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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第二章、『地獄の底で待っていて』
21/113

13、恋愛フラグ

 ――視界に映っていたのは、燃えたつような赤毛に大きな緑の瞳――


「メロディ――」


 アリスが名前を言うと、近くから顔を覗き込んでいたメロディが、大きなため息をついた。


「やっと、返事をしてくれた! 一瞬、耳が聞こえなくなっちゃったのかと思ったわ」


 侯爵家のアリスの部屋には、いつの間にか侍女のポレットの姿もあり、メロディの背後から謝ってきた。


「申し訳ありません。アリスお嬢様に確認する間もなく、メロディ様がお部屋にお入りになられてしまって……」


「ごめんなさい! つい、親友のあなたと一刻も早く話をしたくって!」


 さり気なく親友認定され、アリスは一週間前の自分の誕生日祝いの席に、メロディしか呼ぶ相手がいなかったことを思いだす。


「いいのよ、二人とも、気にしないで……。

 ポレットはもう下がって休憩していていいわ」


 静かに言うと、アリスは手元の刺繍枠に張られた布に目を落とす。

 ソードの任務のことに気を取られ、すっかり手が止まっていたらしい。

 メロディはポレットが部屋から出て行くのを見計らい、目的の話を始めた。

 

「本当は昨日のうちに会いに来たかったんだけど、新しい家庭教師の監視が厳しくて、なかなか脱走できなかったの!」


 逆に脱走ばかりしているから、厳しく監視されるんじゃなかろうかとアリスには思えた。

 記憶が正しければ、この半年間でメロディの家庭教師が変わるのはこれで三度目だ。


「大変だったのね……」


 同情的なアリスの言葉を受け、メロディは大事なことを思い出したように、パンと両手の手の平を打つ。


「そうそう! 大変といえば、今日は夜会の時の話をしにきたのよ!」


「……夜会?」


「一昨日は会場にいる間中、あなたのことばかり知り合いに訊かれて、本当に大変だったんだから!」


「……!?」


(知らなかった……!?)


 意外な事実を知ったアリスに、メロディがさらに愚痴る。


「なんでも綺麗過ぎて話しかけにくいとかで、みんなわざわざアリスのことを私に質問してくるもんだから、終始人に掴まって囲まれっぱなしよ!」


 他人から見て話しかけにくい雰囲気であることは、修道院時代にたびたびテレーズに指摘されており、アリス本人にも自覚があった。

 ただしその理由は『綺麗』とかではなく、『無愛想』『無口』『無表情』という『3無状態』と『冷たそうな容姿』ゆえであったが。


(メロディが広間でずっと人に囲まれていたのは、そんな理由だったのか……。

 つまりメロディが階段から離れたのも私のせいだったのね……)


 それなのにサシャの言いつけを守らないことを心の中で責めたりして、悪かったなと反省したアリスは、気持ちをそのまま口にした。


「あなたにそんな迷惑をかけていたとは、気がつかなかったわ。ごめんなさいね。メロディ」


「別に謝らなくてもいいのよ! だって生まれつき美しいのはあなたのせいじゃないもの!

 とにかく、アリスがサシャと帰ったあとは、今度はアルベール王子に捕まっちゃってね! ずーっとあなたのことを訊かれ続けるハメになっちゃったの!」


「アルベール王子に……?」


 なぜにメロディと恋を始めず、アルベールがアリスの質問ばかりをしていたのか?

 ――なんて分かりきった愚問はすまい。

 夜会の記憶から自分がアニメの筋書きを大きく変えて、二人の恋路を邪魔していることは明らかなのだから!


「そうなのよ。カミュ殿下は残念ながら一瞬でいなくなっちゃって……。

 アルベール殿下と二人になってダンスを一曲踊ったあとは、ずーっとアリスのことで質問攻めよ!

 それで、ここから本題に入るんだけど、その時に話の流れでアルベール殿下に、アリスと一緒に日中、王宮へ遊びに来るように誘われてしまったの!」


「……えっ!?」


 愕然とするアリスの反応を見て、メロディは嬉しそうに顔を綻ばせる。


「うふふ、びっくりした?」


(びっくりしたもなにも、何なの? その最悪な流れ?)


 アリスは一瞬絶句してから、ボソッと本音を漏らす。


「……行きたくない……」


 なにしろアルベールは自分にとっては死神。

 無駄に近づくなど、愚かさの極みである。

 アリスの脳裏にアニメで観た、アルベールがクィーンの正体を見破るシーンが蘇ってきて、心からぞっとした。


(冗談じゃない! あの王子はサシャと違って恐ろしく鋭い。

 そして今の私には、アニメの自分より正体を見破られやすいと思える、二大欠点がある)


 致命的に子供が苦手であることと、男性アレルギーなのは、アリスとクィーンのどちらにも共通する弱点だ。

 同一人物だと見破られる大きなポイントになってしまう。


「駄目よ、アリス! 王太子のお誘いを断わることは不敬にあたるわ!」


 ピシャリとメロディに指摘され、まさか自分が彼女から常識を説かれる日がくるとは夢想だにしなかったアリスは、非常に微妙な気持ちになる。

 それでも諦めきれずに食い下がる。


「メロディが一人で行くわけにはいかないの?」


「アリスってば、私の話をきちんと聞いてた? アルベール殿下はアリスに興味があるのよ。私と二人きりで会うことなんて望んでいないわ。

 それに私だって――」


 メロディはそこまで言って、ポッと赤く頬を染め上げる。


「?」


「実は、アリスをかばうために現れた、カミュ殿下が素敵過ぎて忘れられないの!

 だって私、あんな綺麗な男性を生まれて初めて見たんですもの!

 神秘的な雪白の髪と銀灰色の瞳、完璧に整った容貌。

 白く透き通るような美しさはまさに純白の聖天使様よね!」


「聖天使……」


 カミュの裏の顔を知っているアリスにとって、メロディの表現はまさに失笑ものだった。

 しかもあんな綺麗な男性を見たことがないって、メロディの中でサシャはどういう位置づけなのだろう?

 ひょっとして赤ん坊の頃から見慣れているから、彼の並外れた美貌が認識できないのだろうか?


 ――と、そんなことよりも、今の発言をもっと詳しく追及せねば――

 これは今後の展開において重要な意味を持つ。


「つまり、メロディはカミュ殿下に恋しちゃったってことでいいかしら?」


 アリスの直球の質問に、メロディはますます茹るように赤くなった頬を、冷ますように両手で挟んで押さえる。


「まだ、恋ってほどじゃないの。でも彼のことを思いだすと、胸がどきどきして、もう一度会いたいと思ってしまうの」


「……」


(これは、どう判断すればいいのだろう?)


 サシャが夜会帰りの馬車で語った話を参考にするならば、メロディとの間に恋というか縁談が成立すれば、カミュにとっても王位を得るための大きな後ろ盾になる。

 アルベールに会いたくなくても、誘いを断わるのは不敬に当たるから難しそうだし。

 いっそ、カミュの忠実な(しもべ)として王宮へ行き、メロディとの恋のバックアップをするべきでは?


「それでいつなら暇なの? アリスの予定を聞いてから、お返事を差し上げることになっているの!」


 今のところ予定は明日ぐらいしか入っていないが、あえてアリスは即答を避けた。


「……ごめんなさい。いくつか約束が入っているから、予定をきちんと確認してから、明日返事してもいいかしら?」


 後で言いがかりをつけられないために、形だけでもサシャにお伺いを立て、そのうえで返事をしなければ……。

 サシャとて不敬に当たることは分かっているのだから、断われなどという無茶は言わないだろう。


 あとは忘れずに、先にカミュに当日の対応を確認しておかなければならない。

 ひとつだけ重要なのは、カミュへの恋の協力が必要であっても不要であっても、アルベールに嫌われるように最大限努力をしなければいけないということ。

 全力で自分への恋の可能性というフラグをへし折り、二度と個人的な誘いなどする気が起きないようにしなければいけない!


(他ならぬ死神アルベールに好かれるのだけは絶対にごめんだもの!! サシャ以上に迷惑過ぎる!!)


 何しろ、自分の生命と破滅がかかっている。


「いいわ。じゃあ明日の朝食後に、返事を貰うためにまた会いに来るわね」


「ええ」


 アリスが頷き、二人の話がまとまったところで、タイミングを合わせるように扉が開け放たれた――


「メロディ、お嬢様!」


 犯人を見つけた刑事のような鋭い声に、メロディが飛び上がる。


「ひっ」


 視線を向けてみれば、背筋をピンと張った酷薄そうな目付きの中年女性が、開かれた扉の向こうに仁王立ちしていた。


「シンクレア先生!」

 

「失礼いたします。突然の、無作法をお許し下さい」


 宣言するように言い、シンクレア女史はツカツカと靴音を響かせ室内へ入ると、ガッとメロディの腕を掴んだ。


「きゃあっ!」


「メロディお嬢様、お迎えにあがりました!

 さあ、帰りましょう!」


 礼儀作法を教える立場なのに、一言詫びただけで、許可なく他人の部屋に入って来てもいいものなのだろうか? 

 アリスは内心つっこみをいれつつ「アリス、またね!」と挨拶を残して引きずらるように去っていく、憐れなメロディの姿を見送った――


(今回の先生は今までで一番厳しそうね。

 メロディったら明日、本当に脱走できるのかしら?)


 疑問に思ってから、それよりもっと重要な、考えるべきテーマがあることを思いだす。


(……今のメロディの話だと、全ての展開が変わってくる)


 アリスは頭の中で情報を整理した。


 アニメの本来の筋書き通りであれば夜会のあと、アルベールとメロディの二人は逢瀬を数回重ね、短期間で愛を深めていく。

 そして、いよいよ婚約話が本格的に出始めた頃、突然、メロディの父親であるロード公爵が王の暗殺計画容疑で掴まるのだ。

 その後の展開は、無実を訴えてロード公爵は獄中で自害、その妻も後追い自殺という悲惨なもの。

 両親を相次いで亡くしたメロディは、親戚の手により聖クラレンス教国の修道院へと送られる。

 それを知ったアルベールも旅立ちを決意し、メロディを追うと同時に王の密命も帯び、サシャを伴なってフランシス王国を出発する。


 つまり本来のアニメ通りであれば、次の戦いの舞台は聖クラレンス教国、カーマインがトップである第二支部に移るはずなのだ。

 

(けれど、アニメとはストーリーが変わり、メロディとアルベールの恋が始まらず、婚約の話が出なければどうなるのだろう?)


 ――いや――それを考え始める前に、アリスの中でずっと引っかかっていたことを、この機会につきつめるべきかもしれない。

 アリスが気になっていたのは、アニメの最終回近くの2話分のエピソードである。

 現在、アリスはその視聴記憶ゆえに、メロディとアルベールの恋や婚約話など関係なく『ロード公爵は破滅しないのではないか』という疑念を抱いていた。


 根拠はロード公爵が陥れられた一連の出来事の真相が語られる、『燃える髪のメロディ』2期、第21話『クィーン死す』と、第22話の『黒と白の王子』の内容からだった――


 



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