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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第三章、『亡霊は死なない』
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1、塔の上の女王

 まばゆい朝の光を感じて瞼を開くと、視界に映ったのは白けた石造りの天井だった。

 とっさに手をかざしたアリスは、視界に入った肌の白さに、変化が解けていることに気がつく。


「……!」


 驚いてベッドから跳ね起きた拍子に、とたん満身創痍の全身が悲鳴をあげる。しかし肉体的な痛みに強い彼女は、顔をしかめただけで声一つ漏らさない。

 浅い呼吸で痛みをやり過ごすと、クィーン姿に再変化した。

 魔族姿のほうが怪我の治りが速いのと、今いる場所が秘密結社『黄昏の門番』第二支部の人間界側の施設『塔』の中だからだ。


 ひとまず変化を終え、枕元に魔剣ブラック・ローズがあることを確認して気をゆるめたとき。

 バァーーン! と鼓膜をうがつような派手な扉の開閉音が響く。


「クィーン、飯を、持ってきた!」


 料理が乗ったトレイを片手に心臓に悪い登場をしたのは、第二支部所属でNo.4の側近、No.13。異名『銀の狼王』通称キングである。

 キングは室内に入るなり銀色のしっぽを跳ね上げ、トレイ上の汁物がこぼれるのも構わずすっ飛んでくる。


「クィーン! まだ起きたら駄目! 傷開く!」


 突進してくるキングの姿を見て、焦ったクィーンは両手を上げて制止する。


「……待って、大丈夫よ!」


「大丈夫じゃない! クィーンは死にかけた。ゴールド様、少し怪我治したけど、まだ傷いっぱいで、血も足りない。無理は駄目!」


 キングが言うゴールド様というのはNo.4のことである。

 クィーンは目の前まで来た、ゆうにソードを越える2メートル以上の身長と、筋肉に覆われた引き締まった体躯のキングを恐々と見上げる。

 銀髪と濃褐色の肌。鼻筋の通ったどこか気高さのある精悍な顔立ち。上がり気味のアーモンド形の琥珀色の瞳には、有無を言わせぬ強い光が浮かんでいる。

 これは逆らうと強引にベッドに寝かせつけられるパターンだと悟ったクィーンは、素直に頭を縦に動かす。


「……分かった……ご飯食べたら、ずっと寝てるわ……」


「うん。いっぱい食べて、いっぱい寝る!」


 満足気に頷くキングの、銀色の獣耳がピンと立つ。左右に振られているふさふさ尻尾を眺めつつ、この話の通じない感じは半獣人魔族特有なのかと疑問を感じるクィーンだった。


 キングが言うように、クィーンはNo.2の鞭打ち折檻により、一昨日、文字通り死にかけて意識不明の重体になったのを、治癒能力のあるNo.4に助けられたらしい。

 そして昨日の夕方この部屋で意識を取り戻した時から、ずっとそばにつきそい、かいがいしく世話を焼いてくれているのが、このキングだった。

 それはまぁいいのだが―― 


「熱っ!」


 この通りお茶一つ入れるのでも、ティーポットの蓋の隙間からこぼすようながさつで不器用なキングは、おおよそ他人の世話をするのに向いていない。

 たとえその部分を抜かしたとしても、異性で上位幹部である彼をなぜNo.4が自分の世話係に選んだのか、さっぱり理解できないクィーンだった。


「クィーン、はい、紅茶だ」


「……」


 すっとキングが差し出したカップに満たされていたのは、紅茶とはかけ離れたどす黒い液体。

 しぶしぶ受け取り毒見気分で一口飲んでみると、思ったほどには苦くない。

 とりあえず、味はともかく熱いお茶を飲み下したクィーンは、ほっと一息つき、立ち上る湯気の中に、ふと、ニードルの面影を思い浮かべた――


(もう、あれから4日以上経過したのよね……)


 今頃きっとニードルやグレイは、酷く彼女のことを心配しているだろう。

 分かっていながらも、第三支部に帰ることが憂鬱でたまらないクィーンなのだ。


 過ぎたことを言ってもしょうがないし、ローズが亡くなったことの一番の原因が自分だということも分かっている。

 けれどどうしても考えずにはいられない。


 もしもソードがオーレリーの首を切らず、グレイの監視がついていなければ。

 あるいはあの時、ニードルが指示に従って異界への扉をくぐって帰還していれば……。

 なによりグレイがローズを自分の盾がわりにあの場に送り出さなければ……。


 それらを考えると、複雑な想いがして、グレイもニードルもソードの顔も今は見たくない。


(会えば堪えきれず、きっと八つ当たりのような酷い態度や言動を取ってしまう……)


 特にクィーンの代わりにローズの命を差し出したようなグレイの采配に対しては、この先彼の下でやっていく自信がないほど大きなわだかまりを抱えていた。


 かといって今となっては、テレーズとの思い出がたくさん詰まっていて、彼女と一番仲が良かったシンシアのいる修道院に戻るのも辛いのだ。

 テレーズの死を誰よりも嘆き悲しんでいても、会えば優しいシンシアは必ず自らの辛さを押して、アリスを許すどころか慰めようとしてくるだろう……。

 そう分かっているからこそ会いたくない。


(死の原因であり、最後までテレーズに酷い態度ばかり取り続けていた私には、シンシアに会わせる顔も、許しを請う資格すらない……)


 今やどこにも行き場のない心境のクィーンは、いっそこのまま塔の第一層にずっとひきこもっていたいとさえ思ってしまう。


 他人について詮索しないアリスは、塔や結社の仕事などでも一緒になることや出会うこともなく、今までシンシアの順位を知る機会はなかったものの、盲人というハンデから100番以内は有りえないと思っている。

 その点についてはテレーズも同じ考えだったらしく、シンシアの前では気を使ってか決して結社での順位話をすることはなかった。


 つまり、この塔の第一層は、シンシアに出くわす恐れがなく、もちろん第三支部の面々に会うこともない、今のクィーンにとっては格好の逃げ場なのだ。

 そういう意味では世話係としての適正はともかく、魔族というより、犬みたいなキングのつきそいにも気楽な面がある。


 ――陰気な溜め息をつき、紅茶をもう一口だけ飲み下すと、クィーンはティーカップをそっとベッド脇のサイドテーブルに置いた。

 そこにすかさずキングが、料理の乗ったトレイをクィーンの膝の上に乗せてくる。


「いっぱい、血、失ったから、肉、たくさん食べる!」


 無邪気な笑顔のキングに言われ、肉料理の乗った皿を見下ろしたクィーンはげんなりする。

 昨夜はパンとスープだけの食事だったのに、なぜ今朝は、鳥の丸焼きが皿の上に乗っているのかと。


「この鴨、俺が住んでいる森で捕まえた。美味しいから食べてみろ!」


(無理……)


 朝から重すぎるし、吐き気がするし、一切食欲がない。

 だが、食べないと言えば、キングによる強制イベント、『無理矢理口に押し込まれる』が発生するのは、昨日の夕食時に経験済みだ。

 ひょっとして、No.4が彼にクィーンの世話を頼んだのは、この悪気がないゆえに対処に困る、強引さゆえなのかもしれない。


 クィーンは誤魔化すようにパンを手に取り食べ始めると、丸焼きを食べずに済む適当な言い訳を思案した。

 その傍らでキングは床にストンと膝を落とし、ベッドに両手をついて尻尾をフリフリ、クィーンの食事姿を見ながら、にこにことどうでもいい質問をしてくる。


「クィーンって、年いくつ? 俺、15歳」


 反応こそしなかったが、クィーンは内心、キングの年齢に意外性を感じた。


(15歳って……私より年下だったのか……)


 知能は別として、背がバカ高いし大人っぽい顔つきしているから、てっきり年上だと思ってた。

 言われてみれば身長の割に、身体が細身で未完成な印象だ。


 考えてみるとNo.13という上位なのに、クィーンは塔の第一層にいた頃にも、異界の第二支部に上がってからも、キングの姿を見かけたことがなかった。

 その事実と、年齢の若さから察するに、彼はクィーンが幹部になってから塔の第一層に上り、スピード出世したのだろう。

 短い間に彼女が大幹部になることによって空いた、No.13の順位を引き継ぐまでに上り詰めたのは、かなり高い戦闘力を備えている証拠だ。

 そう思い、改めてキングの姿を見てみれば、クィーンの視線に気がつき、嬉しそうに尻尾をぶんぶん振ってくる。


 昨日会ってからというもの、基本的にクィーンはキングを無視し続けているのに、終始この調子……。

 正直、アニメでキングが死ぬ回は『燃える髪のメロディ』史上でも、1、2を争うほどの欝回だと記憶するクィーンは、誰とも話したくない今の心理状態以上に、彼と無駄な会話をしたくない。

 関われば関わるほど、死んだと知った時に感じる苦みが増すのが分かっているからだ。

 なのでいい加減、黙っていて欲しいのだが、キングは一向に話しかけるのを止める様子はない。


「キングとクィーンって、呼び方、お揃い。(つが)いみたいで、嬉しい。

 人間姿のクィーン、名前通り、俺が住む、森にある伝説、妖精の女王みたいに、綺麗だった」


 この発言が示すように、意識を失っている間に変化が解けて、人間姿を見られたことが痛かった。

 残った肉料理とまたしても男性に無駄に好かれている状況に、クィーンが頭を抱えていた時――ちょうど部屋の扉が開く気配があった。


「どうだ、クィーン。養生しているか?」


 声からしてどうやら部屋を訪ねて来たのはカーマインのようだ。

 すぐに挨拶しようとクィーンが顔を向けた瞬間――視界に銀髪と尻尾を靡かせて入り口に駆け寄るキングの姿が映る。


(えっ?) 


 何をするつもりかとクィーンが呆気に取られている間に、キングは進行を妨げるようにカーマインの前に立ち塞がり、口から驚くべき言葉を発した。


「クィーンはまだ人に会うほど、元気ない。ゴールド様、誰も部屋に入れるな、言っていた」


 有り得ないキングの言動にクィーンはぎょっとする。

 幾ら何でも、第二支部のトップを部屋から追い返すなんてマネは無茶過ぎる。


「なんだ、No.4のところの駄犬か」


 対するカーマインは邪魔なゴミでも見るように金色の瞳を細め、不快げにキングの顔を見返している。

 この状況はまずいと感じたクィーンは大声で叫ぶ。


「大丈夫だからキング! カーマイン様を部屋にお通しして!」


「……でも、クィーン……」


「No.2だけは例外なのよ! No.4が言った『誰も』の中に、このお方は入っていないの! 

 お願いだからキング、カーマイン様をお通しして、あなたは部屋の外に出ていて、ね? お願い!」


 まるで小さい子供でも相手にするように言い含める。

 初めてクィーンに一息以上の長台詞を言われたせいか キングは少し考え込む仕草をしてから、


「……分かった」


 唸るように頷いた。


 

――無事にキングが部屋を出て行くのを見送ってほっとした後――クィーンは改めて先ほどのカーマインの質問に返事をする。


「……おかげ様で……ゆっくり……休ませていただいております」


「ふっ、それは何よりだ」


 とても半死半生の目に合わせた当人の口から出たとは思えない、いかにもカーマインらしい悪びれぬ台詞だった。

 命に関わる怪我しか治療しない主義のNo.4が、力を行使して、応急手当をしてくれたほどの酷い状態だったというのに。

 魔族は人間に比べて10倍怪我の治りが速いにもかかわらず、クィーンの傷が治るには、ゆうにあと一週間はかかるのだ……。


「――そうそう、クィーン、No.3から昨日も今日も、お前がどうしているのかとしつこく問い合わせが入っている

 一昨日のことといい、No.3にずいぶん愛されているようじゃないか? え?」


 カーマインは言いながら、無遠慮な態度でベッドの端に足を組んで座り、近くからクィーンの瞳を探るように注視した。 

 まさか心配して見舞いに来るような性格ではないとは思っていたが、そんな下らない嫌味を言いにきたのだろうか。


「……今回のことで、責任を感じていらっしゃるだけかと……」


「はっ――笑わせるな。よりによってあの人一倍他人に関心が薄い、No.3がそのようなわけがないだろう。

 クィーン、お前はなぜ第三支部が他の支部より戦闘員の死亡率が高いと思っているのだ?」


「それは……仮面の騎士がいるから……」


「いいや、そうではない、肝心のトップであるNo.3が、配下の命を軽んじているからだ。

 あの男には、決定的に、配下への愛が欠落している」


「……」


 わざわざグレイの人格否定をしに来たのだろうか?

 カーマインの意図をはかりかねながらも、クィーンは黙って聞き続ける。


「そんなNo.3がお前に対しては、一方(ひとかた)ならぬ関心を示し、あろうことか、許可なく他の大幹部の個室に侵入し、庇うなどというルール違反まで犯したのだ。相当、お前に入れ込んでいる証拠。

 ――クィーン、お前の方も、そろそろNo.3恋しさに、第三支部に帰りたいのではないか?」


 最後の部分は皮肉というか嫌味だろう。


「……そのようなことは……」


 言い淀み、そこでふと、クィーンは今まで疑問だったことを、カーマインに質問してみたくなった。





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