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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第三章、『亡霊は死なない』
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27、大幹部会議

「それでは、皆様お揃いのようなので、今夜の大幹部会議を始めます」


 会議の開始を継げたのは中央台の端、No.1を背にした書記席に座る痩身の魔族。

 セミロングの縮れた黒髪に濃灰色のファーコートを着た、進行役で本部所属のNo.8だった。

 ほのかな光に浮かび上がる肌は紫色で、酷薄そうな薄い唇に細い目、どす黒い口紅、きゃしゃで長細い手足をしているが性別は男性である。


「まずは会議を始める前に新メンバーのお知らせをします――本日より大幹部会議に新しくNo.9が加わりました」


 弱りきっていたクィーンには幸いなことに、大幹部席は暗闇に沈んでいるので、発言時、席を立つ必要はないみたいだ。

 クィーンはどうにか声を絞り出し、


「よろしくお願いします」


 と、一言のみ挨拶した――



 手元の資料をめくり、滑らかな口調でNo.8が会議を進めていく。


「次に、今月の各支部および本部の成果および被害状況と収支報告に入ります。

 初めに第一支部の月間報告書から読み上げさせて頂きます」


 No.8が報告書を読み始めても、クィーンは採決のことで頭がいっぱいで、ほとんど内容が耳に入ってこなかった。


(口づけできなかったからブルーは出撃許可に賛成するのだろうか?)


 彼女の知りうる限り、やると言ったら必ずやってきた有言実行のカーマインなのだ。

 ブルーの反対票を得られなければ、確実に今夜、ベッド上での指導でクィーンの純潔を奪うだろう。

 

(そんなのは絶対に嫌……! お願いだから出撃に反対して、ブルー!)


 祈る思いで見つめるクィーンの視線の先では、ブルーが退屈そうに肘掛に頬杖をつき、足組みして椅子に腰かけている。

 いくら魔族の瞳が暗視できると言っても距離が離れているので細かい表情までは読み取れない。

 それでもクィーンが瞳を釘付けにしていると、やっと見られていることに気がついたらしい、ブルーが遠くからチラリと見返してきた。


 ――と、次の瞬間、ちょこんと肩に何かが乗る感触があり、首を回して見ると小鳥が止まっていた。


「――!?」


 あやうく口から出そうになった驚きの叫びをすんでで飲み込み、凝視するクィーンの肩で小鳥が嘴を開く。


「――熱い眼差しを送っているけど、ひょっとして俺が気を変えないか心配しているの? ハニー」


 声と口調からして、ブルーが飛ばした分身らしい。

 小鳥はクィーンの耳に嘴を寄せて、周囲の者には聞こえない、ごく小さな声で続けて囁く。


「だったら、安心して、俺は約束通り、反対票を入れるから」


 クィーンはすがるような気持ちで小鳥に尋ねる。


「本当に?」


「うん、さっきのお詫びにね――これでもキスを強要して女の子を泣かせたことを反省しているんだ。

 俺も新時代を築く都合上No.3にトップに立たれたら困るから、もともと口づけなんて関係なしに反対一択だったのに、ちょっと意地悪が過ぎたみたいだね」


(――言われてみればそうかも……!?)


 同年代のグレイが仮面の騎士を倒し、神の涙を入手してNo.1になった場合、実力が劣るブルーが首位を奪って「青の時代」を築くのはほぼ無理になる。


「No.3の手前、あの場では格好つけてああ言ったけどね。

 ハニーは感知能力が低そうだから気がつかなかったかもしれないけど、あの時のNo.3は物凄い殺気をみなぎらせていて、キスを受ける前に俺の首が念力でへし折られていてもおかしくなかった。

 さすがの俺も命は惜しいから、辞退したのさっ」


(そうだったのか……!?)


 てっきりクィーンの涙と蕁麻疹を見てキスをする気が萎えたんだと思っていた。

 ブルーの真意を知ったクィーンは深く安堵の溜め息をつく。

 これで今夜カーマインの夜伽役を勤めなくて済む。


「ところで、No.3の態度からしてハニーにかなり夢中みたいだけど、二人は両思いなの?」


 ブルーの質問に、クィーンは慎重に答える。


「私は現在、誰にも恋愛感情は抱いていないわ……」


「そっか、ということは、特別な想い人がいて、泣くほど俺との口づけが辛かったわけじゃないんだね。

 つまりハニーはNo.2にも惚れていないってことか!

 それを聞いて安心したよ。だって、No.7含め、周囲にいる女性はことごとくNo.2に魅了されてしまうらしいからね」


(軽い調子でNo.7含めって言ってるけど、ブルーは息子なのにそれで平気なんだろうか……?)


 疑問に思うクィーンに、ふとブルーが提案してくる。


「ねぇ、ハニー、別に口づけのかわりじゃないけど、俺のことを嫌ってないなら、暇が出来た時に人間姿でデートして欲しいな――俺の国を案内するよ。

 最初から仕切り直して、まずはお互いのことを知り合うところから始めよう――」


 今も採決前で彼の機嫌を損ねられない状況は同じ――気が進まなくてもここは了承するしかない。


「……もちろん、いいわ……」


「じゃあ約束だ――今から楽しみだな」


 嬉しそうに小鳥のブルーが耳元で囀り、クィーンのイベントリストにまた憂鬱な予定が一つ加わった。


 とにかく貞操の危機を免れ、心に余裕が生まれたクィーンは、そこでようやく会議内容が耳に入ってくる。

 ブルーと会話している間に月間報告は第三支部へと差し掛かかっていて、ローズの死亡情報を聞いたクィーンの胸に痛みが走る。


「――報告書ってほとんど数字の羅列で、眠くなることこの上ないよね」


 小鳥のブルーが愚痴るように、報告内容は増えた結社員の数や収支など数字の部分が多い。

 粛清や暗殺した者についても、要人や第三層以上の者のみ名前が告げられるだけで、それ以下は人数だけの発表だった。



 やがて第三支部の報告が終わり、締めは結社全体を仕切る本部の報告と今月の総評だった。

 総評では各支部の活動評価と改善点の指摘がなされ、第三支部はおもに入信者の獲得数の少なさを突かれていた。


「――月間報告は以上ですが、何かご質問や意見、発表したいことはございますか?」


 No.8が一同を見回し問いかける。


「……無ければ、今月の100番以上の順位変動について発表します」


 結社員の順位は100番以上は結社共通で、それ以下は各支部ごとの扱いになる。

 たとえば100番の者は結社全体で一人だけだが、101番は本部や各支部にそれぞれ一人ずついる。

 10番以下で100番以上の結社員の順位は、支部のトップが提出した書類によって本部が決定し、大幹部会議で発表されたのち、毎月各支部に告知書類が配布される。

 大幹部については欠員が出るたびに『緊急大幹部会議』が開かれ、それ以外での順位の入れ替えはほとんど無いので、通常の大幹部会議の議題に上がることは滅多にない。


「これが終わったら、いよいよ、No.3の出撃許可の採決に入るよ」


 順位発表の途中でブルーが予言し、クィーンの胸はドキリとする。


「ふふ、採決前に俺が全員の回答を予想してあげようか?」


 緊張して身を硬くするクィーンとは逆に、ブルーはずいぶん楽しげな様子だった。


「No.3に順位をおびやかされたくないNo.1とNo.2は当然『反対』。

 でもって正しいことが大好きなNo.4は『賛成』。

 No.7は気まぐれだけど、気があるNo.2とトップのNo.1、両方の意見が一致する場合はそれに合わせるから、今回は『反対』だ。

 で、No.1に忠誠を誓っているNo.8も『反対』する。

 No.10は支部のトップのNo.3と必ず意見を合わせるから『賛成』だ」


 ここまではカーマインの予想と一致している。


「残りはNo.6なんだけど――彼は本部に所属していながら、No.1の派閥に属していない。

 結社の創始者である元No.1の忠実なる配下だったからね。

 ちなみに今のNo.1とNo.2は元No.1の側近仲間で、二人は古くからライバル同士だった」


 そういえば、アニメでもカーマインとNo.1の二人はお互い火花を散らし合っていた。


「No.6は、順位戦で元No.1を倒した現No.1だけではなく、No.2のことも恨んでいるから、二人が反対なら賛成するだろうね。

 大幹部が順位戦を挑まれた場合、通常、二通りの避け方があって、一つは自分の魔界製の武器を持たせて側近をかわりに出すこと。

 そしてもう一つが、派閥で挑戦者より下位の大幹部に、順位戦の申し込みを重ねさせることなんだ。

 順位戦の申請は、この大幹部会議で公に行われ、同じ会議で複数の申し込みがあった場合、下位の者の順位戦が先の日程で実施される。

 当時、No.6は大幹部でも元No.1の側近でも無く、順位戦に参加する術がなかったが、すでに大幹部だったNo.2は違う。

 本来なら、元No.1が順位戦を挑まれた時点で、No.2が順位戦を重ねるべきだったのに、そうしなかったことをいまだにNo.6は根に持っているんだ」


(そんな経緯があったのか……)


 ――それにしてもブルーは少し、クィーンに大幹部の内情をベラベラとしゃべり過ぎじゃないだろうか?

 内心呆れて聞いていると「最後の議題に入ります」と告げる、No.8の声が会場に響いた。


 胸の動悸が一気に速まり、司会の言葉にクィーンは意識を集中させる。


「今回、第三支部トップのNo.3より、聖剣使いによる深刻な支部の被害状況を理由に、『出撃許可』の申請が出ております。

 大幹部会議に提出することについてはあらかじめ魔王様の承認済みです。

 通常通り、No.1より番号順に賛否を問うての採決となりますので、大幹部の皆様はその場で賛成、反対のみでお答え下さい。

 ――それでは、No.1から順にお答え下さい」


 最初にNo.8に回答を促されたNo.1が、一段高い席から低い声で「反対だ」と断言する。

 続いて、左側の席に座るカーマインも「反対する」と即答した。


「No.3は賛成として飛ばしまして、No.4」


 No.4は迷いなく「賛成します」と言い切り、「No.5はいかがですか?」と、問われたブルーの本体も間髪入れずに「反対っ!」と叫んだ。


 お次はNo.1とNo.2にわだかまりを抱えるNo.6の番だ。


「No.6はどうですか?」


 No.6はどこか怒りの滲む声音で「賛成に決まっている!」と吐き捨てる。

 続いて隣席で、自分の長い髪をいじっていたNo.7が「反対するわ」と興味なさげに答えた。


「No.8の私は反対します。

 ――ここまで、反対5に賛成3で、あと一人、反対すれば、過半数越えで棄却されます。

 では、No.9、お答え下さい」


 いよいよクィーンの順番が回ってきた。

 答えはとっくに決まっていても、グレイが見ている前で口に出すのは心苦しく、


「反対します」


 と言ったクィーンの声は、罪悪感に震えてかすれていた――


 最後のNo.10のドクターは賛成し――かくして無事にグレイの出撃許可は反対6、賛成4で棄却された――


(これで、グレイ様は出撃出来ない……!

 私を仮面の騎士の担当に戻さざるを得ないはずだわ)


 ほっとしたクィーンは自身に言い聞かせるように心中で呟いたものの、その一方で心の奥には払拭しがたい大きな疑念があった。


 大幹部会議の終了の挨拶と同時に、ブルーが慌てたように羽をバタつかせる。


「No.2の気配が近づいてくる! ハニー、悪いけど、俺はもう消えるねっ」


 台詞とともに瞬時に小鳥は消え、かわりに一枚の羽がヒラヒラとクィーンの胸元へと落ちてきた。

 思わず手に取ってクィーンが大きな羽を眺めていると、右耳の近くでカーマインの声がする。


「No.5とずいぶん仲良くなったようじゃないか?」


「カーマイン様……!?」


 声はすれどもカーマインの姿も分身であるコウモリも近くには見えず。

 暗がりなので判別できないが、カーマインは実体のない魂のみを飛ばす時は煙の形を取るので、今もその状態なのだろう。

 取りあえずクィーンは謝罪しておく。


「……会議前にお席に寄らず、申し訳ありませんでした」


「――ふん、以降は気をつけろ。

 No.3にここまで運ばれて来たところをみると、どうせまた精神的な理由で具合を悪くしていたのであろう?」


「はい……」


 長いつきあいなので、カーマインはクィーンが弱るパターンを熟知しているらしい。


「男嫌いのお前のことだ、おおかたNo.5の相手をしてダメージでも受けたのだろうな。

 実のところ、今夜の採決については、野心家のNo.5ならば反対すると分かったうえで、駄目押しにお前を派遣したまでなのだ。

 とは言え、これからも採決で必ず味方が必要な場面が出てくる。これをきっかけにせいぜいNo.5と仲良くしておくことだな」


(……駄目押しだったのか……)


 最初からそうと知っていれば、もっと気楽にブルーと交渉出来たのにと、クィーンは内心カーマインを恨みたくなった。


「――何はともあれ、言いつけは守ったようなので、今夜の夜伽は免除してやる。

 現段階で特に新しい連絡事項はないので、今後は仮面の騎士のことで何か進捗がありしだい私の元へ報告へ来い――」


「かしこまりました……」


「それでは、引き続きしっかりやるのだぞ、クィーン!」


 ――カーマインが最後の台詞を言い終わった直後、


「クィーン、迎えに来たけど、気分はどうだ?」


 タイミングを合わせたように近くにグレイが舞い降り、採決の結果には触れず、真っ先にクィーンに体調を尋ねてきた。


「……はい、もう、大丈夫です」


 回復したことを示すためにクィーンは椅子から立ち上がってみせる。


 隣席のドクターは空気を読んだのか「私は、帰りますね」と一言言って立ち去って行った。


「そうか、良かった」 


 グレイは安心したように溜息をつき、クィーンの背中に腕を回して一緒に歩き始めた。

 広大な無明の間を、無言でグレイと並んで歩きつつ、思い通りの採決結果を得たはずなのに、クィーンは妙な胸騒ぎをおぼえていた。


 階段にさしかかると、グレイはクィーンの手を取って優しく握る。

 手を引かれて階段を上り始めたところで、気まずい沈黙を破るように、クィーンは思い切ってグレイに質問する。


「グレイ様は、採決で反対側に回った私に対して怒っていないんですか?」


 前方を見据えたまま、グレイは当たり前のような口調で言う。


「君の気持ちを誰よりも分かっていながら、私が怒るわけがないだろう?

 逆に今回のことでは、君には心から済まなかったと反省している」


「……反省……ですか?」


「ああ、そうだ……今回、君に色々無理をさせたのは、全て話し合いを避けた私の責任だ……許してくれ、クィーン。

 ただ、言い訳を言わせて貰うと、私は、君の願いなら、何でも可能な限り叶えてあげたくなってしまうんだ。

 だから、君の頼みを断るのが辛くて、つい逃げてしまった……」


 言われてみるとアニメのグレイはクィーンのどんなわがままでも聞いて叶えていた。

 彼は好きな相手にはとことん尽くすタイプなのだろう。


「けれどもう逃げないから安心してくれ。

 それともう一つ、私も数ぐらいは計算出来るので、出撃許可が可決されるには賛成数が足りないことぐらい分かっていた。

 分かっていながらも、今回は筋を通すために、大幹部会議に提出しただけなので、君が気にする必要は一切ない……」


 つまり出撃許可を却下されてもグレイが平然としているのは、先に結果を予測済みだったからなのだ。


「……筋……ですか?」


 新たな事実を知ったクィーンの胸に、黒雲のように不吉な予感が広がっていく。

 階段を上りきると、そこはもうNo.9の間の近くだった。

 グレイは足取りが遅くなったクィーンの腰を抱き寄せて、半ば抱えるように廊下を歩いてゆく。


「クィーン……やはり今の君は相当弱っているみたいだね。

 日付が変わり、もう今日の日中に迫っている園遊会に備えて、一刻も早く帰って休んだ方がいい。

 続きの話はまた夜にでも二人でゆっくりしよう――」


 グレイの言うように時刻はすでに朝方近く。早く屋敷に戻って少しでも多く眠っておくべきだ。


「……はい、グレイ様……」



 クィーンはNo.9の間の前でグレイと別れると、急いで侯爵家の寝室へと戻って、変化を解いてベッドへともぐりこんだ。

 

(――数時間後にはまたカミュ様に会えるし、夜には二人で話し合える……)


 不安を振り払うように心に言い聞かせ、アリスは頭からふとんをかぶってぎゅっと目を瞑った――



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