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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第二章、『地獄の底で待っていて』
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33、守りたい想い

「……説明することは……何もないわ……」


 苦しまぎれに素っ気なくクィーンが返すと、予想通りローズは怒り顔で叫ぶ。


「……何よ、それ!」


 理由を説明すればますます側近にしろと迫るだろうから、本当のことなど言えなかった。

 

「会議で言った通り。私は今の側近に満足しているの」


「満足してるとか、そういう問題じゃないでしょう! 

 私が螺旋の第一層で聞いた話によると、今まで仮面の騎士に会った魔族はほぼ即死らしいじゃない。

 しかも『悪魔』を探し求めて頻繁に王都中を見回っていると聞いたわ。

 そんな危険なこの王都で、私の防御もなく、配下の任務に付き添ったりなんかして、クィーン。あんたは本気で死にたいわけ……!?」


 『螺旋』が第二支部の『塔』と同じ構造なら施設は十層になっており、ローズが話を聞いたと言う第一層にいるのは百番以内の者だけだ。

 

「出会わないように、最短時間で任務をこなすようにしているから、大丈夫よ……」


「出会わないように、では、足りないでしょう? 会っても大丈夫なように、私を配下にしなさいよっ!

 私がなんのために愛しいカーマイン様の元を離れて、第三支部に来たと思っているの!」


 激するローズをクィーンははぐらかす。


「戻ってきたのには、他の目的もあると自分で言っていたでしょう? そちらに集中すればいいじゃない」


「クィーン、あんたはいつもそうね。周りにいる者の気持ちにも自分の生命にも無頓着。

 そんなあんたにいままでどれほど、私やシンシアがやきもきさせられてきたことか……!

 他人(ひと)の気持ちも知らないで、あんたは身勝手で冷たすぎるのよ!!」


 人格を批判されたクィーンは申し出を断わる口実もかね、この際なのでローズへの不満をぶちまける。


「冷たいって……! ローズに他人のことが言えるの? あなただって私を頼ってくれたことなんて一度もないじゃない。

 今回のことだってどんな理由にしても、たった一言ぐらい言ってくれても良かったんじゃないの?

 そうすれば協力することだってできた。これでも私は大幹部なのよ?

 妹、妹って……なぜ、私はいつも一方的にあなたに助けられる設定なの?

 人を下に見るのもいい加減にしてよ!」


 クィーンに反撃され、ローズは一瞬言葉に詰まってから、愚痴っぽく言い返す。


「何よ、どっちみち相談する暇もなく、取りつく島もなかったじゃない。

 幹部会議でも私に味方してくれないうえ、終わったあとはグレイ様と仲良く並んでさっさと帰って……!

 何より螺旋の仕事はとにかく忙しくて、息つく暇もないし……!

 今夜だって、やっと抜け出したのよ!」


 結社において、魔族に変化(へんげ)できる百番以内が請けおう任務は、全体からみればほんの一部だ。

 情報収集・各種工作など、実に組織の9割以上の任務や活動をおこなっているのは、それ以下の順位の組織員である。

 

 『螺旋』などの各支部の人間界側の施設には、順位で分けられた各層ごとに相談役をかねた代表者達がいる。彼らはある程度の権限を持ち、任務や人員の管理を行う一方、権限以上のものやその層では解決できないような案件は、すべて上の層へ、層へと上げていく。

 その仕組みから、拠点施設において最上位層である第一層の代表者が、多忙を極めるのは当然ともいえた。


 実際に第二支部の『塔』の管理をしていたNo.4など、忙しすぎて幹部会議にすら出る暇がなかったほどだ。

 第三支部の螺旋では首位のNo.10が仕事をしない以上、次席のローズがその立場にあった。


「その抜け出した足で、まずは私の元へ寄ろうとは思わなかったの?」


 溜め息まじりに問うクィーンを見返す、ローズの顔が泣きそうに歪んでいく。


「もちろん思ったけど……先日と今日の姿を見て分かったでしょう?

 私はいつも強がっていないと崩れてしまいそうなぐらい、本当は弱くて、意気地なしなの……!

 今回のことだって、あんたには何も言わなかった一番の理由は、時間的な余裕やプライドなんかじゃない。

 誰かに相談したり少しでも先延ばしすれば、せっかくした決意が鈍ってしまいそうだったからよ!」


 賭博クラブでローズが『今日』オーレリーを殺すことにこだわっていた理由も同じだろう。


「お茶会の時にオーレリーと再会して決心したの。私が前に進むためには、自分自身で過去に決着をつけ、乗り越えないといけないんだって……!

 だけど、ソードがオーレリーの首を跳ねるのを見て、それは思い違いだったと分かった……。私はただ肉親として兄の死を、この目で見届けたかっただけだったんだと……!」


「……ローズ……」


「……言っておくけどあんたを見下したことなんて一度もないわ。むしろ能力も劣り、心だってずっと自分のほうが弱いって知っている!

 だって私はあんたみたいに孤独にも、一人でいることにも耐えられない。

 愛を捨てて生きていくことなんてもってのほか。つねに愛情や温もりを求め、誰かに縋っていないと生きてゆけない、弱い人間なのよ。

 そんな自覚があるからこそ、母のように男に人生を狂わされないよう、何色にも染められない黒薔薇の名を自分につけた。 

 でも結局は、あの方を愛さずには、その愛を求めずにはいられなかったけどね……!」

 

 ローズが言うあの方というのはカーマインのことだろう。

 クィーンは再会して以来ずっと疑問だったことを口にした。


「だったらどうして、そんな最愛のカーマイン様の元を離れたの?」


「どうしてって、最初に言ったように妹分のあんたのことが心配だったのと……。

 お茶会で言ったように、叶わない恋を諦めるために、新しい愛を探しに来たのよ。

 そうは言っても、あの方をお慕いする気持ちは永遠。

 そういった意味でもカーマイン様の『最愛の存在』でもあるあんたを、絶対に死なせるわけにはいかないわ!」


 言い切ったローズの瞳は強い使命感に燃えるようだった。

 今初めて彼女が第三支部に来た真意を知ったクィーンは、即座に否定に入る。


「最愛だなんてあなたの思い違いだわ。カーマイン様は私にいつも冷たく、厳しかった……。

 ローズ、あなたのほうがよほど優しくされて、愛されていたじゃない」


「何言ってるの? それこそあんたの思い違いよ。カーマイン様があんたに特に厳しく接していたのは、特別に目をかけていた証拠。

 事実あの方が最も重用し、一番そばに置いていたのは私ではなくあんただったでしょう?」


「それは純粋に私のほうが能力的に使いやすかったから……。

 なんにしても、私がカーマイン様の最愛の存在だなんて有り得ない!」


「クィーン、あんたが認めなくても、いくら否定しても無駄よ。あの方を愛している私には分かるの……。

 それに仮に思い違いだとしても、私にとってもあんたは妹同然の大切な存在であることに何ら変わりないわ……。

 正直私はこの半年間気が気じゃなかった。あんたまで知らない間に失ってしまったら、どうしようかと……!」


 ローズの言い回しにクィーンは疑問をおぼえる。


「……私、まで?」


 問いかけた刹那、ローズの漆黒の瞳に深い悲しみと苦痛の色が浮かび、全身が小刻みに震えだす。

 ローズは自身の肩を抱きしめ、蒼ざめた顔で、途切れ途切れの言葉で告白し始める。


「……クィーン。実は、昨日の話には、続きがあったの……。

 オーレリーに襲われたことで、家族に絶望し、打ちのめされた私は……寂しくて、辛くて、無性にクロエに会いたくなった……。

 そして、組織の情報網を利用して探し、辿りついたのは……骨捨て場だった……!?」


「……!?」


 ――つまり昨日の話の途中でもローズが同じように身を震わせていたのは、母の死ではなく、クロエのことを思い出していたのだ。


「……少し考えれば分かることだったのよ……。あの子を虐待して育てたような母親と一緒に娼館を出たところで、幸せになれるわけがなかったのだと……。

 たぶん、身請けの時の条件だったんでしょうね……。

 あの子は娼館を出たその足で母親に売られて……衛生状態の悪い下層の売春宿で、子供なのに客を取らされ……。

 最期は伝染性の病気になり……生きたまま燃やされ……処分された……!」


 それ以上は言うことが耐えられないように、ローズは口元を手で押さえる。

 異端審問施設の地下牢で会ったユニスという少女と、おそらくクロエは同じ状況だったのだろう。


「その頃、私は貴族の家に引き取られたおかげで、自動的に第三層に上がっていた。

 特権を使えば人探しなど簡単だったのに……。

 自分のことで手いっぱいで、血の繋がりにばかり縋り、裏社会にいる自分とはもう関わらないほうがいいと勝手に思い、数年間、クロエを探そうともしなかった!

 そして見つけた時には、もう手遅れだった。

 刑場の片隅にある骨捨て場で、どの骨がクロエのものなのかすら分からなかった。

 結局私はあの子が幸せに暮らしていると信じたかっただけ……!

 さんざん姉貴(づら)しておいて、本当にあの子が助けて欲しい時には近くにさえいなかった……!」


 第一層が百番以内なら、第二層は三百番以内で、ローズの言う第三層は五百番以内。

 結社では貴族であるというだけで、最低でも第三層以上からのスタートになる。

 第三層以上の者はローズが言うように組織の情報網を利用できる。

 その他、上層にいくほど色んな特権が与えられるシステムだった。

 今回の依頼のように自分の身内が報復対象になった時に知らせて貰え、庇うことが可能なのは、第二層以上の者に与えられている特権だ。 


 ローズは涙で濡れた瞳を上げ、椅子から立ってクィーンに歩み寄ると、両腕を掴んで訴えた。


「ねぇ、私はもう、あんな想いをするのだけは絶対に嫌なの……! 

 お願いだから、クィーン。私を側近にして、あんたを守らせてよ!」


 あの誇り高いローズが初めてプライドをかなぐり捨てて、涙ながらにクィーンに訴えているのだ。

 クィーンもできれば頷きたかったし、『ローズは弱くも意気地なしでもない』と、声を大にして言ってあげたかった。


(弱いのも意気地がないのも私のほうだ……。

 辛い過去があっても愛も希望も捨てず、未来を見続けるローズには、私にはない強さと勇気がある……。

 比べて私は駄目だ。過去に囚われ、神を恨み運命を呪い、人を愛する勇気もない。

 こんな蛆虫のような私より、ローズのほうがずっと生きる価値のある人間だ……!)


 そう強く思えばこそ、突き放さないといけない。

 どんなに心苦しくても……!

 決意したクィーンはばっと腕をあげ、ローズの手を振りほどいた。


「離してよ! ローズの個人的な感情や事情なんて私には関係ないし、大幹部になってまで指図を受けるなんてごめんだわ!

 いい加減あなたのおせっかいにはうんざりなのよ。勝手な使命感も重荷で迷惑なだけだわ。

 何回言っても無駄よ、ローズ。あなたを側近にする気なんて、私はこれっぽっちもないわ!」


 叫びながら初めてクィーンは、誰かに酷い言葉を投げつけることの辛さを思い知った。

 いつもいつも言われるばかりで、言ったことが無いから知らなかった。

 こんなに胸が痛むことだとは……。

 言われるよりずっと辛い。


 ローズはあきらかに傷つき、ショックを受けた呆然とした表情で、震える唇でクィーンに問う。


「本気で言ってるの、クィーン?」


「勿論、本気よ」


 クィーンが断言すると、突然ローズは逆上したように黒髪を振り乱して、飛びかかってきた。


「迷惑でもなんでも、私は意地でもあなたを守るわ! この命をかけてもあんたを死なせない!

 私より先に地獄へ行くことは、絶対に許さないんだから!」


 逆上したように声を張り上げたあと、ローズははっとした表情で、視線を部屋の一方へと向ける。

 胸ぐらを掴まれているクィーンもつられて同じ方向を見ると、いつの間にかニードルが外界の扉の前に立っていた。


「お邪魔してすみません。少し自宅へ行ってて、今戻ったところで……」


 気まずそうに言った彼の手にはティー・セットが乗ったトレイがあった。

 部屋の中を通らないと廊下へ行けないのだから、仕方がない。

 三人の間に重い沈黙が少し流れ、ニードルが遠慮ぎみに、口を開く。


「ブラック・ローズ。シャドウがあなたがいないと、ずっと探していました」


「……分かったわ」


 ローズは低く短く答え、クィーンから手を離すと、そのままそっぽを向いて廊下側の扉へ歩いていく。

 気をきかせたニードルが慌ててテーブルにトレイを置き、扉を開きにいった。

 ローズが退出して扉を閉じると同時に、ニードルが気遣うような視線をクィーンに投げてくる。


「大丈夫ですか?」

 

 問われたクィーンは、もちろん、全然大丈夫などではなかった……。



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