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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第三章、『亡霊は死なない』
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23、譲れないもの

 多忙なカーマインは何より遅刻されるのが大嫌いだ。


「お前は時計も読めないのか?」


 No.2の間に入室したとたんに苛ついた声で問われ、待ちくたびれたように椅子に座っているカーマインを見て、クィーンはしくじったと後悔した。


「申し訳ありません」


 うかつにも報告する前から機嫌を損ねてしまうとは――


(これは報告し終わった後、確実に地獄を見る……)


 心臓が縮み上がる思いで、クィーンは床に跪いた――




 ――それから数十分後――


「良いか、色じかけも泣き落としでも同じ、いかに相手の情報を生かし、効果的なポイントから攻めるかが肝心だ」


 予想に反してクィーンはカーマインの真剣な講義を聞かされていた。


「今回の例ならば、No.3は私がお前を拷問する場面を見て酷く狼狽していた前例があるのだから、そこをつくのが最も効果的。その場合の一番効く台詞は何だと思う?」


(てっきり酷い目に合わされるかと思っていたのに……)


 報告を聞き終えたカーマインは、椅子から立って上から乱暴にクィーンの顎を掴み上げ、顔を突き合わせた状態でひとしきり嫌味を浴びせたあと――驚くべきことにお仕置きではなく具体的な助言を始めたのだ。 

 意外な展開に拍子抜けしながら、よくよく過去を思い起こしてみれば――彼は今までもクィーンが『命を粗末』にした時しか、天井逆さ吊りや鞭打ちの刑を行使しなかった。

 殺されかかるほど折檻されたのもこの前が初めてなのだ。


「どうした? ほら、答えてみよ」


 呆然としていたクィーンははっと我に返って、おずおずと答える。


「……分かりません」


 深々と溜め息をつき、カーマインが解答を述べる。


「お前に惚れていると分かっているのだから、私に罰として『犯される』と言うのが最も効いたであろう」


「おっ、おかっ……」


 過激な語句にクィーンは口をパクパクさせた。


「ここで駄目押しに『あなた以外には身体を許すのは嫌だ』と抱きつけば、かなり高確率でNo.3は落ちたであろう。

 このように泣き落としと色じかけを合わせればより効果的なのだ」


「――!?」


 その発想はなかったというか、カーマインの指示を受けていること自体、グレイには告げていなかった。頭の硬いクィーンは何も考えず機械的に言われた通りに実行するのは得意だが、自分の知恵をしぼって物事を達成するのは極めて苦手なのだ

 思いのほか真面目なカーマインの指導だったが、内心(最初からそうやって具体的に指示してくれれば良かったのに)と不満を感じる、大幹部になった今でも配下根性と甘えが抜けないクィーンだった。



「――以上を踏まえて、No.5について私が知っている情報をお前に伝えよう」


「――!?」


 話の急展開についていけず、クィーンは耳を疑った。

 なぜここで突然No.5が出てくるのだろう?

 疑問に思いとまどうクィーンに、カーマインはNo.5の知識――女好きで無邪気、No.1に対抗意識を持っている、享楽的であることなどなどを告げた。


「覚えたか?」


「は、はい、でもあの……?」


「では即刻、No.5に会って色じかけをして、大幹部会議で反対票を投じることを確約させてこい!」


「No.5をですかっ!?」


 アニメでしか見たことがない、今生では一度も面識のない相手だった。


「何を驚くのだ? No.3は大幹部会議までお前に会わぬと言ったのであろう? そうすると時間もないことだし、次の段階に移るしかない。

 お前の失敗を見越して私が先に女性大幹部であるNo.7に『反対票』の約束を取りつけてある。

 それでもまだ5票しかなく魔王の裁定を仰ぐことになり、出撃の許可が出される可能性がある。

 ――そこでお前が女好きのNo.5を落として来るのだ!」


「……落とす……」


 間の抜けた感じでおうむ返しするクィーンの顎を、ぐいっと引き寄せ、カーマインは鼻先同士が触れ合うほど近くから睨みつけた。


「今は時間が惜しいからお前に罰を与えぬが、もしも今回もしくじった場合は覚悟しておくのだぞ!

 大幹部会議後にお前に私の夜伽をさせて、みっちりベッド上で色じかけの講習をするからな?

 貞操を失いたくなかったら、何が何でもNo.5に反対票を確約させてくるのだ! 分かったな? クィーン」


 きつく脅しつけるように言われ――クィーンは悟る。

 お仕置きは回避出来たのではなく、先延ばしになっただけなのだと。




 有無を言わさずカーマインに同意させられたものの、いまいち新たな任務を達成できる自信がないクィーンは、No.2の間を出て廊下を歩く足取りも重かった。


(……とにかく日付が変わって大幹部会議はもう今夜に迫っている。時間の余裕もないし、命令された以上はやるしかない。

 カーマイン様が即刻と言ったのは、No.5がいるアメリア帝国が別大陸で、時差的にもう日中だからだろうけど……。

 いきなり行って会って貰えるとも思えないし、まずはメッセージ・カードを飛ばして約束を取りつけないと……)


「はぁ……」


 失敗したら貞操を奪われるという状況に、重い溜め息をついてクィーンが第三支部の扉を開くと、


「クィーン! こんばんは」


 驚いたようなニードルの挨拶の声が飛んでくる。

 夜中というか朝方近くなので、まさか人がいると思わなかったクィーンはどきっとする。

 室内を見渡せばニードルとヘイゼルのみならず、意外な人物の姿があった。

 普段は空いている席に座る、無造作な鉛色の長髪に黒づくめの衣装を着た、でかい図体の人物――


「ソード!」


 クィーンが叫び、ソードはうめきながら頭を掻き毟る。


「くそっ、間違ってクィーンと再会しないように、夜中に仕事をしていたのにっ!」


「どうしてここにあなたがいるの!?」


 心からの疑問を口にするクィーンに、ヘイゼルがくぃっと眼鏡をあげながら第三支部の厳しい現実を語る。


「数日グレイ様がお休みになるということで、No.22に支部内の仕事を手伝うように命じられたのです。

 しかし出勤する時間も作業も遅いので、まるで戦力にならず、この時間になっても私もNo.19も帰れない状態です」


「悪かったな!」


 憤然と言うソードに続いて、ニードルが尋ねる。


「クィーンはまだ休暇中ではなかったんですか?」


「えぇ、伝令用のメッセージ・カードを取りに来ただけなの」


 クィーンは説明しながら入り口近くの書類戸棚に手を伸ばし、二つ折りの白いカードを数枚手に取ると、改めて視線をソードに戻す。


「――数日ぶりね、ソード」


 ソードは気まずそうに苦笑した。


「あぁ、そうだなクィーン。

 まったく……こんなに早く再会すると知ってたら、先日、格好つけて別れを言ったりしなかったのに……」


 クィーンは愚痴るソードの席へと歩み寄っていく。


「あの時はほとんど会話出来なかったわね……。

 あなたには色々話したいことがあったから、今日、ここへ来て良かったわ」


 横でやり取りを聞いていたヘイゼルが、気をきかせるようにすっくと席を立つ。


「さて――私は少し疲れたので、そろそろ隣の部屋に仮眠しに行きますね」


 ニードルも続いてガタッと椅子を蹴るように立った。


「僕も残りの仕事は明日にして、今日は切り上げて帰宅します」


 

 ――二人が部屋から退出するのを待ち、まだローズのことを引きずっているらしい、複雑な表情を浮かべたソードがおもむろに尋ねてくる。


「俺に会えなくて寂しかったか? クィーン」


「寂しいというより目が届かずに不安だったわ」 


 ソードの軽口に真剣な調子で返し、クィーンは本題に入る。


「あれからグレイ様と何度か交渉しているところなの。

 また一緒に王都の任務に出られるように、あなたを私の側近に戻してもらうつもりよ」


 仮面の騎士の担当とソードのサポート役は連動する。

 説得には失敗しても、大幹部会議で『出撃許可』を却下させることができれば、グレイは事実上、ソードのサポート役をすることが不可能になる。


(そうなれば先日のサンローゼ教会の戦いで、異能の剣は聖剣相手に強度が足りないことがはっきりと実証されたのだから、グレイ様は私かドクターにソードのサポート役を命じるしかなくなる。

 魔界製の武器を得た今の私なら、ソードと連携すれば勝機があることはグレイ様も分かっているはず。

 第三支部のトップとしてそこまで私情を挟めないで、戦闘向きではないドクターを出すより、私をソードのサポート役に戻してくれると信じたい)


 魔界製の鞭を持ち二人の側近を連れながらも、毎度、手も足も出せずに逃げ帰っていたアニメのクィーンとはわけが違うのだ。


「だが、クィーンがそう言っても、あのNo.3の気を変えるのは難しいだろう。

 別に無理してまでクィーンの下に戻してくれなくていい。配下じゃなくても二人で会うことは出来るだろう?」


「ソード、あなたは分かっていないのよ……上に立つのが私とグレイ様では大違いであることを……」


 ソードが仮面の騎士が出没する王都の担当なのは今さらでも、クィーンの中ではサポート役がグレイに変わったことで大きな危機感が生まれていた。

 その正体がカーマインの『あの男は配下への愛が薄い』という言葉と、今までのグレイのソードに対する仕打ちからくる、不審感に根ざしたものだという自覚もある。

 グレイからはクィーンを守りたいという想いは伝わっても、他の仲間達、取り分けソードに対する情は薄く感じられる。


(果たして、グレイ様はソードの命を必死に守るだろうか?)


 疑念を抱くクィーンには、ローズのこともあって、絶対にソードを死なせたくないという強い想いがあった。

 仮面の騎士との相性の悪さだけではなく『ソードを死なせない』という観点においても、サポート役はグレイより自分の方が相応しいと確信している。


「それってNo.3が俺を嫌っていることについてか?」


 滅多なことは言えないので、クィーンはあえて肯定も否定もせず、ソードに別の事実を提示する。


「仮面の騎士に出会った場合、グレイ様はあなたと連携せず一人で戦うつもりなのよ――1対1で敵わなくても、協力し合えば倒せるかもしれないのに……!

 でも私ならあなたと協力して戦える。

 その大剣は私のフライソードより強度はあっても、異能の剣では聖剣との打ち合いには耐えられない。

 そこで魔界製の剣を持った私が前衛で聖剣を受けて、あなたが後衛として援護してくれれば、仮面の騎士相手でも充分勝ち目があると思わない?」


 クィーンとて正々堂々と戦いたい気持ちはあれど、アニメを観ていたからこそ、仮面の騎士の無敵なチート能力を知り尽くしている。

 甘い綺麗ごとを言って勝てるような相手ではないのだ。


 ソードは長い足を組んで深く椅子に腰掛け、鋭い鉛色の瞳を細めて、考えこむように腕組みしながら答えた。


「生憎だが、クィーン。武器性能が足りなかろうと、ボスが誰だろうと、俺にとっては関係ない。

 俺もNo.3と一緒で、戦うからには1対1希望だ。協力し合って戦うなんてごめんだね」


「――えっ!?」


 まさかソードまでグレイと同じようなことを言いだすとは……!?


「と言っても、何も手柄を独り占めしたいからでも、クィーンが女だから言っている訳でもない。

 俺は今まで第三支部の処刑役として、結社の内外、多くの者をこの手で(あや)めてきた。

 全て俺より『格下』の、はっきりと実力差のある相手の首を無情にも刈りとってきたんだ。

 そして仮面の騎士はいわば、俺達、魔族から見た場合の『処刑人』。

 今まで散々この手にかけてきた者達の命に賭けて、俺にはいかなる強敵にも真っ向から立ち向かわねばならない責任がある。武器ハンデがあっても相手が『格上』であろうと、他人の手を借りたり逃げることなんてできないんだ。

 これは死んでも譲れない俺の『生き方』、男としての意地の問題だ」


「……意地?」


 クィーンは愕然として、決意に満ちた精悍なソードの顔を見つめた。


「そう、俺にとっては自分の命より大切なものだ」


(命より大切なもの?)


 ソードの言葉は今まさに前世の頃『命より』大切にしていた『母のように男に媚びない』という信念を捨てようとしているクィーンの胸に、ズシリと重たく響いた。


「クィーンにだって、死んでもそれだけは『譲れない』というものがあるだろう?」


 その問いは自らの命を軽んじてきた今生のクィーンには答えがたいものだった。

 命より優先するものはたくさんあれど、どれも、ソードのような『重さ』はない。


 クィーンが言葉を失っていると、扉の開閉音がして、短すぎる仮眠から戻ってきたヘイゼルの姿が見えた。

 はっとして時計を見るともう朝方近くで、色んな意味ですでに時間的な余裕がまったくない。

 グレイのサポートの都合上、ソードが王都の任務に出るのは大幹部会議後になる――今はカーマインの命令を優先させるべきだ。

 

「ごめんなさい。時間がないから、話はまた次の機会にしましょう」


 クィーンは慌ててソードに断りを入れ、自分の席に着席すると、魔力を篭めるだけで自動で宛先へと届く、便利な結社製のメッセージ・カードを2枚したためてその場で飛ばす。


 そうして時間に追われているクィーンは、半ば抜け柄のような状態で第三支部を後にした――




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