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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第二章、『地獄の底で待っていて』
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38、奇跡の瞬間

 クィーンは祭壇奥の壁際に開いた虹色の出口から、ソードに先んじて聖堂内に飛び出すと、瞬く間に聖乙女像の元へと飛んで行き、『神の涙』へと手を伸ばした――


 先日、ローズはクィーンの素早さについて触れたが、身の俊敏さも、反射神経も、すべては持ち前の高い『時間分解能』の能力があってこそ。

 クィーンの瞳は驚異の動体視力を誇り、その分、周りの動きがゆっくりと映るのだ。

 ――戦闘においては、通常、相手を殺すより、殺さない方がより高い技量を要する。

 クィーンがソードと違って、今まで無駄な殺生をせずに任務をこなせてきたのも、すべて魔王より与えられしこの異能のおかげだった。


 だから、今まさに指先が『神の涙』に届こうとするこの瞬間にも、クィーンにはしっかりと見えていた。

 修道会騎士の一人が、サシャと同じぐらいの有り得ない反応速度で、神秘的な光をまとう『聖剣』を抜いて立ち上がる姿が――

 

(――こいつがアルベールだったのね――でも、残念――遅い)


 そうして勝利を確信しながら、『神の涙』のガード部分を掴んだ刹那も――クィーンの瞳は一早くその異変をとらえることができた。

 ――触れた短剣の剣身がぼうっとほのかな光を帯びるさまを――


「――!?」


 瞬間、頭の中で再生されたのは、アニメで何度も観た『神の涙』が『聖なる光』を放つシーン。

 考えるより先に、反射的に目を瞑り、クィーンは絶叫した。


「ソード、目を閉じて!」


 神の涙から放散される、強烈なまばゆい白い光は、瞬時に空間を埋めつくし、見た者の目を眩ませ、魔族の瞳を強く焼く。

 まともに瞳に取り込んでしまえば、人であっても『例外の者』以外はしばらく視力がきかなくなり、魔族の場合はゆうに一時間以上は失明状態になるのだ――


「うわぁっ!?」


 直後、背後から響いてきたソードのうめき声に、クィーンは想像通りの現象が起こったことを悟って蒼ざめる。


 これもこの教会の奇跡の一環なのだろうが、にわかには信じがたい。

 アニメを観ていて知識があったからこそ、クィーンにとって、使い手であるメロディ不在で『神の涙』の力が出現することは、まったくの想定外だった。 

 おまけに、手で掴んだ神の涙は、彫像と一体化したかのようにびくともせず、外れそうにない。

 聖乙女像の腕ごと切り落とそうにも、確実に槍と剣の攻撃がすぐ近くまで迫っている状況――


 聖なる光には『神の涙』の使い手自身と、聖なる武器や防具の使い手達の目は焼かず、視力も奪わないという特徴がある。

 彼らはまぶしい光の中でも物を見て、人の姿をとらえ、動き、戦うことが出きるのだ。

 これは結構なハンデで、今戦うのは分が悪すぎる。


 クィーンは、瞬間的に判断して、目を閉じたまま身を反転させ、後方の祭壇奥に飛び退いた。

 それに合わせて、素早く命令するアルベールの声が響く。

 

「サシャ、他にも悪魔が来るかもしれないから、お前はカッシーニ大司教の傍についていてくれ。

見張りの二人が駆けつけて来たら、他の騎士達を安全な場所に誘導させろ」


 内容から察するに、サシャやアルベールと部屋の外にいた者以外、向こうも全員目をやられているようだ。

 サシャも大丈夫だったということは、明らかに入手していないだけで、この時点ですでに聖槍に選ばれているということだろう。

 

(なんて、今は呑気に他人の会話を聞いたり、よけいなことを考えている場合ではない)


 記憶では聖なる光の持続時間は短く、そろそろ光が引く頃合だが、ソードが一時的に失明状態で、アルベールもこの場にいるのが分かった現状、任務続行は無茶である。

 ここは素直に、命を大切にして、任務失敗を受け入れよう。

 決意したクィーンは、異界への扉の前に立っているはずのソードを手探り状態で探し当て、さっそく重要なことを告げる。


「任務は中止。急いで引くわよ、ソード!」


「っあぁっ!? 何だよ、これ目が見えない!」


 取り乱したように叫ぶソードの身体を、クィーンは思い切り両腕で突き飛ばし、自分も前進していく。


「痛っ!」


 押されたソードが壁にぶつかる鈍い音と、あげた痛みの声を聞き、まぶたを開いて、クィーンは絶望した。

 幸い聖なる光はすでに収束していたが、二人はいまだに聖堂内にいて、虹色の入り口はどこにも見当たらない。


(くそっ、異界への扉が閉じている――)


 外界では異界への出入り口は一瞬で閉じるので、開きっぱなしにするには、手をかざし続けて維持しなくてはいけない。

 聖なる光を浴びて仕方がない状況だったとはいえ、ソードがそれを怠ったのはかなり痛い。


 とにかく扉をもう一度開かなくてはいけない――そう思えども、残念ながら、今は手をかざす余裕すらないらしい。

 クィーンは急いでソードの胴体を両腕に抱え、横向きに床を蹴って、上方へと羽ばたいた。


 一瞬後、二人がいた場所あたりで、風切り音と、鋭い声が聞こえる。


「逃がすか!」


 ぞっとして、慌てて飛んで逃げながらもクィーンは思考する。

 天井ごときの高さでは、人外の跳躍力を誇る仮面の騎士相手には意味がないし、重たいソードを抱えている状態では、速度が足りず逃げ切れない。


(これじゃあ今にも追いつかれるし! 仕方がない――)


 魔族の身体なので耐えられるだろうし、死ぬよりましだろう。

 素早く決断したクィーンは、容赦なくソードを高所から下へと投げ落とし、腰から双剣を抜いて、羽の動きで回転して振り返る。

 次の瞬間、ガキンと、金属音が響き、間一髪のタイミングで、クィーンは剣を十字に交差させ、聖剣使いの攻撃を受けた。


(――危ないっ、もう少しでも振り向くのが遅れていたら、聖剣を後ろからまともにくらってた。

 しかも、今、剣からまずい音がした気がする……!?)


 冷やりとしつつ、クィーンは、聖剣使いとお互いの剣をはじきあうようにぶつけあい、上から下、横からと、数回ほど剣戟をかわし、感動をおぼえる。


(――見える、聖剣使いの動きが全部!?)


 彼女の能力からしてそれは当たり前なのだが、もう一人のクィーンの敗北記憶が脳に鮮明に刻まれているがゆえ、心底驚くものがある。

 むしろ、重力に逆らえず床へ降りてく聖剣使いを見て、羽がある分、自分の方が有利なんじゃないかとすら思える。

 ただし――それはフライ・ソードの強度がもう少しあればの話なのだが――


 先刻から打ち合うたびに不吉な音がしていたので、気がついていたが、手元の剣に視線を走らせると、案の定、刃こぼれしている。

 グレイが言った通り、やはり魔界製の武器でなければ通用しない――強度が足りなかったのだ。


 結局、撤退するしかないことを再確認して、ソードの元へ降り始めたクィーンは、下を見たとたん驚愕する。


「えっ!?」


 ソードを落下させたあたり――聖堂の側面壁近くの床に転がっていたのは、漆黒の荊のつるにまかれた大きな物体――

 こんな仕事をするのはクィーンの知る限り、ただ一人だけで、それをやった張本人も勿論近くに立っていた。


「ごめんなさい、クィーン。

 加勢しようと思って見てたけど、動きが早くて目がついていけなくて、間違ってあんたを鞭で打っちゃいそうだから、遠慮しといたわ」


 回転して床へ着地する聖剣使いを鞭を構えて牽制しながら、ソードらしき物体を後ろに控えて佇むブラック・ローズが、クィーンを見上げて、喧嘩中とは思えぬ平常の態度で微笑んできた。

 戦いに集中していて、まったく彼女が現れたのに気がつかなった己に唖然としつつ、クィーンは二人を庇う位置に、ストンと舞い降りる。

 

 衝撃の登場と複雑な想いで絶句しているクィーンの疑問を代弁するように、荊のガードに閉じ込められた、ソードが驚きの声をあげる。


「その声……No.15じゃなかった、16! 

 俺をこんなにしたのは、お前なのか? 何でここにいるんだ!?」


「なぜって、グレイ様に、二人の援護を頼まれたのよ」


 ローズの返事に、クィーンは突如、重要な事実を思いだす。

 そうだ、今日はグレイが監視していて、ローズはその側近。

 本人が出撃できない立場上、クィーンがピンチに陥った時、能力が知力に大きく傾いたヘイゼルではなく、ローズを差し向けるのは、考えれば当然のことだったのだ!?

 そこに思い至らなかった、己の間抜けさを反省しつつ――クィーンはとりあえず命令ではなく、お願いすることにした。


「ローズ、お願い、ここは大丈夫だから、目が見えないソードをこのまま連れて、アジトへ戻って!」


 強情な性格と、昨日の険悪な流れから、嫌だと反発されることを懸念したが、ローズはあっさり頷いた。


「分かったわ」

 

 返事を聞いて、ソードがうろたえて叫ぶ。


「冗談じゃない、任務はまだ終わってないし、俺はこんなんじゃ帰れない!

 目が見えなくても全然戦える!」


「ソード、あんたには借りがあるし、犬死にさせるのはしのびないわ」


 ローズの発言からクィーンは今、初めて、彼女がソードに恩義を感じていることを知る。


「ほうっ、悪魔にも情があるとはな。いつも会った瞬間、殺しているから、今日初めて知った。

 ついでに貴様らの名前も今の話でおぼえた――クィーン、ソード、ローズだな――これで殺した後、墓標に名前が刻める。

 ――特にクィーン、俺の剣をまともに受けた悪魔は貴様が初めてだ。墓碑銘に、その旨、忘れず書き添えてやろう」


 それまで黙って会話を聞いていた聖剣使いが、いかにも愉快気に言い、グレートヘルムを脱ぎ捨て、慈悲の仮面とまばゆい金髪をあらわにした。

 アニメによると、悲しげな仮面の造形は神の面相で、聖なる守りの輝きに身を包まれたアルベールの髪色は、黒色から金色に変わっているのだ。

 荊の中からソードがいらない質問の声をあげる。


「おい、言っている内容からして、ひょっとしてそこのお前は、仮面の騎士なのか?」


「だったとしたら何だ?」


「そのふざけた口を二度ときけないようにしてやる!」


「面白い、やって貰おうじゃないか」


「ローズ」


「ええ、クィーン」


 元、コンビだけあって、クィーンとローズは会話をしなくても、お互いの意図を伝え合うことが出来た。


「残念ながら、聖剣使い、今日は私があなたの相手よ。

 でも安心して、あなたを殺したら、私も墓碑銘にきっちり刻んであげるから」


「それは興味深い。なんて刻むのかぜひ知りたいね」


 愉悦を滲ませた声で問う、仮面の騎士にクィーンは答える。


「己の力を過信して、死ぬまで調子に乗っていた男、ってのはどう?」


「ふっ、いいね、なかなか俺のことを的確に言い表している。気にいったよ、クィーン、貴様のことが一瞬で好きになった。出会ってすぐお別れしなくてはいけないことが、寂しくなるほどだ」


「悪いけど、私はまるで逆の印象よ。あなたは出会った時から一番嫌いなタイプだわ!」


 戦闘開始の合図とばかりに叫び、クィーンは一気に床を蹴って、飛びだす。

 剣を構えてアルベールの左側に回り、首と心臓狙いの突き攻撃を間断なく繰り出す。

 対するアルベールは扇状に剣を動かしガードしながら、手首を返して聖剣を回転させ、クィーンの剣を絡めて弾いてはすかさず切りつけてくる。

 すでにボロボロの剣の強度を考えて、あまり打ち合いをせずに、ローズとソードが逃げる間の時間稼ぎをしなくてはいけない。

 クィーンが突き攻撃に集中しているのも、剣をまともにぶつけ合いたくないからだ。

 そうは言ってもクィーンのフライ・ソードはリーチが短く、攻撃速度が速いのと手数が多いのが特徴。

 打ち合う回数が多くなるのが必然の剣なのである。

 

 ここはせめて剣を使うのは攻撃時のみにしぼって、アルベールが繰り出す剣はすべて身をかわして避けようとクィーンは考える。自慢ではないが攻撃を避けるのは大得意だ。

 積極的に攻撃をするのも出だしだけで、途中からわざと手数を減らし、仮面の騎士の攻撃を避けることに専念する。


 視線を仮面の騎士から離せないので分からないが、たぶん今頃ローズは、異界への扉を開き終わっている頃合だろう――クィーンが、そう、考えていた時。

 突然、仮面の騎士が大きく聖剣を切り上げたかと思うと、そのまま引いてふりかぶる。

 わざとらしいほどの大きな動きと絶好の隙で、異能の剣なら甲冑など紙のごとしもの――首か心臓を今狙えば、確実に仮面の騎士が殺せると思える、が――

 瞬間的に仮面の騎士の狙いを察したクィーンは、とっさに右手のフライ・ソードを渾身の力をこめて聖剣に叩きつける。


 ところが脆くも虚しい音を立ててフライ・ソードは真っ二つに折れ、制止かなわず聖剣は仮面の騎士の手から放たれてしまう。


 焦ったクィーンはバク転して、背後にいるローズたちの元へ向かい始めた。


 聖剣は空を裂き、今まさに異界への扉をくぐっている、ローズの背を目がけて、まっすぐ飛んでいる。 


「あっ……!?」


 危ないという叫ぶ暇すら与えてくれない聖剣の速度に――なすすべもなく絶望して、蒼ざめ、目を見開くクィーンの視界を掠めて――その時、飛んでいく銀色の影があった――

 優れた動体視力がとらえたのは、銀色の巨大鋏。


「――!?」

 

 神業の正確さで投げられた鋏は、横から聖剣の剣身を刃で挟むように高速の勢いでぶつかっていく。

 そして激しい衝撃音とともに鋏自体は弾けて壊れたが、おかげで聖剣の軌道がずれ、閉じかけた異界への扉から反れて横側を突き抜けていった――

 安堵するあまりに崩れかけたクィーンを、横から呼ぶ声がする。


「クィーンこっちです!」


 聖堂の入り口付近に新たに生じた異界への扉の近くに立ち、片手で維持しながら手招きしていたのは、今やクィーンの筆頭側近になったNo.19ニードルだった――



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