ある転生侍女の日記(一部抜粋)②
「推定乙女ゲーム世界」シリーズ作を読んでいないと意味不明になっております。
◯聖暦九八三年年始月
年末の帰省で疲れていたせいか、神殿詣での際、王子接近に気づくのが遅れた。不覚。
お嬢様が王子と話されるのを少し離れて見守っていたら、転生者のご令嬢が通りかかり、いつもと違って覇気がないと心配された。
見合いの顛末を話し、男側から穏便に断らせる効果的な方法はないかと尋ねてみたら「身分違いのつらい恋をしている」とでもいって謝罪し、涙のひとつでも見せて同情を引けば、まっとうな男ならば配慮してくれるのではないかと提案してくれた。
「うちの兄でも使ってみる?」といわれたが、お断りしておいた。嘘で余計な恨みは買いたくない。ご令嬢の兄君は、気さくで身分問わず女性に優しいため、侍女仲間含む女性たちに大変人気があるのだ。
〇聖暦九八三年 春中月
お嬢様が手芸仲間と王都近郊にある離宮へお出かけになった。花園が見頃だから、ぜひ見に行ってらっしゃいと王妃様が送り込んだのだ。
そこへ王子がご学友を伴って、偶然――ではないはずだが――花見に現れ、交流会と化した。
王子をはじめご学友の若君達はこの年令にしては妙に礼儀正しかったので、それとなく、使い走り担当の近衛騎士に聞いてみたら「王妃様の教育の賜物です」と、無表情が標準の騎士がどこか遠い目をしながら答えた。
近衛騎士のなかから、さんざん女を食い散らかしていた家柄と顔だけの役立たずどももいつの間にか一掃されていたので、ついでに確認してみたら、王妃様によって粛清、ではなかった、配置換えされたとのこと。
しつけ直しの対象は王子だけではなかったらしい。そして王妃様の権勢はますます強くなっているようだ。気を付けよう。
〇聖暦九八三年春終月
お嬢様への誕生日の贈り物のなかにグロテスクな蛇の剥製が紛れ込んでいた。嫌がらせなのだが、お嬢様は気づかずに「珍しいご趣味の方がいらっしゃるのね」と面白がっておられた。
転生者のご令嬢に相談したところ、贈り主をつきとめて代わりにお礼をしておくと素敵な笑顔で応じてくれた。頼もしい限りだ。男性だったならば、間違いなくお嬢様の婿候補に推していたところだ。
〇聖暦九八三年夏始月
お嬢様が王子への誕生祝いの贈り物を手配する気配がないので、忘れているのかと安心していたら、王子とお出掛けになるという!
贈り物の代わりに離宮付近の散策に付きそって植物について教えてほしいと王子から頼まれたのだそうだ。
これはデートというものではあるまいか?! 油断した!
〇聖暦九八三年夏中月
とある令嬢の部屋に生きた蛇が入り込んで大騒ぎになったことをきっかけに、大規模な密輸事件が発覚し、その令嬢の親を含め幾人かの貴族が摘発された。
転生者のご令嬢は、剥製の蛇の生息地と嫌がらせをした令嬢の家名を兄君に進言しただけ、という。こうなる事態を見越していらっしゃったのではなかろうかと思うのだが、詳しく聞いてはいけないことなのだろう。
この騒ぎの余波を受けて、王子の誕生祝いの宴は中止になった。
宴は、中止になった。
なぜ、デートも中止にしないのか!
お嬢様はなかなか楽しまれたようだ……。
〇聖暦九八三年秋始月
王立学院の女子生徒受け入れが無期限延期と決まり、お嬢様が落ち込まれていた。
転生者のご令嬢が「お兄様が出世した暁には必ずや女子生徒受け入れは成し遂げられる」といって慰めておられた。
なぜなら筋金入りの女好きだから、という。
王立学院に在籍していた間は周りに男しかいない暗黒時代だったと嘆き、自分の息子にはこんな不幸な青少年期を過ごさせたくないなどといってたそうだ。
お嬢様が笑って元気になられたので、よしとしよう。
それにしても、反対した重臣のジジイどもの毛根は呪われるといいと思う。侍女仲間を通じて整髪剤の中に脱毛剤を混入できないものか。
〇聖暦九八三年秋中月
よく効く脱毛剤を知らないかと転生者のご令嬢に尋ねたら、物的証拠を残してはいけないと諭された。なぜバレた。
〇聖暦九八三年秋終月
ふと思い出して、お嬢様にかつて騎竜術を習おうと思われたのは何故だったかのか尋ねてみた。
お嬢様は恥ずかしそうに、騎士になって大切な人たちを守ることができたらと思ったのだと教えてくれた。
一因はわたしにもあったと思われるので、申し訳ない。どう考えてもお嬢様には不向きだ。
〇聖暦九八三年冬始月
お嬢様の姉君の御婚約がととのった。
姉君は十八歳。やや遅めだが、王子の婚約者が決まらぬため一縷の望みをかけて娘の婚約を先延ばしにする貴族が多く、ゆっくりと相手を見定めることが出来たと奥様がおっしゃっていた。
奥様から向けられる視線が大変痛かった。
母よ、奥様に愚痴の手紙を送るのはやめてください。
〇聖暦九八三年冬中月
恒例の冬祭り子ども宴に出席されるお嬢様を廊下で見送っていたら、いつもの近衛騎士に遭遇し、王宮への出入りを差し止められた訳ではなかったのかと真顔でいわれた。
失礼な!
このところ、連続で手芸教室に行かれるお嬢様のお供ができなかっただけだ。
狙いすましたかのように、手芸教室の日に出入りの商人が奥様への御用聞きにやって来たせいで。
仕返しに、次はもっと交渉を粘ってやろう。姉君の婚礼に向けて大口の注文が入るだろうと喜び勇んでやって来るはずだ。
〇聖暦九八四年年始月
お嬢様のお供で転生者のご令嬢のもとへ成人の祝いに赴いた所、田舎に引きこもると伝えられた。王都から竜車で半日ほどのところにある保養地だという。
お嬢様は驚いた様子だったが、遊びに行くと約束しておられた。保養地の温泉周辺で見られる植物に興味を惹かれたらしい。温泉・・・心くすぐられる。わたしも必ずやお供しよう!
◯聖暦九八四年春始月
転生者のご令嬢にこっそりと呼び出され、隠居の理由を説明された。
懸念していた「ライバル役」ではなかったので、ゆっくり過ごす、とのことだった。
なにより驚いたのは、ご令嬢の兄君が攻略対象、エリート文官、またの名を腹黒チャラ男だったことだという。
わたしも驚いた。薄れる一方の推定前世の記憶を探ってみれば、確かに、そんな外見だった。どうりで人気があるはず、そして女好きなはずだ。
早く気づいていれば無駄な努力はしなくて済んだのにとご令嬢はやさぐれていらした。
それから、王子の関心を向けられるお嬢様へ、ちまちまと嫌がらせをするご令嬢方の調書を渡してくださった。本人はもとより、身内の弱点までしっかり調べ上げられた、素晴らしいものだった。
しかし、自分やお嬢様に活用できるとは思えないというと、姉君や奥様にご協力を請えば大丈夫とおっしゃられた。お嬢様だけではなく姉君たちともそこそこ親しくしていらっしゃる様子。人脈おそるべし。
〇聖暦九八四年春終月
お嬢様もいよいよ十五歳となられた。
次の年始で成人かと思うと感慨深い。
お嬢様のお相手探しを強化せねばと思うのだが、奥様がまだ乗り気でないので、いまひとつうまくいかない。
淑女教育の仕上げが先だとおっしゃって、わたしも一緒に受けるよういわれた。なぜだ。自分でいうのもなんだが、今更手遅れだろう。
王子からは植物図鑑の最新版が贈られた。
〇聖暦九八四年夏中月
転生者であるご令嬢が、成人早々、田舎に住まいを移されたことでさまざまな噂が流れている。
王家の要請で保養施設をつくる下見を行なっているのだとか、大貴族のご隠居に気に入られて花嫁教育を受けているのだとか。
不義の子を宿して押し込められたのだとか、年の離れた大貴族の愛人になったとか。
悪意のこもった噂を流す連中にお嬢様が憤慨しておられた。
そして、今年も王子に誘われて離宮デートに行ってしまわれた。無責任な噂を流す人々をなんとかできないのか相談したいらしい。
お嬢様、お心ばえは素晴らしいのですが、王子に頼る必要はどこにもありません!
あのご令嬢なら独力で、もしくは兄君の手助けでなんとでも対処できるはずだ。
〇聖暦九八四年夏終月
二十二歳にもなるというのになぜか奥様の命令で受けさせられている淑女教育。
今日もダンスの先生に嘆かれた。
先生いわく、あまりに勢いが良すぎて相手の足を蹴り飛ばしそう、あるいは、投げ飛ばしそうだと。ダンスは格闘技ではないのだと。
奥様に向かって、おっとりなお嬢様と過不足補い合ってほしいともらしていた。
お嬢様が一緒で嬉しいと喜んでくださるのが、唯一の救いだ。
〇聖暦九八四年秋始月
半年ぶりに転生者のご令嬢が王都に顔を出された。
お嬢様に挨拶にいらして、しばらくは王都のお屋敷に滞在されることを告げた。調べたいことがあるという。
お嬢様は仲の良いお友達を招いてお茶会をしましょうねと喜んでおられた。
途中でなぜか奥様がご令嬢に相談があると引っ張っていかれた。
お嬢様の縁談についてなら教えてほしいとお見送りの際にこっそり聞いてみたが、お嬢様のことではないと何故かかわいそうなものを見る目でいわれた。何だろう。
〇聖暦九八四年秋中月
ダンスの先生がご夫君の仕事の都合でしばらく王都を離れることになったという。
その間、お嬢様が忘れてしまわぬようダンスを教えて差し上げるようにいわれ、お嬢様に優美さ皆無のダンスを教えるわけにはいかないので特訓を受けた。死ぬ気で体に覚えさせた。なせばなる!
結果、わたしのこれまでの苦労は一体なんだったのかと先生に嘆かれた。
必要性のないものには力を注げないのだから仕方ないと思う。
〇聖暦九八四年秋終月
お嬢様の姉君の御婚礼が行われた。
予算目一杯に手を尽くして仕立て上げられた婚礼衣装に身を包まれた姉君は大変お美しかった。
いつかお嬢様もと思うと涙が出そうになった。より一層気合を入れて婿探しに励まねば!
〇聖暦九八四年冬始月
転生者のご令嬢の悪い噂をふりまいていたと思しき方々が、身内の悪行が日の目にさらされたり、真実まじりの悪い噂を流されたりして、社会的な地位を落とされた。
保養地に招待されたので、そっとご令嬢に確かめてみたところ、自分ではなく兄達の仕業だと答えた。妹への侮辱に対する報復と見せかけて不正を働いている貴族たちを摘発する準備を整えているとのこと。油断しているからちょうどいいとかなんとか。
聞かなかったことにしたい。
温泉は大変気持ちよかった。
〇聖暦九八四年冬終月
旦那様から実家に帰らなくてよかったのかと確認された。
見合いさせようと待ち構えているので、絶対帰りませんと答えたら、親心もわかってやれと諭された。
旦那様のお手つきになったとでもいえば、諦めてくれますかねと冗談で言ってみたら、それだけは勘弁してくれと涙目で訴えられた。
たとえ嘘でも奥様を敵に回すような真似は決してしませんと誓ったら安心しておられた。
〇聖暦九八五年年始月
お嬢様が、成人なさった。
聖乙女候補には選ばれなかったが、気になさる様子はなく、選ばれたお友達を心から祝っておられた。お嬢様の清らかさには、いつも心洗われる。
嫌味をいおうと待ち構えていたご令嬢方は、転生者のご令嬢によって鮮やかに追い散らされていた。頼もしいことこの上ない。
ついでに王子も追っ払ってくれればよいのに。以前、そうお願いしたら、我が家を没落させるつもりはないときっぱり断られたが。
〇聖暦九八五年春始月
転生者のご令嬢から、同じ転生者である二人の人物を紹介された。乙女ゲームの「主人公」の立ち位置にある聖乙女候補と、攻略対象である聖騎士の幼馴染だという女性だ。
主人公はさすがの美貌で、もう一人の女性も凛々しくかっこよかった。
どちらも、ご令嬢から聞いていたとおりの気さくな方々だった。
王子ルートはありえないから、安心してほしいと主人公からいわれたが、まだ油断できない。
ゲームの強制力とやらで王子が一目惚れするかもしれないではないかと主張したら、それこそ、強制力とやらがあればお嬢様と王子は婚約してただろうし、俺様王子は俺様王子のままで、聖騎士も優男だったはずだと三人から言い返された。
そういえば、攻略対象の聖騎士を見たことがないので、神殿に行った際にチェックしてみると言ったら、その幼馴染に速攻で謝られた。
見てもわからないと思う、と。そんなになのか。
〇聖暦九八五年春中月
そんなにだった。
休みの日に神殿へ出向いたが、主人公に教えてもらうまで、どの聖騎士が攻略対象なのかわからなかった。
ぼんやりした記憶でも、設定とかなり違うことだけはわかった。こんなにがっしりしていたら、優男とはいえない。
ついでにいえば、聖乙女候補、いや、貴族の子女というものは、いくら相手が聖騎士とはいえ護身術なんてものを話題に盛り上がったりはしないのでは。そもそも、もはや護身術なんてレベルを超えていると思う。だれを倒すつもりか。
聖騎士との親交の深め方が、ゲームの設定とはだいぶ違っているのだということは実感できた。
◯聖暦九八五年春終月
お嬢様が、お嬢様が!
王子と話しながら頬を染めていらした……。
手には花束。お嬢様好みの、珍しい草花を添えてセンスよくまとめられた花束は上品ながらかわいらしく、お嬢様にはよくお似合いだった。王子からの誕生日の贈り物なのは気に入らないが!
お嬢様はこれまで、王子からやんわり口説かれても、どこ吹く風でスルーしていたのに。というか、気づいていなかったのに。
いったい、どうすれば!
動揺のあまりお嬢様になにも聞けなかった。
◯聖暦九八五年春終月
思い切って、お嬢様に王子と何を話していたのか聞いてみた。
昔の取っ組み合いのことを話題にされて、恥ずかしくなっただけだったという。
よかった。本当によかった!
〇聖暦九八五年夏中月
暑いときの温泉もなかなかいいという転生者のご令嬢の招待でお嬢様とともに保養地に遊びに行った。
これで、王子の誕生日には王都から離れていられると思っていたのに、王子が保養地の視察に訪れた。
どういうことかと、ご令嬢を問い詰めたら、ご近所の老婦人たちの要望に応えるため、お嬢様をえさに王子を呼び寄せたとあっさり答えた。
王子の登場に、若い娘たちのようにきゃっきゃっと喜ばれる老婦人たちの姿を見ていたら、まあ、いいか、という気持ちになった。皆さま、わたしには足りない乙女心を持っていらっしゃるようだ。
〇聖暦九八五年夏終月
園遊会の席で、お嬢様が若い男性と楽しそうにお話していらっしゃった!
身元を突き止めようと近づいてみれば、転生者のご令嬢の兄君だった。チャラ男は、ない。
ご令嬢は、万が一にもお嬢様が兄君のことを好きになった場合は協力するとはおっしゃっていたが、あり得ないだろうと顔に書いてあった。
王子がちょっと悔しげだったのが、楽しかった。
〇聖暦九八五年秋始月
大漁だったからと聖騎士の幼馴染から、怪魚の干物をもらった。
味はよかったが、あごが鍛えられそうなかたさだった。お嬢様も一口かじって驚かれていた。
一人では消費できないだろうとお屋敷の護衛兵におすそ分けしたら大変喜ばれた。贈り主は女性だと伝えたらさらに喜ばれた。怪魚を獲ったのもその女性だと伝えたら、まさかと信じてもらえなかった。
〇聖暦九八五年秋終月
保養地にて。お嬢様が転生者のご令嬢と一緒に聖騎士の幼馴染から護身術の手ほどきを受けていらした。
二人とも武術の才能はないとのことで、ひたすら身をかわして逃げる方法のみを教わっていた。
夜会の席では、不埒な真似を働く輩もいるので、しっかり身につけていただきたいものだ。
〇聖暦九八五年冬中月
冬祭り。今年からは子ども向けではない、正式な王宮での宴にお嬢様が出席された。
淑女教育の成果を遺憾なく発揮され・・・王子とも踊られたそうだ・・・。
今年、成人した一定の家格以上の令嬢全員と一年かけて踊ったなかのひとりに今は過ぎないからと転生者のご令嬢から説明を受けたが。
「今は」ってなんですか、「今は」って!