14、二人の最期
アリスは気になるアニメの該当部分を、改めて振り返ってみることにした。
――まずは、第21話『クィーン死す』。
この回には、アルベールの聖剣に討たれ、虫の息であるクィーンが、グレイの腕に抱かれながら、過去を回想するシーンがある。
死にかけている彼女が思い出したのは、自分の16歳の誕生日前に、グレイと交わした会話のこと。
――回想場面は、いつものようにNo.3の間でクィーンがグレイにしなだれかかっている構図で始まる――
『クィーン、君はもうすぐ16歳になるのだったね。
誕生日祝いには何が欲しい?』
甘い声でグレイに問われ、クィーンはすぐに答える。
『もしも可能ならグレイ様。私は何よりも、メロディが思い切り不幸になるところ、破滅した姿がみたいです。
それ以上に望むものや、欲しいものなどございません!』
『またメロディのことなのか……妬けてしまうね、クィーン。君の可愛らしい頭の中ときたら、つねにメロディのことでいっぱいなのだから』
『そんなことはございませんわ、グレイ様! あなた様への愛もたくさん詰まっていますとも!
いっそ、この頭を開いて、中身をあなたにお見せできたらいいのに……』
『……ふふ、君は本当に可愛いことを言う……』
クィーンの頭を自分の胸元に引き寄せ、グレイは愛しそうに髪を撫で下し、耳元でささやきかける。
『……愛しているよ、クィーン……君の望みなら何でも叶えよう……』
そんなかつてのやり取りを思い浮べ、クィーンは弱々しくグレイに謝罪する。
『グレイ様……ごめんなさい……私があんなことを望んだばかりに……』
グレイは静かにかぶりを振る。
『クィーン……君のせいじゃない……選んだのは私だ……』
温かいグレイの胸の中、優しい言葉を受けたクィーンは、眠るように瞳を閉じ、最期に目尻に一筋の涙を伝わせ、こときれる。
彼女の亡骸をしばらく抱き続けたあと、グレイは最後の決戦に臨むために立ち上がる。
――そう、クィーンの弔い合戦に向かうために――
そして臨んだ兄弟対決の回が、次の回の、2期第22話『黒と白の王子』である。
魔剣『ファントム』をたずさえたグレイと、聖剣『神王の剣』を手にしたアルベールがNo.3の間で対峙する。
メロディとサシャに部屋の端で見守っているように告げ、アルベールは聖具『慈悲の仮面』を脱ぎ捨て素顔を晒す。
『カミュ、なぜだ?』兄は弟に問いかける。『そんなにお前は玉座が欲しかったのか? だから悪の組織に身を墜とし、罪もないロード公爵を陥れたのか?』
グレイは薄く笑う。
『何を言ってるのか分からない』
『俺もフランシス王国内で、第一王子派、第二王子派に別れて、臣下や貴族たちが権力争いをしているのは知っていた。
だが、俺はお前はそのような下らない争いには、決して参加しないと信じていたのだ。
なのにカミュ、どうやらそれは俺の勝手な思い込みだったらしい!
賢明な宰相であるロード公爵は、常に中立の立場を保っていた!
しかし、彼の娘であるメロディが俺と婚約すれば、大勢は一気に第一王子派に傾く。
それを危惧したがゆえに、お前は邪魔であるロード公爵を陥れたのだろう!?』
激しい口調で批難するアルベールの様子に、グレイの顔に苛立ちの表情が浮かぶ。
『何も分かっていない癖に知ったような口をきく。
あなたなんかに私が欲したものなど分かるものか!』
血を吐くように叫び、最初の一撃を放ったのはグレイだった。
キィンと一際高い剣の音が鳴り、攻撃を払ったアルベールの剣が、グレイの銀糸の髪を一房空に舞わせる。
『分からない! 分からないから教えて欲しい!
俺はお前とは戦いたくない! 血を分けた兄弟で争うなど愚かなことだ!
お前は何を望む? どうすればこの剣を収めてくれる?』
再度切りかかってくるグレイの剣を、アルベールは聖剣で受け止め、ギリリと刃が噛み合って鳴る音がする。
いったんアルベールが受け流した剣を、グレイが流れのまま返すのを合図に、息つく暇もないほどの剣の応酬が始まる。
『そんなに言わせたいなら言ってやる! そうだ私はあなたが持つ何もかもが欲しかったのだ!
私は玉座だけではなく、兄が持っている何もかもを欲しがる愚かな弟だ!
あなたに全てを与え、私からはたった一つ残された最後の愛まで奪い去った!
私は何より不公平な神を呪う!
クィーンを殺したあなたを私が許せるものか!』
激しく剣と剣がぶつかりあうたびに、火花が爆ぜる。
『愛? カミュ……お前はクィーンを……』
息を飲み、動揺したアルベールに、その時、一瞬の隙が生じる。
カミュであるグレイはその好機を見逃さず、兄の心臓めがけて一気に剣を突きだした。
――だが、運命は、天は、神は、彼をとことん見放していたのだ――
『……あっ……』
剣先がアルベールの胸に触れる寸前、空を切り割いて飛んできた聖槍がグレイの身を刺し貫く。
放ったのはサシャだった。
『――サシャ、なぜだ、なぜ邪魔をした? 弟と俺の二人だけの戦いを――』
『卑怯とでも何とでもおっしゃって下さい。
何と言われ、責められようとも、あなたが殺されるところを黙って見ているわけにはいかなかった。
世界が滅びの危機に瀕している今、あなたの死は、人間世界の死だ――』
この展開は前世の10歳だった自分にとってかなり衝撃的だった。
正義の立場であるサシャが、卑怯にも横から槍を投げ飛ばし、正々堂々の戦いに水を差したのだ。
いくら悪役のグレイでも、こんな死に方はあんまりだと思った。
胴体を聖槍に貫かれたままのグレイを、アルベールが床から抱き起こす。
『カミュ……』
ゴボゴボと口から血をあふれさせたグレイが、儚く笑う。
『分かっていた……あなたは甘いから……弟である私を殺すことができない……。
だから兄上、この勝負は私の勝ちだ……』
『そうだ……お前の勝ちだ……カミュ……!』
グレイはアルベールの言葉を聞くと、穏やかで満足気な表情になり、静かに目を瞑る。
アルベールは弟の身体から聖槍を引き抜き、横抱きにして運んで、玉座に似た椅子に座らせてから、No.3の間を立ち去っていく――
アリスは、ここまでアニメの話を思い出し、改めて疑問に思う。
(カミュが公爵を陥れた理由は、本当にアルベールが指摘したような、玉座欲しさゆえだったのか)と……。
もしも、アリスが感じている印象が正しいなら……。
(クィーンを愛していたグレイの一番の目的が、彼女の望みを叶えることだとしたら?)
クィーンが望まなければ、たとえ邪魔であっても公爵を排除しなかったのではないか? と思えてくる。
(もしも、そうなら――)
アニメとはグレイとクィーンの関係もすっかり変わり、クィーンであるアリスの望みも変わっている。
カミュと重ねた時も絆も薄い今のアリスには、アニメほど彼への影響力もない。
何よりメロディの破滅など、誕生日プレゼントにリクエストしたりはせず、望みもしないのだ。
(この先、メロディの恋がどちらへ転ぼうとも、ロード公爵は破滅せず、アルベールが旅に出るきっかけにもならない)
真相はアニメのカミュの心の中のみにあり、視聴者は与えられた情報から想像するしかない。
(だけど、この世界のグレイ様はまだ生きている)
今たった一つだけ分かることは、彼の心の中に真実があるということだ。
『あなたに私が欲っしたものなど分かるものか!』
アニメのグレイはそう叫んでいた。
彼が何を望んでいるか、深いところまで追求するつもりはないが、玉座を望んでいるかどうかはもうじき分かる。
(玉座を望んでいなければ、メロディとの恋の発展など望まないはずだから)
彼の中に自分と近しい魂を感じているからこそ、アリスはグレイのことがもっと知りたかった。
今のクィーンとアニメのクィーンは全くの別人。
それでもアニメのクィーンにとって、最後までたった一人の味方であったグレイに、今度こそ報いたい気持ちがあった。
さらにもう一つ、今のアリスには考えなければいけない重要な点がある。
グレイに公爵を陥れる理由が全くない今、アルベールの旅立ちがいつになるかわからないということだ。
王の密命をアルベールが受けることは変わりないとしても、メロディが旅立たない以上、急いで出発する理由はなくなる。
つまり3回どころか、何回も仮面の騎士との戦いをしのぎ続けなくてはいけないのだ。
正直なところ、自分がいつまで持ちこたえることができるのか、アリスには分からない。
もしも自分が倒されたあとは、それより下の順位を出すことはないだろうから、いよいよ魔王の許可が降りてグレイが出ることになる。
偶然にも、クィーンが倒された次にグレイが出るという流れは、アニメと同じになるのだ。
ただしアニメの中と違い、アルベールはグレイの正体がカミュと知らない状態で対峙する。
当前、聖なる力と守りを全身に巡らせるという『慈悲の仮面』も脱ぎ去らない。
「グレイ様はそんな仮面の騎士に勝てるのだろうか?」
(勝てなければ、第三支部は滅びる?)
もちろん、その前にアリスとて、むざむざ殺される気はないが――
無駄な犠牲を回避できるならその方がいい。
(――ともかく、アルベールが旅立ち、聖クラレンス教国で用事を終えた後は……ローズには絶対に第二支部へ戻ってもらわなければ――)
その時が来たら、何が何でもローズを説得する!
アリスが堅い決意を胸に浮かべていたとき「失礼します」と、ポレットがお茶の道具を持って部屋に入って来た。
どうしても明日までにアリスに全回復して欲しい侯爵夫人が、午後のお茶も部屋でゆっくり飲めるようにと指示してくれたらしい。
アリスはケーキをつまみ、お茶を一杯だけいただくと、さっさと茶器をポレットに下げさせる。
午後からも一人で過ごせそうなので、引き続き、時間を有効利用しなくてはいけない。
刺繍を再開しながら、アリスは飛ばした精神体のいるNo.9の間へ意識の多くを移した。
(3つの任務をいっぺんに渡すと、ソードの性格なら全部一日で片付けようとする可能性が高い。
ソードが長時間、王都をうろつくのは危険だわ。
一つずつ任務を与えなければ――)
書類はクィーン用のデスクの上に広げられたままだ。
最初に渡す任務を選ぶため、アリスはじっくり書類を読み返す――
(王都内にあるクリスタ教会関係の施設の破壊とイベントの妨害の依頼。
残り一つは王国を訪問している聖クラレンス教国からの使者である、カッシーニ大司教を捕まえて尋問する任務。
破壊と妨害依頼の期限は同じで10日以内、大司教の滞在期間は今日から一週間程度……か)
全部クリスタ聖教関係だが、組織の目指す『最終的な目標』からすればこれは何ら不思議なことではなかった。
クリスタ聖教は組織と現在敵対関係で、魔族姿の組織員を『悪魔』と呼び、悪魔祓い師や聖堂騎士団によって対抗している。
といっても、どんな悪魔祓い師も聖騎士も、異能を持ち魔族姿となった組織員にとっては、赤子にも等しい存在。
聖なる武器使い以外の者はまったく相手にならず、王国内では仮面の騎士以外を恐れる必要はない。
(使者の大司教が滞在しているのは王宮内……一番仮面の騎士に出会う確率が高く危険な任務だけれど、期限が短いこれから片付けるべきよね)
一人頷くアリスの瞳に、正面側の壁にある外界への扉が急に虹色に輝きだすのが映った。
はっとして入り口を見つめていると、ジャラジャラした鎖音をさせながら、洗いざらしのような鉛色の長髪と黒いコート姿の人物が飛び出してくる。
「おっ、クィーン、今日は出勤が早いな!」
現れるなり気軽な調子で挨拶してきたのは、クィーンの筆頭側近であるソードだった。




