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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第二章、『地獄の底で待っていて』
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15、最悪なデート

「ソードこそ早いわね」


 クィーン姿の精神体であるアリスは、手に書類を持ったまま、デスクの椅子に座るフリをしてソードに声をかけた。


「おっ、任務書を読んでいたのか。たしか今日渡してくれるって話だったよな?

 今夜は久しぶりに身体を動かしたい気分だから、ちょうど良かった!」


 やる気満々のソードが鉛色の髪と漆黒のコートを靡かせ、呼んでもいないのに、クィーンの目の前まで歩いてくる。

 サシャより高い、身長190cm以上ある彼に座っている状態で見下ろされると、なかなか威圧感があった。


(――ああ……そうだった。なんで昨日、書類も確認せず、明日渡すなんて言ってしまったんだろう)


 王都の任務だと想像すらしなかった、昨日の自分のうかつさをクィーンは激しく反省した。


 今では書類をじっくり読みこんだおかげで、どの任務も今日渡すべきではないと判断できていたからだ。


 最初の任務をまだ渡せない理由は、添付されていた資料の一つ、聖クラレンス教国からの使者、カッシーニ大司教の予定表にある。

 そこには大司教が今日から三日間は王宮内から出る予定がなく、4日目にしてやっと王都の外れにある教会を訪問するため、外出することが記されていた。


 任務を今日中に与えてしまえば、今夜身体を動かしたがっているソードは、迷いなくアルベールのいる危険な王宮へ直行してしまう。

 できれば4日後に任務書を渡し、大司教の出先を狙って襲うように言い渡すのが一番無難だ。


 残り2つの任務については、期限があと10日もあるので、いざという場合に備え『クィーン・ソード』の完成をギリギリまで待つべきだと考えた。

 魔界製の武器はクィーンが大幹部に上がってから10日前後で仕上がると聞いているから、任務期限内に届く可能性が高い。


 クィーンは苦しい状況に頭を抱えた。


(どうしよう……やっぱり後日渡すと言えば、約束が違うとソードがごねそうだし。

 任務は出ていなかったと嘘をつけば、疑って書類を見せろとか言いだすかもしれない。

 いずれにしても、面倒くさくなること必至だし、対人要素の少ないほうの任務を、今妥協して渡したほうが平和よね)


 素早く思考を巡らし、持ち前の面倒ごとを嫌う『事なかれ主義』を発動させたクィーンは結論を下す。


「どうした、黙って……?」


 焦れたソードが机に手をついて、正面から切れ長の目でクィーンの顔を見据えている。


「ごめんなさい、考え事をしていたわ。……えーと、任務が欲しいんだったわね」


 とぼけた風味で施設の破壊任務のほうを選び、クィーンは資料もあわせた数枚の書類を差し出す。

 喜々として受けとったソードは中身を確認し始めて、すぐに瞳を輝かせる。


「これって、王都の任務じゃないか!」


「ええ、その通りよ」


 肯定の言葉を聞いた彼の声は嬉しそうに弾む。


「教会の異端審問施設の破壊の任務書に、見取り図の資料か!

 これを見ると審問所、刑場、牢獄が一体化している施設みたいだな。

 地下の牢獄には、誰か組織員が捕まっているのか?」


「ううん、それは無いと思うわ。

 誰かを逃がすような指示は出てないし、そこにも書いてある通り、できたばかりの施設で、ほとんど使用されてない状態みたい」


「つまり完成祝いに駆けつけるってわけだな!

 たまにはこういうのも楽しめそうだ。

 なにせ俺には王都の任務もそうだが、粛清以外の仕事が来るのは珍しい!」


 ソードが言うように、本来彼向きの仕事は人が死んでも問題ないような、この前の紛争時のような戦闘行為や、裏切り者や組織にとっての邪魔者を始末する粛清業務である。 

 抜き身の刃のような彼を教会関係の施設やイベントにわざわざ遣わして、現場を血の海にする必要もあるまい。


 クィーンは無駄かもしれないと思いながらも一応釘を刺しておく。


「ソード、言っておくけど、無駄な殺戮は禁止よ?

 あなたも知っての通り、我が組織の当座の目標は、人々の神への信仰をくじき、魔王様への信奉者を一人でも多く増やすこと。

 その為にも魔王様は神なんぞより、よほど慈悲深いことを証明していかねばならないの。

 任務の時も、たとえ敵対関係のクリスタ教会の信徒であっても、武器を持たない者を決してみだりに傷つけたり殺したりしないようにして気をつけて。

 いい? 私たちは教会が呼ぶような『悪魔』などではないことを、ゆめゆめ忘れないでちょうだい」


「――要するに武器を持っている相手なら戦ってもいいんだろう?」


 長台詞でせっかく言い聞かせたのに、彼の心に残ったのはそこの部分だけだったらしい。

 クィーンはがっくりとして、溜息をつきながら、念押しする。


「最初に言った通り、無駄な殺戮は禁止よ。

 相手が武器を持っていても、殺さない程度にしなさい」


「ところが、俺が剣を奮うと、大抵相手は即死しちゃうのさ」


 愉快そうに瞳を煌めかせ不敵に笑うソードを見て、クィーンは愕然として悟る。


(――こいつは野放しにしちゃ駄目な奴だ!)


 仮面の騎士のことだけではなく、ソードの殺戮を止める為にも、精神体ではなく、生身の自分で見張りにあたる必要がある。

 加えて気配を消すのに限界もあるし、今後も見張り続けることを考えれば、最初から同行を申し出るのが得策である。


「ソード、大切なことを言い忘れていたわ。

 任務の時は私があなたとコンビを組む様に、グレイ様から言われているから、勝手に一人で出動しないでね」


 思いだすように告げたクィーンに向けられる、ソードの瞳に疑惑の色が浮かんでいた。


「俺が、大幹部であるクィーンとコンビ?」


「ええ、そうよ。何しろあなたも知っての通り、第三支部は人手不足。

 これ以上異名者を減らすわけには絶対にいかないから、単独任務は禁止になったの。

 それでニードルは内勤だから、あなたと私がコンビを組むことになったわけ。

 その流れであなたに王都の任務が解禁になったのよ」


 そんなことはグレイに言われていないが、こう言えばソードも自分の同行に納得するだろう。


「人手不足にもほどがあるな。

 まぁ、俺としては他の奴とコンビを組まされるより、あんたと毎回デートできるほうが、だいぶ嬉しいが」


 意味深な口調で言いながら、いやらしいニヤケ笑いをしたソードが、彼女の肩を抱こうと腕を伸ばしてくる。

 実体がないクィーンは、慌てて席を立ち、身をかわした。

 異名者でも精神を飛ばせるのはごく一部の者だけ。

 ソードを今後監視し続けることを考えれば、油断させるためにも、なるべくこの能力は隠しておきたい。

 軽い動揺を誤魔化すように、クィーンはソードに尋ねる。


「今夜、さっそく任務に出るつもり?」


「もちろん、さっき言った通りだ」


「なら、夜20時にここで落ち合いましょう」


 クィーンの提案にソードは愉快そうに口元を歪め、瞳を妖しくギラつかせる。


「ああ、分かったよ、クィーン。楽しい夜になりそうだ」


「言っておくけど、仮面の騎士に出会った場合は即撤退するわよ?」


 忘れず重要な注意をしておくと、ソードの表情が不愉快そうに曇る。


「クィーンもNo.3と同じように俺が仮面の騎士に勝てないと思っているのか?」


(どう言ったらソードは納得するのだろう?)


 クィーンは慎重に言葉を選び、口を開く。


「禁句だと分かっていても、あえて言うわ。

 私は、あなただけではなく自分は勿論、たとえグレイ様であっても、単独では仮面の騎士には勝てないのではないかと思っているの。

 いずれにしても一つはっきりしていることは、今はまだ戦う時期ではないということよ!

 ソード、頼むから私の言うことを聞いて!」


「……ふーん……随分弱気過ぎるように思えるが……あんたの考えは分かったよ、クィーン」


 全然分かってなんかいない目つきでソードが答える。

 ここで命令違反による減点を厳しく言い渡し、脅しつけたとしても、仮面の騎士を倒しての一発挽回を狙うだけで、彼の心には響かないだろう。


(これはアルベールに出会わないことを、ひたすら祈るしかなさそうね)


 仮面の騎士にもしも出会った際は、ソードを気絶させてでも、最速で撤退しよう。

 心に決めてから、クィーンはもう一つ大事なことを確認しておく。


「ところでソード、その施設がある場所に土地勘はある?」

 

 書類の一枚を眺めながらソードは頷いた。


「ああ、俺にとって王都は庭のようなものだから任せておけ。ここの住所の近くにもよく行くから大丈夫だ!」


「それなら、安心ね。じゃあ、私はいったん自分の家に戻るわ。

 ――また後でね、ソード」


 別れの言葉を告げ、クィーンは書類を机にしまい、外界への扉へと向かう。

 長そうな今夜に備え、一度屋敷に戻って仮眠を取っておきたかった。


 鍵がなくては扉を開けられないので、ソードの視線がこちらから剥がれたタイミングを伺い、侯爵家の屋敷へと意識を戻す。


 魂は飛ばす時と違い戻す時は、繋がっている紐の端を一気に引くような感覚で、一瞬で本体と同化出来るのだ。


「ふぅー」


 ソードと話すと本当に疲れるなぁと思いつつ、アリスは刺繍道具を傍らの籠に仕舞い始める。

 あとは夕食に呼ばれるまでベッドの上に横たわり、仮眠を取って、心と身体を休めることにした――




 今夜はサシャは仕事で遅いらしく、夕食の席は侯爵夫人と二人きりの静かなものだった。

 夜まで仮眠して気力と体力を回復させていたアリスは、食事を終えると早めに休むことを宣言して、早々に自室へと戻る。

 そして寝支度を済ませ、20時前にポレットを下がらせれば、いよいよ、憂鬱かつ、死の予感漂う、ソードとのデート時間である――


 クィーン姿に変身したアリスは待ち合わせ時間通りに、No.9の部屋に舞い戻ったが、果たして見回した室内にソードの姿はない。

 変わりに聞こえてきたのは、繰り返されるいびきと思わしき重低音。

 むかつきながらクィーンは、音の出所である部屋の角の天蓋付のベッドに近づき、シャッとカーテンを開いて怒鳴りつけた。


「ソード! 起きて、時間よ!」


「んあ、ああ……」


 熟睡していたソードはびくっと反応したあと、身じろぎして黒豹のようにしなやかな上半身を起こし、欠伸しながら大きく伸びをする。

 元々このベッドでは休むつもりなどなかったクィーンだが、それにしてもこの男は厚かましすぎるし、思わず神経を疑ってしまう!


「ふぁー、よく寝た」


「それは何よりね……」


 嫌味ったらしく言ったが、意に介さないようにソードは片目を開き、ニタッと笑う。


「やっと、デートの時間か……嬉しいね」


「遊びじゃないのよ、ソード」


「分かってるよ、クィーン」


 甘くささやくような声音で言われ、ソードに腰を抱かれそうになったクィーンは、素早く身をかわし外界への扉へと歩いて行った。

 いちいちまともに取り合って相手をするだけ時間の無駄だ。



 『外界へ繋がる扉』は、入って来た場所のみならず、知っている場所ならどこにでも繋げて出られる便利なもの。

 No.2の側近の任を解かれた時に合鍵を返し、しばらく利用できなかったクィーンだが、大幹部になり個室の本鍵を手に入れた今や、どこでも好きな場所に行ける身分だ。


 つまり聖クラレンス教国の修道院にも行けるし、シンシアにだっていつでも会いに行ける。

 アニメのクィーンが旅をしているメロディをつけまわせたのも、すべてこの扉のおかげなのだ。 

 ただしそれができたとしても、絶対にそのような個人的なことに権限を利用しないのが、今の頭の固いクィーンであったが……。




「ソード、できるだけ、施設の近くの場所に扉を繋げてくれる?」


 子供の頃に修道院入りしたクィーンには、残念ながらフランシス王国の土地勘がさほどない。  

 近くにさえ行ったこともない場所なので、ソードに扉を繋げて貰うしかない。

 

「了解した。近くだな」


 指示を受けたソードは不敵に笑い、おもむろに扉のノブを掴むと一気に開いてみせた。

 現れた虹色の空間をくぐりクィーンが外へ出てみると、そこは石畳が広がる開けた場所――


「本当にここは施設に近いの?」


 いぶかしげに問い、クィーンは周囲を見回す。

 どう考えてもここは王都の中心にある広場に見える。

 ソードが仮面の騎士に会いたくて出たとしか思えない場所だった。


(しまった。ソードなんかあてにせず、先に下見しておけば良かった!)


 任務についての失言に加え、クィーンはソードを信用した己の浅はかさを思い知り、深く後悔した。


「ああ、無茶苦茶近いから安心しろ。一時間も歩けば余裕で到着する」


(それって滅茶苦茶遠いじゃない!!)


 一刻も早く任務を終えたいクィーンは怒鳴りたい衝動を押さえ、


「はぁ……、方向はどっち?」


 溜息をついてソードに案内を促した。

 時間帯のおかげもあってたまたま周囲に人影はないが、王宮も近く近衛兵の見回りの区域だろうから、とっとと移動したほうが良さそうだ――


 幸い今夜は月も出ないような真っ暗な夜。

 魔族姿は便利なことに夜目がきくので、明かりがなくても歩けるので夜の闇に紛れて移動できる。

 ソードは呑気に周りを見回し、「こっちかな、あ、やっぱりこっちだった」などと適当な様子で指を差している。


(今後は日記がソード関係で捗りそう)


 思わずソードへの殺意が胸に浮かび始めたクィーンの瞳に、その時、広場を抜けた通りから近づいてくるランタンの灯りが映る。

 遠く離れていても魔族特有の高い身体能力と視力から、彼女には物の形が認識できた。


 照らし出された煌く金髪と緋色の軍服。灯りを持った従僕の後ろから、馬に乗ってやってくる背筋を伸ばした優雅な騎士は、どう見ても彼女の後見人のサシャ・ノアイユである。


「あれは近衛騎士隊の制服だな」


 同様に夜目と遠目がきくソードにもしっかり見えたらしい。

 隣でスラリと背中の大剣を抜き放つ気配がした。


 その挙動からクィーンは即座に悟る。


(ソードはサシャを殺す気なんだ)と――




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