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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第二章、『地獄の底で待っていて』
38/113

30、長き夜に備えて

 顔を上げて確認すると、漆黒の髪と瞳の黒づくめ衣装を着た、推定20代半ばの青年魔族――シャドウの姿がそこにあった。


「クィーン! こんにちは! いらしてたんですね」


「こんにちは、シャドウ」


幹部会議でのやり取りを思ったクィーンは、気まずい挨拶を交わしつつ、恨み言にそなえて身構えた。


「昨夜の会議ではあなたを困らせて、すみませんでした……」


 ところが意外にも、シャドウの口から出てきたのは謝罪の言葉だった。


(……えっ!? 恨むどころか反省している!)


 想像していたより面倒な相手ではないのかもしれないとクィーンは思い直し、鋭い三白眼を見返す。


「こちらこそ、あなたの希望に添えずごめんなさいね」


「いいんです。だってあなたは俺のことを何も知らないし……。

 この半年間、俺は人間姿のあなたの前に立つと、あまりの美しさにあがって、満足に言葉すら発することができなかったから。

 そんな不甲斐ない態度では、側近に選ばれなくてもしょうがない」


(つまり魔族姿だから今はこれだけ話せるってわけ?)


 シャドウの大げさな賛辞に、ニードルが少し興味を示したような視線を向けてくる。

 ただし、結社では秘密厳守が徹底されており、特に百番以内の者の正体に関わる発言や質問は禁句(タブー)とされていた。

 この『美しい』という形容詞すら、魔族姿を見れば推測される範囲であっても、グレーゾーンなほどである。


(それにしてもあがるほど美しいって、どれだけ私の人間姿は美しい設定なわけ?)


 たしかにアニメの中のクィーンも厚化粧とはいえ、お色気枠かつ、かなりの美人設定だった。

 だからこそメロディに対して、


『私のほうがずっと美しいのに、なんであいつばかりチヤホヤされるの?』


 などとよけいイラ立ち、歯噛みする場面も多かったのだ。


 実際、不満を感じるのも無理はなく、鮮やかな赤毛と妖精のようないたずらっぽい緑の瞳のメロディは、愛嬌でカバーする可愛いタイプ。

 比べて明るい金髪に透き通るような白い肌、極めて美しく整った顔立ちのアリスは、正統派の美人タイプだった。

 つまりアニメでもアリスは容姿の面では、あきらかにメロディを上まわっていたのだ。

 なのに今と違ってその美貌がまったくサシャやアルベールには通用せず、グレイとモブキャラにしかモテなかった。

 理由はアニメで施していた、毒々しいフルメイクのせいだとアリスは思っている。


(いっそ、私もアニメのように魔女メイクをしたら、グレイ様以外には興味をもたれなくなるのかしら?)

 

 なんてふと考えたりするぐらい。


 しかしその実、彼女は意識していなかったが、他にも両者には違いがあった。

 アニメのアリスは現在の彼女よりあきらかに太めで、胸やお尻まわりの肉付きが良い豊満体型。そのぶん肉感的な色気があった。

 顔つきも意地悪そうに眉と口角は釣り上がり気味で、気の強さが表面に滲み出ていた。


 対して今のアリスは折れそうな華奢な腰と、細くしなやかな手足のスレンダー体型。

 性格を映した静かな表情と瞳をして、一種、光に溶け込みそうな、儚げな透明感のある美しさを持っている。


 つまり同一人物でありながらアニメと現在では、他人に与える印象が決定的に違った。 


 当然、変化後の雰囲気もまったく異なっている。

 アニメのクィーンは仕事場でも、つねに椅子にふんぞり返って爪の手入れをしているサボり姿勢。

 ところが今は背筋を伸ばし真面目に机に向かっている。

 といっても精神体なので座っているフリをしているだけだが……。

 そんなクィーンに、シャドウはちらちらと視線を投げながら、入り口近くの席に座って書類をめくりだした。

 その様子をニードルが珍しそうに眺める。


「シャドウ、今日は久しぶりにゆっくりしているじゃないか。昨日まで書類を取ると、一瞬でこの場から消え去っていたのに」


 クィーンも見たことがあるが、シャドウはその名の通り、影のようにその場から消える特殊能力があるのだ。


「ああ、昨日やっと、過剰労働から解放されたからな。何しろお前も知っての通り、ドクターは螺旋の仕事を配下に全振りして、自分は研究所に閉じこもりきりだっただろう?

 お前がいなくなったあと、側近仲間になった奴は昇格したばかりで、まるで使い物にならなくてな。俺が一手に螺旋の管理業務を引き受けるはめになっていたのさ。

 おかげで、ブラック・ローズが来るまで、俺は人間姿に戻る暇さえなかった……」

 

 苦い口調でシャドウがいい、ニードルが溜息をつく。


「そうすると、今頃ブラック・ローズは大変だろうね」


「そうだな。馴れないうちは俺のように、人間活動をする余裕もないだろう。

 俺は今回、つくづくお前の有能さを思い知ったよ、ニードル」


「……」


 話を聞いていると、ずいぶん酷な環境にローズは投げ込まれたようである。


「これからは自分の本来の仕事だけすればいいから、こうして椅子に座っていられる時間もある。

 そういうわけでクィーン。あなたに会う機会も増えるから、じょじょに俺のことを知ってもらい、配下にしたいと思ってもらえるよう努力するつもりだ。

 俺はニードルほど気がきかないし、頭も回らないが、もしも側近にしてくれたら、あなたの手となり足となって働き、誰よりも忠実な下僕(しもべ)になると約束する。

 そのことをつねに心に留め、どうかおぼえておいて欲しい」


 熱心に自己アピールしてくるシャドウにたいし、クィーンは冷たい一瞥をくれる。


「ええ、シャドウ、今のところ側近を変える気はないけれど、そのことはきちんと心に留めておくわ。

 かわりにあなたもしっかり覚えておいてね。

 私がしつこく言われることを何よりも嫌うということを」


「分かりました……クィーン……」


 チクリとシャドウに釘をさし、クィーンは作成したばかりの任務書と資料を手にして、ニードルの元へと歩いていった。


「ニードル。後でいいから、この書類をNo.9の間の仕事机の上に運んでおいて……」


「かしこまりました」


「あと、ソードに今夜21時に、No.9の間に来るように伝えておいて」


「はい、21時ですね」


「頼んだわ」


 伝言を頼んで機密室での用事を全て終えたクィーンは、そのまま二人の死角にある幹部室の扉前へ行き、ふっと意識を本体へと戻した。

 隣の部屋に移動するフリをして、侯爵家の自室へと魂を戻したのだ。


「ふぅ……」


 また神経を使って疲れたので、引き続き椅子に座り休憩し、アリスは今夜の長そうな夜に備えた。

 


 その日の夕方過ぎ、朝早くから王宮へ出かけていたサシャが、軍服姿で食堂に現れた。

 そしてすでにアリスとノアイユ夫人が揃っている食卓に着席すると、さっそく一番の関心事らしい、二人が今日、何をして過ごしていたのかを訊いてくる。

 アリスは内心不満を疼かせつつ、カリーヌのことがあるので、表面上はごく愛想良く答えた。


「はい、サシャ。午前中は教会の礼拝に行き、午後は部屋で読書したり、手紙を書いていました」


 実際は遺書を書いたり任務書を作成していた。


「そうか、母上は?」


「私も朝はアリスと教会へ行き、昼間は安息日だし、聖書を読みながらゆっくり休んでいたわ」


 当然、ノアイユ夫人もアリス同様、教会でシモンに会ったことには一切触れなかった。

 サシャは二人の一日の行動を確認すると、麗しい口元をほころばせ、満足そうに頷く。


「二人とも今日は屋敷でゆっくり過ごしていたんだね。

 私は今日は一日、ずっとアルベール殿下の付き添いをしていたよ。

 そうそう、アリス。例の返事も忘れず私から殿下にお伝えしておいたので、安心して欲しい」


 サシャが言ってるのは王宮訪問の件だろう。


「ありがとう……」


 アリスはお礼を言い、二人のやり取りを聞いていたノアイユ夫人は、何か問いたそうな顔をしてから、唇をぎゅっと引き結んだ。

 よけいな質問をして息子の機嫌を損ねたくないのだろう。


 アリスも憂鬱なイベントを複数控え、今夜はいつもに増してサシャと会話したい気分ではなかった。

 任務前の緊張感もあり食欲もない。

 それでも最期の晩餐かもしれないという思いから、味わって食べるよう心がけた。


 やがて静かな食事を終えるとアリスは席から立ち上がり、


「今夜もなんだか体調がすぐれないので、早く寝ますね」


 少しだるそうな表情を作って二人に告げた。


「あら、風邪気味なのかしら?」


 ノアイユ夫人に問われ、アリスはそっと瞳を伏せる。


「ええ、そうかもしれません。部屋でうたた寝した時、身体を冷やしたのかも……」


「それは大変だ。熱はないのか」


 心配そうに席を立って近づいてきたサシャが手を伸ばしてきた。

 瞬間、とっさにアリスは後じさって避ける。


「――!?」


 触れるのを拒まれたサシャは、かなりショックを受けたような表情をした。


「大丈夫、熱はないわ。少しだるいだけだし、一晩寝たらなおると思うから、心配しないで……。

 それでは二人とも、また明日。おやすみなさい」


 慌てて取り繕うように言って挨拶したアリスは、素早く食堂から逃走する。

 なんと思われようとも、サシャに無駄に触られるのは金輪際ご免だった。



 自室へ戻ったアリスが寝支度をしていると、ポレットが蜂蜜と果実入りのホットワインを運んでくる。


「旦那さまが風邪予防に、寝る前に飲むようにと」


「そう、ありがとう。飲んでおくから、あなたはもう今夜は下がっていいわ」


 そう言ったものの、ポレットの退出を待ってから、窓を開いて庭に液体を投げ捨てる。

 サシャの心遣いには素直に感謝するが、前世で酒乱の母親を持っていたアリスは、いかなる理由があっても飲酒しない主義だった。


 そのあと窓や扉の施錠を終えると、おもむろにクィーン姿に変化する――


(さてと、ソードと二度目の任務ね。今夜も気を引き締めていかないと――)


 赤い瞳に緊張を滲ませたクィーンは、待ち合わせしているNo.9の間へ移動した――



 

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