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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第一章、『物語の始まり』
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2、二人の側近

 目的地へ着き、馬車が止まると、アリスは夢から覚めたようにぶるぶるとかぶりを振った。


(いけない、正気に戻らなくては……!?

 ……サシャにときめいてしまうなんて……もしかしてこれが夜会マジック?)


 いくら見た目が素敵であっても、勝手に修道院に迎えを寄こし、断っても夜会に強制参加させ、趣味が説教という、彼が傲慢にして頭の固い男性であることを忘れてはいけない。


 ところがアリスにかかった今夜の魔法は簡単には解けそうになかった。

 生まれて初めて足を踏み入れた王宮の華やかさときたら、磨き込まれた鏡のような床から、高い天井や壁の模様まで、何もかもが光輝くようで、アリスはすっかり圧倒されてしまう。

 

 しかも大広間の扉をくぐり中へ一歩入ったとたん、周囲がざわっとして、周囲の人々の視線が一斉に自分達へと集まる気配がした。

 すぐにその反応が社交界の花形サシャが登場したからだと気がつき、アリスは手を引かれて会場を進んでいくことにかなりの気後れをおぼえた。

 華やかな目立つ美貌と際立った長身に軍服姿で増した男ぶり、侯爵で軍の要職の地位を持つ独身の22歳。

 むしろ注目されないほうがおかしいぐらいの存在である。


(本来サシャは私程度の女がエスコートして貰えるような男性ではないんだわ)


 そう思い至り、足元から小刻みに震えが起こってくるのを意識しては、アリスも認めざるを得ない。

 今夜の自分はすっかり舞い上がっている!

 悪の組織の上から9番目の大幹部というより、どこにでもいる初心で内気な小娘そのものだ。


「思ったとおり、アリスの美しさは人目を引くね。みんなの視線が君に釘付けだ」


 優雅な足取りで大広間の中央を進みながら、サシャが誇らしげな顔でアリスに微笑みかける。


「――!?」


 言われた当のアリスは耳を疑う。


(ひょっとしてサシャはみんなが私を見ていると勘違いしている?)


 無名な令嬢が現れたぐらいでこんなに大勢の人の視線をさらうわけがないのに、本気で言っているのだろうか?

 そう思ったものの面倒くさいのでつっこみは入れず、アリスははにかんだ表情を作り、俯いてみせた。


「サシャ、アリス! 待ってたのよ」


 そこにだしぬけにあわただしい声が響いてきて、先に会場に到着していたらしいメロディが華やかなローズピンクのドレスの裾を掴んで駆け寄ってくる姿が見えた。


「メロディ! また君はそんな風にドレス姿で走ってきたりして、はしたない!」


 サシャがさっそく鋭い声で注意する。

 ドレスもそうだが、ハイヒールで走るのは危ないから止めた方がいいとアリスも思った。


「ごめんなさい。つい二人の姿が見えたから! アリス、今夜のあなたは溜息が出るほど美しいわね!」


 怒られ慣れているメロディは笑顔を崩さずアリスに話しかけてくる。

 こちらもかなり舞い上がっている様子で、頬が上気して薔薇色に染まり、目が輝いている。

 

「メロディこそ、物凄く素敵よ」


 鮮やかな赤い髪をエメラルドが輝く豪華な髪留めで結い上げ、髪と同系色の薔薇の花弁のように幾重にも布を重ねた裾の見事な仕立てのドレスを纏った今日のメロディは妖精のような愛らしさだ。


(これはアルベール王子が好きになってしまうのもしょうがない)

 

 多くの男性はこのように美しく可憐で初々しい乙女を好むだろうと、アリスは素直に納得した。


 アニメのアリスは同じ年齢で自分より恵まれた境遇のメロディを妬み、何かと目の敵にして張り合っていた。

 特に憧れのサシャやアルベール王子の好意がメロディに向けられていることに対して、激しい嫉妬の炎をメラメラと燃やしていた。

 

 ところが悲惨な前世の記憶を持つ今のアリスは、自分の立場と身のほどを充分わきまえており、メロディと自分を比べることも妬むこともなかった。

 もちろん、サシャやアルベールに憧れる予定もなく、メロディに抱くイメージも「ちょっと元気過ぎて一緒にいると疲れるな」程度のもの。

 そもそもアリスは他人にいっさい関心のない性格だった。


 サシャはアリスとメロディを伴って大階段の近くまで進むと立ち止まり、二人の顔を交互に見ながら言い聞かせるようにした。


「アリスにメロディ、私は上で挨拶してくるからここで待っていなさい」


「分かったわ、サシャ」


「早く戻って来てね!」


 早く戻って来てね、などという甘えた台詞を素で言える性格だから、メロディはアニメでモテモテだったんだろうな。

 などと密かに思いつつ、アリスは階段を昇っていくサシャの背中を見送った。


 そのままなんとなく首をめぐらし、会場内を見回したアリスは、突如、ギクリ、として身体を硬直させる。

 視界にとても見覚えのある、銀髪と金髪の一際目立つ容姿の二人連れの貴公子達の姿が入ったからだ。

 

(あ、あれは、キールとシモン!)


 二人はアニメ『燃える髪のメロディ』の中でのアリスの裏の顔、悪の組織の大女幹部『クィーン』の側近を務める『ソード』と『ニードル』の正体であった。

 ここはアニメの第1話の舞台であり、彼らの出番もあったので会場にいるのは当然なのだが、アリスは思いのほか自分が動揺していることに気がつく。

 しかも明らかに二人はこちらへと近づいて来ている!


(知り合いじゃないので、まさか声をかけてきたりしないとは思うけど、一応目を合わせないようにしよう……)

 

 アリスが背を向け緊張して佇んでいると――


「――!?」


 突然目の前にぬっと、鋭い目付きをした銀髪の青年の顔が現れた。


「へー、これはこれはどちらも麗しいご令嬢達だ。初めて見る顔なのでデビューしたてかな? ぜひともお近づきになりたいね」


 わざわざ顔を見るために前方に回りこんできたらしいどこか野性味のある人物は、貴族の子息にあるまじき下卑た笑いを口元に浮かべ、青灰色の瞳には刃物のような鋭く危険な光を宿していた。

 彼こそが悪の秘密結社『黄昏の門番』のNo.16にして『処刑人の剣(エクセキューショナーズソード)』の異名を持つ通称『ソード』――子爵令息キール・デュランであった。

 どうやら女好きなところはアニメと同じらしい。


「キール、いきなり話しかけるなんて無礼なまねは止めるんだ。失礼、お嬢さん達」


 丁寧にも腰を折って代わりに謝罪した金髪と緑色の瞳を持つ物腰の柔らかな青年は、同じく組織の一員でNo.22である『仕立屋』の異名を持ち通称『ニードル』と呼ばれる、伯爵令息のシモン・ヴェルヌである。

 女性と見まごうほどの繊細で綺麗な顔の造りをした彼は、数年前に夜盗に襲われた際に負った大怪我の後遺症から、いまだに銀色の細い杖をついている。

 シモンは下げていた顔を上げ、改めてアリスの顔を見なおした瞬間、エメラルド色の瞳を大きく見開き、呆然としたような表情になった。


「……?」


 それからはっとしたような顔をし慌てた動作でキールの腕を掴むと、引きずるように強引に歩き始める。

 けれど遠ざかりながらもなおシモンの瞳はアリスを見続けていた。


(なぜあんなに私を見ているの? まさか組織の仲間であることを知っている?)


 疑問をおぼえたアリスは修道院で学んだ読唇術によって、キールに話しかけているシモンの唇を読んでみた。

『あれは宰相の一人娘の公爵令嬢メロディ様だ。お前が紹介もなく気安く声をかけていい相手ではない』と言っている。

 

(発言の内容からすると自分ではなくメロディを見ている?)


 考えている間に二人の姿は人混みの中へと消えていった。


(いいや、違う、確かに私を見ていた。

 でも私がクィーンであるとシモンは知らないはず……)


 組織で100番以内の者は魔王より魔族に変化(へんげ)する能力と「異能」を

授けられる。

 変化後は魔界に住む一般的な魔族と同じ特徴の容姿になり、漆黒の髪と浅黒い肌、釣り目でとがった耳、裂けたような大きな口をした、いかにも邪悪な見た目になる。

 その基本の魔族姿にそれぞれの特性や色彩が加えられ、アリスの場合は異名が『蝿の女王』なので、蝿の要素、羽や触覚が生えた状態で目が赤くなる。

 

 普段の姿が想像できないぐらい姿形が変わり声質も変わるので、お互いに正体を明かしあわない限りは誰が誰であるか分からない。

 アリスもアニメを観ていたから『ソード』がキールで『ニードル』がシモンだと知っているだけだ。


 ともかく向こうから去ってくれたので助かった。

 アニメ内ではどうであれ、今の自分にとって彼らは同じ組織の一員という以外は接点がない相手。必要以上に関わり合いたくない。

 

 男嫌いのアリスは修道院の責任者である枢機卿のルーシャス――悪の組織においては直属の上司にあたる四天王の一人カーマイン――に、早くから自分にもしも配下がつくことがあれば女性にしてほしいと頼みこんでいて、大幹部に抜擢された際もくどいほどお願いしてあった。

 だから、絶対に今夜自分の下に配属される部下が、男性である彼らのわけがないのだ。


 たとえ性別を抜きにしても、シモンはともかくキールが配下になるのだけはごめんだった。

 キールことソードが組織の16位に上り詰めたのは、先の隣国との国境での紛争時における働きを認められてのことだ。

 組織は隣国の支持をして、周辺国にいる多数の組織員が戦いに投入された。

 アリスは便利な異能から情報収集や連絡役をさせられていたのだが、その際、偶然目にしたソードの戦いぶりは凄まじかった。

 全身をすっぽり覆い尽した重装騎兵姿で異能によって生じさせた大剣を振り回し、野菜のヘタでも切り取るように、次々とフランシス王国の兵士の首を刈りとっていた。

 

 つまり、恐ろしいことにキールは自国の兵士の首級を誰よりも数多くあげ、一気に出世したのだ。並の神経ではない。


(首狩りのソードみたいな男が配下になるのだけはお断り!)


 首狩りソードとはその出来事以来アリスが彼につけたあだ名である。

 とても自分ごとき人間が扱いきれるような人物とは思えないし、アニメでも『クィーン』の命令を無視することが多く、独断での勝手な行動が目立つ男だった。

 対してアニメのシモンことニードルはクィーンにとても従順で、女性のような容姿をしていることから現在の男嫌いの自分でも抵抗なく接することができそうだ。

 ただし、シモンは自分の女顔をかなり気にしており、そのことに触れてはいけないという地雷設定がある。


 そんなことをアリスがぼんやり考えている間に、傍にいたメロディは少し離れた場所に移動して貴婦人や貴公子達に囲まれ、談笑を始めていた。

 異国の修道院にひきこもっていた自分と違い、お披露目の舞踏会をしてもらったり、普段から色んなパーティーを開いている公爵家の令嬢である彼女は顔見知りが多いのも当然だ。

 

 一人残されたアリスは、メロディが気を利かせて知人に自分を紹介しようなどと思いつかないうちに、こっそりと階段の陰の目立たない位置に行き、隠れるように立っている事にした。他人と交流するのが苦手なので、余計な知り合いは増やしたくない。


 ――物陰でじっとしていると――すぐ近くから女性の金切り声が聞こえてきた。



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