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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第四章、『神へと至る道』
103/113

13、美しい庭では……②

「――そうか、魔王様の決定待ちか……」


 投票結果を聞き終えたソードは掠れた声で言うと、乾いた喉を潤すように酒瓶をあおった。


「ごめんなさい。今回の会議であなたに決められなくて……」


「クィーンのせいじゃないさ。多数決なら仕方がない。

 それに魔王様の決定は公平なんだろう? 実力で選ばれるなら俺が昇格するに決まっている」


 自信満々に言い切ったソードだが、クィーンの考えは逆だった。


(だからこそ、今回選ばれるのはキングである可能性が高い)


 本人には絶対に言えないものの……。


 確かに結社では強さが偏重される。

 すなわちそれが魔王の価値観だからだ。


(ソードは強いけど、私とローズの後を引き継ぎ、聖盾使いと聖弓使いの相手を一人でこなしているキングの実力は明らかにそれ以上。

 以前、カーマイン様もキングは身体能力が組織一高く、魔界製の武器を持たせれば、私でも勝てないかもしれないと言っていた)


 今回、No.1の派閥がキングに票を合わせたのも、魔王の判断に持ち越された場合を想定してのことだろう。

 No.11が相手なら間違いなくソードが勝てていた。


(投票ならまだしも、キングに実力で負けたとなれば、ソードのプライドはかなり傷つけられる――ショックで荒れて、自暴自棄になるかもしれない)


 埋め合わせを強要される自分のことより、ソードのことを心配するクィーンだった。


「クィーン? 俺の話を聞いているか?」


 ソードに訊かれ、物思いにふけっていたクィーンは、はっとした。


「……ええ、もちろん聞いているわ。

 でも、ちょっと今夜中に報告書を片付けておきたいから、続きは明日でいいかしら?」


「ああ、分かった。じゃあ、俺は帰って寝るよ。

 おやすみ、クィーン」


「おやすみなさい」


 ソードが去って一人になると、クィーンは部屋の隅の仕事机に向かい、引き出しから結社製の便箋と封筒を取り出した。

 報告書を片付けたいというのは嘘で、シンシアに手紙で相談したかったのだ。


 先日会う時間を取って貰ったばかりで忙しいと思ったので、今回は内容を文章で書いて送ることにした。 

 すると、30分もしないうちにシンシアからの返事が届いた。


(毎回返信が速いけど……もしかしたら、シンシアは誰かに頼まなくても、自分でカードを飛ばせる?)


 つまり魔力を使える百番以内なのではないか……。


(なんて、今はそんなことを気にしている場合じゃないか)


 よけいな考えを頭から振り払い、クィーンはカードを開いて中身を確認した。




 翌日の昼過ぎ、アリスは修道院のシンシアとの相部屋にいた。

 その手にはキングが新大幹部になったことを知らせる、カーマインからの怒りのメッセージ・カードがあった。

 どうやらNo.1は大幹部会議終了直後に魔王へお伺いを立てたらしい。今朝アリスが目覚めた時にはすでに結果が届いていた。


「どうしよう……」


 震える指でカードを握るアリスの肩を、ベッドに並んで座るシンシアが励ますように抱いてくる。


「落ち着いてアリス。とにかく誠意を込めて対話するしかないわ」


「誠意を込めて……対話?」


「そうよ、No.12には次があるから、くれぐれも腐らないように言い聞かせるの。

 No.2については、やれることはやったけど、No.6の義理の関係でどうしようもなかったことを、説明して分かって貰うの」


 シンシアからのせっかくのアドバイスだったが、アリスにはあまり実用的とは思えなかった。


「……でも、ソードは人の話を全く聞かないし、カーマイン様との会話はいつも一方的で……」


「そう、それがあなたの駄目なところなのよ!」


「えっ?」


 ピシャリとした、いつになく厳しいシンシアの口調に、アリスは当惑する。


「アリスは相手に理解して貰うことを、すぐに諦める悪い癖があるわ。

 でもそれじゃあ駄目なのよ。あくまでも投げ出さず、分かって貰えるまで根気よく言葉で伝えるの」


「うんうん、確かにアリスはいつもそう。はなから無駄だと決めつけて、話し合いどころか口にさえ出さないのよ! ――と、ローズも言っているわ」


 ブラック・ローズを両腕に抱き、二人と向かい合ってベッドに座るメリー人形も頷いた。

 昨夜シンシアから「明日の昼過ぎなら会える」という返事を貰ったあと、メリーにも誘いのメッセージ・カードを送っておいたのだ。


「アリス、No.12はあなたにとって大切な仲間だし、これからもNo.2の下でやってゆくと決めたんでしょう?」


「……ええ……」


「だったら、もっとNo.12とは信頼関係を、No.2とは大幹部同士として対等な立場を築いていかなくちゃ。

 大体、派閥はどうあれ、自分の治める第二支部の大幹部が一人増えたのに、怒るほうがおかしいのよ」


「だって、キングはNo.4の命令しかきかないから……」


「アリス、あなただって、不当な命令はきかなくていいの。文句があるなら派閥を出ていく、ぐらいの強気な態度でちょうどいいの」


(カーマイン様相手にそんなことを言ったら、本当に派閥を追い出されそうだけど……)


「あと、側近に対してもっと心を開いたほうがいいんじゃないかしら? あなたの苦しい立場と事情を正直に話せば、No.12もきっと理解して協力してくれるはずよ」


 アリスは最近の悩みを全てシンシアに相談していた。


「……私もそう思うんだけど、そのために正体を明かした場合、ソードが暴走しないか気がかりで……」


 そこでメリーが驚くべき意見を挟める。


「もう、いっそ、自分がクィーンだと告白してソードと結婚したら? と、ローズが言っているわ」


「ええっ……!?」


 驚くアリスにローズがのりうつったようなメリー人形が、さらに一気にたたみかける。


「そうしたら、ソードの大幹部落選のダメージも即座に癒され、アルベールへの接近任務も自動で解かれる! 挙式後に伝えればカーマイン様も諦めるしかないわ。

 なにしろ本人も言っているように結婚相手として最高の条件だし、ここは思い切って彼の胸に飛び込むしかないわ!」


 クィーンは全力で拒否した。


「止めてよローズ! ソードとの結婚なんて絶対に有り得ないわ」


 しかし、メリーの口を借りたローズは諦めなかった。


「ソードとの結婚が考えられないなら、別に相手はニードルでもいいわ! 親友の幸せを誰よりも願っている彼なら、きっと自分のことのように喜んでくれるはずよ。 

 とにかく、ノアイユ侯爵が立場的にあなたに求婚できなくなった今、側近のどちらかと結婚するしかないんだもの!」


 ローズの中ではグレイやシャドウは最初から候補から外れているらしい。


「するしかないって……そんな訳ないでしょう!!」


 力いっぱい突っ込みを入れるアリスの横で、シンシアがクスクス笑いを漏らす。


「相変わらずテレーズは強引ね……。結婚は人生の重大事だもの、アリスにも心の準備があるわ」 


「重大事だからこそ勢いが必要なのよ! 心の準備というなら、まずはニードルだけにでも自分がクィーンだと告白したらどう? 無駄に複雑になっている現状で、むしろ正体を明かさない理由が見当たらないわ!」


 力説したメリーはすでにローズが言っている、の一言を省略していた。 


「ニードル? ニードルに打ち明けるのは……」


 想像しただけでも異様に緊張してしまい、言いよどむアリスだった。


「どうやら気が進まないみたいね」


「……ええ、シンシア……ショックを与えそうで、言いにくくて」


「彼はアリスにとってとても大切な人なのね」


 シンシアに指摘された瞬間、アリスの胸はドキッとした。


「だからこそ、言うなら早いほうがいいのよ! こういうことは先延ばしにすればするほどよけい言いにくくなるし、真実を知った時の衝撃もでかくなるわ!」


「……それは……」


(――確かにローズの言う通りかもしれない。少なくともニードルが私がクィーンだと気づく前に、自分から言ったほうがいい――)


 ローズの正論に何も言い返せないアリスを、シンシアが庇う。


「テレーズ、あなたの言うことも一理あるけど、私には言いにくいアリスの気持ちがよく分かるわ。

 それよりも今はNo.12を励ますことと、No.2を宥めることが先決よ。その話は今度にしましょう」






 ところがその後もローズのアリスは結婚したほうがいい攻撃は止まず、多忙なシンシアが途中で帰ったあともえんえんと続くことになった。

 夕方近くにようやく開放されたアリスは、神経が疲れたのでいったん侯爵家へ戻り、夕食などを済ませてからNo.8の間へ向かった。

 ――と、クィーンに変身して扉から出ると、中ではソードが飲んだくれていた。


「よお、クィーン、待っていたぞ」


 すでに自棄酒につきあわされていたらしいニードルが椅子から立ち、クィーンの元へ歩み寄ってくる。


「昼前、グレイ様から大幹部落選の知らせが文章で届いたらしく、それからずっとこの調子で飲んでいます。

 とりあえず、今夜の任務は僕一人で出ますね……」


 言ったそばからニードルは生成り色の豊かな髪を靡かせ、下界への扉から出て行った。


「ほら、こっち来いよ」


 二人きりで残されたクィーンは呼ばれるままに、酒瓶を持ったソードに近づく。

 洗いざらしのような長髪は乱れ、精悍な顔は赤黒く染まり、切れ長の目は完全に据わっていた。


「ずいぶん、酔っているみたいね」


「これが酔わずにいられるかよ。ほら、クィーンも飲め!」


 ソードが突き出してきたグラスを、クィーンはそっと押し戻した。


「私はお酒は飲まない主義なの」


「今日ぐらい融通をきかせろよ」


「ごめんなさい」


「じゃあ、せめて酌をしながら、愚痴に付き合ってくれよ」


 普段なら即行で断るところだが、シンシアから「誠意を込めて対話」「配下との信頼関係を築く」というアドバイスを貰っていたクィーンだった。


「ええ、いいわ」


 力を込めて頷くと、酒瓶を受け取り、対面の椅子に座りかける。

 そんなクィーンに対し、ソードは顎をしゃくってみせた。


「向かいじゃなく、横に来いよ」


 一瞬逡巡したのち、


「分かったわ」


 クィーンがソファーの端に腰掛けると、さっそくソードが気やすく手を伸ばしてくる。


(ひーっ!?)


 もちろん払い除けることは可能だったが、クィーンはぐっと堪え、肩を抱かれるままにした。


(……今はソードを慰めることが優先だわ……)


 拒否反応で身を固くするクィーンの気持ちを知ってか知らずか、ソードが酒臭い息を吐きかけてくる。


「よし、クィーン、今夜はとことん――ここにある酒を全部飲みきるまで付き合って貰うからな!」


 言われてクィーンが目で確認してみると、出勤前は別の場所で飲んでいたらしく、テーブルの上の酒はほぼ手付かずの状態だった。


(……ざっと見た感じ、30本以上あるわね……)


 物凄く長くなりそうな夜の始まりだった――




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