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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第三章、『亡霊は死なない』
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2、新たな道筋

「そもそもカーマイン様……アジトの鍵があれば、異界経由でどこにでも自由に行き来できるし、住んでいる場所など関係ないのではないですか? 

 私はどうして第二支部所属なのに、第三支部で活動しなくてはいけないのでしょう?」


 クィーンの中に、可能なら気持ちが落ちつくまでこの塔に勤務させて欲しいという、わずかな希望があったのだ。

 その質問にカーマインは、長細い指を自分の顎に絡め、気だるげな表情で答える。


「――ああ、それはな……本部以外の所属は、居住国で決まるからだ……。

 お前は旅などではなく、故郷へ戻ったのだから、本来ならば、即、第三支部所属替えになるのを、私の権限で残留させている状態。

 No.3が本部に対しゴネれば、容易に所属が変わってしまう身なのだから……この上、活動まで第二支部でさせるわけにはいかぬ」


「そうだったんですか……!?」


 驚くべき新事実だった。

 けれどどうしてもクィーンには分からない。


「どうしてカーマイン様は、私を第二支部に残留させているのですか?」


 訊いたとたん、カーマインは美しい眉をぴくっと跳ね上げ、不愉快そうにクィーンの顔を睨みつけた。


「ふん、愚問だが、特別に説明してやろう――No.1には元側近であったNo.4やNo.5などが、No.3にはNo.10がいる。お前が大幹部になるまで、今まで四天王内で、息のかかった大幹部がおらぬのはこの私だけだったのだ」


 No.4は顔無し姉妹同様その特異な異能から、大幹部になるまでずっと本部所属。つまりNo.1の下にいたとクィーンも聞いたことがある。 


「大幹部会議では、基本的に評決は多数決で決められるから、私は今までNo.2でありながら、実質的な発言権は弱かった。そこを解消すべく、やっと配下であるお前を手駒として大幹部まで引き上げたのに、No.3にお前を譲るなど冗談ではない!

 ゆえにもしもNo.3がお前の異動を主張した場合、私のあらゆる権力を使い、即お前を修道院に、この地に戻らせる用意があった。

 その旨もNo.3に告げて、きっちり釘も差してある」


 大幹部会議とは月に一回、新月の晩の一日の終わりの刻に開かれる、文字通り大幹部のみが参加する会議である。

 カーマインからグレイやローズが言っていたような、自分への好意や愛を感じるどころか、はっきりと手駒扱いされ、返って気楽な思いがする一方、クィーンの脳内に新たな疑問が生じる。


「でしたらなぜ、その権力を使って、半年前に私を戻して下さらなかったのですか?」


 カーマインはますます苛々を募らせるように言った。


「――私はNo.3が主張した場合、と言ったはずだが?

 今のところ釘を差しているおかげか、言い出す気配もないし、第二支部のほうでも、特にお前がいなくて困るようなこともないから焦って戻す必要もない。

 ましてや神の涙がフランシス王国に渡ったと分かった今、むしろお前には帰ってきてもらっては困るのだ」


 いなくなっても特に困らないという言葉に、多少プライドを傷つけられたクィーンは、つい確認したくなる。


「……私とローズが担当していた、聖弓使いと聖盾使いの相手は大丈夫なのですか?」


 長髪をかきあげながら、カーマインは面倒くさそうに返事した。


「あぁそれなら、今しがたここの番犬をしていたNo.13が一人で担当して、充分に間に合っている。

 あの通り少々おつむが足りず、No.4という飼い主の言うことをきくしか能のない駄犬だが――身体能力だけは紛れもなく組織一だからな。

 この先の四天王の座争いをするうえで、お前の一番のライバルになることは間違いないので、心して憶えておけ」


 クィーンとキング――呼び名がお揃いなだけではなく、まさか一番のライバル関係になる存在だったとは――

 運命の皮肉を感じながら、同時にカーマインが自分をそこまで買いかぶっていたことに、クィーンは意外な驚きを感じる。


「四天王の座争いですか?」


「そうだ、クィーン。お前には私が結社内でトップに立つためにも、いずれは絶対に四天王になってもらわねば困る。

 そのためには功績を積むか、順位戦に挑まねばならぬ」


「順位戦……」


 その語句はたしかアニメのNo.1とNo.2の因縁にまつわる回想シーンにも出ていた。


「魔界はより強者が上に立つ実力社会。

 結社にもその価値観は適用されており、魔王様に許可を取った上で、上位の者に公式戦を挑み、勝利することで相手のNo.と武器を奪うことが出来る。

 私もNo.1も、順位戦に挑戦することで、今の順位と複数の武器所持者になったのだ。

 お前もNo.4に挑戦して勝てば、同じように、即、四天王入りが叶う」


 カーマインの言うように四天王入りできるとしても、クィーンの記憶では順位戦の勝利条件は『相手の死』。文字通り魔族同士の殺し合いであったはず。


(いくらカーマイン様の命令でも、結社員同士の殺し合いなんてご免だわ)


 そんな彼女の内心の声が聞こえたかのように、カーマインが薄笑いを浮かべて言う。


「言っておくが私が望めば、お前は順位戦に必ず出ねばならないのだ。

 よもや結社に入信する時、私と交した約束を忘れてはおるまいな?」


「――!?」


 不意打ちのように言われ、クィーンははっと息を飲む。

 まさか9歳の時にカーマインと交した約束を、ここで持ち出されるとは思わなかった――

 当時の妹を失ったばかりの彼女は、魔王に望みを叶えてもらうため、結社で上り詰めたい一心だったのだ。


(結社内で上に行くためにカーマイン様より助力を得るかわりに、必ずいつか彼の望みを私が『一つ』きくという約束……)


 内容を思いだし、クィーンの顔からさーっと血の気が引く。

 いわば今の彼女の大幹部としての地位があるのは、カーマインが約束を果たした証拠なのだから。

 今度はクィーンが返す番であり、順位戦でも何でも、カーマインの願いを聞く義理がある。

 

「とはいえ、本当にNo.4に挑ませるかは、まだ決めてはおらぬがな――

 現時点でもお前の戦闘力はNo.4より勝っているが、問題は側近のNo.13の存在。順位戦には自分が戦う前に、先に配下を出すことが可能だからだ。

 その際、武器ハンデをなくすために、大幹部は側近の幹部に自分の武器を貸しだせる。

 お前のその剣は、魔族としてのローズの魔力が篭った強い武器ではあるが、No.4が持つ、魔槍『天使の嘆き』は、魔界に幽閉されていた天使の魂を封じた、大幹部の持つ武器の中でも1、2を争う強力なもの。

 回復と防御ばかりのNo.4ならともかく、戦闘力が極めて高いNo.13がそれを持った場合、お前は武器性能の差で負ける可能性がある」


 カーマインの発言にクィーンは強く反発したくなった。


「『ブラック・ローズ』はどんな武器にも負けません……!」


 実戦で確かめてもいないうちに勝手に性能を判断して欲しくない。

 カーマインはそんなクィーンの叫びを、あえて無視して言葉を続ける。


「――側近といえば、クィーン。お前の下にも戦闘力の高いらしいNo.16がいるではないか。

 本部が定期的に出す幹部の査定表によれば、彼の戦闘力は大幹部並であるという評価だが、実際はどうなのだ?」


 クィーンは少し考えてから答えた。


「……はい、現在の順位はNo.22に下がっておりますが、その戦いぶりを見たところ、素早さと身軽さ以外の能力は、すべて私より上回っているかと……」


「そうか、お前が言うならそうなのであろうな。しかしそこまで実力がありながら、さらに順位が下がっているとは、この強さ重視の結社でおかしなことよの……。

 だが、それだけ冷遇されていれば、こちらの誘いにも乗りやすいであろう。

 クィーン、もしもお前が第二支部に戻る際には、忘れずNo.22を引き抜いて来い。私の下に来れば、必ずや、実力通り、大幹部まで引き上げることを確約してな。

 そのためにもせいぜい第三支部にいる間は、絆を深めておくのだ」


「……かしこまりました」


 カーマインに異を唱えれば、サシャ以上に面倒くさいことになるので、この場は逆らわずに頷いておく。

 絆を深めることもそうだが、第三支部の戦力を奪うことになるので、グレイに申し訳ない。心情的にソードを引き抜くことに抵抗があった。

 反面、グレイではなく、カーマインの下について正しく実力を認められることは、ソードのためになることも分かっている。

 アニメを観た印象では、グレイは率先的に組織のトップを目指しているようではなかった。また、クィーンにとっても『妹の復活』という目標を達成するには、結社の頂点を目指すカーマインの下についていたほうが有利である。


「いずれにしてもそれはまだ先の話。クィーン、まずはお前は功績による四天王入りを目指すのだ。

 具体的に言うと、第三支部に戻り、『神の涙』の入手と、仮面の騎士を殺す機会をうかがえ。

 どちらを達成してもお前の順位は格段に上がる。

 私もすでにNo.3より、サンローゼ教会で起こった一連の出来事は詳しく聞いている。今、神の涙は十中八九、仮面の騎士が手元で守っているはず……。

 ――そこで改めてお前に問いたいのだが、今回、仮面の騎士に会ってみて、奴の正体について、何か分かったことがあるか?」


「……はい」


 訊かれてクィーンは思いだす。


(そうか、この時点では、カーマイン様は仮面の騎士の正体が、アルベールだと知らないんだわ)


 とはいえカーマインも、王者の資質がある者を選ぶ『慈悲の仮面』所持者が、王族である可能性が高いということは分かっているだろう。

 確証を得ていないだけで、第一王子が一番あやしいということも――


(一方グレイ様は、そもそもアルベールが慈悲の仮面と聖剣に選ばれたから、結社に入ったフシがある……)


 アニメ知識によれば、フランシス王国の第二王子カミュであるグレイは、組織に入る前から兄が仮面の騎士であり、聖剣使いであることも知っていた。

 付け加えると、アニメのグレイは仮面の騎士の正体を知りながら、そのことを組織に黙っていたせいで、(のち)に他の四天王や魔王の心証を悪くしていた。

 どうせ後であきらかになることだし、この先グレイの立場を思えば、ここは早めに明かしておいた方が良さそうだ。

 クィーンは思い切って真実を口にだすことにした。


「カーマイン様! 先日の宮廷夜会に参加する機会があり、第一王子と会話したばかりだった私には分かりました。

 あの声と話し方は、紛れもなくアルベール王子そのものでした。仮面の騎士の正体は彼に相違ありません」


 きっぱり言い切るクィーンを見て、カーマインは深く考え込むように瞳を細め、ゆっくりと頷き返す。


「……そうか、やはりな……私も色んな状況からそうではないかと思っていたが――これではっきりと確信することが出来た。

 ――ならばクィーン、侯爵家に世話になっている貴族の令嬢という立場を生かし、お前は第一王子に近づき、神の涙の有りかを探り、入手する機会をうかがうのだ」


「……はい、カーマイン様。怪我が治り次第すぐにことに当たります……」


 クィーンの返事を受けて、カーマインは急に思いだすように言った。


「ああ、その怪我についてなのだが、私は時を惜しむ性分でね。実はもう少ししたら、ここにNo.4が来て、すっかり治してくれることになっている」


「……!」


 急展開にクィーンは驚く。


「過度な治療をしない主義のNo.4に無理を言って頼み込んだのだ、感謝しろ。

 ――クィーン。お前は怪我を治してもらい次第、すぐに第三支部に戻り、指示した任務に従事するのだ」


「……はっ……」


 思えばとても短い休養生活だった……。


「では、次は来週の大幹部会議で会おう。その時に良い報告を貰えることを期待している――あとクィーン」


 立ち上がったカーマインは、去り際ベッドに片手をつき、もう一方の手をいきなり伸ばして、ガッと強くクィーンの細い顎を掴んで引き寄せた。

 間近から見つめる、いつも冷めた様子のカーマインの金色の瞳は、今は燃えるように熱く、彼女の瞳を射抜くようだ。


「くれぐれも命を惜しむのだぞ?

 出会った頃から変わらず、お前のこの暗い瞳の奥には『死への憧憬』が見える。

 あたかも生きる苦しみから逃れようとするように死に急ぐお前を、ローズはつねに心配していたが――私はこれまで、弱い者や、死にたい奴は勝手に死ねばいいと思ってきた。

 ――けれど今は違う――お前が死ねば、お前のために命を犠牲にした、ローズはまったくの無駄死になるからだ――そのようなことはこの私が絶対に許さぬ! 

 最早お前には死んで楽になる権利もない! そのことを、ゆめゆめ忘れるなよ?」


 クィーンは痛いほど掴まれた顎をこっくりと下げ、かすれ声で呟く。


「はい……カーマイン様……」


 他人の死を背負ったぶん命は重くなり、安易に死ぬことすら許されないのだ。

 こうして生かされた以上、クィーンは再び『妹の復活』に向かって歩き出さなくてはならない。


 道端に転がる仲間の死を踏み越え、たとえ先に待ち受けるのが破滅だと分かっていても。

 この孤独で長い地獄の深部へと続く下り道を、重い足取りで辿って行かねばならないのだ――




 ――そうして会話を終えたカーマインが部屋から出て行き、十分ほど経過した頃。

 聞いていた通りNo.4、異名『光の使い手』、通称ゴールドが、キングを伴ないクィーンの元を訪れた。


「私は本来なら力の使いどころを選びますので、必要以上の治療はしません。あなたの怪我の応急処置しかしなかったのはそれゆえです。

 ですから今回は特例です」


 魔族らしからぬ光のオーラをつねに全身に纏い、淡い金色のローブを着たゴールドは、部屋に入室するなり厳しい口調で言い、クィーンに治療をほどこし始める。

 フードを真深にかぶり、顔の下半分しか見えずその表情は分からないが、美しく整った口元から吐かれた言葉は、とても硬質で冷たい響きだった。

 アニメを観ていたクィーンはフードで隠されていても、彼女が金色の光がうずまくような、神秘的な両目を持っていることを知っている。


 No.4のたおやかな白い左手がクィーンの胸元にそっと当てられると、そこを伝って流れてきた金色の光が全身を覆いだす。

 5分ぐらいその状態でいただろうか。ゴールドの手が引っ込むと同時に、身を包む光もすっと消え、クィーンの全身の怪我が見事に完治していた。


「ありがとうございます。No.4」


「……」


 感動もあらわにお礼を言うクィーンを、ゴールドは完全無視して、金色のローブとフードの脇からこぼれ出る白髪を靡かせ、無言で部屋を退出して行く。

 そんな彼女の態度に一番驚いたのは、クィーンよりも側近であるキングのようだった。


「クィーン! 違う! ゴールド様、いつももっと優しい……!」


(分かっているわ、キング)


 尻尾をピンと立てて慌てたように弁解するキングに、クィーンは内心で頷く。

 No.4も女性であるからには、カーマインのフェロモンの影響を受けているのは当然であり、第二支部にいる女魔族には嫌われ慣れているクィーンなのだ。


 ふうっと溜息をつき、クィーンはベッドを振り返ると、枕元に置いてあった剣を手に取る。


(一緒に帰ろう、ローズ)


 少し胸元でブラック・ローズを抱きしめるようにしてから、腰の帯剣ベルトにさす。

 実は魔剣を得て以降、クィーンのコスチュームにはやや変化があった。

 フライ・ソードをさす場所が腰から太股部分に出来た新しい帯剣ベルトに移動して、かわりに腰の帯剣ベルトは魔剣『ブラック・ローズ』専用になり、革の剣ホルダーにはピタリと鞘がおさまる。


 クィーンはこれからはいついかなる時も、ブラック・ローズとともにあろうと心に決めていた。


 アジトの鍵もそうなのだが、魔界で生み出された物質はどれも魔力による形状変化が可能で、試しに昨日クィーンが魔力と念を込めてみたところ、魔剣ブラック・ローズも指輪など、好きな形に変化させることができた。

 貴族令嬢であるアリスは帯剣するわけにはいかないが、指輪ならいつでもはめていられるし、持っていればいざという時のための心強いお守りにもなる。

 人間姿で使うこともないと思うが、魂の宿った魔剣であるがゆえ、持ち主の呼びかけに応え、魔族に変化せずとも呼び出せるのだ。


 クィーンは下ろしていた黒髪を頭の高い箇所で結い上げると、耳を寝かせて尻尾を垂れ下げた、悄然としたキングを見て、短い挨拶の言葉を告げる。


「世話になったわね、キング」


「クィーン、お別れ、寂しい」


 その悲しそうなキングの表情は、充分、塔へ長居し過ぎたことを物語っていた。


(次に会う時が順位戦ではないことを願うわ)


 祈るように心中でつぶやき、クィーンは左手をかざし、異界への扉を開く。

 数日ぶりにNo.9の間へ――第三支部の仲間たちの元へと帰還するために――




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