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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第三章、『亡霊は死なない』
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40、夜の約束

(カリーヌ宛の手紙はもう出されたわよね……)


 一人机に向かっていたクィーンは、重い溜め息をつくと、冊子のページを捲る手を止めて、今朝の出来事を思い浮かべた。


 朝から自室の扉に鍵をかけ、廊下から声をかけられても「気分が悪いから放っておいて」としか返さないアリスに、


「朝食を部屋に運ばせるから必ず食べるように。

 今日はもう王宮に出仕しなくてはいけないので、帰って来たらまた話をしよう――それでは行ってくる」


 サシャは最後にそう告げて去っていった。


(昨日結論が出たのに、このうえ何を話すことがあるというの?)


 内心苛ついていたところにノアイユ夫人も訪れ、扉ごしにいたわりの言葉と「一緒に礼拝に出られなくて残念だわ」と惜しむ言葉を残して出かけていった。

 しかしアリス的には一昨日の騒動のせいでシモンやキールと顔を合わせるのが気まずく、むしろ教会へ行かなくて済んで嬉しかったのだ。


 何しろアルベールに好意を寄せられて困っているとキールに説明したそばから、自ら望んで手を取られ、一緒にその場を去ったのだから。


(うまくキールに弁解できる自信がない……!)


 開き直ってアルベールに惹かれてるとでも言えればいいのだが、万が一にもその言葉が本人に伝わり、婚約が確定しても困る。


(でも何より困るのは、いくら否定してもグレイ様が、私がアルベールに惹かれていると思い込んでいることよね……)


 これ以上アルベールと距離を縮めれば益々グレイを刺激して追い詰め、兄弟対決に駆り立ててしまう。

 しかしそうは言っても立場上カーマインの命令には逆らえないしと、つくづく結社でも私生活でも解決すべき問題が多過ぎて、頭を抱えたくなるクィーンだった。


 特にここ数日はグレイのことで頭がいっぱいで、他のことが手につかず、園遊会でジュールに渡された手紙さえ、昨夜ようやく寝る前に目を通したぐらいだ。

 ――伯母からの手紙は、いかにも末期の病人が書いたような、判読するのも難しい弱弱しい文字で綴られていた。


『全て私が悪かったのです……アリスごめんなさい……どうか許して下さい……。

 私の最期の望みはただ一つ、あなたに会って真実を伝え、お詫びすることだけ』


 内容は漠然とした謝罪と、最期にアリスに一目会いたいという言葉。


(……真実って何のこと? マルタ伯母様は私に会って、一体何を伝えたいというの?)


 疑問に思いながら、クィーンは中断していた確認作業を再開する。


 園遊会でのやり取りでジュールが結社員かもしれないと思った彼女は、母である伯母のマルタもそうである可能性を考え、第三層の名簿から順に調べていたのだ。


 結社員の個人情報が載っているような重要機密は、すべて権限を持った鍵がないと開けられない扉付の棚に入っている。精神体の状態では取り出せないので、今日は本体側で来ているのだ。


 と、冊子の半ばほどに差し掛かったところで、めくる指がピタリと止まる。


「あった! マルタ・レニエ……」


(――入信したのは7年前。勧誘者はナタリー・マラン。やはりマラン伯爵夫人だわ――)


 いったんページに栞を挟んで閉じると、クィーンは第二層の名簿を手に取った。


(次はジュールね)


 順位別に十層に分けられている結社の階級において、貴族は第三層以上からのスタートとなるが、子爵位を持つジュールの場合は当然、第二層以上だろう。


 今までのクィーンは第三支部に正式に所属していない手前、機密文章類を必要以上見ることを遠慮していた。

 しかし本格的に内部の仕事を手伝うと決めた以上、これからはそうも言っていられない。

 大幹部として率先的に第三支部の人員含め、情報を把握しておくべきだと考え、どこまで読んだか分かるようにしておいたのだ。


 ――そうして再び冊子のページをめくり始めたクィーンは、早くも1ページ目にして手を止める――。

 結社員名簿はNo.順に個人情報がファイリングされており、最初のページはその階層のトップが載っているのだが――


(No.101はルドルフ・バロー……バロー伯爵)


 それはちょうど園遊会のマラン伯爵夫人とジュールの会話で聞いたばかりの名前だった。

 詳細情報を見るとバロー伯爵は三人委員であると同時に、暗黒騎士団第三支部の責任者も兼ねている。

 第二層の管理をしているのが三人委員であり、戦闘員以外は第一層に上がれないので、結社での非戦闘員では最高の地位でもある。


 ジュールは随分大物と知り合いなんだなと感心しつつ、クィーンが次のページを開くと、そこに載っていたのは彼女がよく知っている人物の名前。


(No.102がナタリー・マラン……。マラン伯爵夫人も……三人委員!?)


 クィーンの驚きはさらに続いた。なんと早くも十数ページ後に探していたジュールの名前を発見したのだ。

 第二層以上だとは目星をつけていたものの、まさか名簿のこんな先頭部分にジュールの名前があるとは予想だにしなかった。


「No.125ですって……!? おまけに暗黒騎士団、大隊長!!」


 衝撃のあまり、思わずクィーンの口から言葉が漏れる。

 暗黒騎士団とは秘密結社「黄昏の門番」の軍部であり、大隊長とは1000人以上の兵士を率いるクラスで、一つの支部の騎士団には数名しかいないような高い地位だ。


「――君の従兄弟は数ヶ月前の隣国との紛争で一気に順位を上げて、中隊長から大隊長になったようだね」

「――!?」


 背後から突然話しかけられ、クィーンが飛び上がるように席を立って振り返ると、いつの間にかグレイが近くに立っていた。


「おはよう、クィーン。仕事が溜まっているので珍しく今日は午前中から出てきたのだが、君がいるならもっと早く来れば良かった」

「グレイ様――!」


 嬉しそうに微笑むグレイを、クィーンは驚愕の眼差しで見つめる。

 気配がなかったので声をかけられるまでいることに全然気がつかなかった。

 もしもこれが敵であればとっくに殺されていたと思いかけ、自分の頭の上の触角と、蝿の能力『脅威回避能』の存在を思い出す。

 クィーンは自分に対する殺気限定で異能によって感知できるのだ。


「ところで、調べ物かい?」

「はい、少し気になることがあって……」

「どんなことだ?」


 クィーンは少し迷ってから、グレイに園遊会でジュールと再会したことと、父と伯父の確執、伯母からの手紙の内容を簡単に説明した。


「そうか……」


 話を聞き終えたグレイは、なぜか硬質の美貌を大きく笑み崩していた。


「どうかしたんですか?」

「いや君から、家族や親戚の話を聞くのは初めてだと思ってね」


 言われてみるとそうかもしれない。

 アリスであるクィーンは、過去に向き合うのが辛いという以前に、他人に自分の話をする習慣が全くなかった。

 ――しかしよくよく考えてみると、それは彼女と性質が似通っているカミュであるグレイも一緒だったはずだ。

 にもかかわらず彼はここ数日で、実に多くの辛い過去を含めた自分の話を彼女に語って聞かせてくれた。


(ローズの時といい、また私は、心を開いてくれている相手にたいして、自分から返すことを怠っていたんだ……)


 ミシェルの話だけは辛すぎて無理だったが、グレイがしてくれたように、できる範囲で自分のことを明かそうと思った。

 クィーンは名簿を戸棚に戻しにいった足で、意を決して、奥の席に座ったグレイの前に立つ。


「――グレイ様、溜まっている仕事は私が今日、今から可能な限りお手伝いしますので、できれば今夜一ヶ所つきあって頂けませんか?」


 グレイは青白い瞳を細めて即答した。


「もちろん、構わないとも」


「ありがとうございます。では一日の終わりの刻にNo.3の間に伺います」


「分かった必ず待ってるよ。

 ありがとうなんて――逆に私からお礼を言いたいぐらいだ。君から頼みごとをされるのはとても嬉しいことだからね」


 珍しく少年らしい弾んだ声で言うと、グレイはさっそく机の上に積まれている書類の一山に印章を乗せて、クィーンに手渡した。


「この書類は?」


「螺旋からあがってきた報告書だ。目を通して、問題ないようなら承認印を押してニードルの机の上に置いてくれ」


「えっと……私が判断してもいいのですか?」


(この承認印って第三支部トップ専用のものよね)


「ああ、判断基準は全面的に君に任せる。

 もし何か問題がありそうな報告書は、理由を記入して、シャドウの席に積んでおいてくれ」


「分かりました」


 上の者には従順が信条のクィーンは疑問を胸にしまい、書類を抱えて自分の席に戻ると、一枚、一枚報告書を確認していく。


 新しい作業を始めていると、ほどなく扉が開く気配して、


「おはようございます」


 無表情に挨拶しながらヘイゼルが機密室に入ってきて、クィーンの斜め前の席に座り、昨日のことには一切触れず、黙々と書類作成作業に取りかかり始めた。


 昼近くになると、今度は礼拝を終えたらしいニードルが、ティーポットとカップが乗った盆を手にして現れた。


「おはようございます。クィーン、今日はお早いんですね」


 ニードルは冴えない表情で言うと、ハーブティーを注いだカップを手早く全員に配り終え、機密室の中央にある自分の席に座って、ふーっと長い溜息をつく。

 彼の元気がない理由が思い当たり過ぎるクィーンはあえて話しかけず、無言で入れたてのハーブティーをすすった。


 元々寡黙なグレイとヘイゼルにクィーン、終始物思いに耽りがちなニードルの、四人がいる機密室には静かな時が流れた。

 ――その沈黙を破ったのはグレイだった。


「そうそうクィーン、緊急幹部会議を開いたことを昨夜ヘイゼルにも伝えておいたよ」


 とたんクィーンはドキッとする。考えてみれば自分は昨日、ヘイゼルを第三支部の幹部のトップから引きずり下ろす要望を出したのだ。


「実はヘイゼルからも以前より、第三支部の筆頭幹部は自分以外の者にすべきだと言われていてね」

「はい、私は戦闘員時代も参謀担当で元々さほど戦闘力がないので、大幹部候補に推されても困るだけです」 


「というわけでニードル、順位のことは了承して貰ったので、ソードにもその旨伝え、真面目にやるように言っておいてくれ」

「かしこまりました」


 グレイの台詞にクィーンは違和感をおぼえた。


(今、ソードと言った?)


 いつもNo.呼びしていたのに、ついにソードへの態度を改めることにしたのだろうか?


 不思議に思って見ると、すぐにグレイが視線に気がつき好意の溢れた眼差しを返してくる。

 その後も意識してクィーンが見るたびに目と目が合うという現象が起こった。


 夕方近くになってクィーンが侯爵家に戻るために席を立ち上がった際も、


「今夜、楽しみにしているよ」


 と、まるで個人的な逢引でもするような口調で見送られる。

 クィーンはその段になってついに確信した。

 最早、グレイは配下の前でもクィーンへの好意や親密さを隠す気はないのだと。


(何だか……徐々に、いつも配下の前でクィーンとイチャイチャして顰蹙を買っていた、アニメのグレイ様に近づいてきているような……)


 色んな意味でこのままいくとまずいんじゃないかと、クィーンは密かな危機感を抱いた――





 クィーンはサシャが早めに帰宅する可能性を考え、夕方前にはアジトを出て侯爵家の自室に戻った。

 変化をとくと扉の鍵を開け、残りの時間を仮眠に当てることにする。


 ベッドに横になっていると、ノアイユ夫人がサシャより先に帰宅して、アリスの様子を見にやってきた。


「調子はどう? アリス」

「……休んでいたおかげで、だいぶ気分は良くなりました」

「教会で会ったシモンさんがとても心配していたわ」


 キールの名前が出ないところをみると、怪我をしているので今日は教会に来なかったのだろう。


「……シモンさんは、他に何か言ってましたか?」


 質問しながら、なぜかアリスの胸にチクリとした痛みが走る。


 ノアイユ夫人はベッドのそばまで近づき、思い出すように視線を上げてから、口を開いた。


「いいえ、今日のシモンさんは言葉少なく、ただあなたにお大事にと……」


「そうですか……」


「さてと、私は夕食前に着替えなくては……」

「私も今夜は一緒に食堂で夕食を頂きます」


 どのみちこの屋敷の主人で、各部屋の鍵を持っているサシャと接触を避けるのには限界がある。

 自室に篭って強行突破されるより自から出て行こうとアリスは考えた。


「そう、良かったわアリス。サシャと二人きりの食事ってどうも気詰まりなのよね……」





 ところが仕事が長引いたのか、その晩の夕食時間にサシャは間に合わなかった。


 夫人と二人きりの食事を終えて、アリスが自室に戻って溜まった日記を書いていると、遅い時間に扉をノックする音がして、廊下から声をかけられた。


「アリス、まだ起きているか?」


 寝たフリをしたいが、どうせしなければいけない話し合いなら早めに済ませてしまった方がいい。

 アリスは立ち上がって扉を見た。


「起きているわ」

「入っていいか?」

「どうぞ」


 直後、ガチャリと扉が開き、ほっとしたような表情をしたサシャが姿を現した。


「ただいま、アリス」


 少しかすれ気味の声で挨拶したサシャは、入室するとまっすぐ歩いてきてアリスの手を取り、すっと腰を落として床に跪いた――


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