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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第三章、『亡霊は死なない』
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25、口づけの代償

 この黄昏城(アジト)を中央部で支えているのは、『魔王』の魂を核とした巨大な魔力を持った意識体。

 血液のように建物中にその魔力が張り巡らされ、いわば今も魔王の腹の中にいるような状態だというのに――

 

(――恐れ多くも魔王様のやり方に『異』を唱え、あまつさえ『結社の変革』という危険思想まで語るとは――怖い者知らずにもほどがある!)

 

 配下であるクィーンの前でカーマインを倒す宣言はするし、ブルーはもう少しよく考えてからしゃべった方がいいんじゃないだろうか? 

 よくこれで他の兄弟を押しのけ皇太子になれたものだと、逆にクィーンは感心してしまう。


(そういえばアニメでも、ブルーは最期、無謀な行動でほぼ自爆に近い死に方をしていたような……)


 今回は仕方ないとしても、巻きぞえを食らわないように、今後は一切関わらない方向にしよう。


 硬く決意するクィーンの向かいの席では、ブルーが銀杯を掴んで一気に中味を空け、上機嫌な様子で哄笑をあげる。


「あははは――ごめんね、美しいクィーンに出会えてつい嬉しくて、調子に乗って俺ばかり話しちゃって!

 肝心のクィーンが今日俺に会いに来た理由をまだ聞いてなかったね」


(そうだった……)


 ブルーの勢いに飲まれていたクィーンは、促されてようやく今日の会談の本題を話し始める。

 ――第三支部の被害状況と、グレイが今夜の大幹部会議で自らの出撃許可を求めることを説明し終えたあたりで――ブルーが口を挟めた。

 

「なるほどね、第一支部も似たような状況だから、とても他所ごととは思えないな。

 実はちょうど俺も、大幹部会議に聖鎌使いの討伐願いを出そうかと思っていたんだ」


「討伐願い?」


「うん、会議を通れば、管轄地域関係なく対象の敵を結社全体の標的にして貰えるんだ。

 支部のトップになる前に、俺は数回ほど聖鎌使いと戦闘したけど、まったく歯が立たなくってさ。

 先だって、No.6と5人の魔族を聖鎌使いにさしむけて、見事に返り撃ちに合い皆殺しにされたんで、とうとう決断したのさ」

 

 クィーンが大幹部に昇格したのは、その『前No.6』の死亡を受けてだった。


「――No.6含めた6人をいっぺんに倒すなんて、聖鎌使いは相当な強さなのね……」

 

「うん、魔族の俺が言うのもなんだけど悪魔みたいな男さ。

 だけど、困ったことにNo.7が、第一支部の沽券と俺への魔王様の心証を気にして、現在、大幹部会議に出すことを強固に反対している。

 支部が危機を脱しないことには、トップの俺も順位戦や結社の変革どころじゃないし、早く会議に出して通したいんだけど――残念なことに今回も見送りさ――」


(――って、その前に聖鎌使いも倒せないのに、ブルーはグレイ様以外の四天王には勝てる気でいるわけ? ――強気なんだか弱気なんだか分からないわね)


 クィーンの記憶によるとアニメで聖鎌使いを倒したのはNo.1だった。

 ゆえに聖鎌使いを倒せないようでは、青の時代の到来は絶望的だろう。

 クィーンは半ば憐れむ気持ちでブルーに約束する。

 

「討伐願いが会議に出たら必ず賛成するわ」


「うん、その際はぜひお願いするね」ブルーはにっこりと微笑み「それで今回の件では俺はどっち側につけばいいのかな?」と、核心部分に触れてきた。


 クィーンはカーマインの言いつけ無視で、色じかけ要素皆無の真剣な瞳と硬い声で言い切る。


「――仮面の騎士の相手は私がしたいと思っているわ。だからブルーには反対票を投じて欲しいの」


 ブルーはヒューっと口笛を吹く。


「自ら敵勢力最強の相手を希望するなんてシビれるね!

 そういうことなら反対票を入れてもいい」


「本当に?」


「うん」


 アッサリと了承を得て拍子抜けするクィーンの前で、椅子から立ったブルーはバサッと真っ青な翼を出現させる。


「お礼はクィーンの口づけでいいよ!」

 

 甘やかな笑顔で叫んで一足でテーブルを飛び越え――ブルーは青い髪を乱してクィーンの近くに舞い降りた。


「口づけ……?」


 驚いて目を見張るクィーンの顔を、いたずらっぽい瞳で見下ろし、美しき蒼き天使姿のブルーは愉快そうな表情でつけ加える。


「うん、ただし、大人の口づけね」


「……!?」


 いくら恋愛経験がないクィーンでも、ディープキスぐらいは知っている。


 グレイの命がかかっていることを思えば、唇ぐらい安いもの。

 誘惑する手間を省いてくれたのも幸運だ。

 悩むまでもなくカーマインの夜伽をするより、ブルーとキスする方がいいに決まっている。


 ――そう頭では分かっているのに、いざブルーの顔を見上げて口づけすることを想像したとたん、胸がムカムカして気持ち悪くなってくる。


(うっ……!?)


 アルベールの時みたいに身体が拒否反応を起こしているのだ。

 クィーンは吐き気をもよおしていることを気取られないように、込み上げてくる苦い唾液を飲み込み、涙目を見られないように俯いた。


(どうしよう……ブルーの気が変わらないうちに一刻も早く同意しなくてはいけないのに、口を開いた瞬間おえっとなりそう……)


 そんな反応を見せたが最後、ブルーは口づけをする気が失せて、考えを変えてしまうかもしれない。

 懸命にクィーンが胸のムカつきを抑えようと戦っていた時、頭上でブルーが焦ったような叫びを発する。


「いけないっ――話し込んでいる間にもうこんな時間だ! 

 俺、父親に食事が済んだら報告に来るように呼ばれているんだよねっ!

 今、戦争準備で忙しくてさっ、今日も遅い夕食のこの時間しかクィーンに会う時間が無かったんだ」


(えっ……!? それじゃあ、反対票はどうなるの?)


 しゃべると戻しそうなクィーンは、瞳で必死に問いかける。

 無言の言葉が通じたかは不明だが、ブルーは手の平を広げた腕をクィーンの方へと伸ばす。


「ごめんね、続きは後にしよう――大幹部会議前に迎えがてらクィーンの部屋に寄るよ。

 今後のつきあいのために、お互いの個室の入室権限の交換しておきたいんだけどいいかな?」


 気が進まなくても今は断われるような状況ではない。

 こっくりと頷き、クィーンはブルーの手に鍵を収納している側の手を合わせた。


「じゃっ、また後でね、クィーン!」


 鍵の情報を受け取ったブルーは、ウィンクしてから翼を広げ、風を巻き上げながら扉の向こうへと飛び去って行く。

 クィーンはひとまずほっと息をつき、気分が落ち着くまで休んだあと、No.5の間を後にした――



 ――辛い試練は先送りになったものの、時間が増えた分だけ気の重さが募っていく……。


(夜までに心の準備をしなくては……)


 分かっていても情けないほど心が動揺し、たかが口づけをするだけなのに極刑を待つ気分だ。

 クィーンは気を紛らわせるために、マラン伯爵邸で手芸をすることにした。

 マラン伯爵夫人は本当にレース編みの名手で教え方もうまい。

 アリスは簡単な編み方のパターンを覚えると、初心者向きのハンカチの縁飾り編みに挑戦し始める。


「今日は色々急でごめんなさいね、マラン夫人」


 手芸室の椅子に二人並んで座り、手を動かしながら一応謝罪する。


「いえいえとんでもございません! いつでも気にせず何でもお申しつけ下さい。

 それに元々今日は、明日の園遊会に供えて屋敷でゆっくりする予定でしたから――」


(園遊会か……私も早めに帰って準備した方が良さそうね)


 アリスはシンプルな白いハンカチの周囲に2cmほどの縁編みを完成させると、夕方前には馬車で送って貰って侯爵家に帰宅した。

 



 ――その晩の夕食中――

 王宮から帰ったサシャは朝方同様、人が変わったように口数が少なく、食堂にはノアイユ夫人の高音の声ばかりが響いていた。

 

「まぁ、アリスも明日園遊会に招待されていたなんて知らなかったわ! 一緒に参加出来るなんてとても嬉しいわね!」


「はい」


 侯爵家に届いた手紙や贈り物は、すべて執事によっていったん執務室に送られ、サシャの検閲を受けるので、夫人はアリスに招待状が届いていた事実を今初めて知ったのだ。

 

「前もって知っていたら、園遊会のためにアリスのドレスを新調したのに、残念だわ!」


 ノアイユ夫人は大げさに嘆き、チラリと息子を横目で見やる。

 食欲がないらしいサシャは、ほとんど料理には手をつけず、酒の入った杯を傾けては、時おり思いつめたような瞳でアリスを見つめている。

 テンションが高い夫人と極端に低いサシャに囲まれ、なんだか気疲れしたアリスは、早々に明日の園遊会と眠る前のお祈りを口実に、自室に引っこむことにした。



「はー……疲れた……」


 寝室に入ると異様な疲労感と眠気に襲われる。

 ベッドに横になると本格的に眠ってしまいそうなので、クィーン姿に変化後、No.9の間に移動してうたた寝することにした。

 ここなら寝過ごしかけても、部屋にやって来るブルーが起こしてくれるので安心だ。


 戦闘訓練で破壊されたのかソードのベッドは室内から消えている。

 クィーンは部屋の角に移動された長椅子に横たわると、目を瞑り、最後の心の準備に自分に言い聞かせた。


(口づけなんて何でもないわ……みんなしてるし……カーマイン様の言う通り、私も16歳、そろそろ大人にならなくては……。

 『苦手なことを克服してこそ成長はある』って、いつだか貰ったメッセージ・カードにも書いてあったじゃない。

 これからブルーだけではなく、アルベールにも色じかけをしなくてはいけないんだから、この嫌悪感を克服して拒否反応を抑えるのよ!)


 そしてブルーと口づけをするのだとクィーンは思うと、口の中にまた苦いものが込み上げてくる。

 理屈では分かっていても根深い拒否感はぬぐえず、時間は容赦なく迫ってくる。


 途方にくれたクィーンは、いつしか子供みたいにすすり泣いていた。

 ローズが亡くなって以来壊れた涙腺はいまだに直らない。

 ブルーのことだけではなくここ数日のストレス展開に、クィーンの精神はかなりすり減って、悲鳴を上げていた。


「……助けて……」


 涙を流し嗚咽してると、

 

「大丈夫ですか?」


 優しい声が上から降ってきて、誰かの温かい手が肩に触れる。


「シンシア……?」


 クィーンは夢うつつに濡れた瞳を上げ、ぼやけた視界に映る人物に救いを求めて手を伸ばす。


「……お願い……辛くて……たまらないの……」


「何がそんなに辛いんですか?」


 身を屈めて尋ねる人物に両手ですがりつき、涙を拭うように衣服に顔を埋めたクィーンは辛さを訴える。

 

「……目的を達成するために……しなくてはいけないことがあるのに……苦手で、うまく出来ないの……」


 背中に腕が回される感触がして、長椅子の座面が沈み込み、静かな声が問いかけてくる。


「他に手段はないんですか?」


「……あっても……困難だわ……一番簡単で……リスクが少ない方法が分かっているの……」


「でも、それをするのは嫌なんでしょう? 

 あなたがそんなに嫌だと感じるのは、それなりの理由、自分の信念に反することだからではないのですか?

 だったら、困難であっても、他の手段を選べばいい」


「理由……信念?」


「僕はね、たとえ結果が同じであっても、そこに至る過程が大切だと思います」


(……僕?)


 そこでようやく自分が抱きついている相手が、シンシアで無いことに気がつき、クィーンの鼓動が大きく跳ね上がった。


「たとえば同じお金であっても、汚い行為をして得たものと、汗水を垂らして得たものでは大違いです――楽な方に流されて大切なものを見失ってはいけません。

 結社に入った僕が言うのもなんですが、目的のために己の信念を捨て、手段を選ばなくなったら人間はお仕舞いです」

 

(この声は――)


「ニードル……!」


 クィーンはガバッと顔を上げて、ぼやけた視界の集点を合わせてニードルの姿を見つけた。


「はい、クィーン」


 美しく澄んだ菫色の瞳を細め、ニードルがクィーンの身体を支えるように抱きながら、優しい眼差しで見下ろしている。


「……っ……!? ごめんなさい!?」


 クィーンはニードルにしがみついていた手を離し、長椅子の端まで飛び退いて身を離す。


「こちらこそ寝ているクィーンに話しかけてすみません。

 泣いて、うなされているみたいだったので……」


 どうやらソードとサシャに引き続き、今度は寝ぼけてニードルに抱きついたらしい。


(し、信じられないっ!?)


 羞恥心で狂ったように鳴るクィーンの心臓に止めをさすように――そこに、扉のノック音が響く。


「誰か来たみたいですね」


 豊かな生成色の髪を揺らし、立ち上がったニードルが出迎えに向かう。


 心の準備を終えるどころか思い切り取り乱している状態で、クィーンは扉を凝視した。


(――ブルーが来たんだわ!)


 しかし予想に反して、ニードルが室内に招き入れたのは、青みがかった長い銀糸の髪と、裾を床に引きずる灰色の(ローブ)を着た冷たい美貌の魔族――グレイだった。


「……グレイ様……っ!」


 長椅子で固まるクィーンに水色の瞳を向け、グレイはゆっくりと歩み寄ってくる。


「――クィーン。昨日は冷たい言い方をして済まなかった……。

 君は今夜が初めての大幹部会議だから、一緒に行こうと思って迎えに来たよ」 


 言われて時計を見ると、もう一日の終わりの30分前だ。

 グレイの気遣いは心から嬉しいが、約束した以上はブルーが来るまで待たなくてはいけない。

 クィーンが断りの文句を口にしようとした瞬間――


「ハニー、お待たせ! 時間ギリギリになっちゃって、ごめんねっ!」


 絶妙のタイミングで勢い良く扉を開け放ち、大輪の薔薇の花束を抱えたブルーが室内に飛び込んできた。



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