12、美しい庭では……① 大幹部選
「クィーン。結婚式はいつにする?」
ソードがそう訊いてきたのは、緊急大幹部会議前にクィーンがNo.8の間で一休みしている時だった。
「はっ?」
(結婚式?)
ポカンとするクィーンの正面のソファーに長い脚を組んで座り、ソードは満面の笑みで見つめてくる。
「ニードルに聞いたぞ。俺のために大幹部の席を一つ空けてくれたんだって?
それが口下手で照れ屋なクィーンの精一杯の俺への愛情表現。つまり求婚にたいする返事ってことだろう? 同じ階級のほうが結婚しやすいもんな」
「はぁっ!?」
(いったい何を言ってるの!?)
ソードの勝手な解釈に唖然とするクィーンの横から、お茶を注ぎながらニードルが申し訳なさそうに謝ってくる。
「すみません、頂いた細剣の説明をする流れで、順位戦の話になりまして……」
(それでなんで結婚式の話になるのよ!)
クィーンは音を立ててティーカップを置くと、プロポーズの返事をかねて断固否定する。
「ちょっと、変な勘違いしないでちょうだい! 何度も言っているように、私はあなたとも誰とも結婚する気なんてないわ!」
今にも憎きアルベールとの結婚が決まりそうな我が身を思い、いつになく言葉に感情がこもるクィーンだった。
ところが、ソードにはそのムキになる態度が逆に照れ隠しにでも見えたらしい。
「いい加減自分の気持ちに素直になって楽になれよ、クィーン。
これまでの言動からクィーンの俺への好意は隠しようもないんだから」
「――なっ――!?」
クィーンは一瞬絶句したあと、両手をバンとテーブルに叩きつける。
「いったい何を言ってるのか理解できないわ!
私はいつでも本音で話しているし、これまでの私の言動のどのあたりが、あなたへの好意を示していたって言うのよ!」
「ほら、そうやって俺の前ではすぐ感情的になるところだ」
「それは、単にあなたがいつも私を怒らせるからでしょう!?」
「他にも必死になって俺を助けに来たり、弱った姿を見せたり、抱きついてきたりと、今回のこと以外にも数えあげたらキリがない」
「だからっ、それも――」
「まあ、結婚の具体的な話は大幹部になってからとして」
「――っ!?」
(駄目だ……!? 念願の大幹部昇格目前で浮かれているせいか、今日のソードはいつにも増して聞く耳を持たない!)
とりあえずもうすぐ大幹部会議なので、ソードの勘違いを解くのは後日に先送りした。
(それにしても、サシャに始まり、アルベールに、ソードまで……!
どうして私の周りにいる男はこうも揃って話を聞かず、勝手に人の気持ちを決めつけるの!?)
内心イラ立ちを募らせるクィーンをよそに、ソードは鉛色の瞳を細め、感慨深げに呟く。
「しかし、俺もいよいよ大幹部か……。苦節5年、我ながらよく耐え忍んできたものだ」
すっかり昇格した気でいるソードに対し、
「決定する前に浮かれるのは止しなさい。あなたが大幹部になれるのかは、今夜の大幹部会議次第なのよ」
ピシャリとたしなめたものの、クィーンにも彼の大幹部昇進は決定事項のように思えた。
なぜなら、新大幹部選定のソードへの投票については、グレイにドクター、自分とカーマインで四票は確定している。
加えて順位戦直後にNo.6――グルにお願いし、
「今回世話になった以上、君の頼みは断れない。勿論、投票に協力しよう」
という、快い返事を貰っていた。
それを加えれば合計五票で、過半数以上になる。
(まずはソードが昇格するわよね)
ついでに協力してくれる可能性がゼロではないブルーにも、一応お願いのメッセージを送っておいた。
もうすぐ一日の終わりの刻。
やれる事はすべてやったと、いつになく満足した気分でクィーンがハーブティーを味わっていると、扉から染み出すようにグレイが姿を現した。
「クィーン、一緒に行こう」
時計を見ると、11時25分。
「はい、グレイ様」
椅子から立ち上がるクィーンに、ソードが弾んだ声をかける。
「じゃあ、俺は会議が終わるまでこの部屋で待っているからな!」
「好きにするといいわ」
素っ気なく言ってグレイを追って廊下へ出たとたん、クィーンはメリー人形から伝えられたローズの言葉を思い出す。
「これで第三支部は大幹部が四人になるね、クィーン」
「そうですね、グレイ様」
つとめて自然な態度で受け答えしつつ、クィーンはローズに配慮して、なるべくグレイと距離を取って歩いた。
そして無明の間へ到着すると共に、カーマインの席へと直行する。
「今回、本部からは前回と同じNo.11、第二支部からは犬っころを大幹部候補として出している。
No.1の派閥は一票減ったとはいえまだ4票。No.6の票がなければ競り負ける可能性があるが、その点は大丈夫なんだろうな、クィーン」
犬っころというのはキングの事だ。
「はい、カーマイン様。大丈夫です」
今回ばかりはソードの事が言えないぐらい、勝利を確信しているクィーンだった。
ところが蓋を開けてみると、想定外の事態が起こった。
「私は投票を棄権する」
有り得ないことに、No.6――グルが、投票を放棄したのだ。
「では、4票対4票なので、魔王様による決定となる。結果は追って書面で知らせる」
No.1の声を呆然と聞きながら、衝撃のあまり口を開けたまま固まってしまうクィーンだった。
そんな彼女に、会議終了後に近づく三つの影があった。
「すまない、クィーン。実は会議直前にNo.4からも頼まれてしまったのだ。
彼女とは古くからのつきあいで、命を助けられたこともあり、君以上の借りがある。
しかし、君には昨日の順位戦のことで恩義があるし――と、すっかり、板挟み状態になってしまってね。
苦渋の選択として、投票を棄権させて貰ったのだ」
まずはグルが頭を下げ、事情を説明して去っていく。
すると、今度は入れ替わるように別の人物がクィーンの前に立った。
「クィーン、お前という奴は、まともに根回しすらできないのか?」
金色の瞳を怒りで燃やし、噛みつくように言ったカーマインを宥めるように、グレイが間に割って入る。
「まあまあ、No.2。そうおっしゃらずに……。もしもクィーンが順位戦に挑まなければ今の会議でNo.13に決定していたでしょうから。
魔王様の公平な判断を待ちましょう」
カーマインは不愉快そうに「ふん」と鼻を鳴らす。
「そういえば、クィーン、たしかお前、怪我したときにあの犬っころに異様に懐かれていたな?
もしも、あの雄犬が昇格した時は――分かるな?」
これは暗に、またもや苦手な色じかけをしろと言われているのだ。
「No.2!」
クィーンは抗議しようとしたグレイの腕を慌てて掴んで引き、
「いいんです、グレイ様」
素早く耳打ちすると、カーマインの足下で跪く。
「はい、分かっております」
「相手は別に女好きのNo.5でもいい。良いか、クィーン? 結果いかんではお前に埋め合わせをさせるからな!」
最後に苦虫を噛みつぶしたような顔で言い渡すと、靴音高くカーマインは去って行った。
その背を見送りながらグレイが謝罪する。
「私の力不足ですまない、クィーン」
「いいえ、すべて私の至らなさです」
答えながらクィーンはショックでめまいがした。
「大丈夫か?」
と、よろめいたところに伸ばされてきたグレイの手を、とっさに掴んでクィーンは押しとどめる。
「すみません、ローズが嫌がりますので……」
「えっ……ローズ……!?」
目に見えて顔色を変えたグレイに対し、気遣う余裕は今のクィーンにはなかった。
「失礼します……ソードが待っていますので……」
暗い表情で告げると、結果を待つソードの元へ、重たい足取りで向かう。
動揺しているせいで一瞬間違えてNo.9の間に入りかけてから、クィーンはNo.8の間の前に戻った。
部屋自体は以前と同じなのだが、昇順にあわせて配置を変えて貰ったのだ。
魔王の意思が支配する黄昏城は、各部屋が可動する。
グルがNo.9からNo.6になった時のように、あえて引っ越すほうが珍しいのだ。
ひと呼吸してから扉を開けたクィーンを、ソードが満面の笑みで立って迎えた。
「お帰り、クィーン、待っていたぞ」
「ただいま」
クィーンは沈んだ声で挨拶すると休憩コーナーに移動し、脱力して椅子に座る。
室内にはすでにニードルの姿はなく、テーブルの上には明らかに祝杯用の高級酒が満載されていた。
「で、どうだった?」
並んで腰を下ろしながら、さっそくソードが結果報告を促してきた。
(……ここは、誤魔化しても仕方がない……)
観念したクィーンはふーっと溜め息をつき、おもむろに口を開いた。