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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第二章、『地獄の底で待っていて』
35/113

27、幹部会議の夜

 円卓を囲み、無駄に緊張感のあるムードで会議が始まった。

 グレイにクィーン、ヘイゼルの順で、上位陣が並ぶ席の対面側に、空席を挟んでローズ、ニードル、シャドウの並びで座っている。


 会議の進行役は幹部筆頭のヘイゼルである。


「議題に入る前に、まずは新しく加わった三人を紹介します。

 こちらは、第二支部から仮異動で第三支部に加わった大幹部のNo.9です」


 クィーンは座ったまま簡単な挨拶をした。


「皆さんよろしくね。私のことはクィーンと呼んで」


「そちらにいるのが、新しく『螺旋』の副責任者になった、三年前に第二支部に異動して、このたび正式に第三支部に戻ってきた、No.15です」


 ローズは立ち上がり、艶やかな笑顔で一同を見回す。


「これからお世話になります。私のことはブラック・ローズ、もしくは縮めてローズと呼んで下さい」


「それから元々第三支部の幹部であるNo.22が機密管理に加わりました」


 ニードルも立って丁寧に腰を折る。


「皆さん僕のことはニードルとお呼び下さい。

 初めての作業なので、慣れないうちは色々不手際などがあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」


 正面側からシモンことニードルの顔を直視しながら、クィーンははっきりと自覚した。

 自分が意識しているのは『彼に好意を向けられている』という状態なのだと。

 証拠にクィーンをアリスだと知らないニードルなら、多少照れくささは感じても、この通りまともに顔を見ていられる。


 対して昼間のようにキール姿になってもソードを意識してしまうのは、理由が肉体的接触によるものだからなのだ。

 姿を変えても触れた唇は同じものだから、人工呼吸の記憶が生々しいうちは、きっと駄目なのだろう。

 少なくとも時間とともにショックや記憶が薄らぐまでは……。


 

「では最初の議題に入ります」


 三人の紹介を終えたヘイゼルは、淡々と会議を進めていく。

 クィーンは少し寝たおかげか、いくぶん頭がすっきりしていた。

 第二支部の幹部会議も大幹部は自由参加だったが、運営にかかわる幹部は強制参加。しかもクィーンは筆頭幹部だった。

 会議の進行役は支部に常駐しているべつの幹部がしてくれていたものの、No.4はつねに不参加。いちいちカーマインは次席のクィーンに意見を求め、厳しい質問を飛ばしてくるので、うかうか居眠りもできなかった。


(その点、第三支部のトップのグレイ様は優しいから、こうして参加していても気楽よね。

 きつい質問なんて飛んでこないだろうし……)


 余裕の気分で隣に視線を移せば、グレイが優しい瞳でクィーンの顔を見返してくる。

 同時に横面にニードルを挟んで座る、どす黒い気を発しているローズとシャドウの鋭い視線が刺さってくる。


(こ、怖い……)


 クィーンはゴクリと唾を飲み込んだ。

 ローズがグレイのことで怒っているのは分かるのだが、なぜシャドウまでもが殺気をみなぎらせているのだろう?

 一瞬悩みかけたものの、前世から他人に嫌われ慣れているクィーンは、すぐに考えるだけ無駄だと結論づけた。



 会議の最初の議題は、組織のメイン活動である、結社の広報を兼ねたクリスタ聖教への妨害活動についてだ。

 第三支部は少々手ぬるいと、本部からの指摘が入っている旨をヘイゼルが説明し、具体的な活動案をつのる。

  

「だったら、ロシニョール大司教を暗殺してはどうかしら?

 彼が王国の最高位になってから、より教会の腐敗が深刻になったと聞くわ!」


 いきなり過激なローズの意見である。


「それは第三支部の権限だけではできないので、本部にお伺いを立てねばなりません」


 ヘイゼルが説明し、グレイが青白い炎のような瞳を細め、冷静な意見を述べる。


「教会上層部は腐っていたほうが、教会信者の不審を煽ることができるから、本部は通さないだろうね」


「それにしたって王国内での教会はやりたい放題過ぎるわ!

 賄賂に異端審問による処刑に売春組織への加担までしているのよ!」


 15歳まで王国にいただけあり、ローズはずいぶん国内事情に詳しい。


「そのような問題に対処するのは我が組織ではなく、王や国のやるべきことだ。

 我々は世の中を良くするための組織ではないからね」


 グレイが正論を吐き、ローズはぐっと口ごもる。


(グレイ様の言う通りだわ。ローズは何か思い違いをしているんじゃないのかしら?)


 第二支部にいた頃、しょっちゅうローズはクィーンを甘いと怒り、悪の組織の心得を言って聞かせてきたものだが、そっくりそのまま返してやりたくなる。


「それでは大司教とは指定せず、王国内の教会の要人で暗殺して良い人物がいるか、本部にお伺いを立てましょう。

 他に何か意見がある人はいますか?」


 話をまとめてからヘイゼルが皆に問いかけると、ニードルが机に手をついて立ち上がった。


「僕から一つ、教会の、異端審問についてです。

 王国から刑罰の権限を科されているのをいいことに、教会は邪魔な人間をことごとく異端審問にかけ、悪魔憑きもしくは悪魔の信奉者と断罪し火刑に処す。このようなことがもうずっとまかり通っています。

 しかも組織員は審問にかけられる前に、裏から手を回して助けられ、有罪判決を受けるのは全て無実の人間。

 しかし外からは、我が組織に加担した者が処刑されているように映る。

 そのことから僕は組織員以外でも、有罪判決を受けた者を助けるべきだと思います」


 悪人を暗殺しろの次は、組織員以外を救済しろである。

 ローズに続いての甘い意見に、クィーンは半ば呆れてニードルの顔を見つめた。


(それは通らないでしょう……) 


 思った通り、グレイの反応は極めて冷淡なものだった。


「異端審問は教会の悪事の一つなのでね。無実の被害者が出ることにより、結社の構成員を増やすきっかけになっている。

 施設の破壊についてはいくらでも承認するが、色んな意味で組織員以外を救うことは今後ともできない」


 各意見を聞くだけで、グレイのような悪のトップとしての資質が、ニードルやローズには欠けていることが分かる。


「では異端審問関係の施設は、特に積極的に破壊するということで。

 ――次の議題に入ります」


 またもやヘイゼルがうまくまとめ、次の議題、百番以上に振られる、依頼の審議と担当決めに移る。

 この世界では魔族は悪魔と呼ばれて恐れられている存在で、組織自体が外部や末たんの組織員には『悪魔を信奉する秘密結社』と認識されている。

 ――成功、保身、復讐等、様々な理由で、悪魔の力を借りたいと願い、結社に入る者は多いのだ。


 ただし組織の活動方針が『世の神への信心を損ない、魔王への信奉者を増やす』というものであるから、人心を失うようなことはあまりできない。

 ゆえに魔族指定の依頼は、一度会議を通されて必ず吟味される。

 とは言うものの、実情はほぼ形式的なもので、上納金や寄付金を納めている者からの依頼であれば、反対意見が出ない限りはそのまま通る。

 通った依頼はその場でどの異名者が担当するか決定され、第二支部であれば、立候補者がいない限り、カーマインが全て独断で決めていた。


 第三支部もその流れはあまり変わらないようだ。


「フィロメ村は、ここ数年、深刻な山賊被害に悩まされているということで、領主からの寄付金つきの討伐依頼です」

「その地方にはNo.74とNo.95がいるから、二人に担当させよう」


 ヘイゼルが依頼内容を告げ、グレイが即決する流れができている。

 ちなみのこのように、組織員からの寄付金付の依頼であれば、国や正義の代行のようなものでもまかり通る。けっきょくのところ教会も結社も同じ、世は全て金次第なのだ。

 

「では次に、結社に上納金を納めている王都の貴族御用達の娼館からの報復依頼についてです。

 陳情書によると、娼婦が複数暴行の被害にあっており、館の女主人の要望としては、特に目にあまる客への対処をして欲しいとのことです。

 詳しい情報はすでに調査済みです」


 ヘイゼルの話を聞くローズの表情が、とたんに真剣味を帯びるのが目に映り、クィーンはギクリとする。


「その依頼、ぜひ、私にやらせて頂けませんか?」


 嫌な予感は的中して、ローズが立候補に立ち上がる。

 母が娼婦で娼館育ちだった生い立ちから、とても他人ごととは思えなかったのだろう。

 

「ローズ、君は他の業務があって暇がないだろう?

 やる気があるのは結構だが、私にはどうも適任者とは思えないな」


 グレイはそう言ったが、単に王都の仕事をクィーンの配下以外に振りたくないだけのように思える。


「大丈夫です! やらせて下さい」


 ローズが重ねて強く主張し、助け舟を期待するようにクィーンに視線を投げてきた。

 けれどアルベールに出会う可能性がある王都の任務は、ローズにとっての死亡フラグだ。

 恨まれるのを承知でクィーンは視線をそらす。


「――クィーン、この依頼については、君の裁量にすべて任せる。

 陳情書と資料を読んで、No.16への任務書を作成してくれ」


「かしこまりました」


 グレイが指示を下すと、ローズは唇を噛み締め悔しそうな顔をした。


 ――以降は王都以外の依頼ばかりで、グレイの独断により、幹部以下の百番以内の者に割り振られていく。



「最後に、何か意見や質問、議題にあげたいことがあれば言って下さい」


 ついに会議の終了間際を告げるヘイゼルの発言が出て、


(やっと帰って寝られる)


 と思ってクィーンは嬉しくなった。


「はい、あります」


 すると、ここにきて今までずっと無言だったシャドウが、初めて立って発言する。


「配置替えについてです。俺はもうかれこれ5年以上No.10に仕えている。そろそろ別の担当にして欲しい!」


 シャドウの要望に対し、グレイは爪の長い繊細な指を唇に当て、わざととぼけた風味で言った。


「シャドウ、残念だが、うちは幹部不足だから、幹部以上は必ず側近にならないといけない。外れるのは無理だ」


「外れるのではなく入れ替えて欲しいのです! 具体的に言うとNo.9の側近にさせて頂きたい」


 シャドウの言葉に反応したローズが、バンと机を叩いて勢いよく立ち上がる。


「待ってそれなら私だって、No.9の配下になることを希望するわ!」


 グレイは溜息しながら二人の顔を交互に見つめ、今日の会議で初めてクィーンに意見を求めてきた。


「クィーン、君の判断に任せよう」


 その言葉を合図に、一斉に円卓を囲む全員の視線がクィーンに向けられる。

 気まずい立場に置かれた彼女は、緊張感で一気に冷や汗をかく。

 シャドウに恨まれるのは仕方ないとして、先ほどフォローしなかったことに加え、ここではっきり意向に添えないことを告げたら、ローズは相当怒るだろう。

 それでも仕方がないのだと、クィーンは心に言い聞かせ、俯いたまま苦渋の思いで断言する。


「今の側近で満足しております」


 言ったあとは、とてもじゃないが顔を上げて、ローズやシャドウの顔を見ることなんてできなかった。


「では、却下だ」


 室内にグレイの声が冷たく響き。

 ヘイゼルが閉会の挨拶をして、その夜の幹部会議は終了した――




「何だか険悪な空気だったが大丈夫か?」


「はい」


 どうやらグレイもクィーンを巡る異様な雰囲気に気がついていたらしい。

 会議が終わるやいなや、ローズやシャドウから庇うように彼女の背中に腕を回し、並んで部屋から退出する。

 足早に廊下を移動しながら、グレイが申しわけなさそうに謝ってきた。


「シャドウのことは悪かった。私のミスだ」


「……ミス?」


「一時的に滞在している第二支部所属の上位幹部ということで、君の対応を彼に一任したのは私だからね。

 言いわけになるが、私は人間姿の君が、あそこまで美しい女性だとは知らなかったんだ」


「どういうことですか?」


「どういうことも何も、君も気がついただろう? 彼が君の虜になっていることを」


「――虜――ですか!? 

 私は彼にどちらかというと嫌われているような印象でしたが……。会う時はいつも睨んで、怒ったような顔をしていましたし……!」


「彼の目付きが悪いのは生まれつきで、怒って見えたのは、崇拝する君の前では特に緊張するからだろう。会議中に険しい顔をしていたのは嫉妬かなにかだ。

 実は君が大幹部になった当日、機密室に出入りしている彼の耳にも偶然その知らせが入ってね、熱っぽい目で側近にして欲しいと願い出られた。

 しかし志望動機が下心からだと気がついた私は、その場は曖昧に濁し、候補から彼を除外した。

 No.2から君が男性嫌いだと聞いていたので、側近から言い寄られるなど、とんでもないことだと思ってね」


 言われてみるとシャドウは鋭い三白眼で、睨んでいるように見えるのはそのせいかもしれない。


「気を使わせてしまって、申しわけありません」


「当然のことだ。ただ、幹部不足から、ヘイゼルは私の右腕だし、彼を外すと他に候補がいなくてね。No.16を選ばざるを得なかった……。

 そうそう、No.16といえば、君を困らせていないか? 年上好みと公言していたことから、若い君は外れると思ったのだが、それ以上に女性好きなので心配だ。

 ――もし何だったら今からでも、本人も希望していることだし、No.15に君の配下に変更しても……」


「いえ、大丈夫です! 言い寄られてなどいません!」


 間髪入れず否定したあと、今さらながらクィーンは後悔する。


(こうなると分かっていれば、最初の自己紹介の時に、年上だと言って墓穴を掘らなかったのに……!

 とにかく、ローズを側近にしないためにも、ソードが抱きついてこようとしたり、頻繁に口説き文句を言ってくることは、絶対にグレイ様にばれてはいけない。

 ニードルにもかたく口止めしておかないと!)


 頭が痛くなる思いで考えながら、クィーンはNo.3の間経由で外界への扉をくぐり、侯爵家の自室へと戻った。

 ローズのことやソードのこと、サシャやシモンのことなど。

 色々悩みが多過ぎて、アリス姿に戻って布団に入ったものの、なかなか寝つけなかった。


(明日は週に一度の教会へ礼拝に行く日なのに……)


 早起きして入浴して、身を清めてから出かけるのが毎週の習慣だ。

 寝坊出来ないと思い、アリスは必死に目をつぶった――



 

 翌朝は、気をきかせた侍女のポレットが起こしてくれたので、アリスは早い時間に起床して、無事に教会の礼拝に出発することができた。

 安息日が関係ない王国勤めの騎士であるサシャは、今朝も早くからアルベールに呼ばれて王宮へと出かけている。


 神に反旗を翻す魔王の信奉者として、毎週欠かさず礼拝に出かけているというのもおかしな話なのだが――

 敬虔な教会の信者であるノアイユ夫人と暮らし、自らも修道院出身のアリスは、立場上行かないわけにはいかなかった。


 寝不足のアリスがぼーっとしている間に、侯爵家から最寄りのサンティス教会へと馬車が到着する。

 信者で賑わう聖堂内へと入り、説教がよく聞こえる前側の席にノアイユ夫人と向かう。

 着席したのとほぼ同時に、


「ノアイユ侯爵夫人、アリスさん」


 背後から聞き覚えのある低く澄んだ声で呼ばれて、アリスが振り仰ぐと、高い位置から見下ろす、優しげな緑色の瞳と出会った。

 教会にあってもひときわ人目を引く、黄金色に輝くサラサラの髪を後ろで束ねた、繊細な美貌の気品のある貴公子――


「――シモンさん!?」


「隣に座ってもいいですか?」


 思いがけないシモンの登場に、アリスの鼓動は急速に早まった――





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