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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第一章、『物語の始まり』
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5、黒幕の登場

(いいや、絶対にダメだ――!?)


 ここで流されて踊ってしまえば、メロディの配役そのままにアルベールの意中の相手だと噂され、間違いなく社交界で有名人になってしまう。

 表の顔では極力目立たないというアリスの信条から大きく外れてしまうのだ。

 今夜はただでさえサシャにエスコートされ注目の的になっている。

 アルベールと踊るどころか、そろそろ舞台の中央から袖へと下がらねば――


 アリスは瞬時に決断すると、今日一番の笑顔を作ってアルベールに返した。


「殿下にダンスに誘って頂けるなんて、夢のようです」


 そう言ったあと急に表情を曇らせ、声のトーンを下げる。


「ですが、実は先ほど転んだ時に、少し足を捻ってしまったようで……。

 歩くのは問題なさそうですが、踊るのは止めたほうが良さそうです……」


 非常に残念そうに呟きながら、内心は転んでおいて良かった、と偶然に感謝するアリスであった。


「そうか……足を……かわいそうに」


 アルベールは即座に同情的な眼差しを向け、心優しいメロディも心配そうな声をあげた。


「まあ、アリス、大丈夫?」


「本当か、アリス? なぜもっと早く言わないんだ!」


 サシャだけが怒ったように訊いてきた。


「ごめんなさい……転んだ直後は分からなくて……遅れてだんだん痛みを感じてきたの……。

 でも、軽く捻っただけだから、あまり心配しないで……。

 それでは、私は広間の隅で休ませて頂きますので、どうか皆さんは気にせず楽しんで下さいね」


 言い訳と退場の挨拶を健気な調子で締めくくると、あとは逃走を残すのみのアリスだった。

 しかし、そうは簡単にいかなかった。


「そうだね、休んだ方がいい」


 同意したアルベールは、さっと彼女へと両腕を伸ばしてきた。


「――!?」


 男性アレルギーのアリスは反射的に、腕から逃げるように身をのけぞらせ、


(まずい……!?)


 慌てて避けたことを誤魔かすために、よろめいた演技をした。

 それを見てさらにアルベールが腕を突き出して迫り、その姿がアリスの瞳にホラーじみて映る。


「アリス、歩くとよけい足を傷める。さあ、大人しく、僕に運ばせて欲しい」


(運ぶ!?)


 一つの危機を乗り越えたとたん、また新しい危機が訪れるのは物語の定番とはいえ、これは酷い。

 どうみても状況が悪化している。

 公衆の面前でお姫様抱っこなんかされたら、王子のダンス相手をする以上に目立ってしまうではないか。


(冗談じゃない!?)


「――は、運んで頂くなんてとんでもありません! 歩くのは全然大丈夫ですから」


「いいや。足の怪我は甘くみない方がいい。負担をかけて悪化したら大変だ」


「そうだアリス。歩かない方がいい。

 殿下、ここは私がアリスを運びます……、ほら、アリス」


 アルベールの意見に賛成したサシャも、一緒になってアリスのほうに腕を伸ばして迫ってくる。

 ゾンビ――もとい追手が二人に増えてしまった!?


「アリス、好意に甘えたほうがいいわ。ただでさえハイヒールは歩きにくいんだもの。

 足をよけいおかしくしたら大変よ!」


 自分がさっきそのハイヒールで走っていたことも忘れ、メロディまでアリスの説得にかかる。

 完全にアウェイな流れだった。


(本人が嫌がっているのに……!)


 アリスはイラ立ちながら後退しつつ「本当に、結構です……!?」と必死で訴えて抵抗を示した。

 このまま捕まらないよう逃げ続けることはできるが、不自然な身のこなしをすれば、普通の令嬢ではないことに勘づかれてしまうかもしれない。

 足を痛めている設定もあるし、次に強引に来られたら諦めるしかない――


「さあ、アリス、素直に従うんだ」


 覚悟を決めたそばから最後通告を口にして、アルベールが腕を一気に繰り出してくる。

 もうこれは(詰んだな)とアリスが観念しかけたとき――


 グイッと、誰かの手が後ろからアリスの二の腕を掴んで引き寄せ、守るように身体を両腕で囲い込んだ。


「――あっ!?」


「嫌がる女性に何をしているんですか? 兄上」


 とっさに状況が飲み込めず固まるアリスの頭上から、冷たい響きの声が降ってくる。

 顔を上げて見ると――白髪と銀灰色の瞳、血が通ってないかのような白い肌に、氷のような美貌をした、見覚えのある人物の顔が目の前にあった。

 アリスは大きく息を飲んだ。


(カ、カミュ様ーーーー!?)


 秘密結社『黄昏の門番』は世界を股にかける組織であり、複数国に拠点があった。

 このフランシス王国にも第三支部が置かれており、現在そこにいる大幹部は二人。

 一人目はNo.9である自分。『蝿の女王』の異名を持つアリス・レニエ。

 そして残るもう一人こそが、今まさに彼女を腕に抱いている組織のNo.3、第二王子のカミュである。


 彼の登場はアニメの第1話の夜会シーンに出ている人物――今夜の役者が全て出揃った瞬間でもあった。


「カミュ、珍しいな君が夜会へ顔を出すなんて……」


 アルベールは意外そうな顔で弟の姿を眺める。

 カミュは光沢のある白地の踝丈のローブと、床を引きずる同色のたっぷりとしたマントを羽織っていた。

 続きの間である別室にはゲームや軽食が用意されているので、夜会へ出ている事自体はともかくとして……。

 ダンス会場である広間にいるのはおかしい、どう見ても踊れない衣装を着ていた。


(そもそも、カミュ様はなぜこの場に現れたのだろう?)


 アニメの夜会シーンでは、踊るアルベールとメロディを二階から意味深にじっと見下ろす、という1カットしか出番がなかった筈だ。


 アリスは疑問に思うと同時にもう一つ不思議な点に気がついた。


(あれ、私、カミュ様にはアレルギー反応が出ない?)


 浮世離れした風情のカミュは男臭さどころか、人間味すらも希薄なせいだろうか。

 初対面の相手なのに身体が密着していてもまったく平気だった。


「私もたまには王国の美しい花々を鑑賞しようかと思いましてね――」


 うそぶくように言ってからカミュは周囲に視線を巡らせ、再びキッとアルベールを見た。


「ところで兄上、誤魔化さないで下さい。いったい、この女性をどうしようというのですか?」


 非難を込めた物言いに、サシャが前に進み出て説明する。


「カミュ殿下、誤解です。

 彼女は私が後見しているアリス・レニエであり、今夜が社交界デビューだったもので緊張のあまり転んでしまい、足を痛めてしまったのです。

 それで歩くと足に障るので、抱いて運んであげようとしているのを、本人が固辞しておりまして……」


「……そうなのか……?」


 カミュが問うようにアリスの顔を見下ろす。

 真近にある彼のほの暗い輝きを宿した瞳は、アルベールと違い、妙にアリスを安心させるものがあった。

 おかげで彼女の心はスッと落ち着き、さり気なくカミュの胸を押して身を離す、という分別と、冷静な思考を取り戻すことができた。


(……カミュ様がここへ出てきた理由は……)


 組織のNo.3であり、このフランシス王国に置かれている第三支部の長である彼は、アリスが新しいNo.9だと当然知っているだろう。


 カミュはフランシス王国の第二王妃の息子であり、アルベールより半年遅く生まれた腹違いの弟で、アリスの1歳上の17歳。

 高貴な生まれだけではなく『黄昏の門番』の組織においても、異例の11歳という若さで大幹部になった特別な存在であった。

 飛び抜けた異能の力もあるが、組織で出世する場合、どうしても平民より身分が高い者の方が、貢献度に差が出てしまう。

 この国の王族であり、クリスタ聖教の教皇の甥でもある彼が、圧倒的に有利なのは仕方のないことだった。


 ――アニメであればアリスは11歳の春に、カミュと出会って結社に勧誘される。

 しかしカミュがNo.3になったのはアリスが10歳の頃であり、妹が亡くなった9歳当時に組織員であったかは定かではなかった。

 だからわざわざ他国にいる組織のNo.2の元まで行って頼ったのだ。

 アリスにはそのたった1・2年が、どうしても待てなかった。

 フランシス王国に戻ってからも、前の支部に籍を置いたままで客員扱いのせいか、アリスは一度も第三支部に呼ばれることはなかった。

 挨拶ぐらいされると思っていたのに、それさえもなく、いつも使者を通じての連絡のみ。

 この半年間ただの一度も、No.3の彼と対面する機会がなかった。

 とはいえ、アニメのクィーンはカミュの相当なお気に入りだったので、相性は悪くないように思えた。


(ひょっとしてカミュ様がこの場に出てきたのは、同じ組織の一員である私を気遣ってでは?)


 他の理由も浮ばないし、アリスはそう結論づける。


(だとしたら加勢してくれるかもしれない)


「カミュ殿下。足を痛めたと言っても、ほんの少しなんです。歩くのには支障ないので、運んで頂くなんて大げさですし……何より恥ずかしくて……」


 アリスは恥らう演技をするために、わざと呼吸を止めて顔を赤くした。

 あとはカミュの後押しさえあれば、無事にこの場を歩いて離れられるかもしれない。

 期待を込めて見つめていると、気持ちが通じたのか、カミュの口元に薄っすらと笑みが浮かんだ。


「ふむ、足をね。それなら歩かない方がいいな」


 ところが直後、期待を裏切る発言をされ、アリスはガッカリを通り越して呆然としてしまう。


(そ、そんなっ、カミュ様ーーーーーーー!?)


「状況を理解して貰えたところで、彼女を渡して貰えないか? カミュ」


 アルベールがすっきりしたような笑顔を向け、再びアリスへと手を伸ばしてくる。


「だが、本人の意思を無視するのはどうかと思うな。せめて相手ぐらい選ばせてあげないと……。

 兄上が嫌なら私が運んであげようか? アリス」


 優しさ溢れるカミュの申し出であったが、結局、二択が三択になっただけだった。

 どうやらお姫様抱っこイベントは回避不能らしい。


「たしかにカミュの言う通りだな。よし、アリス本人に選んで貰おう」


 アルベールも反省するように譲歩した。


 選ぶもクソもなく、そうなると頼むべき相手はたった一人だけだ。

 なぜなら、アルベールを選べばダンスを断わったのが水の泡になり、今出会ったばかりのカミュにお願いするのは不自然だ。


「アルベール殿下、カミュ殿下、お二人のお心遣いには感謝します。

 ……それではサシャにお願いしたいと思います」


 サシャはほっとした表情で近づき、カミュの腕からアリスを引き取ると、すぐさま腰と膝下に両腕を回し、軽々とアリスの身体を抱き上げた。


「殿下、アリスもこんな状態ですし、足に障らぬように、今夜はもう屋敷へ戻って休ませます。

 来たばかりで残念ですが……」


「そうだね、名残り惜しいが仕方がない。分かったよ、サシャ。

 ――アリス、それではまた近いうちに、必ず会おう」


 『必ず』という言葉を強調され、嫌な感じを受けつつも「はい、アルベール殿下、失礼いたします」アリスは愛想良く頷いた。


「アリス……、それじゃあ、またね?」


 カミュも別れの言葉とともに意味深な視線を投げ、二人の目と目が一瞬合う。

 今やアリスも昇格し、彼と同じ大幹部だ。

 今後は関わる回数も増えるだろう。


「はい、またお会いしましょう。カミュ殿下」


 挨拶しながらアリスは再会するのも近そうだと考えた。

 アニメを観ていたアリスは、カミュこそがメロディを不幸のどん底に突き落とした、ロード公爵の冤罪を演出した黒幕であると知っていた。


 今夜もカミュは夜会会場まで、公爵令嬢にして宰相の娘であるメロディを見に来たのだろう。


 踊っている人の間を縫うようにサシャがアリスを抱え、出口へ向かって歩いて行く。

 その間、他人の視線。特に女性達の羨望の眼差しがアリスに突き刺さり、非常にいたたまれない思いだった。

 これではエリザ含め、たくさんのサシャファンを敵に回してしまったに違いないと想像し、頭が痛くなってくる。


 広間から出てようやく気分が落ち着くと、アリスは今さらながらサシャに運ばれている状況を意識した。

 さすがに免疫のある相手であろうとも、こうして身体を密着させている状態は辛かった。

 特に息がかかるほど近くにある顔と、接触している箇所から伝わる体温が生々しく、身体がぞわぞわして止まらなかった。

 このままではまずい――なんとか気を紛らわせなくては――


 危機感を抱いたアリスは瞑目し、これから待っている配下との初顔合わせを思い浮かべた。

 そうしていると次第に、サシャに抱き上げられている事実も、今夜あった嫌な出来事も意識から追い出すことができた。


 そうして憂鬱なイベントが終わった後は、いよいよ新しい仲間との対面の時である――



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