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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第四章、『神へと至る道』
111/113

21、美しい庭では……⑩ 完

「キール!」


 シモンも同時に気がついたらしい。

 憤然と立ち上がって駆け寄ると、いきなりキールの胸ぐらに掴みかかる。


「お前という奴は――やっていい事と悪い事の区別もつかないのかっ!!」


 さすがに温厚なシモンも怒り心頭の様子だった。

 ところが、キールは謝るどころか逆にキレ返す。


「シモン、お前こそアリスと結婚したいくせに、なに地下室から出て来てんだよ!!」


「ふざけるな! 密室なんかに閉じ込めて、か弱いアリスさんに何かあったらどうするんだ!?」


「ふん、一日ぐらい平気だろう。だいたいボヤボヤしているお前がいけないんだろうが!

 もしもアリスが俺の惚れた女だったら、王太子との婚約が秒読みになる前に、あんな下心のある後見人のいる侯爵家からとっくに浚っている!!」


 断言する声を聞きながら、キールの強引さが身に染みるアリスだった。


(……私がクィーンだとバレてなくて良かった……)


「僕だってアリスさんが望んでくれるなら、いつでも喜んで浚いに行くさ! だが、どんなに結婚したくても、本人の意思を無視して力づくなんて最低な真似はできない」


「はっ! お前は女というものを全く理解していない。気持ちなんて後からいくらでもついてくる。

 つべこべ言わずに今からでもアリスを寝室へ連れ込んで、既成事実を作って来い! 結婚するにはもうこの手しかない!」


「その言い様――まさか、お前がアリスさんをこの屋敷に呼び出したのか?」


 シモンが鋭い突っ込みを入れたところで、激しく言い争う二人を黙って見ていたアリスはハッとする。


(いけない、このままだとキールがシモンに絶交されてしまう!?)


 判断するや否や椅子を蹴るように立ち上がる。


「冗談言わないで、こんな人に呼び出されたら逆に来ないわ!」


 力を込めて否定するアリスに、キールが心外そうな目を向ける。


「おいおい、アリス。仮にも気のある相手に対して、随分な言い様だな?」


 アリスは不快さを示すために眉をひそめた。


「だってそれは誤解だもの――今日わざわざここまでやってきたのも、そのことを説明したかったからよ。

 あなたに直接言うと怒りそうだったから、シモンさんの口から伝えて貰おうと思ってね」


 シモンが驚いたような顔で振り返る。


「誤解?」


 アリスはボロが出にくいよう、言える範囲で真実を明かすことにした。


「そうよ、好意を抱くどころか、この人は私の最も苦手なタイプーーアルベール殿下に言い寄られて、苦し紛れに好きな相手がいると、間違っても結婚に発展しそうにない相手の名前を挙げただけなの。

 まさかシモンさんまで真に受けるとは思わなかったわ。この人の目が見れなかったのも、単に鋭い目付きが怖かっただけだし……」


 刃物みたいなキールの目が苦手なのは本当だった。


「目付きが怖くて悪かったな! じゃあ、なんで俺が園遊会で問い詰めたときにそう言わなかったんだよ?」


「それは、あなたはいかにも感情が表に出そうは単純なタイプで、アルベール殿下が異様なまでに鋭いお方だからよ。あなた経由で嘘がバレることを警戒して、わざと誤解を与えておいたの」


 キールはさらに追求する。


「だったら、なんでそのまま勘違いさせておかなかった?」


「それは、もうその必要がなくなったから――好きな相手がいる程度じゃアルベール殿下の求婚を断りきれないし、もっと確実に結婚を回避できる手段を思いついたからよ」


「どんな手段だ?」


「そこまであなたに説明する義理はないわ」


 冷たくキールに言い放つと、アリスは皮肉な笑みを浮かべてシモンを見る。


「シモンさんもこれで分かったでしょう? 私はあなたやサシャが思ってるような純粋な心の持ち主じゃない。自分の都合のためなら平気で他人を欺き、利用するような女なの。

 勝手な幻想を抱いて求婚されても迷惑だし――これもいらないわ」


 わざと悪ぶった口調で言うと、貰ったハンカチをシモンの胸元へ突きつける。

 そんなアリスをシモンは言葉に詰まったように少し見つめたあと、


「……いいや、アリスさん、これだけはどうか持っていて欲しい……」


 懇願しながらぐっとハンカチを押し返す。

 その明らかにショックを受けた表情を見ているのが辛くて、アリスはくるりと背を向けた。


「じゃあ言いたい事は伝えたし、そろそろ時間だから」


 ――と、振り切るように歩き出してすぐに、慌てたように追ってきたシモンに手を掴まれる。


「待って、アリスさん、帰るなら馬車を出す」


「結構よ。サシャへの手前、あなたの家の馬車に乗るわけにはいかないわ」


「でも一人歩きは危ない。僕は馬車に同乗しないから、せめて近くまで送らせて欲しい」


 同意するまでシモンは手を離してくれそうになかった。

 アリスはしぶしぶ譲歩する。


「では、用事があるから、マラン伯爵家までお願いするわ」


「ありがとう、アリスさん」


 ほっとしたような表情を浮かべたシモンは、速やかにアリスを馬車のある前庭へと導き、乗り込むのも手伝ってくれた。


「俺も帰るから乗せてくれ」


 そこへ後をついてきていたキールもすかさず便乗しようとして、シモンが身体で乗車口を塞いで阻止する。


「キール、お前にはまだ話がある!」


「明日にしてくれ」


 アリスもキールにはぜひ言って置きたいことがあった。


「私は別に一緒でも構わないわ」


「ほら、アリスもこう言ってるし、今日はもう何もしないから安心しろ」


「今日だけじゃない! いいか、キール、もしもまたアリスさんに迷惑をかけたら、次は必ず絶交するからな?」


「分かったよ」


 二人のやり取りを聞きながらアリスは意識する。


(……次なんかない。アリスとしてシモンと会うのはこれが最後だ……)


 あるいはアリスがクィーンだと知れば、シモンは敵側に寝返ることを躊躇するかもしれない。

 そう分かっているからこそ余計に、姿を消してでも事実を隠蔽しなくてはいけないと思った。


 キールが対面の席に座ったタイミングで、アリスは別れの挨拶をする。


「さようなら、シモンさん」


「また会おうアリスさん」


 シモンはアリスの瞳をしっかり見つめてそう返すと、思いを込めるように言葉を続ける。


「どうか忘れないで――僕の気持ちは変わらない――どんなあなたでも愛している!」


 扉が閉まり、馬車が動き出したところで、アリスも心の中でシモンに気持ちを伝える。


(私もあなたがずっと大好きよ、シモン)


 だからこそ、自分の運命に巻き込む訳にはいかない。


 車窓から、切ない思いでアリスが遠ざかるシモンの姿を見つめていると、遅まきながらキールがお礼を言ってくる。


「さっきは庇ってくれてありがとうな」


 冷たい視線をキールに向けたものの、アリスの中に今朝のような激しい怒りは残っていない。

 一応、訊かないのも不自然なので、嫌味ついでに質問しておく。


「そんな事よりキール。あなた、どうやって私の枕元にメッセージ・カードを届けたの? 窓の鍵は閉まっていたのに」


「それは、秘密だ」


(……秘密って……)


 ふざけた解答を聞いた瞬間、アリスはソードの順位を56番下げたグレイの気持ちが激しく分かる気がした。

 しかし、こうして振り回されるのも今のうちだけだと思えば、苛立ちより圧倒的な寂しさに襲われる。

 

 なぜならアニメを観ていたアリスは、側近二人が組織を離反する日がそう遠くないことを知っていた。


 それは現時点では四天王クラスしか知らない、「黄昏の門番」という結社名の由来でもある組織の最終目標――異界にある「封印の門」を開き、魔界から魔族を開放する――とういう恐ろしい計画が明らかになった時だ。


 「封印の門」を維持している神の力は、人々の信心によって支えられている。

 つまり神への信仰が弱まるほど門の守りも弱まるのだ。

 結社が人の神への信心をくじき、魔王の信奉者を増やそうとしているのもそれゆえだった。


 そしてメロディの覚醒に関係なく、魔王の勢力が拡大を続けている今、確実にその『開放の(とき)』は近づいている。

 強大な力を持つ魔族の前では人は赤子のようなもの。 

 封印の門が破られれば、なだれ込む魔族の大軍によって、地上は完全に魔王の支配下となる。

 アリスは暗澹たる未来を思いながら、力なく呟く。


「……迷惑だから、もう止めてね」


「ああ、二度としないと約束する。酔った勢いでやったけど、リスクがあるからな。

 それにお前の気持ちもよく分かったし……」


「私の気持ち?」


「先刻の切ない表情を見て分かった。やはりお前が好きなのはシモンだったんだな。

 変だと思っていたんだ。俺の最初の印象ではあきらかにお前は、シモンに好意を抱いているようだったから」


 だとしても、一体どうなると言うのだろう?

 サシャと同じ理由で、シモンと共に生きることなんて出来ないのに――

 アリスの胸に覚えのある痛みが走る。


「そんな事ないわ……私は男性が苦手なの。シモンさんは女性みたいだから多少マシだっただけ……。

 だからアルベール殿下とも死んでも結婚しないわ」


 キールが今回のような暴挙を繰り返さないよう、最後の部分を強調してアリスは言った。


「お前がそう思っても王太子からの求婚なんて普通は断れないだろう? いったいどうする気なんだ?」


「……言えないけど、確実な方法よ」


 アリスはカーマインに相談するつもりだった。


(もう下手な言い逃れや先延ばしは止めよう)


 夜伽でもお仕置きでも、罰を受ける覚悟をすればいいだけのこと。


(アルベールとは絶対に結婚しないと伝えたうえで、現世の身分を捨てることをカーマイン様に認めてもらおう)


「それがどんな方法かは知らないがアリス、悪いことは言わないから、素直になってシモンの胸に飛び込んでおけよ。

 今日庭に一緒にいるところを見て改めて思った。この国広しと言えども、お前ほどシモンの横に並んで絵になる女はいないとな」


 その台詞を聞いたとたん、アリスの脳裏に、美しく蘇った光の溢れる庭で幸福そうに微笑むシモンと、笑顔で駆け回る子供達の映像が浮かんだ。

 それはアリスには眩しすぎる、決して叶いようもない、美しくも遠い夢だった。


(自ら闇の世界に生きる道を選んだ私と違って、優しいシモンは誰よりも光の中にいるのが似合っている)


 ――アリスはシモンへの想いを、永遠に心の奥に封印することにした――





 約束を守ったキールと問題なく別れ、夕方前にマラン伯爵家に到着したアリスの足は、自然とアジトへ向いた。


 機密室に入ると、そこには――最後まで自分に寄り添い運命を共にしてくれるであろう――たった一人の存在が待っていた。


「グレイ様」


 その姿を見た刹那、孤独感に呵まれていたクィーンは、無性にすがり付きたくなる。

 震える声で名前を呼んで近づくと、グレイも応えるように立って出迎える。


「クィーン……会いたかった……」


「……私も、先日の無礼な態度を謝りたくて……」


 銀糸の髪を揺らしながら目の前まで来たグレイは、伸ばしかけた繊細な手を引っ込める。


「謝らないといけないのは私のほうだ……そのことで落ち着いて話したいから、隣の部屋に行かないか?」


「はい、グレイ様」


 そのまま隣室の長椅子に移動した二人は、いつもと違って離れ気味に並んで座る。


 まずはクィーンからメリー人形の能力と、ローズとした会話内容について説明した。


「そうか、そんな特殊能力が……」


 感心するように呟くグレイに対し、クィーンは純粋に質問した。


「グレイ様はどこまでローズの言っていることが分かるんですか?」


「そうだな……送られてくる感情の種類が判別できて、たまに言葉が聞き取れる程度だ。普通に会話するようにはいかない」


 やはりメリーの能力は特別らしい。


「とはいえブラック・ローズの再三に渡る『君に近づくな』という警告は嫌というほど伝わってきていた。にもかかわらず素知らぬふりをしていた私を君は軽蔑しただろうね……。

 ……私は、君に嫌われるのが一番辛い……」


 実際、辛そうに唇をわななかせて言うグレイの肩を、とっさにクィーンは掴んだ。


「嫌いになんてなる訳がありません……! 悪いのは、グレイ様の気持ちに応える気もないのに、ローズがやきもきするような思わせぶりな態度を取り続けていた、この私です……!」


 グレイの自分への好意を知りながら、恋人のような距離感を許し、添い寝までしたのだから。


「そんな事はない! 君はいつでも私に対して誠実だった」


 グレイはそこでクィーンの腰へと手を伸ばし、初めてブラック・ローズに触れた。


「悪いのは全て自己中心的なこの私だ。自分に都合が悪いからと言って、今まで君を無視し続けてすまなかった、ブラック・ローズ。

 今後は極力クィーンに触れるのは我慢する。だから、傍にいることだけはどうか許して欲しい」


 上の立場でありながら真摯に反省の意を示すグレイの姿勢に、クィーンは胸が熱くなる。


「……グレイ様……」


(ごめんなさい、ローズ。私も、グレイ様の傍にいたい)


 強くそう思ったクィーンは、さっそく横に移動し、身体を密着させてからグレイの肩に頭を乗せる。


「クィーン……!?」


「……少しだけ、寄りかかって休んでもいいですか? 寝不足なうえ、とても疲れているんです……」


「勿論だ! 少しと言わず、いくらでも肩を貸すので休んで欲しい」


 即座に感激したような声が返ってきて、クィーンは心置きなくグレイに体重を預けた。


「ありがとうございます、グレイ様」


 そうして微笑みながら目を閉じたクィーンは、グレイの温もりを感じながら、しばし孤独と疲れを癒した――







<美しい庭では……、完>



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― 新着の感想 ―
[良い点] 性悪と言う理由で〜〜と言う作品て、初めて作者さまをしり、「蝿の女王」ですっかりファンになりました。切口が面白く、キャラもイキイキ(根暗だけど)して物凄く好き。ハッピーエンドだと嬉しいけれど…
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