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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第四章、『神へと至る道』
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22、悲しみに微笑んで① 作戦会議

 その歌を初めて耳にしたのは、アリスが修道院に入ってから三日目の早朝。

 夜が空けてすぐの頃。


 聞こえてくるかすかな響きに、寝ていたアリスは半ば覚醒した。

 誰が歌っているの?

 どこから?

 夢うつつにそう思い、音源を辿ろうとして、途中でアリスは諦めた。


(これは夢だ。

 だって、こんな美しい響きが現実にあるわけがない。

 私は天使達の歌声を夢で聞いているのだ)


 それほどその澄んだ歌声は美しく、奏でられる唱和は天上の音楽そのものだった――


 しかし、夢ではなかった。

 毎日ではなかったものの、それからも時折聞こえてきたからだ。


 とはいえ、よく耳を澄まさなければ聞こえないほどの微かな音で、歌詞も全然聞き取れなかった。


 でも、一度だけ、風向きの関係か、いつもより歌声が聞こえたある日。

 一番声が高まるサビの部分、


『悲しい時こそ微笑むの』


 というフレーズのみ聴き取れたことがあった。


(なぜ、悲しい時こそ微笑むのだろう)


 歌詞の意味が気になったものの、答えは得られないまま、やがてアリスは修道院を出た。



 アリスは懐かしい夢を見たような気がした。

 目覚めたとたん内容は忘れてしまったけれど、不思議に胸が震えていた。

 身を起こすと、枕元にメッセージカードが届いていて、差出人はカーマインだった。


「第一支部での作戦会議を終えた後、No.2の間へ来い」


 内容を確認したアリスは、今日がブルーとの約束の日だと思い出し、非常に憂鬱な気分になる。

 とりあえず、例によってマラン伯爵夫人を使ってアリバイ工作をし、クィーンになってアジトへ向かった。

 No.8の間は無人で、機密室にいたのはヘイゼルとグレイの二人のみ。

 内心ほっとしつつクィーンはグレイの席の前に立ち、本日の予定を報告する。

 

「今夜、No.2の指示により、第一支部の手伝いのために作戦会議へ出る予定です」


「では、ニードルを……」


「いいえ、今回は一人で行きます」


 言いかけたグレイの言葉をクィーンは遮った。

 しかし、グレイは「駄目だ」と即座に反対する。「No.5は君に邪な感情を抱いている」


 その反応を予測していたからこそ、クィーンはニードルがいなくて良かったと思ったのだ。

 当然ながら代換案も用意していた。


「でしたら、メリー人形に付き添って貰います。彼女がいると何かと便利なので」


 既にメリーには昨日のうちに確認済み。


『私は基本的に雑用しかしてないから、いつでも呼び出してくれて大丈夫よ。

 グルに話したら、可能な限り、あなたを手伝いなさいって』


 という快い返事を貰っていた。


 グレイは燐火のような瞳を細め、繊細な指で顎を撫でながら、


「そうか、ローズの意見を代弁してくれるメリー人形なら頼りになりそうだ。きっとNo.5を牽制してくれるだろう」


 半ば呟くように言って承諾した。


 無事に許可を得たクィーンは第三支部の仕事を夕方まで手伝うと、出勤してきたニードルと入れ違うように侯爵家へ戻る。

 そして夕食後、修道院の相部屋へ向かう。

 待ち合わせしていたシンシアとメリー人形は先に着いて待っていた。

 アリスはベッドに腰を下ろすと、友人達にまず「現世の姿を捨てる」決断をしたことを打ち明ける。


「そうね。アルベール王子と結婚するつもりがないなら、そのほうが早く組織内で出世できるかもしれないわ」


 シンシアは賛成してくれたが、予想通りローズは大反対だった。


「それじゃシモンともソードともノアイユ侯爵とも結婚できない! ってローズは怒っているわ」


 代弁するメリー人形の言葉を聞きながら、アリスはどこまで事情を話すべきか悩む。

 荒唐無稽だと思われるのを恐れ、今まで前世の記憶の話を誰にもしたことがなかった。

 悩んだすえに「早く昇順する為」という説明にとどめた。


「そんな理由で現世の姿を捨てるなんて馬鹿だと、ローズは言っているわ」


 その後はひたすらメリーの口を借りたローズの長い説教が続き、それは多忙なシンシアが帰った後も終わらなかった。

 そうして気が付くと一日の終わりの刻近く。

 作戦会議に出る前にすっかり疲れていたものの、クィーンはメリー人形を肩に乗せて第一支部へと出向く。

 白い円卓のある一室に通されると、そこにはブルーと数人の魔族が待っていた。

 その中にいた前髪で完全に顔を隠した黒ずくめの二人の女魔族が、挨拶がてらクィーンをはやしたててくる。


「きゃははは、クィーン、久しぶりっ」


「まだ生きてたのね、しぶといんだ」

 

 しゃべり方で一瞬にして『顔なし姉妹』だとわかる。

 

 目元にかかった青色の髪をふっと掻き上げると、斜め45度の角度で顔を向けてブルーが挨拶してくる。


「やあ、ハニー、よく来てくれたね。自慢じゃないけど、第一支部の幹部はほぼ壊滅状態で人手がないから助かるよ」


 クィーンは室内にいるメンバーの顔を見回し、質問する。


「No.7はいないのね」


「ああ、No.7は美容の為に早く寝るから、この時間はすでにベッドの中なんだ」


(どんな理由だ)


 ブルーは軽く第一支部の幹部達を紹介したあと双子を手で示す。


「知り合いみたいだから紹介不要かもしれないけど、今回の作戦のため本部から助っ人に来て貰ったNo.49とNo.50だ」


(微妙にアリアとリリアの順位が上がっている)


「では、作戦会議を始めよう」


 クィーンの着席を待ってから、ブルーは円卓の上に大きな紙を広げる。


「正直言って、今回の作戦には物凄く自信がある。聖鎌使いを必ず倒せるだろう!」


(必ず……?)


 内容を聞く前からすでにクィーンは疑念を抱いていた。


 記憶では、聖鎌使いは聖槍使いのサシャと同等かそれ以上、聖剣使いの次ぐらいの実力だったはず。

 本来、鎌というのは戦いに不向きな形状なのだが、悪魔への憎しみが強いせいか、アニメでは物凄く強い設定だった。

 最終決戦でブルーを倒したのも彼だ。

 そうとは知るわけもないブルーが説明を始める。


「そこの二人の『映し身』の能力を知った時に思いついたんだ。まずは、どちらか片方に、数ヶ月前に殺された元No.6の人間姿に変身して貰う。

 実は彼女は聖鎌使いを殺す目的で近づき、恋人同士にまでなっていた。

 そしてある日、油断している時を狙って魔族姿で聖鎌使いを襲ったところ返り討ちにされたんだ。

 そうと知らない奴は、以来失踪した元No.6である恋人テティアを探し続けている」

 

 そのエピソードは印象深かったのので割とよく覚えている。


 聖鎌使いは元聖堂騎士団の最強騎士で、失踪した恋人を探すために退団したという影のある設定。


 彼はブルーが説明したように、そうとは知らずに自ら殺していた恋人を探す旅をしている。

 そのことを本人が知るのは最終決戦の時。

 No.1 ――『常闇の死霊使い』――ダークに操られ、アンデッドとして蘇った恋人と対面させられる。

 その時、彼女本人の口から、残酷な真実を告げられるのだ。

 自分が恋人を殺した事実を知った聖鎌使いは、人格崩壊してNo.1に敗れ去る。


「そこでまずテティアの名を使って聖鎌使いを逃げ場のない地点に呼び出す。そしてまんまと奴が現れたところで偽物のテティアを人質に使って脅し、武器を捨てさせてから俺が倒すという寸法さ!」


 いかにも卑怯な作戦を聞き終わったクィーンは疑問を口にする。


「そうするとこの作戦での私の出番というのは?」


「いざとなった時の保険かな」


 あっさり答えたあと、ブルーは素直に白状した。


「最初、クィーンに倒して貰おうと思ったんだけど、そうすると俺の順位が上がらないだろう?

 つまり青の時代の訪れが近づかない!」


(青の時代。そういえばそんなことを言っていたわね)


「もしも武器を捨てさせることができなかった場合の、ってことね?」

「そうさ。奴が恋人を見捨てる可能性は充分あるからね。その場合は残念だけど、ハニーに聖鎌使い討伐の大役を譲るよ。 

 もちろん引き受けくれるよね、マイ・スイート?」


 ブルーの問いかけにクィーンは逡巡する。

 ここで断ったら、確実にカーマインを怒らせるだろう。

 とにかく、人間姿を捨てる覚悟は決めたとはいえ、なるべく話しやすい状況を作るのにこしたことはない。

 そう思って、


「ええ、作戦の予備戦闘員として参加させて貰うわ」


 返事はしたものの自信がないので質問をつけ足す。


「もしも、勝てそうになかったら逃げるけどそれでもいい?」


 自慢ではないが逃げ足だけは早いクィーンなのだ。

 しかし、ブルーは魔族とは思えないほど甘いマスクに自信たっぷりの笑顔を浮かべる。


「大丈夫、ハニーなら絶対勝てるよ! この前の順位戦を見て確信した。君はかつてのNo.6の三倍は強い!」


「三倍って……」


(ずいぶんざっくりとしているな)


 しかし、ブルーにそう断言されても、


(今の私ではまだ聖鎌使いに勝てない気がする)


 つい後ろ向きな考えが浮かんでしまう。

 そんなクィーンの不安を後押しするように、


「お前ならば勝てる! と言ってやりたいが、現状では無理だろうな」


 作戦会議終了直後、No.2の間へ顔を出すとあっさりカーマイン言い切られてしまった。


「そうですか……」


 こうなると素直に現実を認めるしかない。


「だからこそ、いつか倒せるよう、偵察してくるのだ。お前は攻撃を避けるだけは得意だからな。殺されない程度に相手をしてくるとよい。

 ついでにNo.5が逃げる間の時間を稼いで、恩を売っておくのだ」


(殺されない程度……って、いつもながら簡単に言うな……)

 

 だが、確かに仲間の退却時間ぐらいは作れるだろう。

 そうしたら、カーマインの心証を良くできて、人間の身分を捨てる話も切り出しやすくなる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 久々に覗きにきたら更新されていてとても嬉しかったです! 最初から読み直そうと思います!! これからも応援しています
[一言] 続き、ずっと待ってました!ありがとうございます! 聖鎌使い、なかなかヘヴィな設定の人なんですね。今のクィーンよりも強そうですし、はたしてどうなる事やら…と心配でもあります。 次回も楽しみ…
[良い点] ご復活! [気になる点] 別所で書かれていた作品に気づかなかった! [一言] まーた、悲恋が…… く、泣くだろうけれど、きになり、マス!
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