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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第四章、『神へと至る道』
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7、飼い犬の憂鬱 ⑦

 ガクガクと小刻みに全身を揺らし、酷く呼吸を乱したカミュの様子は、アリスの胸を大いに痛ませた。

 ここで首を縦に振って、彼を安心させることができたら、どんなにいいだろう。


 そう思っても、アリスはただ無言で頭を横に振った。


「………なぜだ……?」


 悲痛な声で問いながら、カミュは汗ばんだ手でアリスの両肩を掴んで揺すり上げる。


「順位戦に出ずとも、功績をあげれば昇順はできる。

 私の持てる力と地位を最大限に使って、君の出世の後押しをすると約束しよう……!

 神の涙も、私が君の代わりに弟の立場を利用して、入手の機会を伺えばいい。

 出撃許可の願いも出し続けているので、いずれ魔王様の許可が下りれば、私が戦って――」


 アリスはそこで勇気を出して禁句を口にした。


「それより私が王太子妃になるほうが簡単に順位を上げられます。

 加えて神の涙を入手する好機も確実に得られる」


「……それは……!?」


 カミュは息を詰まらせて絶句した。

 シンシアの助言を胸に、アリスは問題の本質から目を逸らさず、正直に胸のうちを明かす。


「カーマイン様の指示は何も間違っていない。

 分かっていても私はどうしても嫌なのです……!

 そうなると、戦って聖剣使いを倒すしかない。

 ところが今のような生ぬるい訓練では、私は百年経っても聖剣使いに勝てません。

 そして、このままでは勝ち目がないのはカミュ様も一緒です!」


「……!?」


 はっきり言い切られ、言葉を失うカミュの青白い頬を、アリスは両手で挟んでさらに訴える。


「もしも出撃許可が通ってあなたが仮面の騎士に倒されたら、次は私の番です。

 現実から逃げてもどうにもならないと、カミュ様も分かっているはずです。

 神の涙のことがなくても、聖剣使いを倒さなければ、いずれ私達は死滅する。 

 大切なものを守るためにはとにかく生きて、脅威に立ち向かえるぐらい強くなるしかないんです。

 そのためには地道に戦闘経験を積み重ねていくしかありません。

 だから、私を愛しているというなら、あなたの命そのものだというなら、怖くても今回は見ていて下さい。

 どうかカミュ様も、私と一緒に強くなって下さい!」


 アリスが懇願の叫びをあげたあと――しばし見つめ合った状態で、二人の間に沈黙が流れる――

 先に目を伏せ、視線を反らしたのはカミュだった。


「……実は、私は今日もNo.2に、君の兄への接近任務を取り下げるようにお願いしたんだ……」


『今日も』ということは頼んだのは初めてではないのだろう。

 しかし、カーマインが受け入れるわけもない。


「……そうですか……」


「すると、逆に説得された……。

 命に比べたら、貞操を奪われることなどなんでもないと……。

 王太子妃になって神の涙を入手すれば、君は確実に四天王になれる。

 自分の想いを優先させて、愛する者の道を邪魔をするのは、愛ではないと……」


「――!?」


(ではカーマイン様は、単に実力不足という理由だけではなく、私を死なせたくないから、戦闘ではなく色じかけを……?)


 自分を思いやるカーマインの言葉を聞かされたアリスの脳裏に、これまでの記憶がいくつか蘇ってくる。

 自分が命を粗末にしようとするたびに、決まってカーマインが怒り狂ったこと。

 『配下に対する愛が欠落している』とグレイを非難したことや、『お前の弱さがローズを殺した』となじられたことなど。


 同時に、シンシアに指摘された第三支部への異動を躊躇する『恩義』以外の、理由の一つに気づく。


(意識してなかったけど、私はこれまでの言動から、カーマイン様が配下思いだと知っていた)


 だから彼がローズに残酷な任務を言い渡すとは思えなかったのだ。


「アリス、私も君と同じで正しいと分かっていても、どうしてもNo.2の意見を受け入れることができなかった。

 個人的な感情のみで拒否する私を、彼は聞き分けのない幼児でも眺めるような、呆れた目で見ていたよ……」


 アリスは胸を熱くさせながら、苦笑いした。


「私もカーマイン様をいつも怒らせ、呆れさせています。 

 昨日も『大幹部になったからには、これからは自分で考えて行動しろ』と諭しつけられました。

 ……子供みたいで、弱くて、怖がりで……カミュ様と私は、本当にそっくりですね……」


 カミュも泣きそうな顔で笑い返す。


「……そうだね、アリス……。

 君の意見はもっともだと頭では理解しても……臆病な私には、心の準備期間が必要だ……。

 せめて今回の大幹部会議は見送って、時間をくれないか?」


 せっかくカミュが譲歩の意志を示してくれたのに、アリスには頷くことができなかった。

 監獄で出会った少女にミシェルの面影を重ね、心臓を締めつけられる思いで謝罪する。


「ごめんなさい、カミュ様。そうしてあげたくても、時間がありません」


 続けてメリー人形と交わした約束を説明する。


「彼女の想いは、病弱な妹に付き添っていたかつての私そのものです……」


「つまり、引く気はないのだね?」


「はい、カミュ様。ここはどうしても引けないし、負けられません。

 私の背後には、あなた含めてたくさんの命があります」


「……そうだ。私も君がいない世界では決して生きてはゆけない……」


 絶望的に呟き、激しく身を震わせたカミュの瞳は、遠い日の自分のように孤独に凍えていた。

 瞬間、アリスは思わずカミュの身体を強く抱擁する。

 一晩中彼女を抱いて温めてくれたソードの気持ちが、今初めて分かるようだった。


「……順位戦は先送りできないけど、カミュ様の震えが止まるまでこうしています……」


「……アリス……」

 



 ――その晩アリスは、カーマインの提案とは違う意味で、カミュのベッドを夜通し温めた――




 翌朝、絡め合った手足からはもう震えは伝わって来なかった。

 朝の眩しい光を感じてアリスが瞳を開くと、目の前に美しく整った顔があって、笑いかけられる。


「おはようアリス、よく寝ていたね」


 どうやら疲れが溜まっていたのと寝不足だったので、添い寝したまま熟睡してしまったらしい。

 ベッドの上に並んで寝た状態でアリスは問いかける。


「カミュ様は寝られましたか?」


「いいや、一睡もできなかったよ」カミュは充血した目を細めて苦笑した。「私も男なので、愛しい君の隣で平気で寝られるわけがない」


 アリスは恥ずかしさに頬が熱くなった。


「すみません……」


「いいんだ。その代わり、可愛いアリスの寝顔を見つめながら、一晩中考えていた。

 アリスを死なせないために、今後はもっと気合いを入れて訓練をしなくてはとね」


「……えっ……?」


「差し当たっては順位戦まで、内部の仕事は他の者に任せて、二人で特訓しよう」


「カミュ様……!」



 

 

 ついにカミュの口から順位戦出場の同意を得たアリスであったが、完全には喜びきれない面があった。

 大幹部会議までに残ったわだかまりを解消すべく、カミュの部屋から侯爵家へ戻る途中、No.9の間に寄ってカーマインにメッセージ・カードを飛ばす。

 

 返事が届いたのはその日の昼過ぎ、自室で刺繍をしているときだった。


『急ぎの用事とのことだが、今日は忙しい。明日の一日の終わりの刻にNo.2の間へ来るように』


 返信を読んでアリスは焦る。


(大幹部会議までもう日数がない。

 一刻を争うので、今日会えないなら、先に要件だけでも手紙で伝えておこう)


 判断するやいなやアジトへ移動し、メッセージ・レターにカーマインへの要望を書き綴って送付した。




 次の返事が来たのは晩になってから。

 No.3の間でカミュと戦闘訓練をしているときだった。 


 灰色の長い衣と銀髪を靡かせたグレイが、魔剣ファントムを鋭く一閃させたあと叱責する。 


「クィーン、目で見てから攻撃を避けては駄目だ。

 相手の動きをきちんと読んで予測し、反撃に繋げられる動作をしなければ――」


「はい、グレイ様」


 返事をしながらクィーンはブラック・ローズを思い切り繰り出す。


 次の刹那、ぶつけ合った剣から激しい火花が散った。

 完全には全力でないものの、グレイから打ち込まれる剣の威力と指導の厳しさは、数日前に比べて格段に増していた。


 ――と、お互いいったん下がって剣を構えあったタイミングで、メッセージ・カードが視界に出現する。

 とっさに掴んでクィーンが中身を確認してみると、


『お前の頼みについては明日直接返事する』


 とだけ、あっさり書かれていた。




 翌日の一日の終わりの刻。

 No.2の間を訪れたクィーンは、豪華な椅子に座るカーマインの顔を緊張の思いで見上げた。

 


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