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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第三章、『亡霊は死なない』
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8、ローズのために

 第三支部に来てから初めて訪れる『螺旋』側の幹部室は、灰色の天井や壁に囲まれた薄暗い空間だった。


「この人間界側の幹部室は別名『ほら穴』と呼ばれています。一度入るとなかなか出られないから……」


 どうでもいい豆知識を披露してから、先にシャドウが室内へ入っていく。

 人間界側の幹部室はたとえるなら異界側の機密室と幹部室を足して2で割ったような構造で、入り口に長椅子もあり、円卓や書き物机に、機密室の半分以下だが書類棚もあった。


「シャドウ様、お帰りなさい!」


 シャドウの後に続いて部屋の中央を進んでいくと、急に声がして――棚の影からひょっこり、アニメで見覚えのある水色の髪と瞳に同色の衣装をまとった、品の良い少年魔族が姿を現す。


「居たのか、ペール」


「はい、ドクターから休憩を貰ったので、シャドウ様のお手伝いに伺いました。

 ――ところでこちらのお美しい方はどなたでしょうか?」


「こちらは大幹部であるNo.9のクィーンだ」


 ペールは透明感のある水色の瞳を丸くすると、大仰に床に伏せって、片膝をついて頭を垂れた。


「これは、ご無礼を! あなた様が新大幹部であらせられるクィーン様なのですね。僕はNo.42のペールと申します! 異名は『氷結の貴公子』です! 

 あなたのご高名とお噂はかねがね伺っております。お会い出来て光栄です!」


 貴公子という表現がいかにもアニメっぽいなと思いつつ、クィーンは挨拶を返した。


「初めまして、ペール。クィーンに様はつけなくていいわ。あと、そんなに畏まらないで、立ってちょうだい」


 ペールは言われた通り即座に立ち上がる。

 これぐらいソードも素直に言うことを聞いてくれたらいいのになとクィーンは思った。


「ペール、ヴァイオレットは?」


「はい、シャドウ様。ヴァイオレットはドクターに頼まれた薬品を作るために調合室に篭ったままです」


「そうか」頷いてからシャドウはクィーンに説明した。「現在、第三支部にいる準幹部は、このペールと、昨夜の幹部会議で昇格したばかりのヴァイオレットの二人だけです」


 クィーンの記憶によると、アニメで出てきたドクターの側近二人、氷使いと毒使いが、ペールとヴァイオレットと呼ばれていた。もう一人の毒を操るヴァイオレットは、魔女のような風貌の女魔族だったはず。


「ペール、俺は今からこの方と個室で大切な話がある――悪いがこの書類を各層に配達しておいてくれないか?」


 シャドウは手に持っていた書類束をペールに手渡して頼む。


「畏まりました、シャドウ様。急ぎ、配布して参ります」


 ペールは書類を受け取るや否や小走りに廊下へと飛び出していく。

 繰り返しになるが、これぐらいソードも素早く言うことをきいてくれたらいいのになとクィーンは思った。


「さて、クィーン、行きましょう」


 シャドウに促され、クィーンも彼と一緒に廊下へ出て、円形の通路を進んでいった。

 『螺旋』の内部構造がクィーンの古巣である第二支部の『塔』と同じなら、中央に螺旋階段があり、その外側に廊下、さらに外側に各部屋が並んでいるはずだ。

 塔は壁や天井が白っぽく外から光を取り込む窓があったが、地下にある螺旋の建物の壁は灰色で、日中でも蝋燭の明かり頼りで薄暗い。

 半年前の帰国時に受けたシャドウの説明よると、上階へ行くほど上位層であった『塔』と『螺旋』は上下逆の構造で、下層へ行くにつれ上位層になっているとのこと。

 つまり今いるのは施設の最深部。


「ここが俺の個室です。ほとんど仮眠にしか使っていないが」


 通されたシャドウの部屋はベッドと書き物机のみが置かれた簡素な部屋だった。

 室内には書き物机用の椅子しかなく、シモンと違い精神体であってもシャドウの近くに座るのは抵抗があるクィーンは、なるべくベッドの端に寄って座るフリをする。

 気を利かせたシャドウに喉が渇いていないか訊かれたが、生身ではないクィーンは即効かぶりを振り、話を急かす。


「それより早く、ローズがどんな話をしていたのか聞かせて欲しいわ」


「分かりました、クィーン。……全部ということだから、まずは最初の出会いの挨拶から話そう……」


 シャドウは律儀な性格らしく、初めて会った時のローズの自己紹介の言葉から順を追って話し始めた。


「――ブラック・ローズははっきり物を言う性格で、初対面なのに俺の目つきの悪さを指摘してきた。

 俺が生まれつきなのでどうにもならないというと、他人と接する時に笑顔を心がけるだけで、かなり印象が変わると助言してくれた」

 

 同じようなことをクィーンもよくローズに言われていた。


『アリス、そんな辛気くさい顔していると、あんたの周りから幸せも人も逃げていくわ』

『ねぇ、アリス笑ってよ。私あんたの笑顔が見たい!』


 しかし家族を失って以来、笑うことを忘れたクィーンは、ローズの言うことを聞かず、つねに無表情を通していた。


『別れの挨拶の際、あの娘が初めて私に笑いかけてくれて……今でもその笑顔が忘れられない……』


 ふとクロエが一度だけ見せた笑顔のことを、嬉しそうに懐かしそうに話していたテレーズの顔が浮かぶ。


(私はローズが死ぬまで一度も彼女に笑顔を向けたことはない……)


 ローズはどんな時でも周りを明るく照らしていたのに。

 笑顔が見たいといったローズのお願いを、とうとうクィーンがきくことはなかった……。

 

 クィーンが考えごとをしている間も、シャドウの話はどんどん進んでいく。


 ローズは螺旋の引継ぎの話しの合間に、業務以外の色々な質問をシャドウにしたらしく、特にグレイがどういう人物なのか詳しく知りたがったという。


「俺は正直に、グレイ様に対して自分が感じている印象をブラック・ローズに語った」


 クィーンの側近にして貰えず、グレイを恨んでいたシャドウから人物像を聞いたのだから、ローズも良い印象は持たなかっただろう。

 

「ブラック・ローズもグレイ様に会った時に、暗く不吉な感じがしたと言って、クィーンとの間の親密な空気を酷く心配していた。

 男嫌いで触られるの大嫌いなはずのクィーンが、肩や腰を抱かれても拒否していなかった。こんなことは初めてで、二人が恋仲になったらどうしようと!

 その話を聞いて、俺も大いに嫉妬した!

 そして俺とブラック・ローズはその日からクィーンとグレイ様の仲を可能な限り邪魔する、という協定を結んだんだ」


(そんな協定を結んでいたのか……)


 道理で幹部会議でのグレイとクィーンを見る二人の眼が怖かったはずだ。


 ローズは他にも第三支部に所属する魔族が少ないことも不思議がり、仮面の騎士に出会った者がほぼ即死なことを知って蒼然としたらしい。


「いざという時のために一刻も早くクィーンの側近になって守らないといけないと、相当に焦りだした」


 ローズはそれから毎日クィーンの身を案じて、その話ばかりするようになったという。

 

「クィーンは誰よりも戦闘力は高いが、どこか死に急いでいるところがあると――

 話を一緒に聞いていたペールがどれぐらいクィーンが強いのか尋ねると、ブラック・ローズはその気になれば私の妹分は結社のNo.1にもなれると、とても自慢気に語りだした」


「……」


(ローズがそんなことを……)

 

 その他、ローズの話題はクィーンに関することが多く、シャドウはこの数日の間で、実にたくさんの会話をローズとしていて、話はかなり長くなった。

 ようやくローズの亡くなる前日の話に到達した時には、すでに二時間弱ぐらい経過していて、とっくに機密室にグレイが帰ってきている時間を過ぎていた。

 

「その晩ブラック・ローズは螺旋を初めて脱走したうえ、なかなか帰って来なくて……。

 戻ってきた後も、終始ぼーっとして、心ここにあらずという感じで……。

 やっと口を開いたかと思うと、No.16――今はNo.22のことを、しきりに詳しく訊いてきた」


「ソードのことを?」


「あぁ、ブラック・ローズは彼に異性として興味を抱いているみたいだった――俺はあまり彼のことを知らなくて、役に立たなかったが。

 知っているのは粛清担当ということと、第三支部の幹部の中で最強と呼ばれていることぐらいだからな」


(ローズが、ソードに異性としての興味を抱いていた?)


 その話が本当であれば、ローズが死ななければ、ソードとの間に恋が芽生え、カーマインのことを忘れられた? 

 そう考えるとソードに惹かれ始めていたからこそ、サン・ローゼ教会に現れた時も、クィーンが床へと投げ落とした彼を荊のガードで守り、犬死にしないようにと心配してアジトに連れ帰ったのかもしれない。


「――俺がブラック・ローズとした会話は、前日のそれが最後だ。彼女が亡くなった当日は、俺は日中、就職活動でいなかったからな……。

 と言っても彼女がいなくなって、また螺旋の管理業務をしなくてはいけなくなったんで、就職は延期になったが……」


「……」

 

 後半の発言は考え事をしているクィーンの耳には入らなかったが――シャドウは勝手に話を続ける。


「クィーン、実は俺が就職しようと思ったのは、あなたのために身を固めようと思ったからなんだ!

 うちは、男爵家なんだが、俺は、4男なんで上の3人の兄を殺さないと爵位が巡って来ない。

 自慢ではないが、俺は結社の仕事が忙しくて人間活動する暇がないので、25歳のこの年で無職だった。

 もちろん、結社の斡旋で国の役人などの仕事につくことは可能だが、そうすれば、きっと今よりもっと休みなく働かされる。

 そんなのはご免だ! 俺は人間らしい生活を求める!

 幸い、親戚筋に王立騎士団のコネがあり、10代の頃は従騎士をしていたので、ちょうど募集しているらしい、王都の警備隊に入れそうだった。

 残念ながら先延ばしになったが、グレイ様に持ち場変更か、新しい螺旋の管理者を回してくれるように、日々訴えている。

 どちらか叶いしだい、俺は警備隊で働くつもりだ!」


 『警備隊』という単語に反応したクィーンは、発言の最後部分のみ聞いて質問した。


「……警備隊で働くって、夜も王都を見回りするんでしょう? 任務中の魔族に会ったらどうするわけ?」


「その時はしょうがないから、魔族に変化してでも逃げればいいさ」


 適当過ぎる。


「もちろん、あなたならもっと良い縁談があるだろう。だが考えてみて欲しい。

 俺と結婚した場合の組織員としての活動のしやすさを!」


(いつの間に結婚話になったのだろう?)

 

 疑問に感じつつ、クィーンはそこでシャドウが本来ならたぶん死んでいた、アニメに登場しない人物であることを思いだす。


「それに俺は影化出来るスキルを持っているから、まず殺されることはないし、早死する心配はない」


(でも、霊体化したグレイ様も聖なる武器には刺し貫かれるんだから……)


 クィーンは、続きの言葉を口にだした。


「影化しても聖剣には殺されるわ」


「……!?」


「聖なる武器は魂をも斬ると聞いたことがあるもの」


 アニメ情報だが。


「そうなのか……!?」


 この反応でなんとなく、アニメの出番前にシャドウが殺されていた理由が想像出来た。

 影化しているところをアルベールに刺し殺されたのだろう。


「ええ、間違いないわ」


「じゃあ、仮面の騎士に会ったら、ひたすら逃げるしか無いな。影移動して。

 俺は距離制限はあるが、影化した状態なら、影から影へと飛んで移動出来るから、逃げ足だけは速いんだ」


 どんな場所だろうと、光あるところには必ず影がある――撤退の早さならシャドウはクィーンを越えるだろう。


「そうね、聖剣使いに会ったら即逃げた方がいいわ。あなたなら絶対に逃げ切れるでしょう」


「教えてくれてありがとう、クィーン、俺の寿命が50年ほど延びた気がする」


(実際そうかも)


「良かったわね」


「それで、結婚の話の続きなんだが……」


「お断りするわ」


 きっぱりしたクィーンの返事にシャドウはがっくりと肩を落とす。

 クィーンはなんだか申し訳なくなり、フォローを入れた。


「私結婚する気が無いのよ」


「なぜ?」


「それは……」


 説明しかけたアリスの耳に、その時、『アリスお嬢様』と呼ぶ声が響いてくる。


(本体にポレットが話しかけている!?)


 クィーンは素早くシャドウに挨拶した。


「――突然だけど、シャドウ、私、戻らないといけないみたい――今日はありがとう。

 それと精神体を飛ばせることは秘密にしておいてね」


「精神体? どういうことだ」


 クィーンはシャドウに答えず、いつものように繋がれている紐の先端をひっぱるように、スッと精神体を本体に戻した。


「何、ポレット?」

 

 侯爵家の自室の椅子に座り――読書中うたた寝している格好だったアリスは、背もたれから身を起こし、扉を開けて立っている侍女のポレットに目を向ける。


「起こしてしまって申し訳ありません。

 メロディ様がつきそいの方達とご一緒に、応接間でお待ちになっています」


「メロディが?」



 

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