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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第二章、『地獄の底で待っていて』
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19、お茶会のテーマ


(キールがなぜここに!?)


 彼の性格上、母親と一緒に出かけてお茶会に参加するなど有り得なさそうなのにと、アリスは思いっきり不思議でたまらなかった。


 それにつけても今日はサシャのことに始まり、テレーズにキールまで――

 ここまで想定外のことばかり続くともう笑うしかないと、却って開き直った気分になるアリスだった。


「ノアイユ侯爵閣下……!」


 立っているシモンの口から、驚きの声が漏れる。

 彼も本日この場に、サシャが顔を出すなど予想していなかっただろう。

 この場で一番格上であり身分が高いサシャに、自然に応接間にいる全員の注目が集まる。


「まあ、ノアイユ侯爵閣下がいらっしゃるなんて! どうしましょう!」


 デュラン子爵夫人もサシャの正体を知り、慌てて畏まって立ち上がる。

 キールだけが平然と座ったまま、鋭い眼差しをサシャに向けていた。


「――どうか、私に、気を使わないでいただきたい」


 サシャはデュラン子爵夫人を制するように手を上げ、シモンの方向へとまっすぐ歩いて行く。

 そして近くで立ち止まると、いよいよ謝罪の口上を始める。


「シモン・ヴェルヌ卿、今日はぜひ君に、先日のことを謝罪したくてここへやってきた。

 一昨日はアリスを大切に想うあまり、つい過剰反応して言いすぎてしまい、申しわけなかった。

 どうか私の無礼な言動を許してくれないか?」


 突然の謝罪に、シモンはエメラルド色の瞳を見張り、絶句したあとおもむろに口を開く。


「……とんでもないです、侯爵閣下。

 僕のほうこそ、あなたの大切なアリスさんに対して、軽率な行動を取って申し訳ありませんでした」


 腰を折ろうとするシモンを制止するように、さっとサシャが手を差し出し、二人の男性はしっかりお互いの手と手を握り合わせて握手し合った。

 アリスの目の前で、感動的というより茶番じみた光景が繰り広げられていた。


(……な、なにこれ?)


 テレーズがアリスを振り返り『これはなにごとなのか?』と目で訊いてくる。

 微妙な表情を浮べるアリスの視線の先で、ノアイユ夫人が感激した様子で拍手を始めた。


「サシャ、立派な態度でしたよ。二人が仲直りできて本当に良かったわ!」


 合わせるようにデュラン子爵夫人も拍手を始め、マラン伯爵夫人もそれに習って、場には妙に和やかな空気が満ちた。

 ――拍手がおさまると、シモンがみんなに状況を説明した。


「僕が先日ノアイユ侯爵家を訪れた際、玄関先でアリスさんに馴れなれしい態度を取っているのを閣下に見咎められ、苦言を頂いたのです」


「まあ、シモンさん。たかが手を握ったぐらいで、サシャが大げさだったのよ」


 ノアイユ夫人が軽い非難口調で言った。


「ふーん、あんた随分モテてるのね」


 テレーズがアリスの耳元で囁く。


「……」


 マラン伯爵夫人が場の空気を取りなすように言う。


「とにかく無事に仲直りされたようで良かったですわ。

 さあ、それではみなさん! 今日は天気が良いので、中庭にお茶の席を設けましたの。

 そろそろ準備が整っているはずなので、こちらへいらして下さい」


 その言葉を合図にマラン家の執事が続きの間の扉を開き、いったんホールのような広間に出てからテラスの扉を開く。

 案内された中庭にはアーチが張り巡らされた、ロマンチックな雰囲気の薔薇園が広がっていた。


「まあ、とても見事な薔薇がたくさん咲いているわ!

 マラン伯爵夫人、後で庭を見て周っていいかしら?」


「もちろんですわ。ノアイユ侯爵夫人」


 アリスはサシャのすぐ後ろをテレーズと並んで進んでいった。

 薔薇園の中央に椅子に囲まれた白いテーブルクロスをかけられた丸テーブルがあり、上にはすでに食器や菓子類、軽食などが並べられている。


「どうぞ、ノアイユ侯爵からお好きな席に座って下さい」


 マラン伯爵夫人に促されると、サシャは後ろを振り返り、当然のようにアリスの手を取ってから席へ移動した。

 薄々分かっていたけれど、アリスに彼の隣の席以外に座る選択肢はないらしい。


 サシャとテレーズに挟まれた席にアリスがつくのと同時に、向かいの席の椅子にキールが勢いよく腰を落とした。

 アリスは昨夜の出来事を意識して、彼の顔を直視できずに俯きがちになる。


 一同が着席すると、さっそく、マラン伯爵夫人が気を利かせて、アリス達のためにデュラン親子を紹介した。


「こちらはデュラン子爵夫人とご子息のキール・デュラン卿です」


 ふんぞり返るように深く椅子に腰掛けたキールが、挨拶がてら話しかけてくる。


「ご高名なノアイユ侯爵閣下と同席できるなど、夢にも思っておりませんでした。

 アリスさんのことは先日の宮廷の夜会でお見かけして、とても美しい方だと印象に残っておりました」


 目付きや態度はともかく、キールの口調は意外にも丁寧だった。

 サシャは一瞬美しい眉をひそめたあと、返事をする。


「そうか、アリスを……夜会で……。

 デュラン卿、あなたとは今まで話す機会がなかったが、お噂はかねがね聞いている。

 何でもカードゲームがとても強いとか」


 夕食の席でのシモンの一件といい、サシャは意外と耳聡いらしい。


「ああ、自慢ではないが、こと賭け事では負け知らずでね」


 サシャとキールの会話はそれ以上発展せず、二人はすぐに無言になる。

 そこでテレーズが興味深々の様子で尋ねる。


「宮廷の夜会に出たということは、アリスは社交界デビューしたのですよね。

 すると、縁談などがもう来ているのですか?」


 他人ごとだと思って随分楽しそうだ。


「まあね、幾つか問い合わせは来ているよ」


(知らなかった……)


 恐ろしい事実を知ってアリスは戦慄する。

 三日前に社交界デビューしたばかりなのに、もう結婚の流れが始まっているのか……。


「だったら、ノアイユ侯爵閣下、アリスさんの結婚相手の候補の筆頭に、このシモンを加えてやってくれませんか?」


「――!?」


 唐突なキールの申し出にアリスは度肝を抜かれた。


(なっ!? 何を言い出すの、キール!!)


「待ってくれキール、僕とアリスさんは先日出会ったばかりなんだ。

 まだ……結婚という段階では……」


 シモンは気遣うような視線をアリスに送りながら、発言を止めるようにキールの肩を掴む。


「何を呑気なことを言っているんだシモン!

 お前は20年間生きてきて、先日初めて一目惚れしたんだろう?

 これだけ美しい令嬢だ。光よりも早く売れてしまう。

 ぐずぐずして出遅れている場合じゃない。こういうのは素早い行動が肝心なんだ」


「キールさんの言う通りだわ。

 この王国の貴族の娘は、16歳で社交界デビューして、18歳前後で結婚するのが習わしですもの。

 早く動き出さないことには手遅れになってしまいます」


 ノアイユ夫人が深く頷いて言うと、サシャがつっこみを入れた。


「母上と父上は親同士が決めた縁組だったと記憶しておりますが?」


「私は自分で結婚相手を探すには、のんびりし過ぎていると両親に思われていたのよ。

 素晴らしい出会いがあってお互いの意志で結ばれるなら、そのほうがずっといいわ」


「私とデュラン子爵夫人は恋愛結婚ですわ」


 サシャの隣の席からマラン伯爵夫人が笑顔で言うと、ノアイユ夫人は溜息した。


「まあ、羨ましいわ。想い合った相手と結ばれるのが一番幸せですもの」


 キールは熱心にサシャとアリスにシモンの売り込みを始める。


「ノアイユ侯爵、アリスさん。俺が言うのもなんだが、このシモンは、容姿、身分、財産、人柄と全て揃った完璧な結婚相手だ。

 ぜひとも真剣にこの縁談を考えてみてくれないか?」


 横で聞いていたデュラン子爵夫人が、キールを叱りつけるように言った。


「キール! あなたは余計なおせっかいや口出しはやめなさい。

 他人のことより、まず自分の結婚相手でしょう?」


「俺はいいんだよ。結婚に興味ないから」


「でも、いつかは結婚しないといけないのよ、キール。

 デュラン家の跡継ぎとしての責任があるんだから。

 あなたもアリスさんを一目見て、印象が残るほど美しいと思ったのでしょう?

 加えてここには、テレーズさんのような綺麗なお嬢さんもいらっしゃるわ。

 二人とも修道院で暮らし教養を身につけた、しっかりとした素晴らしいお嬢さんたちなのですよ?

 シモンのことばかりではなく。少しは自分を売り込んだらどうなの?」


 デュラン子爵夫人の言動からして、テレーズはアリス達が到着する前に、自分達が同じ修道院出身である話をしていたらしい。

 母親にそう言われ、キールはアリスとテレーズの顔をまじまじと観察するように眺めてから。


「――俺も若くて綺麗な女性は大好きだし、親しくなりたいという気持ちはある。

 だが、こと伴侶となれば話は別だ。

 若さや美しさというものは儚きもの。いつか必ず色褪せる。

 俺は妻になる人物にはもっと別の価値観を求めたい。

 今まで色んな集まりごとでこの二人のように、若く美しい女性と出会ってきたものの……。

 実際に話してみると、大抵その可愛らしい小さな頭に詰まっているのは、若さと美貌ゆえのおごりと相手への条件。

 少しでも財産もちの男と結婚したくて手ぐすね引きながら、俺の瞳の中に自分への賛美を求めている。

 他人にちやほやされたくてうずうずしているのさ。

 俺は大抵三分ぐらいで若い令嬢との会話に飽きる。

 もちろん修道院出のアリスさんとテレーズさんは、そのような無個性で浅薄な令嬢たちとは違うのでしょうが、生憎俺にはどの若い女もみな同じに見える。

 ところが女性の年齢も25歳ぐらいになると、違ってくる。

 自分という物を持つようになり、深いことも考えるようになって、そこに人生経験も加わり、会話していても非常に楽しい。

 30歳以上になるともっといい。

 だから俺は結婚するなら25歳以上の女性とすると決めている。

 出来れば30ぐらいが一番いいかな」


「30ですって!!」


 デュラン子爵夫人の声が裏返った。

 なぜかサシャがキールの台詞を聞いて納得するように頷く。


「君の言うことは真理だね。デュラン卿。

 年上がいいという意見にはまったく賛同できないが、社交界にいる女性の頭の中に詰まっているものに関しては同様の印象だ。

 似たような理由で、私もどうにも結婚する気になれないんだよ。

 なんだか女性方に囲まれていると、猛禽類の巣の中に投げ込まれたような気分になってしまうのだ」


(サシャがそんなことを考えていたとは知らなかった。

 だからまだ独身なのか)


 ともかく自分から話題が反れたのでほっとしながら、アリスは運ばれてきた紅茶に口をつける。

 そこでテレーズが隣からアリスの耳に唇を近づけて、こそこそと話しかけてきた。


「ねえ、アリス、あなたはこの中で一番誰がいい?」

「え?」

「私、この中で選べと言われたら断然キールだわ。

 どうやら彼は私たちみたいな小娘は恋愛対象外みたいだけど」

「私は誰もなんとも思わないわ」

「シモンって人は? あなたに一目惚れしたとかいう話じゃないの。

 さっきちょっと会話したけど、優しく感じがいいし、物凄く美形なうえに伯爵家の跡継ぎみたいだし、おいしいわ」

「……そんなにいいと思うならテレーズが狙ったら?」

「私は優しいタイプの男性は好みじゃないのよ」


 内緒話をしている二人の横で、サシャとキールの会話は続行されていた。


「何にしても、君にとってアリスは結婚対象外ということで、非常に安心したよ」


 自分の名前が再びサシャの口から出てきてアリスはどきっとする。


「ああ、安心してくれ。若いうんぬんを抜かしても、絶対に俺はアリスさんだけには言い寄ることはない。

 死んでもないと言い切れる」


(――あれ? 私、今、公然とキールにお断りされている?)


 アリスが話の流れに呆然としたものを感じている横で、サシャがいらない確認をする。


「つまりアリスだけは25歳以上になっても、君の恋愛および結婚対象外ということでいいか?」


「その通り、なぜならば、俺は親友が想いを寄せている相手には手を出さない主義なんだ。

 というわけで話を戻すが、ノアイユ侯爵、アリスさん。どうかシモンとの結婚を真剣に考えて欲しい」


「キール……」


 綺麗な顔に困惑の表情を浮べているシモンの隣から、ノアイユ夫人が力いっぱい賛同の声をあげる。


「キールさん、私もシモンさんとアリスの結婚には大賛成よ!

 さあ、サシャ。この先これ以上いい縁談はきっとアリスに来ないわ!

 もうここで、シモンさんとアリスとの婚約を決定しなさい!」


(ええっ!?)


 決断を迫るノアイユ夫人の台詞を聞き、自分が一言も発しないうちに話が決定的なところまで進んでいる状況に、アリスは唖然とした――


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