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ゲームに没入するという事

作者: 紫藤いおり

私の名前は橋場宏作(はしばこうさく)。サラリーマンだ。私は去年のゴールデンウイーク、とあるとても自然豊かな旅館に一人旅に行ったんだ。ずっとデスクに座り、モニターに向かっていた身としてはとても解放されたよ。徹夜の続いた日は精神ともに疲弊し、同僚と「画面をぶち破りたいな」なんて冗談を言い合ったものだ。(そんな下らない会話が後々自分を助けるのだが。)

ともかく、そのとき私は優雅に一人の時間を過ごしていた。

あの時までは。





旅館についたのは正午少し過ぎたあたり。すぐにチェックインをすませて、私は森林浴に出掛けた。

空気は澄み渡り、とても気分がよかった。欲を言えばもう少し暖かいほうが良かったが、時期的にも少し早すぎたのだろう。

森林浴から帰ると4時半頃。夕食のバイキングは5時からだったので、部屋に戻って携帯ゲームをした。(実は結構ゲームが好きで、ゴールデンウイークは旅行か家に込もってゲームの2択だったのだ。)

気付くと5時半。ゲームのキリが悪かったが、幸か不幸かミスをしてしまったのでそのままセーブもせずに電源をきった。

バイキングで好きなもの好きなだけ食べた私は、露天風呂に入り、明日の帰りの運転の為を思って早めの就寝とした。



真夜中に目が覚めた。今までそんなことはなかった。0時。早起きと言い張るにはあまりにも早すぎる。私はまた目を閉じた。


結局寝付けなかったので、少し館内を散策してみた。しばらくまわっていると、昔の物と思われる案内板を見つけた。なるほど配置はあまり変わっていないようだった。

少し見ていると随分外れのところにゲームコーナーがあったことがわかった。たしか途中に立入禁止と書いた看板があった場所があったが、それがそうだったのか。

立入禁止、と言われれば入りたくなる。仕方ない人間の性だ。少し申し訳ない気持ちはあるが、行ってみることにした。



私は方向感覚は悪くない。むしろ良いはずだったが、そこを見つけるまでに時間がかかってしまった。

道ではなく立入禁止という看板を探して歩いたのが悪かった。

結論から言えば看板があったはずの道に看板がなかったから気付くのに遅れたのだ。

不気味な感じがしたがそれがむしろ好奇心を掻き立てた。


その道は暗くさっきまでの道と同じ建物内とはとても思えぬほどで、私はスマホのライトをつけて先に進んだ。

しばらくあるくとそのゲームコーナーらしき場所についた。規模は旅館らしい規模で、どのゲームも時代を感じさせるものだった。そして私は妙なことに気がついた。

奥の方が明るいのだ。恐怖と好奇心の混じりあった感情を抱いて私は奥に進んでいった。


そこには電源のついた格ゲーがあった。



吸い込まれるように椅子に座り、財布から小銭を出し、投入する。タイトルが表示されたが画面が狂っていてとても読める字ではなかった。

キャラクターセレクトの画面になった。ここでも文字は相変わらず読めなかったが、取り敢えずいちばん始めに選択されているキャラクターがスタンダードなんだろうとそれを選んだ。

敵がランダムで選ばれる。

2本先取1ゲーム。そこだけは画面のアイコンでわかった。

さて、ゲームスタートだ。


格ゲーは初めてではなかったが、少しかじった程度だ。知ってるコマンドを適当に押したりして操作確認しつつやってみた。そして驚いた。

そのキャラクターはまったくスタンダードではなかった。ほぼ初心者の私でもわかった。攻撃は大振りで範囲が少し広く、コンボ数は少ない。足は遅いが体力が多いといったところか。

取り敢えず1勝。


しかし、2戦目は違った。明らかに動きが違う。成す術もなくダウンさせられた。

最終ラウンド。うまくガードし、隙を見て叩く慎重な戦い方をするも、一瞬の隙をついて放たれたコンボに2本目のダウンでゲームセット。ズタズタやられてしまった。

なるほど途中でこんなに難易度が上がられたのでは面白くもなんともない。通いつめられるゲームセンターならば話は別なのだろうが。

そう思って席をたとうとした瞬間、強烈な痛みが体を襲った。今まで味わったことのない痛みだ。しかも足が硬直し、まったく言うことを聞かない。

一瞬画面にノイズが走ったあと、一文字ずつ文字が表示された。



オマエノイノチ、アト2ツ。



ノコリモワタシガ、イタダクゾ!



脳みそを鷲掴みにされたような恐怖感。

一瞬で悟る。



勝たねば死ぬ。





画面がもとに戻りコンティニュー画面。右下からチャリンと音がして勝手にリトライ。コインを入れられた。

再びキャラクターセレクト。私は比較的普通な体格をしているように見えるキャラクターを選ぶ。さっきまでのキャラクターでは勝てない。

相手は先ほどと同じキャラクター。

命の第二ラウンド。ゲームスタート。



選んだキャラクターが悪かった。普通のゲームなら冗談めかして言うような台詞だが、いまは冗談ではすまない。

しかしそれをしてしまった。

第二ラウンドは全く手出しできずに完封されてしまった。今にしておもえば、恐らくたまにいる罠を張りつつ戦うタイプのキャラクターだったのだろう。そんなトリッキーなキャラクターは使ったこともないし、使えたとしても敵に心理戦で勝てたとも思えない。(そもそも得たいの知れない相手に心理戦は効いただろうか?)


焦った。今までにないほど。仕事でミスが発覚してもここまでは焦らなかった。

画面に表示される。


ツギデ、サイゴダ。


私は絶望した。しかし一度深呼吸した。

緊張したままではとても勝てない。ゲーマーとしての血が煮えたぎる。


状況整理。まずここまでの相手のキャラクターの特性を思い出す。

あれは動きが早くコンボを繋ぐことに特化したキャラクターだろう。その証拠に一度間合いが開いてて相手の攻撃がコンボにならなかったときダメージはほんの少しだった。また攻撃がまぐれ当たりした時相手の体力が大きめに減ったところを見るに体力はこのゲーム中でも屈指の低さだろう。ならば。


ならば。


最初に選んだキャラクターが最適。



再びキャラクターセレクト。

さっきのキャラクターを探す。

探した、が。


いない。


私はダメ元で聞いてみた。さっきのキャラクターはどうした?と。


画面にノイズが走り、文字が表示される。


アレハ、シンダ。



そうか。そういうことなんだな。これに負けたヤツは。



ならばどうする。やはりここはスタンダードなキャラクターが選びたい。どれだ。




「何のためにこんなことをしている。」

「ワレハタタカイヲノゾンデイル」

「ならば正々堂々勝負しようじゃないか。」

「フム。ナニガノゾミダ。」

「一番平凡なキャラクターを教えろ。」



「ヨロシイ。コレガソウダ。」



そのキャラクターは私そっくりだった。





これな自分探しの旅だったのならおもしろい展開だったのだろうが私は自分がいかに平凡かを心得ていたので、そのキャラクターを見たとき妙に納得した。なるほど、うってつけだ。と。


ゲーマーとして生きてきた時間を全て捻りだし、私は次のラウンドを迎えた。



「ヤルナ。ダガ、ツギデオワリダ。」

汗でベトベトの掌。こんなに真剣にゲームをしたのは初めてだ。

やはり相手のキャラクターはコンボ特化のキャラクターだった。距離を取りつつ相手の隙を見て手堅く攻めれば決着までそう時間はかからなかった。時折繰り出される距離を詰める突進技にひやひやしながら、私は勝利をもぎ取った。


再びキャラクターセレクト。私は私のそっくりさんを選ぶ。また少し心配していたそっくりさんがダメージを受けると私の身体も痛いというような事はなかった。似ているだけで私ではないのだろう。

相手のキャラクターセレクトは少し間が置かれた。ヤツなりに悩んだのだろう。

選んだのは私のそっくりさん。キャラクター性能でなく、ゲーマーとしての腕の勝負というわけだ。

そっくりさんの技は本当に平均的だった。平均的ステータスに平均的な距離と威力とコンボの繋ぎやすさ。中距離の牽制技など、格ゲーの基本キャラクターのお手本みたいなヤツだった。

しかし弱点もあった。ヤツはそれに気がついているだろうか?



気が付いていたなら、私の勝利は無かっただろう。キャラクターの操作においてはヤツの方が

断然上だ。しかし普段使は先ほどのキャラクターしか使わなのだろう。 キャラクターの特性の把握に時間がかかっていたようだ。

そっくりさんは唯一、上からの攻撃に弱い。いわゆる対空性能が抜群に悪いのだ。だから私は普通の攻撃に加えて、ジャンプ攻撃を織り混ぜて攻めた。流石に2戦目になるとその事に気が付いたようだか、ジャンプ攻撃からのコンボの繋ぎがうまく出来なかったようで攻撃が繋がることはなかった。

さて、ここからが真の勝負。ゲーマーとしての誇りをかけるところだ。



「コンナコト、コンナコトアッテハナラナイ!」



「コレデコロシテクレル。」



ゾッとした時には遅かった。相手は明らかにキャラクター一覧にいないキャラクターを選択した。いや、キャラクターですらなかった。

ノイズ柄の人のかたちをしたキャラクター。

明らかな不正行為を感じながら最終ラウンドが始まる。



最初のダウンは一瞬で決まった。私はスタートと同時に敵に突っ込み一番長く続くコンボを放とうとした、しかし。


当たらなかった。いや、当たったがダメージが入らなかった。

そこから相手攻撃を放った。私はガードした、しかしこちらは逆にガードしたのに当たった。しかも一撃でダウン。

思わずぼやく。



「こんなのゲームでも何でもないだろ。」


ヤツは答えた。


「アタリマエダ、ワタシハマケナイ。オマエハココデシヌノダ。」



ゲーマーとしての勝負はどうしたんだ。

ずるして勝つなんてゲーマーのすることじゃないじゃないか。ふざけやがって。

私はムカついた。恐らく今までで一番。

そして逃げ出したくなった。こんなのゲームとして成立しない。こんなの、こんなの。


そこで

そこで思い出した。

自分だってそうしていたじゃないか。



私だって、ゲームに対してずるをしたじゃないか。







画面が切り替わり、2本目が始まろうとする。

その瞬間私は勢い良く体を右前に倒す。

体が倒れる。足わ動かないが腕は動く。


私は目の前のコンセントを勢い良く引き抜いた。


耳をつんざくような高い、絶叫にも聞こえる音がしてゲーム機が強制的に停止される。


そして声が響く。


「コノ、ハジシラズノゲーマーキドリガァー!」



こいつは何をいってるんだ。



「私も君も、ゲーマー失格だよ。」




目が覚めると。埃っぽい床の上に突っ伏していた。どうやら無事だったようだ。

体は動く。しかしとてもだるくて、身体中が痛い。徹夜でゲームのつけかとも思ったが、もしかしたらあのそっくりさんは本当に私で実際に痛かったのかもしれないと、ふと思った。

それがゲームの興奮でわからなかっただけなのかもしないと。

だとしたら馬鹿馬鹿しい話だ。そこまで熱中していたなんて。


変な汗で身体がべたついている。時刻は7時少し過ぎたあたり。風呂はもう入れる。私はそこからでて風呂に入ることにした。

出てくるとき旅館の人に見つかって注意された。何でもゲームコーナーの方は老朽化が激しく危険ということで立入禁止だったらしい。目が本気だったようにみえたから、きっとあのゲームのことは知らないのだろう。知らない方がいいが。


自分の好奇心に反省しつつ、朝風呂にはいった。生を実感する瞬間だ。



とてもスッキリした気持ちで風呂をでる。なんだか身体が軽く感じる。昨晩の疲れをぶっ飛ばしたのだとしたら大した風呂だ。



服を着て脱衣場を出ようとする。ふと、体重計が目につく。家に込もってゲームばかりだから太ってはいないか心配にった。

確か前回の健康診断での体重は64キロくらいだっただろうか。

増えてない事を祈りつつ、体重計にのる。



私は声を失った。






21.4Kg





これが私が去年のゴールデンウィークに体験した事だ。帰ってから同僚には「むしろ疲れたように見える。」だなんて言われてしまった。

実際あまりの出来事にしばらくは気分が晴れなかった。


ゲームをやって気分を晴らそう。

前ほど没頭出来なさそうだけどね。

今年のゴールデンウィークに家族と親戚でちょっとした旅行に行ったんです。そこにあったゲームコーナーの自動ドアが、妙にゆっくりと開くものですからなんだかデカイ化け物かなにかが大きく口を開けた様に感じて怖くなってドアが閉じる前に出てきたんです。そのあとそこでいとこ達が遊んでて、なんだか拍子抜けというか。


と、そんな体験を元に書きました。

ともかくここまで読んで頂きありがとうございます。

なんとなく書きっぱなしで置いとくのも勿体ない気がしてここに出させていただきました。

多分宏作さんの話はまだ書けそうなので、日常のなかで何かにビビり次第書いていきます。


改めて、読んで頂きありがとうございました。では、失礼いたします。



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[良い点] 体重が残機と連動してるとか、最後ぞっとしました。夢じゃない感がすごい。
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