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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第二章、『地獄の底で待っていて』
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9、驚きの事実

 出会ったばかりなのに、ずっと探し求めていた自分の半身にでも出会ったような、懐かしさと愛しさが溢れて胸が熱くなってくる。


(なんなの、この気持ち……?

 私はいったいどうしてしまったの?)


 自然に心が無防備になっていく――


 アリスは今までずっと、前世の頃も生まれ変わってからも、誰とも心が繋がることなどない、孤独な『一人だけ』の世界を生きてきた。


 決して誰の前でも警戒をとかず、ひたすら自分の殻の中に閉じこもって生きてきたのだ。

 そんな彼女が今まで一緒にいてリラックスできたのは、シモンと出会うまでは、亡くなった両親とシンシアだけ。

 今までシンシアだけが特別だったのは、相手が内面を明かさなくても許してくれる、広い心と包容力があったからだ。

 それはシンシア自身も秘密が多く、自分の話をしないことも関係していた。

 シンシアは自分と他人それぞれの領域を守り、決して侵さなかった。

 アリスの心や個人的な事情にもいっさい立ち入ってこなかった。

 だから二人でいても安心できて、寛げた。

 

 逆にテレーズが苦手だったのは、アリスの心を無理矢理こじ開けようとしてくるから。

 勝手に『妹分』なんて呼んで、いちいち望んでもいないおせっかいをしては、心の中にまで介入してこようとするからだ。

 それに対してアリスは反発して抵抗するか、無視してやり過ごしてきた。

 

 要するにアリスは今まで生きてきて、ただの一度も、誰かに自分の心の内側を見せたことなどなかった。

 少なくとも、グレイに会うまでは――



「夜会の時も思ったけれど、君と一緒にいるととても落ちつく。

 まるで他人じゃないみたいで、人と触れ合うのが苦手な私が、こうして手を握っていても少しも不快じゃない」


 クィーンの心に同調したようにグレイが呟いた。


「……!?」


 クィーンは驚いて息を飲んだ。

 グレイが彼女の正体を知っているのは立場上当然のことだが、いきなり彼自身の正体を明かすような発言をするとは思わなかったからだ。

 クィーンがとまどって見ていると、グレイは少し微笑みかけてから、ふっ、と瞳を閉じ、何かを念じ始めた。

 応じるように周囲の空気が、ぶわっ、と大きく渦巻くように動き、グレイの姿が滲むように歪んでいく――

 次第にぼんやりした映像が焦点を結ぶように輪郭が確定し――真白き髪に銀灰色の瞳をした、冷たく透明感のある美貌の少年――カミュの姿がそこに現れた。


 クィーンも一瞬、固まったのち、彼に習って念じだし、全身から蝿の大群を放出させる――

 蝿が飛び立つごとにじょじょにアリス姿に戻っていき、最後に全ての蝿が身に吸い込まれて戻るのを合図に、変化の解除が終了する。

 同時に収納していた『鍵』も放出され、手に握られている状態になった。


 人間姿に戻ると、改めてカミュはアリスの手を優しく握りなおし、顔を見下ろして静かに語り始める。


「一昨日の夜、兄が言っていただろう。私が夜会へ出るのは珍しいと――

 私は騒がしいのも、人と接触するのも大の苦手なんだ。ダンスなどとんでもない。

 だから一昨日も、わざと踊れない衣装を着て、物陰から会場を見ていたんだ。

 ――そうしたら君が困っているみたいだったから……」


 あの時、やはりカミュは助けに来てくれたのだと、アリスは胸がジーンとする。

 その一方、今までの彼女からは有り得ない気安さで、愚痴っぽい言葉を漏らさずにはいられなかった。


「私も他人と接触するのもダンスも、ましてやお姫さま抱っこなんか、とんでもなかったです。

 でも、カミュ様は、助けてくれなかった……」


「あれは、悪かったね。なんだか私も、君をお姫様抱っこしてみたくなってしまって……」


「……!?」


「初対面の君が私を選べるわけがないのにね……」


(そんな理由だったの!?)


「なんでお姫様抱っこなんかを……?」


 したくなる理由がさっぱり分からないアリスが問うと、カミュは素直に答える。


「君を腕に囲いこんだ時になぜか無性に、そのままそこから出したくない思いがしたからかな……」


「……!?」


「本当はメロディ嬢を見に行ったつもりだったのに、おかげですっかり脱線してしまった」


「脱線しすぎにもほどがあります」


 アリスが声に出してつっこみを入れるのは、修道院以来、つまり半年ぶりのことだった。

 そしてテレーズ以外では初めてのことだった。

 出会って間もないのに、奇跡のような距離感の近さだ。


「ふふ、そうだね。でも改めて言わせて欲しい。

 第三支部にようこそ。君を私に預けてくれた、No.2に感謝しないといけないな」


 『預ける』というカミュの言いまわしが、アリスの頭に引っかかった。


「預けた? 私、第三支部に転属になったのですよね?」


 自分のことなのに他人に訊くというのも妙な話だが、アリスは本気で分かっていなかった。


「いいや、No.2の話では、第二支部に戻ってくる前提で、君がこちらの国にいる期間のみ貸し出してくれるという話だった」


「えっ、そうなんですか?」


 なんとアリスはカーマインに見放されたわけではなかったのだ。


「他の支部を少しでも見てくることは、君の糧になるだろうと言っていたからね。

 予想より君のこの国での滞在が長引いているようではあるが、彼は君をかなり気に入っているようだし、手放す気はないのではないかな」


 とてもそうとは思えないが、そうなのだろうか? アリスは疑問に思いつつ。


「私はてっきり、配属された側近が第三支部のメンバーだから……」


 カミュは皆まで言わずとも、答える。


「こちらにいる間、限定の側近だったんだよ。

 もちろん君が第三支部への正式移動を希望してくれるなら、喜んでNo.2に交渉をさせてもらうよ」


「……そっ、それは!?」


 何もかも自分の想像とは違っていて、話の流れに心が追いついていかない。

 とまどっているアリスにカミュはクスリと笑いかける。


「結論は急がないから考えておいて、いつかその気になったら教えて欲しいな。

 期待して待っているよ」


「……はい」


 まだ修道院への未練が捨てきれないアリスは鈍い返事をしてから、とりあえず顔を上げて今後の抱負を語る。


「もちろん正式な移動ではなくても、同じ支部の一員として、これから精一杯頑張らせていただきます。

 まずは本日、第三支部に顔を出し、挨拶をさせて頂きたいと思っております」


「そうか……。でも実は、第三支部の運営はほぼ9割、ヘイゼルが一人で回していてね。

 今、支部に行ったところで幹部は彼しかいないだろうから、急ぐことはない」


「えっ、そうなんですか!?」


 アリスはさっきから驚いてばかりだった。


「彼は異能の力も有り、一人で十人分の仕事をするからね。

 他の支部であれば、多くの幹部を使ってやらせている各種の処理仕事を、たった一人でほぼこなしてしまう」


 そんな有能な人間が配下仲間だったのだから、ソードがグレイの下で重用されなかったのも無理はない。


「それに、もう少しで待ち合わせ時間だから、第二支部から配属される新しい幹部が来たら、二人一緒に私が支部へ案内してあげよう」


 カミュは言いながら、時間を気にするように柱時計に視線を移したあと――再び瞑目して、念じ始める。

 ぶわっとまた大きく空気が渦巻き――彼の像が滲んで歪んだかと思うと、先ほどとは逆に今度はグレイの姿を取った――

 アリスも彼に続いて身から蝿の大群を飛び立たせ、クィーン姿に戻る。

 元の変化姿に戻ると、グレイはまた少しの間クィーンの顔を眺め――


「忘れないうちに、君の鍵にこの部屋に入室できる権限を与えておきたいので、手を出してくれるか?」


 はたまた意外な提案が成される。


「この部屋への入室権限?」


「ああ、今後は何かと自由に行き来できたほうが好都合だからね。

 もし嫌じゃなければ、君の個室にも出入りする許可も欲しいのだが、嫌だろうか?」


「もちろん、嫌じゃないです!」


 二人はいったん鍵をそれぞれの手に収納してから、お互いの手と手を握り合わせ、鍵の情報の交信と権限を付与しあう。



(――それにしても、出会ったばかりなのに、正体を明かしあい、鍵の権限まで与えあって……。色々急展開過ぎる……)


 シモンのこともそうだが、アリスはこれまで、自分がこんなにたやすく他人に気を許す人間であるとは思っていなかった。


 グレイは満足そうに微笑み、さらにクィーンに提案する。


「まだ時間が少しあるから、私に質問があればなんでもして欲しい」


 超然と構えていたカーマインと違い、いちいち優しく親切なグレイの姿勢に感動を覚えつつ、クィーンは軽く考え込む。

 不明なことや知りたいことはたくさんあるが、一番気になっていたのは仮面の騎士のことだった。


「先ほど、聖剣使いの手にかかり、多数被害者が出ているとの話でしたが、今後の対応などはどうされる予定なんですか?」


「ふむ……そこが大変困った部分でね。魔王様から直接、第三支部に『聖剣使いを倒せ』と指示が下されている。

 ところが、今まで支部にいた大幹部は私とNo.10、通称『ドクター』だけで、彼は基本的に戦闘には出ない。

 四天王である私もよほどの場合でしか、出てはいけない立場にあり、戦闘すること自体、魔王かNo.1が指示した時以外は禁止されている。

 そのような事情から、今まで聖剣使いが出没した場合、幹部や異名持ちの組織員だけを現場に向かわせていた。

 その結果は先ほど話した通り、惨憺たるものでね。次々と聖剣の餌食となり、すでに元いた人数から100番以内は半減して、この勢いであれば遠くない日に全滅するかもしれない……」


 アニメを観ているだけでは分からない、悪の組織側の悲惨な現状だった。


(このうえアニメ通り、サシャが聖槍を得たら第三支部は確実に滅びるわね……)


「では次に聖剣使いが現れた場合は、私が打って出るべきですよね?」


「ああ、お願いしたいと思っている。

 そういえば、クィーン。君はまだ魔界製の武器が鍛えあがっていないんだろう?」


 結社では大幹部に昇格した特典で、リクエストして魔界製の好みの専用武器を作って貰える。

 アニメのクィーンの得物は、蝶の口のようにくるくると巻いて戻る独特の鞭『クィーンの鞭』だった。

 今のクィーンは大幹部になった日に「長剣」を注文し、現在、完成待ちである。


 テレーズとアリス――ブラック・ローズとクィーン――は、早くから大幹部になった暁には剣を作って貰うつもりで共に剣術を鍛えてきた。

 名前もかねてよりそれぞれ『クィーン・ソード』『ローズ・ソード』と決めているぐらいだった。


「はい。ですが、私には元々異能で与えられていた、『フライ・ソード』がありますから」


 フライ・ソードとは蝿の手の形に似た刃をした双剣で、丈が短く、投げたり、色んな使い方ができる便利な剣だ。

 壁に引っかけたり、天井に刺してぶら下がることも可能だ。


「いや、魔界で打たれた武器以外、聖剣と渡り合うのが厳しいということは、今まで犠牲となった幹部達の墓標が証明している。

 君も魔界製の武器が届くまでは、仮面の騎士と剣を合わせるのは絶対に止めたほうがいい。

 どのみち、聖剣使いを倒すのは、私が出撃の許可を得るまで無理だろう。

 差し当たっては他の者が襲われた際に救援に駆けつけ、逃げる間引きつけておいてくれるだけでいい。これまではそれすらできる者がいなかったんだ。今後は君にその役目を頼んでもいいか?」


「はい、もちろんです!」


 第二支部でも救援役をつとめていたので慣れたものだった。


「とても助かるよ。特にNo.16など絶対に会えば真っ向勝負しかしないだろうから、仮面の騎士がいる場所に出撃させるのは躊躇われてね。

 彼はそのことで相当腐っていたようだが、彼の剣は首を切り落とすことに特化していて、剣を交わすのに向かない形状だ。

 仮面の騎士の剣さばきの速さに、あの重く巨大な剣ではついていけないだろう」


 ソードはやっかいな配下であるが、クィーンも死なせるのは忍びない。

 援護だけしてろと言われてそれに徹する性格でもないから、今後もアルベールが仮面の騎士として出てきた場合は、出撃の許可は与えないほうが良さそうだ。


 その点では羽を持っている自分は引きつけ役にうってつけといえる。


 聖剣使いの仮面の騎士のやっかいなところは、聖剣自体もそうなのだが、馬まで神のご加護を受けた聖なる馬具とやらをつけていて、羽が生えたように跳躍し、神速で駆けることだ。

 人の足や普通の馬なんかではとても追いつけない速度と機動力だった。


 幸い聖馬具をつけても馬は空を飛べないから、羽を持っているクィーンが高く飛べば攻撃を受けない。

 ――と、思いたいところなのだが、アニメを観ていたクィーンは知っていた。

 あの聖剣という奴は、使い手の手元に戻ってくる能力があり、気軽に投げて使うこともできるのだ。


 おかげでアニメのクィーンは何度もその的にされ、投げられた聖剣に羽や服に穴を空けられては、異空間に逃走するというのがお決まりのパターンだった。

 彼女は躊躇せずに仲間を見捨てて逃走する、という、逃げ足の速さだけで毎回生き延びていた。

 しかし、今のクィーンには、仲間を置いて一人だけで逃げるなんて卑怯なマネはとてもできそうにない。


(テレーズ、私は案外早く、例の落ち合い場所、『地獄』へ辿りつきそうよ……)


 クィーンは暗澹たる思いで高い天井をふり仰いだ。

 

 救いというわけではないが、メロディが旅に出ればアルベールも自動で追って他国へと旅に出る。

 しばらく戦いの舞台は他の国に移され、別の支部の担当になるはずであるが――クィーンにはそこの部分でかなり引っかかっていた――


 クィーンが物思いにふけっていると、廊下に続くドアの方から、コンコン、というノック音が聞こえてきた。

 どうやら第二支部から転属してくる女性幹部のお出ましらしい。


「悪いがクィーン、出てくれるか?」


 グレイは最上段の椅子に戻って座り、クィーンに指示する。


「畏まりました」


 さっそく今しがた与えられた鍵の権限を使う時がきたらしい。


 扉へ向かいながら、クィーンはまだ誰が第二支部から移動してくるのか、グレイに聞いていなかったことを思いだす。

 顔見知りの可能性が高いと思い、少しどきどきしながら、扉に近づき廊下に呼びかける。


「はい、どなたでしょうか?」


「……⁉」


「――?」


「その声って、あんた、クィーンじゃない?」


 少しの間のあと、逆に馴染みのある声に訊き返され、クィーンは驚きの声をあげた。


「……って、その声は……ええっ!? 」


 飛びつく勢いでノブに手をかけ、一気に扉を開け放つ。

 案の定というか、廊下に立っていたのは見覚えのある黒髪の巻き毛と、毒々しい暗色の口紅を塗った艶やかな美貌の魔族姿の女性。


 クィーンは衝撃の再会に一瞬、絶句してから、大声で叫ぶ。


「――なんで、あなたが、ここにいるの? ブラック・ローズ!!」


 対するテレーズことブラック・ローズは、腕組みしながら不敵に笑い、逆にクィーンに問い返してきた――


「なぜって、それをあんたが私に訊くの? クィーン」





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