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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第二章、『地獄の底で待っていて』
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10、恋の忠言

「だって、あなたがカーマイン様の下を離れるなんて、考えられないんだもの。

 本当にあなたが第三支部に移動してくる幹部なの?」


 クィーンの胸に大きな動揺の波が起こる。

 ブラック・ローズがカーマインであるルーシャスを崇拝しているという事実を差し引いても、彼女は第三支部には来るべきではなかった。

 アニメの内容を知るアリスは、彼女が仮面の騎士――アルベールに殺されるシーンを、テレビ画面で観た記憶がある。

 だから仮面の騎士がいる国に彼女には近づいて欲しくなかった。


「久しぶりに会うんだから、もっとマシな挨拶できないの?

 大体なんであんたはさようならの挨拶もなしに、修道院からいなくなったわけ?

 ずっとコンビを組んでいた私に対して、あまりにも冷たいじゃないの?」


 いきなり駄目出しから始めるあたり、いかにもローズらしい。


 すぐに修道院に戻る予定だったし、わざわざ別れの挨拶を言うなど柄ではなかったからだ。

 心の中でそう思いながらも、


「ごめんなさい、ローズ。だけど本当にいったいどうして第三支部に異動してきたの?」


 クィーンは素直に謝ってから、最初の質問に戻った。


「どうもこうも、あんたが心配だったから来たに決まっているでしょう?

 あんたは私に出身国以外の自分の素性を一切教えてくれなかったし、組織も修道院も秘密厳守。

 帰国したと聞かされただけで、今までフランシス王国のどこにいるのかさえ分からなかったのよ!

 おまけに、カーマイン様もなかなかあんたのこと教えてくれないから、大幹部になったのも、つい一昨日知ったぐらいなんだから!」


「……!?」


(そんな……!? じゃあ、ローズが異動してきたのは私のせい……!?)


 クィーンはショックで口ごもる。


「とにかく、やっと会えて嬉しいわ! 遅くなったけれど、No.9に昇格おめでとう。

 姉貴分の私より先に大幹部になるなんて、つくづく可愛いげのない妹分だけどね。

 まぁ、何にせよ、あんたが死なないで生きていたのと、元気そうなので安心したわ」


 言い方はともかく心配してくれたことと、お祝いの言葉にはお礼を言わなければいけない。


「ありがとうローズ」


「クィーン、どうしたんだ?」


 と、出迎えに行ったはずがなかなか戻ってこないクィーンに、グレイが奥から声をかけてきた。


 クィーンは慌てて入り口から避けてローズを通しながら、振り返って謝罪する。


「はい、グレイ様、申し訳ありません」


 入室したローズは早足で部屋の中央まで進み出て、床に片膝をつき顔を下げ、グレイに向かって挨拶する。


「お初にお目にかかります――第二支部より参りましたNo.15、異名を『黒薔薇姫』と申します。

 どうか、ブラック・ローズ、あるいは縮めてローズとお呼び下さい。

 これからよろしくお願いいたします、No.3――」


「良く来てくれたローズ、顔を上げてくれ。

 こちらこそ、よろしく頼む。私のことは『グレイ』と呼んでくれ。

 クィーン、君はこちらへ、私の横においで――」


「……」


 クィーンを呼ぶ部分だけグレイの声は甘く響いた。

 言われるまま歩いていくクィーンに、ローズはいぶかしげな視線を送る。

 階段を上り、玉座風の椅子に並んで立つと、クィーンにしか聞こえない声で、グレイがささやきかけてきた。

 

「そこが、今後の、君の立ち位置だ。忘れないで」


「……」


 つまりは自分とローズはもう対等ではないと言いたいのだろう。


「ところで、君たちは随分親しげだね」


 グレイはクィーンではなく、ローズに目を向けて問いかける。


「ええ、姉妹同然です。同じNo.2の側近で私生活でも一緒でしたから」


「そうか、それは良かった――

 No.2といえば、彼から君の住居について頼まれていたので、今日さっそく手配しておいた。

 これから会うヘイゼルに詳しいことを聞くといい」


「ありがとうございます」


 ローズの正体であるテレーズはフランシス王国出身だが、どうやら自分の家には戻らないつもりらしい。

 そういえば修道院にいた頃、家族と折り合いが悪かったとたまに話していた気がする。



 ともかく挨拶と最低限度の必要な話を終えると、二人はグレイに連れられ、『黄昏城』内の第三支部に案内されることになった。


 向かっている途中はクィーンはグレイと並び、その背後をローズがついてくるという構図だった。

 クィーンは第三支部への経路を注意深く覚えながら、背中に突き刺さるようなローズの視線を感じる。

 理由はたぶん、歩きながらグレイが時おり親しげに、クィーンの肩や腰に腕を回してくるせいだ。



 第三支部の機密室に到着すると、グレイはローズを室内にいたヘイゼルに託し、クィーンを連れて二人で幹部室へと移動した。

 先ほどのグレイの発言通り、ヘイゼル以外の幹部の姿は見えず、支部内は静かそのもの。

 人嫌いのクィーンにとっては非常に落ち着く場所である。 

 グレイは支部での基本的なスケジュールや、大幹部の仕事内容をクィーンに説明した後、幹部室にある扉の一つを開け、エントランス空間を見せながら、人間界側の支部へと続く扉を示した。


「もう一人の大幹部であるドクターは、人間界側の第三支部『螺旋』の地下にある、医術室にいることが多い。

 忙しい彼への紹介はおいおいするとして、そのドクターがヘイゼルの仕事の手伝いにNo.22を推薦してきたので、明日から出向くように言ってくれ」


「畏まりました、伝えておきます」


 頷いたクィーンの手を取り、続けてグレイは幹部室にある椅子に座るよう促す。

 二人は特に会話するでもなく、隣同士に座って顔を見つめ合った。

 やはり不思議なことに燐火のような恐ろし気なグレイの瞳なのに、見つめていると夜の優しい空気に包まるような、安らかな気持ちになってクィーンの心は落ちつく。

 

 そうして二人でゆっくり休んでから幹部室を出ると、先に打ち合わせが終わっていたらしいローズが、待ちくたびれたようにぼーっと椅子に座っていた。

 ヘイゼルは扉から出てきたクィーンの姿に気がつき、無表情にバサッと紙束を渡してくる。


「任務書です。急ぎのものはないので、明日中に読んでおいてくれれば大丈夫です」

 

 グレイは最後にローズにNo.3の合鍵を渡すと別れの挨拶をした。


「では、クィーン、ローズ、私はまだここでヘイゼルと相談しなければいけないことがあるが、君達はもう帰るといい。また明日会おう。

 戻り方は分かるかな?」


「はい、覚えました」


 クィーンは即答する。


 同時に退出の挨拶をして、ローズとクィーンは第三支部の扉から出た。

 廊下を二人で並んで歩きだしてから、ローズがボソッとした声で呟いた。

 

「止めときなさいよ」


「え?」


 いきなり何のことか分からずクィーンは問い返す。


「あんたみたいに暗い女が、同じような暗い男とつきあったら、それこそ救いようがないわ。底なしよ」


「……」


 最初は意味が分からなかったクィーンだったが、少し考え、グレイと自分のことを言っているのだと悟る。

 自分が暗いことは認めるが、会ったばかりの相手を暗い人物認定するのはどうなんだろうかと、軽くむっとしながら否定する。


「私とグレイ様とは別にそんなんじゃないわ」


「ならいいけど……。あんたってカーマイン様の大人の魅力も分からないし、どうも男を見る目がなさそうだから、かなり心配よ。

 そっち方面ではまるでお子ちゃまなんだから気をつけた方がいいわ」


「……ローズは他人にそう言えるほど大人なわけ?」


 少し不満そうにクィーンが言うと、ローズは口元を歪め、笑った。


「精神? 肉体? どっちのことを訊いてんの?」


「……」


「どちらにしても、あんたよりはよほど大人よ。

 いい? 覚えておきなさい。男には女を『幸せ』にするタイプと、『不幸』にするタイプの二種類がいるの。

 そんでもって、あの暗い瞳のNo.3はどう見ても後者のほうよ。

 だいたいクィーン、あんた男嫌いはどうしたの? なによ、やたらベタベタして……。

 私の検証では、あんたみたいな警戒心が強いタイプのほうが、一度心を許すと相手を盲信してしまうから危ないのよ。

 どうせつきあうなら、そうね……。シンシアを男性にしたような、包容力のあるタイプにしなさい。

 あんたに必要なのはそういう相手よ。

 たまには素直に姉貴分の私の言う事を聞きなさい。わかったわね? クィーン」


(つまりシモンみたいなタイプってこと?)


 真面目に考えかけてから、いらない恋愛アドバイスより大切な話があることを、クィーンは思い出す。


「そんなことより、ローズ、私のために来たというなら、お願いだからいったん第二支部に戻って……! 異動したいなら期間を開けて出なおしてくれる?」


「なにそれ?」


 アルベールが旅立った頃にこちらへ移動してきたほうがいいとクィーンは思った。

 なんといっても今の第三支部は現在一番『死』に近い。


「理由は説明できないけど、今は時期が悪い気がするの」


「なんだか知らないけど、何も異動を申し出た理由はあんたのことだけじゃないわ。私にとっても自分の国に帰るいい機会だと思ったのよ。

 だから変なこと言ってないで、明日にでも、今のあんたの配下の一人と私を交換するようにグレイ様に交渉しなさいね。

 あんたは私がついていないとまったく駄目なんだから」

 

 この言われようではどちらが立場が上か分からない。


「……今さら言いにくいわ」


「言いにくくても言うのよ。分かったわね? それじゃあ私はNo.2のところに顔を出してから帰るから」


 言いたいことを言い終えると、ローズはさっさと踵を返して去っていく。


 花弁のように裾が広がった黒いドレス姿を見送りながら、クィーンは深く考え込む。

 再会した時はとっさに焦ったものの、冷静に考えてみるとフランシス王国にいたほうが、アニメのストーリーと絡まなくていいぶん、ローズが死を回避できる可能性は高い。


(要は戦わせなければいいだけなんだもの。

 特攻しそうなソードもそうだけど、ローズも絶対にアルベールと戦わせないようにしないと……。

 私が盾になってでも……)


 堅く決意してクィーンは廊下を歩きだし、No.9の間の前まで来ると、バン、と扉を勢いよく開け放った。

 

「あ、お帰りなさい、クィーン」

「おっ、お帰り」


 中から声をかけられて見ると、新しい家具に囲まれた室内で側近二人が椅子に座って待っていた――




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