彼はジュリエットのカードを持っていたら誰でもよかったという事。どうやって知ったのかは知らない。けれど、そうでなければ私に『捜したよ。君がジュリエットだね』なんてセリフが最初に出るはずがない。
……とは思いたくはないけど。
例え、これがカードがもたらした運命的な偶然であってもジュリエットのカードを持っていたら誰でもいいロミオとは踊りたくないのは本当だった。そして、この行動で彼の気持ちもわかる。
だから私なりに軽蔑の目で彼を見下ろ……身長的には見上げて精一杯に睨む。それなのに、彼はそんな私を見ながらニコリとほほ笑んだ。
「やっぱり君だったんだね」
……私の話を聞いてた? それとも睨んでると気づいてない? それとも本当に……?
けれども彼は丁寧にお辞儀をするとあっさりとジュリエットのカードを手に取った彼女へむかい、顔を赤らめうっとりとした彼女と誘ってホール中央へ歩いて行ってしまった。
周囲の女子たちも一幕が終わったと彼の向かったホール中央へと散り始め、後に残ったのは葉月と神崎さん、私だけ。が、彼が去った後も私は身体が震わせるほどに怒り心頭だった。
……な、何あの態度! やっぱりカードの相手なら誰でもよかったんじゃない! そもそもなんであんな余裕な態度で去っていくのよ! やっぱりと言いながら断られてんだから少しはショックを受けたり動揺したりしなさいよ!
心の中で叫びながら自業自得なこの状況に地団駄を踏んでいると、申し訳なさそうにする神崎さんと目があった。
「如月さん、お兄様が失礼な言って申し訳ありませんでした」
頭を下げようとする沙耶さんを見て我に返り、私は慌てて止める。
「いえ、神崎さんは悪くないから」
「でも……」
あぁ、忌々しい彼と違って神崎さんはなんて優しいの。天使なの。
申し訳なさそうにする神崎さんを宥めていると、私の肩に手をおき優しく微笑む葉月。あぁ、やっぱり持つべきは親友……にしては様子がおかしい?
「早希!今すぐ土下座してでも神崎さんにもう一度を紹介してもらいなさい!」
「葉月は何をいっているの!?」
誰の味方だ! と睨めば葉月は何を当たり前な事をと言いたげに神崎さんに寄り添い私を見ていた。
うん、明らかに私の味方じゃないのはわかった。……て、おい!
「親友なのに裏切った!」
「いや、私は最初から神崎さん兄妹の味方しかしていないんだけど」
「……そうだった!」
思い返してみればたしかに葉月は最初から私に誘いを受けるようにずっと勧めていた。て、それはそれで親友としてどうなのか。
「それでも親友か!」
「親友だからでしょ!」
そんな言い合いしていると、不意に神崎さんがクスリとほほ笑み私と葉月は我に返る。
「お二人はとても特別な関係なんですね」
その一言に私と葉月は顔を見合わせ苦笑いする。
「この関係がわかるとは、神崎さんとは心からわかりあえる気がする」
「そうだね。私達も神崎さんと友達になりたいな」
葉月の妙な言いまわしに翻訳をいれつつ沙耶さんを見ると、彼女はニコリとほほ笑んだ。
「はい、よろしくお願いします。私の事は沙耶と呼んでくださると嬉しいです」
8/30 誤字修正
3/23 内容改変 ※




