7、一日の締めくくり
組織のいわゆる異名持ちが魔族に変化する場合、主人公サイドじゃないので長ったらしい文句もなく、普通に念じて内なる魔性の力を呼び出すだけである。
不要だがアリスはクィーンに変化する時、アニメと同じように、
「変化」
と呟くことにしている。
目を瞑って集中したとたんアリスの身体中から無数の蝿が飛び出し、真っ黒な膜となって全身を覆いこむ。
アニメでは黒い蝶が身を覆うという幻想的シーンが、そっくり蝿がたかるというホラー・シーンに入れ変わっているのだ。
黒い衣のように全身を包みんだ蝿の大群が、羽やコスチュームを形成していき、雪白の肌は浅黒い色合いに、淡い金髪は漆黒の黒髪に染まり頭の高い部分で一本に結わえられ、流れるように背中に垂れ下がる。
蝿の群れがベルベットのような質感の、キャットスーツに近い身をぴったりと包むスーツになり、最後に透明な羽と触覚が現れる。
アニメのクィーンはヒラヒラとしたやたら布面積の少ない薄絹の衣装を纏う、半裸に近いお色気要員だったが、今のクィーンの露出度は最小限度。
一見セクシーなボディラインに添ったデザインも機能的な理由だった。
秘密結社『黄昏の門番』に入った者は、その功績と実力によって順位をつけられる。
中でもアリスのように異形に変化できる能力が与えられるのは、百番以内に入った者だけだ。
変化後は魔王の眷属である魔族の姿となり、魔界に住む一般的魔族の容姿である、黒髪、黒目、浅黒い肌、釣り目、裂け気味の口をベースとして、そこに異能の特性による特徴や形態、色彩が上書きされる。
クィーンの場合は髪は漆黒に染まるが、目は赤くなり、短めの触角と巨大で透けた羽が生えてくる。
人間だった時の容姿とはほど遠くなるとはいえ、美しい人間は美しい魔族になるので、変化前の美醜は分かる。
クィーンはその点では蝿要素を抜かしては、最上級に美しい魔族だった。
『鍵』を使用するには必ず魔力を流し込む必要がある。
魔力は魔族姿にならないと使えないので、アジトに移動するためには必ず変化する必要があるのだ。
鍵の使い方自体はごく簡単で、空中に差し込んで回す動作をするか、手中に溶け込ませて手かざしすれば入り口が呼び出される。
そうして目の前に出現したぱっくりと開いた、虹色に揺らぐ長方形の穴を一歩くぐれば、そこはもう『No.9の間』の室内。
「……」
乳白色に塗られた壁や天井、骨素材で出来た調度。
鍵を貰ってから何度か数回ほど足を運んだが、来るたびにアリス――クィーンのテンションは下がった。
(この気の遠くなるようなオフホワイトで構成された空間……激しく落ち着かない……)
直属の上司であるNo.2通称カーマインに聞いた話によると、ここは『骸骨の間』と呼ばれており、使用者だった元No.9は現在No.6に昇格して、ここより広い部屋に引っ越したそうだ……。
アニメで出てきたNo.6の異名は『骸骨紳士』だったから、アリスの前世の記憶と一致している。
アニメでのクィーンの部屋は、色彩豊かな薄絹が天井から垂れ下がり、床は花で埋め尽くされ、自己愛の高い彼女の性格を表すように、中央部分に大きな姿見が置かれていた。
たぶん『蝶の間』とでも呼ばれていたことであろう。
いずれにしても今のアリスの趣味からはほど遠い。
とはいえ、現在の異名そのままに『蝿の間』をイメージして作るのもなんだ。
かと言ってあまり冴えない部屋にすると、自分の悪のボスとしての威厳が損なわれる気もする。
室内を歩きまわって模様替えについて考えあぐねたものの、なかなか『これだ』という案が浮かばなかった。
(どうでもいいけど、部屋の両側にある大扉まで象牙色に塗られているなんて、どれだけ骨色に拘っているのやら)
No.9の間では唯一、外界に繋がる扉だけが、着色不可だったのか青銅色のままで残されていた。
(とりあえず壁はともかく、椅子とか机とかが骨でできているのが嫌だから、これだけでもなんとかしよう)
クィーンは当座の目標を設定すると、とりあえず疲れているし、椅子に座って二人を待つことにした。
便利なことに彼女の羽は自在に背中に収納することができたので、座る前に忘れずに引っこめておくことにする。
「ふーーーっ」
溜息をつきながらドカッと骨椅子に腰を下ろし、硬い座り心地を体感したところで、目の前の机の上に乗っている、二つ折りのメッセージカードが目に止まる。
乳白色の机の上に白いカードが乗っていたので、近くに来るまで全然認識できなかった。
「何かしら?」
手に取って、表と裏を眺め、中身を確認しようと指で開きかけた時――クィーンの視界内にある外界へと通じる青銅色の扉が、虹色の光に包まれだした。
最初の配下が現れたのだ!
喜びに輝いたクィーンの顔は――直後、驚愕の色に染まっていく。
「……あっ!?」
ぬっ、と扉から出て来たのは、アニメでおなじみの、色とりどりのメッシュが入った生成色の豊かな長髪を後ろで一つに束ねた、菫色の瞳をした中性的な魔族姿の男性。
内側に道具が仕込んである薄緑色のケープを羽織り、同系色のチョッキに短ズボン、白ブラウスに長靴下、短靴。腰のベルトに下げたシースホルダーには無数のハサミをさし、胸元にクラバットを優雅に結んだ洒落者のニードル――変化後のシモン・ヴェルヌがそこに立っていた。
「待ち合わせ時刻より少し早めに来てみたんですが、もういらっしゃっていたんですね。
初めまして、あなたの下に新しく配属されました、No.22で、異名を『仕立屋』と申します」
(……って、知ってるしっ!?
なっ、なぜ男性であるニードルがここに!?
あれほど女性の配下にしてくれとカーマイン様に頼んでおいたのに!!)
思わず衝撃に言葉を失い、金縛り状態になっているクィーンの顔を、ニードルは不思議そうに見返している。
いつまでも無言で固まっているわけにはいかないので、クィーンは気を落ち着かせるために深呼吸した。
(き、きっと女性の幹部不足だったんだわ!!)
第三支部にはちょうど良い女性幹部がいなくて、仕方なく、せめて女性に近い見た目である彼を選んで配属してくれたに違いない。
シモンは魔族姿になっても女顔だし、性格も良さそうだから、たぶんうまくやれるはずだ。
クィーンは必死に自分に言い聞かせ、引きつった笑顔を作ってニードルへ向けた。
「初めまして、よろしく。No.22」
「こちらこそ、よろしくお願いします。No.9」
なんとか動揺を抑め、一人目の配下と無事に挨拶を済ませたクィーンの瞳は、再び外界へと通じる扉へと向けられた。
次は、次こそは、女性が現れるはずだ。
なぜならば、No.9に昇格した際、立ちあってくれていたカーマインに、クィーンはたしかに念押しして、確認したのだから。
『側近は二人とも女性にしていただけるんですよね?』
『もちろん、お前にとって一番良いと思われる配下をつけると約束しよう』
(約束する、と言ったからには、さすがに残りの一人まで男性ってことはない筈だわ)
カーマインは少々サディスティックな性格で、配下だった頃のクィーンをわざといじめて楽しんでいる節があったが……。
そこまで約束無視と、嫌がらせはしないと信じたい。
――果たして――二人目の側近はなかなか現れず、しばしNo.9の間には沈黙の時が流れた。
そうして緊張をみなぎらせ、祈る気持ちで見つめ続けること十数分。
ついにクィーンの視線の先で二人目の配下の来訪を告げる虹色の光が、外界への扉を包みだした。
「――!?」
ところが、数瞬後、そこから滲み出すように姿を現したのは――またしてもアニメでおなじみの、腰まで覆う長い洗いざらしのような鉛色の髪と同色の瞳、丈長の漆黒の外套。その中衣の上には鎖が巻かれ、幅広の帯剣ベルト、折り返しのついた深いブーツをはいた、全身黒衣で固めた魔族姿。
やはり男性の、首狩りソードだった。
「……ひっ!?」
クィーンはあまりにも大きすぎるショックに、あやうく骨椅子ごと引っくり返りそうになった。
「ふー、ギリギリ間に合って良かった。初日から遅刻じゃ締まらないからな。
さてと、初めまして、No.9。
俺はNo.16。異名は『処刑人の剣』。首を切る以外の仕事にも色々使える男なんでよろしくな!
特に、夜伽の相手は自信があるので任せてくれ」
なぜか片手に酒瓶を抱えたソードが、得意の下卑たニヤニヤ笑いを浮べて挨拶してきた。
「……」
クィーンは悪い夢かと思って自分の目をこすり、手の甲をつねってみた。
(あれ、コレって、現実?)
これはどういうことなのかとたしかめるため、今さらながら彼女は手元にある二つ折りのカードを震える指で開く。
すると内側にはこう書かれていた。
『苦手なものを克服してこそ成長はある』
「……」
クィーンは読み終わると手だけではなく、とうとう全身が震え出してきた。
抑えがたい激情が胸に荒れ狂う。
「どうしたんですか? No.9」
「酒切れになると震えてくるっていうあれか?」
異様な様子を察知したニードルとソードが声をかけてきた。
「うあぁーーーーっ!!」
クィーンは答えるかわりに椅子から立ち上がって、叫びながらカードをビリビリと破き、床に叩きつけるように投げ捨ててから、黒髪をかきむしる。
「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「――って、ご乱心か?」
ソードとニードルはすっかり面食らった様子で彼女を眺めている。
クィーンはこの最悪な事態に、今日の一日にあった嫌なことをどっと思い出し、骨テーブルを殴って地団駄を踏んだ。
(やっぱり今日はまぎれもなく、純然たる厄日だーー!!)
その時、部屋にある骨時計がカチッと日付をまたいだ音がした。
本日の最悪な一日の締めくくりである――
<第一章『物語の始まり』、完>