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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第三章、『亡霊は死なない』
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9、恋する乙女

3日連続更新しています。

 今までは自宅のようにノアイユ侯爵家で振る舞っていたあのメロディが、アリスの部屋に直接来ないで応接間で待っている?


(一体何があったんだろう?)


 謎に思いながらアリスが応接間に入ると、中には公爵令嬢らしい仕立ての良い外出着を着たメロディと、付き添い人のエリーヌと侍女のマリナが一緒にいた。


(隣の家に来るのに付き添いを二人も連れて来ている……)


 今日のメロディはなんだかとってもおかしい。


 メロディはアリスの顔を見た瞬間、椅子から跳ね上がるように席を立ち、ぱーっと笑顔になって弾んだ声で挨拶する。


「アリス! 久しぶりね。安息日なのに訪ねてきてごめんなさいね」


「10日ぶりぐらいかしら?」


 アリスが言うと、メロディは小首を傾げる。


「そんなものだったかしら? 私には一ヶ月以上会ってなかったように感じるわ。

 ――そうそう、いつだかは、会いに来るという約束を破ってごめんなさいね。

 社交の予定や行儀作法の授業が詰まっていて時間的に余裕がなかったの」


 忙しいのは今に始まったことではないから、正しく言うと監視が厳しくて脱走出来なかったのだろう。


「あなたは公爵令嬢ですもの。多忙なのは仕方がないわ」


「そう言って貰えると助かるわ、アリス……」メロディは横にいるエリーヌとマリナをチラチラと見ながら「ねぇ、お庭を歩きながら、お話しない?」そわそわした様子で切り出した。


「構わないわ。では庭に出ましょう」


 アリスの発言を受け、背後に控えていた侍女のポレットが、素早く移動して続きの間の扉を開く。

 隣室は広間になっており、テラスに出る扉があった。


 ――あきらかにメロディはアリスと二人きりで話したくて、庭に出ようと提案したのだ。


「ねぇ、アリス、いよいよ明後日ね」


 ノアイユ侯爵家自慢の中庭に出ると、前置きもなくそう切り出してくる。

 王宮訪問のことを言ってるのだと察したアリスは、静かに頷く。


「そうね」


 二人が庭園を並んで歩く後ろを一定間隔の距離を空けて、エリーヌとマリナ、ポレットの三人が付き従う。


「待ちに待ったカミュ殿下との再会だと思うと、思わず今から心臓がどきどきしてしまうわ! 私、ここ最近は、彼に相応しい女性になろうと、頑張っていたのよ!」


「……」


「だからいつもなら予定なんか無視して、屋敷を脱走してあなたに会いに来るところを、我慢していたの!

 実は王宮訪問の件を知ったお父様が、私が王子達の前で無作法をするのではないかと、かなり心配していて……。

 屋敷を勝手に抜け出したり、行儀作法の授業をさぼったりするような落ち着きのない態度では、とても王子と個人的な付き合いをさせることは出来ないと、こうおっしゃるのよ!」


 ドレスやハイヒールのまま走ったり、大きな声で早口にまくしたてたり、メロディにはたしかに落ち着きが足りないかもしれないと、アリスも思った。


「そうなの?」


「その点に関しては反発したかったけど、エリーヌに、私は公爵令嬢なんだから、望めばカミュ殿下との縁談も叶うはず。ここはお父様に逆らうより、落ち着いたところを見せて、将来の布石にした方がいいと言われ、思い直したの!

 ――ねぇ、アリス、親友のあなただから言うのだけれど、私、明後日は、カミュ王子に気に入られるように精一杯頑張る予定よ!

 自然に婚約の流れになるように親しくなって、周囲からも二人はお似合いだと言われるような、彼に相応しい淑女としての振る舞いをしてみせる!

 出来たらあなたも、私とカミュ王子が仲良くなれるように、恋の応援をしてくれると嬉しいわ!」


 興奮したように頬を染め上げるメロディに頼まれ、アリスは考えた。カミュというかグレイは特に望んでいないが、二人の婚約が成立すれば、形勢が第二王子派に傾き、あの忌々しいアルベールが王になるのを妨害出来る。

 今もアルベールの顔を思い浮かべるだけで、怒りで手が震えてくるようだった。


「任せて、メロディ」


 アリスはきっぱりと言い切り、メロディの顔が喜びに輝く。


「ありがとう、アリス!」


「親友なんだもの、当然よ」


 暗い瞳でアリスは作り笑いする。

 あの思い上がったアルベールの鼻を明かせるなら、いかなる努力も惜しまない所存だった――恋も王座も邪魔してやる――


 

 どうやらメロディがアリスにしたかった話はその『恋の相談』だけだったらしく、今日も予定がぎっしり詰まっているようで、庭を一周し終わるとあっさりと帰っていった。

 メロディを見送ってからアリスが自室に戻ると、時刻はもう夕方近く――グレイに会いに行くのは夕食後にすることにした――



 その晩の夕食の席。

 いつものように三人で囲む食卓で、サシャは今日もここ最近恒例になっている「今日は一日何をして過ごしていたか」という質問をアリスと夫人に振ってきた。

 シモンの屋敷に行って介抱されたことだけは、絶対に知られるわけにはいかない。

 内心緊張しながらもポーカー・フェイスが得意なアリスは、テレーズとメロディの名前を出し、卒なく答える。

 問題は顔に出やすいノアイユ夫人だったが、彼女もそこは心得ているらしく、先週の安息日と同じように過ごしたと、済まし顔で返事した。


 夕食を食べ終えたアリスは神妙な顔をして「寝る前のお祈りを長時間したいので」と言って、早めに自室へ引っ込んだ。



(はぁ……心臓に悪いわ)


 アリスは部屋に戻るとほっと溜め息をつき、さっさと寝支度と変化を終えて、第三支部へ移動することにした。


 



「――!?」


 そうして異界への扉をくぐり、No.9の間に出たクィーンの目に――驚くべき光景が飛び込んできた――

 

(なっ――!?)


 

 視界に無数の鋏や針、斬撃が飛び交い――ニードルとソードが室内で激しい戦闘を繰り広げていたのだ。

 戦いに集中している二人はクィーンが入室したことにすら気がつかず、お互いの武器を奮って、攻撃と防御を繰り返している。


 クィーンは驚きのあまり一瞬呼吸も忘れ、扉をくぐってすぐの場所に棒立ちになり、二人の熱い接戦を眺める。


(……凄い……!)


 長大な大剣を奮うソードは、さすが高名な剣術学校に通っていただけあって、決して大振りはせず、最小限度の動きで攻撃を繰り出している。

 相手にしているニードルが飛び道具の攻撃が多く、クィーンと同じ素早さ特化型なので、無駄な動きをすれば即、攻撃を避けきれなくなるからだろう。

 一方、距離を空けてソードと対峙しているニードルの方も、見事に飛んでくるソードの斬撃を見切って交わしている。

 この反応と身の動きの速さなら、仮面の騎士の攻撃にもある程度ついていけ、攻撃もかわせるだろう。


 クィーンはニードルの絶妙な動きを見ながら――重要な事実に気がついた。

 そうだ、考えてみればアニメでも彼らはクィーンと一緒に仮面の騎士に出くわしていたのに、最終回近くまで殺され(・・・)なかったのだ。

 自分だけが可愛いアニメのクィーンが我先にと、二人を見捨ててとっとと逃げ出した後、彼女が開いた異界の扉が閉じないうちに、ソードを無理矢理引っ張って退散するのがニードルの仕事だった。

 何にしても『死ななかった』ことが、彼らの実力の証明でもあったのに――


 あの時、仮面の騎士を前にしたニードルが他の魔族のように即死してしまうと、なぜ勝手に決め付けてしまったのだろう。


(私は、ニードルのことをまったく信用していなかった――!?)


 攻撃を避けられないと、逃げ切れないと決めつけて。

 さらに、戦っているソードの状態を見て、改めて、クィーンは己の傲慢さを思い知る。


 ソードは『目をつぶったまま』ニードルと戦っていたのだ。


 胴体に巻いていた自動追尾機能がある鎖を、アンテナがわりに空中に広げて周囲に展開させ――防御と同時に、鎖の感触から、ニードルの位置を割り出し、攻撃を受けては、斬撃を飛ばしている。


 ソードの『目が見えなくても戦える』という発言は、はったりなどではなかった――視力を失っても、彼には戦う術があったのだ。


(私は二人をまったく信頼せず、一人だけで戦っていた……)


 ――二人にはローズを死なせた責任などまったくなかった――全て、配下を信用せず、信頼関係を築けなかったクィーンのミスなのだ。

 

 真実にやっと気がついたクィーンは、大腿部分のフライ・ソードを引き抜くと、上体を低くしてタッと床を蹴って飛び出し――ソードとニードルの間に一瞬で割り込む。

 ――二人が反応するより早く――クィーンは双剣を閃かせ、鋏を跳ね飛ばし、反転して、剣の下をかいくぐって鎖の隙間をぬい、ソードの懐へ飛び込んで、すっと彼の首筋に剣先を当てた。


「――!?」


「クィーン!」


 喉元に刃を突き立てられたソードは絶句して、ニードルは驚きの声をあげ、二人同時にその場で硬直する。

 クィーンはソードの首からすっと剣を引き、鞘に収めると、溜息しながらぐるりと室内を見回す。


「家具が壊れていたのはこういうことだったのね……」


 ニードルが申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません、ソードの攻撃力では『螺旋』の闘技場の壁を破壊してしまうし、それ以外の下界では任務外の変化が禁止なので、戦闘訓練する場所はここしかなくて……。

 僕もソードも、二度とあなたの足手まといになりたくない思いが強く……何かせずにはいられなかったんです……。

 どうか許して下さい……壊れた家具のかわりにすぐに新しいのを入れますから」

 

 クィーンは腰下まで伸びた艶やかな黒髪を揺らして頭を大きく左右に振った。


「謝るのは私よ、ニードル、本当にごめんなさい。

 ソードと戦うあなたの動きを見て分かったわ。盾になろうとした私が間違っていたのだと――

 ――だけど、それはお互い様よ。あなたもまた、間違っていたのだから、私にも盾はいらないわ」


「はい、クィーン、そのようですね」


 ニードルは苦笑して、床に転がる自分の巨大鋏に目を向けた。

 クィーンも口元に薄っすらと笑みを浮かべ、壊れた家具の残骸を眺める。


「それと新しい家具はもう不要よ。室内の中央はこのまま空けておきましょう。

 そのかわり、二人とも、これからは私とも戦闘訓練してね」


「……クィーン……」


 その発言を聞いたソードの鉛色の瞳が揺れる。なんだか、彼らしくもない、悲しげな表情に見えた。


「……どうしたの、ソード?」


 ソードは大剣を背中の鞘に戻してから、強張った表情で重々しく告げた。


「残念ながら、それは出来ないんだ……昨夜の幹部会議で、俺はNo.3の側近に戻ることが決定したらしい。今日、辞令のカードが届いた……」


「えっ……!?」


 驚愕に息を飲むクィーンの顔を見返す、ソードの精悍な顔に、寂しげな笑顔が浮かぶ。


「短い間だったが、世話になったな、クィーン。あんたの下で働けて、とても楽しかったよ」


「そんなっ!」


 ソードがグレイの下に異動?

 昨夜の幹部会議に出ていなかったクィーンにとって、それはまさに寝耳に水の事実だった――





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