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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第四章、『神へと至る道』
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12、美しい庭では……① 大幹部選

「クィーン。結婚式はいつにする?」


 ソードがそう訊いてきたのは、緊急大幹部会議前にクィーンがNo.8の間で一休みしている時だった。


「はっ?」


(結婚式?)


 ポカンとするクィーンの正面のソファーに長い脚を組んで座り、ソードは満面の笑みで見つめてくる。


「ニードルに聞いたぞ。俺のために大幹部の席を一つ空けてくれたんだって?

 それが口下手で照れ屋なクィーンの精一杯の俺への愛情表現。つまり求婚にたいする返事ってことだろう? 同じ階級のほうが結婚しやすいもんな」


「はぁっ!?」


(いったい何を言ってるの!?)


 ソードの勝手な解釈に唖然とするクィーンの横から、お茶を注ぎながらニードルが申し訳なさそうに謝ってくる。


「すみません、頂いた細剣の説明をする流れで、順位戦の話になりまして……」


(それでなんで結婚式の話になるのよ!)


 クィーンは音を立ててティーカップを置くと、プロポーズの返事をかねて断固否定する。


「ちょっと、変な勘違いしないでちょうだい! 何度も言っているように、私はあなたとも誰とも結婚する気なんてないわ!」


 今にも憎きアルベールとの結婚が決まりそうな我が身を思い、いつになく言葉に感情がこもるクィーンだった。

 ところが、ソードにはそのムキになる態度が逆に照れ隠しにでも見えたらしい。


「いい加減自分の気持ちに素直になって楽になれよ、クィーン。

 これまでの言動からクィーンの俺への好意は隠しようもないんだから」


「――なっ――!?」


 クィーンは一瞬絶句したあと、両手をバンとテーブルに叩きつける。


「いったい何を言ってるのか理解できないわ! 

 私はいつでも本音で話しているし、これまでの私の言動のどのあたりが、あなたへの好意を示していたって言うのよ!」


「ほら、そうやって俺の前ではすぐ感情的になるところだ」


「それは、単にあなたがいつも私を怒らせるからでしょう!?」


「他にも必死になって俺を助けに来たり、弱った姿を見せたり、抱きついてきたりと、今回のこと以外にも数えあげたらキリがない」


「だからっ、それも――」


「まあ、結婚の具体的な話は大幹部になってからとして」


「――っ!?」


(駄目だ……!? 念願の大幹部昇格目前で浮かれているせいか、今日のソードはいつにも増して聞く耳を持たない!)


 とりあえずもうすぐ大幹部会議なので、ソードの勘違いを解くのは後日に先送りした。


(それにしても、サシャに始まり、アルベールに、ソードまで……!

 どうして私の周りにいる男はこうも揃って話を聞かず、勝手に人の気持ちを決めつけるの!?)


 内心イラ立ちを募らせるクィーンをよそに、ソードは鉛色の瞳を細め、感慨深げに呟く。


「しかし、俺もいよいよ大幹部か……。苦節5年、我ながらよく耐え忍んできたものだ」


 すっかり昇格した気でいるソードに対し、


「決定する前に浮かれるのは止しなさい。あなたが大幹部になれるのかは、今夜の大幹部会議次第なのよ」


 ピシャリとたしなめたものの、クィーンにも彼の大幹部昇進は決定事項のように思えた。


 なぜなら、新大幹部選定のソードへの投票については、グレイにドクター、自分とカーマインで四票は確定している。

 加えて順位戦直後にNo.6――グルにお願いし、


「今回世話になった以上、君の頼みは断れない。勿論、投票に協力しよう」


 という、快い返事を貰っていた。

 それを加えれば合計五票で、過半数以上になる。


(まずはソードが昇格するわよね)


 ついでに協力してくれる可能性がゼロではないブルーにも、一応お願いのメッセージを送っておいた。


 もうすぐ一日の終わりの刻。

 やれる事はすべてやったと、いつになく満足した気分でクィーンがハーブティーを味わっていると、扉から染み出すようにグレイが姿を現した。


「クィーン、一緒に行こう」


 時計を見ると、11時25分。


「はい、グレイ様」


 椅子から立ち上がるクィーンに、ソードが弾んだ声をかける。


「じゃあ、俺は会議が終わるまでこの部屋で待っているからな!」


「好きにするといいわ」


 素っ気なく言ってグレイを追って廊下へ出たとたん、クィーンはメリー人形から伝えられたローズの言葉を思い出す。


「これで第三支部は大幹部が四人になるね、クィーン」


「そうですね、グレイ様」


 つとめて自然な態度で受け答えしつつ、クィーンはローズに配慮して、なるべくグレイと距離を取って歩いた。

 そして無明の間へ到着すると共に、カーマインの席へと直行する。


「今回、本部からは前回と同じNo.11、第二支部からは犬っころを大幹部候補として出している。

 No.1の派閥は一票減ったとはいえまだ4票。No.6の票がなければ競り負ける可能性があるが、その点は大丈夫なんだろうな、クィーン」


 犬っころというのはキングの事だ。


「はい、カーマイン様。大丈夫です」


 今回ばかりはソードの事が言えないぐらい、勝利を確信しているクィーンだった。




 ところが蓋を開けてみると、想定外の事態が起こった。


「私は投票を棄権する」


 有り得ないことに、No.6――グルが、投票を放棄したのだ。


「では、4票対4票なので、魔王様による決定となる。結果は追って書面で知らせる」


 No.1の声を呆然と聞きながら、衝撃のあまり口を開けたまま固まってしまうクィーンだった。

 そんな彼女に、会議終了後に近づく三つの影があった。


「すまない、クィーン。実は会議直前にNo.4からも頼まれてしまったのだ。

 彼女とは古くからのつきあいで、命を助けられたこともあり、君以上の借りがある。

 しかし、君には昨日の順位戦のことで恩義があるし――と、すっかり、板挟み状態になってしまってね。

 苦渋の選択として、投票を棄権させて貰ったのだ」


 まずはグルが頭を下げ、事情を説明して去っていく。

 すると、今度は入れ替わるように別の人物がクィーンの前に立った。


「クィーン、お前という奴は、まともに根回しすらできないのか?」


 金色の瞳を怒りで燃やし、噛みつくように言ったカーマインを宥めるように、グレイが間に割って入る。


「まあまあ、No.2。そうおっしゃらずに……。もしもクィーンが順位戦に挑まなければ今の会議でNo.13に決定していたでしょうから。

 魔王様の公平な判断を待ちましょう」


 カーマインは不愉快そうに「ふん」と鼻を鳴らす。


「そういえば、クィーン、たしかお前、怪我したときにあの犬っころに異様に懐かれていたな? 

 もしも、あの雄犬が昇格した時は――分かるな?」


 これは暗に、またもや苦手な色じかけをしろと言われているのだ。


「No.2!」


 クィーンは抗議しようとしたグレイの腕を慌てて掴んで引き、


「いいんです、グレイ様」


 素早く耳打ちすると、カーマインの足下で跪く。


「はい、分かっております」


「相手は別に女好きのNo.5でもいい。良いか、クィーン? 結果いかんではお前に埋め合わせをさせるからな!」


 最後に苦虫を噛みつぶしたような顔で言い渡すと、靴音高くカーマインは去って行った。

 その背を見送りながらグレイが謝罪する。


「私の力不足ですまない、クィーン」


「いいえ、すべて私の至らなさです」


 答えながらクィーンはショックでめまいがした。


「大丈夫か?」


 と、よろめいたところに伸ばされてきたグレイの手を、とっさに掴んでクィーンは押しとどめる。


「すみません、ローズが嫌がりますので……」


「えっ……ローズ……!?」


 目に見えて顔色を変えたグレイに対し、気遣う余裕は今のクィーンにはなかった。


「失礼します……ソードが待っていますので……」 


 暗い表情で告げると、結果を待つソードの元へ、重たい足取りで向かう。




 動揺しているせいで一瞬間違えてNo.9の間に入りかけてから、クィーンはNo.8の間の前に戻った。

 部屋自体は以前と同じなのだが、昇順にあわせて配置を変えて貰ったのだ。

 魔王の意思が支配する黄昏城は、各部屋が可動する。

 グルがNo.9からNo.6になった時のように、あえて引っ越すほうが珍しいのだ。


 ひと呼吸してから扉を開けたクィーンを、ソードが満面の笑みで立って迎えた。


「お帰り、クィーン、待っていたぞ」


「ただいま」


 クィーンは沈んだ声で挨拶すると休憩コーナーに移動し、脱力して椅子に座る。

 室内にはすでにニードルの姿はなく、テーブルの上には明らかに祝杯用の高級酒が満載されていた。


「で、どうだった?」


 並んで腰を下ろしながら、さっそくソードが結果報告を促してきた。


(……ここは、誤魔化しても仕方がない……)


 観念したクィーンはふーっと溜め息をつき、おもむろに口を開いた。


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