S1-1
ロミオとジュリエット。
二人は舞踏会で出会い、恋におちたものの、両家は仇同士。許されるはずのない関係に二人は嘆きながらも懸命に乗り越えようと抗う物語。らしい。
「私がそのジュリエット……」
私、如月早希は手元のカードの名前にため息をつき、パーティー会場を見渡す。
目の前のホール中央では、カップルの男女が頬を赤らめ和やかな音楽に合わせて初々しく踊っている。その周囲には、女子グループが飲み物を片手にドレスを褒めあったりする姿が見え、男子も男子でバカみたいにふざけあっているようだった。
その何人かは大事そうにカードを持っている姿が見える。
この日は中学三年生の卒業前パーティー。生徒会と学校の主催で開かれており、参加の条件はパートナーを連れている事。
カードは参加時に選んだもので、伝統的に続けられてきたらしい。なんでも名前の書かれたカードを引いた人にはその人物に沿った出会いと物語が訪れるとか。ありきたりだけれどロマンチックで盛り上がりそうな話だとは思う。
ただ、それにしたってだ。
「これだと私、死ぬ事になるんじゃ……」
ロミオとジュリエットの結末はこう。他の男性と婚約させられそうになったジュリエットは、ロミオと一緒に逃げようと周囲の目を欺くために仮死の毒を飲む。しかし、その事を知らなかったロミオは仮死状態のジュリエットに寄り添い自ら致死の毒を飲み、目覚めたジュリエットも彼の姿を見てすべてを察し短剣で自ら命を絶ってしまう。戯曲を見た事がない私でも知っている有名な結末なのだ。いくら情熱的な恋愛ができても、終わりが悲劇では嬉しくない。
もっとも、ジュリエットと違って私は物語の展開を知っている。行動を変えれば簡単に死ぬ事は回避できる気がするけど……
「まぁ、起こるかもわからない事を考えても仕方ないよね。そもそも恋すらした事ないし」
再びため息をつき、夜の暗い窓から反射した自分の姿を眺める。
身に着けているドレスはシンプルで型も古い親戚のおさがり。顔は化粧もしておらず、髪もただおろしただけの長い黒髪。おまけに身長もひと回り低く、強調できる胸もない。
清楚で大人しい。そう言えば聞こえがいいかもしれないけど、はっきり言って地味だった。髪を結い上げたり、ウェーブさせ、流行りの明るいドレスを身にまとうキラキラした女子達と根本的に違う事は私でもはっきりとわかる。
三度目のため息をついたタイミングで音楽が鳴りやみ、先ほどまで楽しそうに踊っていたカップル達が入れ替わり始めた。私はといえば誰からも誘われることもなく、ただぼんやりと眺めているだけ。
「……私、なにしているんだろう」
自分でも呆れてしまうほどの散々な状況に再びため息をつこうとしたとき、不意に周囲から感嘆の声があがった。何事かと視線の集まる先を見れば、男性にリードされながら進む艶のある長い黒髪にお淑やかな女子の姿。学年でも可憐と評判の神崎さんだった。
私もあんな風だったら……
「早希、楽しんでる?」
我に返ると幼馴染で親友の葉月詩織が笑顔で私を見ていた。
サイドテールのよく似合う葉月はこのパーティーに一緒に参加した私のパートナー。それなのに今まで私が一人だったのは、葉月の引いた『幸せの青い鳥』のカードが理由。葉月が「幸せの青い鳥……人ですらなかった!」と嘆いたところ、それを聞いた男子や女子に誘われずっと踊るはめになっていたのだ。
……なぜ助けてくれなかったと言いたそうな不自然に爽やかな笑顔は触れないでおこう。
「楽しんでいるように見える?」
「うーん、見えない。早希の事だから誰かから誘われるのをずっと待っていたんでしょ?」
葉月の見透かした言葉に私はそのとおりと苦笑いで返す。
「夢見るのもいいけど待ってるだけじゃダメだよ。そうだ、ようやく戻れたし私と一緒に踊ろう。今の私は幸せの使いらしいから一緒に踊れば願いが叶うかもよ?」
「いや、幸せの青い鳥ってそういう存在じゃないから……」
「そうなんだ……て、じゃあ私は何で誘われてたの!?」
「そりゃ、気があるからでしょ」
どんなカードだろうと誰だって誘う相手は選ぶ。口実を見つけて勇気を奮う男子達の姿に気づいたから、私もわざわざ気を利かして葉月を助けなかったのだ。それなのに……
「そんな事あるわけないじゃない。絶対にカードのせいだって」
この反応である。お前は難聴系主人公か、と言いたくなる鈍感ぶりが尋ねるまでもなく全員玉砕した事を物語っていた。
まぁ、その鈍感でカードが理由でも快く誘いを受ける優しさが彼女の魅力なのかもしれない。ついでにいえば、そのせいで話に聞き耳を立てていた男子達が落胆のため息をし、恨めしそうな視線を私に向けてくるんだけど。睨まれても知らんがな。
「そんな事より一緒に踊ろう!」
「そんな事って……。私は遠慮しておく。それよりも少し休んだら?疲れているでしょ」
「うんうん、私を心配してくれるんだね。ますます好きになっちゃいそう。一緒に踊ろう?」
「私の話を聞いてる!?」
葉月がうんうんと頷きながら頭を撫でようとする手を払いのける。
「もう!頭を撫でようとしないでよ!」
なぜか昔から葉月は事あるごとに私の頭を撫でたり、抱き着きたがる。
毎度怒って顔を逸らすと謝ってくるのだけれど……なぜか今回は返事がない。葉月をちらりと見れば、ニマニマして隙を狙う手が今にも私の背後から抱き着きそうだった。
うん、これは私の話を聞いてない! パーティー序盤から抱きしめた挙句に髪をくしゃくしゃされたら堪らない。抱きつこうと動いた葉月をひらりとかわして話を戻す。
「だいたい、相手をぶんぶん振り回して足を踏みつけあうダンスなんて私には何が楽しいかわからないし」
「それ、私の知っているダンスと違う、事もないかも?」
「ホントにダンスを踊ってたんだよね!?」
驚いて葉月を見ても、彼女は何を驚いているのと不思議そうに私を見ていた。
「素人のダンスなんてそんなものでしょ。周りからの見た目なんて二の次。猫を被った笑顔で手をとりあって、あとは適当に音楽に合わせて足をそれっぽく動かしていればいいの。そして踏まれたら踏み返す。これがダンスの基本でしょ?」
「マジメにダンスをしている人たちに謝れ! ダンスはもっとこう……優雅に踊ってこそでしょ。ほら、目の前の二人みたいに!」
たまたま目についた神崎さんを指す。パートナーと共に楽しそうに話しながらもステップに合わせた軽やかに踊る姿は、当たり前ながら振り回す事も足を踏みつけ合う事もない。語彙力のなさを悔やむほどに優雅だった。
「あぁ、神崎さんね。よく似合っているよね」
葉月が興味なさそうにしながらも頷いていたが、神崎さんの相手を見て首を傾げた。
「……それよりも、あんな男子が学校に居たっけ?」
「そういわれてみれば?」
神崎さんと踊る彼は大人びた雰囲気をしていて、一緒に踊っていてもお似合いと思えるほど。それなのに見た事も噂で聞いた事もなかった。ただ、私も同級生をすべて覚えているわけではないし、パートナーは学校外の人でもいいことになっている。
いいなぁ。私も神崎さんみたいになってあんな人と一緒に踊れたら……。と、神崎さんを羨ましく思いながら眺めていると不意にその彼と目が合った気がした。
「ねぇ。あの彼、早希を見てなかった?知り合い?」
「知らない。踊っていたらたまたま目が合う事もあるでしょ」
「でも、もしかしたらがあるかもよ。あ、それだと略奪愛になっちゃうね」
「それはないでしょ」
わからないよとからかう葉月に呆れながら言葉を返しているうちに気づけば音楽が終わり、二人は手を取りあい微笑みながら場外へと歩き出していた。
女子達が神崎さんのもとへと集まり何やら話しかけているのは謎の彼の事を尋ねているのかもしれない。そんな人だかりをぼんやりと眺めていると、神崎さんと謎の彼はそのまま前を通り過ぎ……る事はなく、二人は早希の前までやってくると立ち止まった。
……て、えっ?あれ?
私は後ろを見てみるものの、当たり前ながら後ろは壁と窓になっていて何もない。
「……あの、なんでしょうか?」
周囲の女子達の笑顔で睨む姿に怯えながらも、勇気振り絞って声をだして尋ねると名も知らない謎の彼がニコリとほほ笑み答えた。
「捜したよ。君がジュリエットだね。俺と一曲踊ってくれないか?」
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