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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第三章、『亡霊は死なない』
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10、見つめていたもの

「戦闘訓練ならニードルと二人でやるといい……こう見えてもこいつは、剣術学校ではつねに俺とトップ争いをしていたんだ……」 


 苦笑いして言うソードの、いつもは鋭利な刃物みたいにまっすぐクィーンを見据えていた瞳は、今は曇って、視線も反らされている。


「……」


 ショックで言葉を失っているクィーンに、ソードは上衣のポケットから二つの鍵を取り出して見せた。


「カードと一緒にこの通りNo.3の鍵も受け取った……今日はクィーンに別れと、No.9の鍵を返しに来たんだ……」


 クィーンは発作的に叫ぶ。


「――待って! ソード、私はグレイ様から何も聞いてないわ! こんな決定納得できない!」


 前回の任務の前にグレイから最後通告は受けていたが、あの時と違ってローズ亡き今、ソード以上の側近がいるとは思えない。


「だったら聞くといい。少なくとも俺はニードルから理由を聞いて納得した」


「――!?」


 ソードは断言すると、呆気に取られるクィーンにくるり背を向け、つかつかと外界の扉へと歩み寄って鍵をさしこむ。


「最後に自宅へ帰るのに使わせてもらう、このまま扉に鍵を差しっぱなしにしておくから、勝手に取っておいてくれ……」


「……待って……!」


 制止するクィーンを振り返りもせず、扉の前に立つソードの口から、苦味に満ちた謝罪の言葉が吐かれる。


「――最後にお詫びを言わせてくれ……クィーン……すまなかった! ――ローズが亡くなったのは、俺が不甲斐なかったせいだ。

 でかい口ばかり叩いて役たたずだった自分が情けなさ過ぎて、今は、恥ずかしくて、クィーンの顔をまともに見られそうにない……」


「……ソードっ!?」


「……じゃあな――これ以上、ここに居たら、ますます去るのが辛くなりそうだ――俺はもう行く」


 未練を絶ちきるように言って、ソードは虹色の空間へ飛び込んでいった――

 クィーンはしばし呆然と扉を見つめた後、横に立つニードルの腕を、ばっと掴んで問い詰める。


「ニードル……一体どういうことなの……!? ソードが言っていた理由って何?」


 ニードルは菫色の美しい瞳を細め思いだすように答える。


「はい、クィーン――正しく言うと、昨夜の幹部会議でグレイ様は、こうおっしゃってました。

 仮面の騎士による第三支部の魔族の被害をこれ以上出さないために、王都の任務は全て幹部最強であるソードに担当させ、そのサポートには自分が当たる――従って、ソードを自分の側近にすると……」


「サポートって……グレイ様には出撃許可は出ていないはずよ!」


「その点に関しては僕には分かりません」


 クィーンは混乱する頭で、震える唇に親指を当て、爪先を噛み、


(グレイ様に確認しなくては……!?)


 考えた瞬間、駆け出していた。



「グレイ様!」


 名前を叫んで勢い良く扉を開け放ち機密室に駆け込む。

 とてもクィーンとは思えない騒がしい登場の仕方に、一人、部屋にいたグレイが驚いたように立ち上がる。


「クィーン!?」


 クィーンは床を蹴って、一息にグレイの席まで飛んで行き、机に両手をついて詰め寄る。


「本気なんですか? 王都の任務に出るソードのサポートを、グレイ様がするなんて!」


「……クィーン……今日はその話もしたくて君を呼んだのだ――まずは落ちついて、隣の部屋に移動して座って話そう」


 宥めるようにグレイに言われ、はっ、とクィーンは、ローズが亡くなって以来、感情の波が激しくなっている己に気がつく。


 しかし自覚しても心理状態的に落ちつくのは無理な話。

 クィーンは移動した幹部室で長椅子をすすめられても座らず、立ったままグレイを睨むように見上げる。

 グレイの口から深い溜め息が漏れた。


「昼間、私が居ない時にも来てくれていたそうだね……ヘイゼルから聞いたよ」


「私も側近を外れたことをソード本人から、ソードの任務をサポートすることを、ニードルから聞きました!」


 つい口調が非難がましくなってしまう。


「……君の側近のことなのに話を通さなかったことについては、私もすまなく思っている。言い訳みたいだが、消耗しきっている君をわずらわせたくなかったんだ……」


「話しを通すもなにも、そもそも出撃許可を得ていないあなたに、ソードのサポートは無理なはずです!」


「……今のところはたしかにそうだね……」


 グレイの言い回しが気になって尋ねる。


「今のところは?」


「実は今日私は魔王様に呼びだされていて、これから会いに行かねばいけない――そこでちょうど良い機会なので、出撃許可を求める予定だ」


「魔王様に呼びだされている……?」


 おうむ返しに呟き、クィーンは突如、昨日カーマインに言った自分のうかつな発言を思いだす。

 さーっと頭から血の気が引くとともに、床にがばっと伏せて、グレイに謝罪した。


「お許し下さい――グレイ様! 私は弟であるあなたを差しおいて、仮面の騎士の正体がこの国の第一王子であるアルベールに違いないと、昨日カーマイン様に報告してしまいました!」


「――!?」


(赤の他人である私でさえ気がついた事実を、弟である彼が分からなかったのかと、追及されるのは当然のことなのに)


 不信感を抱かれないためにはグレイの口から直接、上に報告する必要があったのだ。

 毎度、気がきかないというか、自分の頭の巡りの悪さに蒼ざめるクィーンだった。


「あなたを通すべきだったのに申し訳ありません!」


「……そうか……そういうことか……なぜ急に呼ばれたのかそれで合点がいったよ……」


 納得したように言い「さあ、立ってくれ、クィーン」グレイは爪の長い繊細な手を差しだしてきた。

 ――少しためらったのち、おずおずと手を重ねたクィーンは、その冷たさに驚く。


 グレイは立ち上がった後も彼女の手を離さず、二人は初対面時のように近くで向かい合った。

 複雑な想いからグレイの瞳が直視できないクィーンは、顔をうつむかせて呟く。


「……あなたの立場を悪くするようなことをして……本当に、なんとお詫びをしていいか……」


「気にしなくていい、クィーン。どうせここ数年の第三支部の凋落ぶりで、すでに魔王様の私への信頼は地に落ちきっている……」


「ですが他の大幹部への印象が……」


「それについては大丈夫だ。私がこの国の第二王子であることを、魔王様以外で知るのは君と結社に入る時に窓口になったドクターだけだからね。

 君は知っているか分からないが、大幹部になると、自動的に結社の名簿から正体を削除されることになっている。そして私の場合は異例中の異例で、異名を得ると同時に大幹部に抜擢されたことから、そもそも一度も名簿に載ったことがない。

 つまり、No.1ですら、私がこの国の王子であるとは知らないんだ――」


「……」


 すると、アニメの中のカーマインやNo.1がグレイの正体を断定していたのは、明確な証拠があったわけではなく推察だったのか……。

 クィーンの考えを読んだように、グレイがつけ加える。


「ただ、どうもNo.1やNo.2には正体に勘付かれているようなフシがあるがね。とにかく、君がNo.2に私の正体を明かしてでもいない限りは、このことで立場が悪くなることは無いだろう」


「もちろん、明かしてなどおりません!」


「だったら、問題ない……。クィーン。私は君以外の誰に何と思われようと一向に構わない。今も一番気になるのは魔王様の心象ではなく、君がそのことについてどう思ったかということだ」


「私が?」


「私はこれ以上、君の信頼を失いたくないんだ……」


 悲し気に響いたグレイの言葉に、説得の糸口を見出したクィーンは顔を上げて必死に訴えかける。


「私こそ、グレイ様の信頼を取り戻したいです! もう一度、名誉挽回の機会を与えていただけませんか?

 ソードのサポートと仮面の騎士の対応を、このまま私に続けさせて下さい!」


 グレイは凍るような美貌に苦しげな表情を浮べ、かぶりを振って重い調子で語る。


「……クィーン、信頼とかそういうことじゃないんだ。

 あの日、仮面の騎士と戦う君の姿を見ている間、私は生きた心地がしなかった。君が殺されるぐらいなら、自分が死んだ方がマシだと思った……!

 ローズが出るのがギリギリになったのもそのせいだ。

 No.3の間の外界への扉の前で、私は一刻を争う場面なのに、再び飛び出そうとする彼女の腕を掴んで自分が出ると制止した。

 しかしローズは『自分の命にかえても』君を守るから、どうしても行かせて欲しいと譲らなかった――」


『あんたは私の命をかけても死なせない! 私より先に地獄へ行くことは、絶対に許さないんだから!』


 グレイの台詞がクィーンの頭の中で、いつか言い合いをした時のローズの言葉と重なる。


(やはりローズは『死ぬ覚悟』であの場へ飛び出したんだ――)


「私がそれでもためらっていると、ローズは強く言った。『大丈夫、クィーンと必ず一緒に戻ってくるから、私を信頼して、待っていて欲しい』と――」


「……!?」


(一緒に……戻る……?)


「今となっては、その判断を心から後悔している。なぜあの時、彼女に役目を譲ったのか……君を守りたい気持ちは私も負けないつもりだったのに!

 私は彼女が何と言おうと、自ら出るべきだったのだ――君の命に比べれば、規則違反など何でも無かったのだから……!

 クィーン! ――私はあの日から、一日たりとも自分を責めない日などない――全て私のせいなのだ――私が選択を誤ったから、君は大切な親友のローズを失い、No.2に鞭打たれた!

 私はもう二度と、後悔したくないし、君を危険な目に遭わせたくない! 天井から吊るされ、血を滴らせた君の無残な姿を見た時、胸が張り裂けそうだった。

 あんな思いは一度でたくさんだ――だから、ソードを君の側近に戻すことは出来ないし、仮面の騎士の対応を譲ることも出来ない!」


 揺るぎない決意を滲ませて言い切ったグレイの瞳には、絶望的なほどの苦しみと、深い闇が渦巻いていた。


「……グレイ様……!?」


 その闇を見つめるクィーンは、いつかと同じように、鏡の中の自分の瞳の中を覗きこんだような感覚に襲われる。


『彼の瞳を見た瞬間、あんたとそっくり同じ――暗い方向を見ている瞳だと強く感じたの』


 閃くようにローズの言葉が頭に浮かび――同時にグレイの瞳を見ていると感じる『安らぎ』が、仮面の騎士の前で『死』を悟った時に胸に浮かんだものと、同種のものであるとクィーンは気がつく――

 瞬間、初めて頭の中で、かっちりと、全ての符号が繋がり、アリアの発言の意味が分かる。


(――生きているのが苦しい私は、いつも『死』と『破滅』を望み、見つめてきた――)


 逆にクィーンと同じように『死を覚悟』して仮面の騎士の前に立ちながら、ローズが見ていたものは『全く別のもの』。

 ニードルを守るために自らの『死』を受け入れていたクィーンとは違い、『一緒に生きて戻るために』飛びだしたローズは『生』だけを見据えていた。

 『どんな状況だろうと、自分の命を投げだすようなローズではない』というアリアの台詞の意味は、クィーンの考えより、もっとずっと深いことだったのだ。 


(――死んで楽になりたいという弱い私と同じ価値観で、前向きで強かったローズを判断することこそが、最大の侮辱だったんだ)


 アリアが怒るのも当然だ。


 そうして、クィーンのために仮面の騎士と戦う決意をしたグレイの瞳に、今映るのも、彼女と同じ『死』と『破滅』の暗い輝き。

 そう思ったとたん、今までは安らぎを覚えたグレイの夜のような瞳が、たまらなく不安なものに見えてきた。


 今夜、魔王が承認すれば、この先グレイは仮面の騎士とずっと戦い続けることになる。

 聖なる武器使い最強なうえ、グレイの最大の武器である幽体化と瞳術が無効である、いわば相性最悪の相手との戦いを、えんえんとしのぎ続けなくてはいけなくなるのだ。

 一方、戦ってみて分かったが、どちらかというとクィーンは仮面の騎士と相性が良く、動体視力と逃げ足に加え、魔界製の武器が手に入った今、滅多に殺されることはないだろう。


(どう考えても私が相手をしたほうがいい)


 確信したクィーンは、凍るようなグレイの手を握り返して、説得を試みる。


「今回のことは、グレイ様のせいではありません! 全て私の考えの甘さと心の弱さが招いたことです。

 ですがどうか信じて下さい! 魔界製の武器を手に入れた今なら、殺されかける前に確実に撤退出来ます! 

 お願いします! もう一度だけこの私にチャンスを下さい!」


「無理だ。クィーン、二度と君に、仮面の騎士の相手はさせないと決めたのだ」


 決然と告げ、グレイはクィーンの手を離し、銀糸の髪を揺らして拒否する意志を示すように背中を向ける。


「……申し訳ないが、今夜はもう時間的に余裕がない……そろそろ私は魔王様の元へ行かねばならない――他の話は後日にしよう。

 とりあえず明日は私も支部を休む予定だから、また明後日、王宮で会おうクィーン」


「……グレイ様……待って……待って下さい……!」


 慌てて引き止めようと伸ばしたクィーンの手が、幽体化したグレイの腕をすり抜ける。

 閉じた扉の中へと溶けこむようにグレイの身体が消えていき、追って扉を開いた時には――すでに機密室のどこにも彼の姿はなかった――


「グレイ様!!」


 クィーンは無駄だと分かりつつ、廊下に飛びだして走りだす。


(このままだと……グレイ様は魔王様に出撃許可を得て、仮面の騎士と戦うことになる!)


 運命が変わり、自分より先に死なないと思って安心していたグレイが、クィーンより先に死んでしまうかもしれないのだ。


 ひたすら長い廊下を走りに走ったあと、壁のように立ち塞がる大きな扉に突き当たり、クィーンはぜいぜいと肩で息をしながら立ち止まる。

 (アジト)の最奥部分は、大幹部達の部屋の前を抜けた先にあり、今立っている場所も、No.1の間の前を過ぎたあたりだった。

 四天王以外の大幹部は呼ばれない限り魔王に会いに行く権限が無いので、クィーンにはこの扉を開くことは出来ず、グレイが向かったと思われる『拝謁の間』まで行くことは叶わない。


(どうしよう……どうすればいい? グレイ様を絶対に死なせたくないし……このままだと、カーマイン様に受けた命令にも影響が出る……)


 途方にくれたクィーンは、懸命に頭をしぼって考えたのち、短時間のうちに結論づける。

 大幹部会議まで顔を会わせる予定はなかったが、相談するとしたらその相手は一人しかいない。


「……カーマイン様……」


「なんだ、クィーン」


「……えっ!?」


 名前を呟いただけで相手が現れるなんて、そんな都合のいいことは有り得ない。

 幻聴かと思ってクィーンが振り返ると、そこには赤銅色の長髪に深紅のマントを纏った、幻覚ではない本物のカーマインが立っていた。


「No.2の間の前を走りぬけていくお前の気配がしたから、廊下へ出てみたのだ」


 部屋の前を通った気配だけでクィーンだと分かるとはそら恐ろしい。

 とにかく探す手間が省けて助かったと、クィーンはさっそくカーマインに相談を持ちかけることにした――




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