埃の夢歩録
猫の鼾で眼を醒ます
汗ばむ衣服を引き剥がし
緩い蒲団から身を起こす
そぅと戸を開け
ふっと見る
冷たい廊下で蝶は凍える
燦々と灯の漏れる脱衣場
どろどろの湿気に身を震わせて
全ては脱がず戸を圧した
ずるりずるり躰を滑らせ
ずろりずろり体を折らせ
もう眼は潤み果て
どぷんと
湯槽に沈む
重く重く
どぐんと
息を吐く
苦しくあれ 苦しくあれ
はしたなく咳き込み頭を出した
目が視えぬは水か汗か
はられた湯はとぐろを巻く
濡れた空気はとぐろを巻く
熱く冷たく緩く成り
雲を棚引かせ
頬を垂れるは何なるか
涙で出来た湯に入れば
如何な心がするであろう
急に悲しくなり
急に憐れになり
湯を減らして槽を立つ
ぐらりぐらり
やっと出れば
倒れた拭布が濡れていく
すこしだけ泣きながら
仄暗い廊下を引き摺って往く
灯の落ちたキッチンは寂しく笑う
白く重い旧型の
冷蔵庫をくぱと開く
煌々とした橙色に腹が空く
唐柿の果汁を詰めたパック
口を開いたままにしていた
すこし黄ばんだ匂いがした
紙に口を着け
赤い液が喉に浸る
滴り落ちては潤って
けほけほ
湿った咳を吐く
情けなく
衣服や床を果汁で汚した
朝見たなら叫ぶだろう
死体の眩んだ殺人だと叫ぶだろう
そんな阿呆な烏は締めて終え
あんな阿呆な鳥は諦めて終え
貧相な悲鳴を聞かせて
一番遠くの目覚まし時計が鳴いた
はよう起きろ すぐ起きろ
五月蝿く鳴いた
ああ
もう帰らなきゃ
窓を開けて回ったんだ
魚の泳いた蒲団に入る
凍ってきたシーツに嫌な顔をして
それでも夢を見たくて
一斉に目覚ましは鳴く
鳴く 鳴く 鳴く
風見鶏は今日も無口
ネエ お休み
ほら お休みなさい
ごめんなさい お休みなさいませ
また一人眠る
夢で遊んだ疾と踊る
昼御飯が温まる迄
踊らなければいけない
ほんとはいけない
勿体ないのさ
フレンチトーストは甘すぎるけど
シリアルはふやけて嫌だけど
1人じゃあないなら食べてもいいよ