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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第三章、『亡霊は死なない』
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30、奇跡の恋

「待てアリス――詳しい話をする前に、ここだとシモンが来るかもしれないから移動するぞ」


 さっと周囲に視線を巡らせ、キールはそう告げると――再びアリスの腕を掴んで人目を避けるように身を屈ませ――テーブルの陰、薔薇のアーチの陰へと、物陰から物陰へ渡るように移動していった。


(何、この、スパイみたいな不審な行動……?)


 アリスが呆気に取られているうちに、四方を低木に囲まれた、会場からほぼ死角になっている一帯に到着して、キールは足を止める。


「ふぅー、ここまで来れば大丈夫だろう。

 あんたと二人でいるところを、シモン含め、なるべく他人に見られたくないからな!」


 キールが大きく溜め息をついて吐き出した台詞を聞き、ここ最近無駄に好かれることが多かったアリスは新鮮な驚きを禁じ得なかった。


(――これは相当キールは私との仲が誤解されることを嫌がっている……!?)


 キールはアリスを掴んでいた手を離すと、憮然とした表情で腕組みして、


「最初に断わっておくが、ここ最近はシモンの恋の応援に柄でもなくお茶会や礼拝なんかにも参加していたが、俺は基本的に昼間の行事には出ない夜専門の男で、今までは夜会に参加しても園遊会に出たことなんてなかった……」


 ――前置き部分から話を再開する――


「ところが今回に限っては、前日に、アルベール殿下から必ず園遊会に参加するようにとのお達しが有ってな……。

 仕方なくこうして出向いて、何の用事かと不思議に思いながらアルベール殿下の元へ伺ってみれば――わざわざ俺を王族席の裏へと連れて行き、終始、あんたに絡んだ個人的な質問をしてくるじゃないか!

 やれ、アリスのことをどう思っているのか? だの、先日、アリスと結婚する気がないと言ったのは、本気なのか、とか!

 俺はそこでようやく察することが出来た――俺が殿下に名指しで園遊会に呼び出されたのも、質問攻めにあったのも、全て、アリス! あんたの仕業なんだな……!?」


 キールの厳しい追求に、話が無駄にこじれることを嫌うアリスは、低姿勢な態度で謝罪と告白をする。


「ごめんなさい、キールさん……私、夜会でアルベール殿下の関心を買って以来、王宮に誘われるようになってしまって……このままでは婚約者に選ばれてしまいそうで……仕方なく……」

 

 刃物のようなキールの視線が、アリスに突きささる。


「仕方なく、どう言ったというんだ? アルベール殿下はまるで俺があんたの、意中の相手でもあるような口ぶりだったぞ?

 ――まさか、俺に惚れてるとでも言ったのか?」


 図星である。


(以前のお茶会の時にも思ったけど、キールって案外鋭いわよね)


 妙に感心しながら、アリスが無言で頷いて肯定すると、キールは発作のように銀髪を掻き毟って叫んだ。


「何だよ、それ! 冗談は止めてくれよアリス! どうしてそこでシモンじゃなく、俺の名前が出るんだよ!

 ――ひょっとして、あんた、あれか? 俺とシモンの長年の友情をぶち壊すつもりなのか……!?」


「まさか、そんなつもりはないわ……」


 アリスは心外そうに呟き、アルベールとの婚約逃れの方便(うそ)に、シモンと違って本物の婚約に発展しそうにない相手の名前を出したのだと、正直に言おうと思ってキールの顔を見上げ――すんでで思い止まる。


(このいかにもキールの迷惑そうな表情……!?)


 間違いなくキールはアリスと違って、感情が直接おもてに出やすいタイプだ。


(まずいわ……勘の鋭いアルベールに100%の嘘や演技が通用しないのは、このキールでも同じこと……)


 当初の予定では、勝手に名前を出したことをキールに知られた時点で、本人にのみ事情を話すつもりだったが。


(ここで白状すれば、キール経由で嘘がバレる可能性が高い。

 ――キールにはむしろ勘違いさせて、このまま心底迷惑がって貰っていた方がいい。

 ネタ晴らしは、聖乙女として覚醒したメロディとアルベールが、惹かれ合うようになってからにしよう――)


 素早く思い直し、アリスは口を開く。


「だって、キールさん、アルベール殿下は恐ろしいほど勘の鋭いお方だもの……嘘をついてもきっと見破られてしまうわ……!

 友人だと思っているシモンさんや、他の人の名前を出しても通用しないに決まっている……だから、キールさんの名前を言うしかなかったの……!」


「……俺以外だと、通用しない……?」


 アリスの説明を聞いたキールは、愕然としたように問う。


「――それってあんたは俺に気があるって意味なのか……?」


(キールもアルベールほどではないけど、勘が鋭い。下手な嘘を口にすると、見抜かれるかもしれない)


 今まで色んな場面で不味い言い訳をして、却って墓穴を掘ってきたアリスは経験からそう判断し、答えるかわりにあえてキールの唇を見つめ、いつかの人工呼吸の時の生々しい感触を思いだした。

 すると、とたんに脈拍が上がり、体温が上昇して、顔がかっかっと燃え上がるようなり、呼吸が苦しくなって涙目になる。

 顔を紅潮させて瞳を潤ませるアリスの分かりやすい反応を見て、キールは大仰に頭を抱えて天を仰いだ。


「くそっ――本当にそうなのかよっ! なんでだよ!

 まだ数回しかあんたとは会ったことがないし、俺は一目惚れされるようなタイプじゃないぞ……!?

 たしかにこの通り目鼻立ちは整っているが、いつも一目惚れされるのは一緒にいるシモンの方で、俺はどちらかというと付き合いを深めていくうちに魅力が伝わるタイプの男なのに!

 一体全体、アリスはたった2、3回会っただけで、俺のどこに惹かれたって言うんだよ?」


(――自分で言っちゃうんだ……)


 若干引きつつも、アリスは大真面目な口調で言い切る。


「自分でも良く分かりません……」


「分からない――って、何だよそれ!」


 キールは不満の声をあげたが、アリスはそのまま具体的な理由を言うことを放棄する路線でいった。


「……いっそ、私が教えて欲しいぐらいです……あなたはどちらかというと苦手な部類の男性なのに……」


「……!!」


 本人が分からないと言っている以上、キールもそれ以上は追求しようがなかったみたいで、一瞬、絶句してから「どうしてこうなるんだっ……!」と、苛立ちまじりに独りごち、拳を木に打ちつけた。


 非常に重たい沈黙が二人の間に流れたあと、キールが意を決したようにアリスの両肩をがしっと掴む。


「アリス、あんたのことを決して傷つけたいわけではないが、こうなった以上、はっきり言わせてもらう! 

 俺はお茶会でも言ったように、親友の想い人には手を出さない主義だ!

 シモンとの友情にヒビを入れたくない俺にとって、あんたの気持ちは迷惑でしかない!」


 キールの発言にたいし、アリスは控えめに感想を述べる。


「二人の友情は私の気持ちぐらいで、ヒビが入るようなものには思えないけど……」


「たしかに俺達の友情は厚く強固で、大抵のことならびくともしないだろう。

 だが、アリス、あんたは分かっていない――シモンが女に一目惚れするということが、どれぐらい特別で奇跡的なことか!」


「奇跡?」


「ああ、そうだ! シモンはな、シモンはな――――――物凄く面食いなんだ!!」


 思いも寄らぬ台詞を叫んだキールの顔を、アリスはまじまじと見つめる。


「面、食い?」


「いや、この言い方だと、女の容姿にたいする要求が高いだけの男に聞こえるが、ことはそう単純ではないんだ……。

 シモンの悲劇は、母親が類稀なる美女だったことに起因する……。

 どれぐらい美しかったのかは、あいつをそのまま女にして、瞳の色を神秘的な菫色に変えてみたら分かると思う――ちなみに俺の初恋もシモンの母親だ――!」


 いらないキールの初恋情報まで絡め、また長そうな話が始まりそうだなとアリスは寝不足の頭で思った。


「とにかく美し過ぎる母を持ったがゆえに、美の基準が上がり切ってしまった結果、シモンは他の女性が一切美しく見えないという、重篤な病気にかかってしまったんだ……。

 なぜシモンがその病気を発症していたことが分かるのかと言うと、俺も同じ状態になっていたからだ――!」


(自分がそうだったからと言って、シモンまでそうだと決めつけるのはどうなの?)


 内心つっこみを入れつつも、アリスは黙ってキールの話に耳を傾ける。


「あいつは年頃になると、あの通りの容姿と人当たりなので女性にモテにモテまくり、どこに行っても騒がれて群がられ、囲まれるようになった。

 ところが理想の女性像が高いあいつは、どんな美人に好意を示されても一切靡かず、誰とも個人的に親しくならなかったんだ。

 まあ、それも無理からぬことで、どんなに美しいと言われている令嬢であっても、あいつの母親と比べればじゃがいも同然だからな!」


(じゃがいもって……もっとマシなたとえがありそうなものだけど……)


「――で、詳細は割愛するが、あいつは数年前に不幸な災難に見まわれ、父親以外の家族を失うとともに下半身に大怪我をして、しばらく足を引きずっていた。

 おかげで不能になったというデマまで流れたんだが、女性に追い掛け回されるのにうんざりしていたシモンは、あえて否定せず、噂を放置した。

 幸運にも不自由になった足はある腕のいい医者に出会ったことで、ほぼ元の状態に回復したが、大切な家族を失って以来、シモンはすっかり人嫌いになって、特に若い女性を徹底的に避けるようになった。

 あんたと出会うまであいつはつねに杖を持ち歩いていたんだが、たまに足の神経が痛むことがあるのと、半分は女性避けの意味合いだったんだ」


(……つまりシモンは家族を失った時に足も負傷したのね――治した医者というのは絶対ドクターのことだ……。

 ――それにしても、不名誉なデマを放置したうえ女性避けの杖……シモンは一体どれだけモテていたのだろう……)


「俺はそんなシモンの様子に危機感を抱いた――このままずっと一生、特別な相手も作らず、女遊びもしないで、独り身の潤いのない人生を送っていくつもりなのかと……!

 ――そこで奇跡的に現れたのが、アリス、あんたなんだ!」


「私……?」


「20年間、どの女にもついぞ惹かれなかったあいつが、初めて自分の母親レベルの美貌を持つあんたに出会い、一目惚れしたのさ。

 実はこの俺も夜会で初めてあんたの姿を見た時は、美しさに衝撃に打たれた――シモンと違って内面重視なので別に惚れなかったけどな!

 父親譲りで面食いのシモンは、一発で恋に落ちてしまったんだ!」


(なんだかキールの話を聞いていると、シモンは女性の外見のみにこだわる、最低な人間みたいだわ……)


「ここまで話せば分かるだろう? もしも、あんたがシモンを振ったら、あいつは間違いなく生涯独身決定だ! 

 俺は親友としての立場だけではなくあいつには色んな負い目があって、必ず幸せになって貰いたいんだ!

 あんたの気持ちを知った今、残酷なことを言っているのは分かっている! 

 それでも言わせてくれ、アリス! 頼むから俺を助けると思って、シモンとの結婚のことを真剣に考えてやってくれないか……!」


 キールはアリスの両手をバッと掴み、芝生に片膝をつき、下から見上げる格好で懇願した。


「キールさん……」


「キールでいい!」


「キール、私は……」


 何と言うべきか、アリスが続きの言葉を逡巡していると、


「アリス……!」


 不意に横から名前を呼ばれ――胸が、ドキッ、と高鳴る。

 顔を見なくても、アリスには声だけで誰だか分かった。


「カミュ様……!?」


 名前を口にしながら見ると、全身白づくめのカミュが木の枝を握り、美しい眉をひそめて立っていた。

 アリスの居所が分かるらしいカミュは、王族との謁見時間が終了したのか、途中で抜け出すかして、会いに来てくれたのだろう。


「え? カミュ殿下?」


 キールもはっとしたようにアリスの手を離し、カミュの方へと顔を向ける。

 二人を見つめるカミュの銀灰色の瞳が、スーッと冷えていった。


「アリス……兄上が人を使って君の居場所を捜索していると、教えにやってきたんだが……どうやら邪魔したみたいだね」


「え?」


 嫌味っぽく言われたアリスは、初めてキールと二人で物陰に隠れて、手を握られていることを意識する。

 ――これでは、まるで本物の恋仲の男女がこっそり逢引しているようではないか。


(カミュ様に誤解されている……!?)


「カミュ様……! 私は」


 慌ててアリスが釈明しかけたとき――いきなりカミュの背後からバラバラと緋色の軍服を着た男性が複数飛び出してきて――アリスとキールの周囲を一瞬で取り囲んだ。


「――っ!?」


(近衛騎士隊!!)


 アリスはぎょっとして、キールも驚いた様子で立ち上がる。


「なんだ? なんだ?」


「アリス嬢、発見! 至急、アルベール殿下および隊長に伝えてくれ」


「了解」


 指示を受けた隊員が速攻で走り去り、急展開にアリスが戸惑っている間に、アルベールが黒髪と紺色のマントを靡かせて姿を現す。


「アリス、探したよ……こんなところに二人で隠れていたのか」


 アルベールはキールと一緒にいるアリスの姿を強ばった顔で見て呟く。


「アリス!」


「アリスさん――キールも!」


 続いて重なるように叫び声が響き、


「シモン……!」


 キールが気まずそうに親友の名を呼び返す。

 サシャと並ぶように走ってきたシモンは、肩で呼吸しながら、アリスとキールの顔を交互に見た。


「急にいなくなるから心配したよ、アリスさん……! 

 ノアイユ侯爵に君の居場所を聞かれ、一緒に探していたんだけど……まさかキールと二人でいるとは思わなかった……!」


「……ごめんなさい……シモンさん……」


 謝りながらも、アリスは混乱する。


(ただキールと数十分ほど物陰で会話していただけなのに、なぜこんな大げさなことに……!?)


 みんなに大騒ぎで探された挙句、アルベールは絶句し、シモンの表情は曇り、サシャにいたっては怒りの形相でキールを睨み、いつもはフォローしてくれるカミュも無言で、心なしかアリスを見る瞳がいつになく冷たい。


 アリスは勢ぞろいした男性陣の顔を見回し、密会現場を暴かれたような緊張感に、急に頭がくらくらしてきた――




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