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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第四章、『神へと至る道』
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11、飼い犬の憂鬱 ⑪ 完

「カーマイン様」


 名を呼び返し、見上げた金色の瞳は、かつてない興奮に輝くようだった。


「実に見事な戦いぶりであった!

 第二支部に居た頃とは比べ物にならないぐらい、格段に幻影を飛ばす能力が上がっていたな。

 中でもあそこまでブラック・ローズの力を引き出し、自在に使いこなせるようになっていたことには感心した。

 私の想像より遥かに強くなっていて、驚いたぞ、クィーン!

 私の元を離れている間によくぞここまで成長したな。

 今のお前ならば聖弓使いと聖盾使いのコンビにも単独で勝てるやもしれぬ」


 初めてカーマインに手放しで褒められ、クィーンは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 ――と、思わず言葉を失い固まっていると、


「それどころかクィーンならば、いずれは実力で聖剣使いにも勝てるようになれるかと」


 重ねるように言いながら、背後で控えていたグレイが進み出る。


「No.3」

「No.2もそう思いませんか?」


 同意を求めるグレイに対し、カーマインは「それは今後の伸び次第であろうな」と曖昧に頷き、珍しく低姿勢で続ける。


「いずれにしても、No.3。クィーンがここまで伸びたのもあなたの元へ預けたおかげであろう。

 今まで勝手なイメージで甘やかしていると決め付けて悪かったな」

「いいんです、No.2。そう思われても仕方がない面もありましたから」

「これからもクィーンをよろしく頼む」

「もちろんです。任せて下さい」


 いつになく友好的な二人の会話をどこか遠くに聞きながら、クィーンは異様に熱くなった自身の胸を意識する。

 こみあげてくるこの感情は一体なんなのか、と、とまどう彼女の肩を掴むカーマインの手にぐっと力がこもる。


「それでは、No.3、クィーン。明日の緊急大幹部会議でまた会おう」


 はっとして見ると、赤銅色の髪を翻しカーマインが立ち去るところだった。

 見送りながらグレイはクィーンの腰を抱き寄せ、「妬けるな」と呟く。


「……え?」

「私が褒めたところで、君をそんなに感動させられないだろう?」


 グレイに指摘され、ようやくクィーンは自分が感激していることに気づく。


「悔しいけど、君が一番認められたい相手は、私ではなくNo.2なんだね」

「……そんなことは……」


「ない」と、否定しきれないクィーンだった。

 以前勝手にカーマインに見捨てられたと早とちりして、酷くいじけた気持ちになった覚えがあったからだ。


(もしかして幼い頃からカーマイン様の下にいた私は、いつの間にか彼に認められ、必要とされたいと願うようになっていた?)


 たとえそれがグレイが嫉妬するような種類のものではなく、子が親に望むような願望だとしても。


(きっとシンシアが先日言っていた『恩義以外の理由』もそのことを指していたんだわ)


 今更ながらクィーンがカーマインへの想いを自覚していたとき、

 

「お疲れ様、クィーン。君の素晴らしい戦いを見ながら、その圧倒的なまでの強さに思わず嫉妬してしまったよ」


 称賛の言葉とともに漆黒のスーツに身を包んだ白色の骸骨が近づいてくる。

 気を利かせたグレイは軽く会釈してその場を離れていった。


「……グル……」

「私が君ほど強ければ、いつかファースト様と同じ『ホワイト』と名乗れたものを……」


 口惜しそうに言いながら目の前まで歩いてきたグルは、クィーンの手を取り、冷たい骸骨の両手でしっかりと握り込む。


「クィーン。君は心ある人だ。そして骨のように強く美しい」


 それが彼にとって最上級の褒め言葉であることをクィーンは知っていた。


「ありがとう、グル」 


 素直に受け取ると、グルも満足そうに頷く。


「私の四天王入りの夢と『ホワイト』という呼称は君に託そう」

「ホワイトですか?」


 とっさにクィーンは訊き返す。

 いつだかNo.5であるブルーに言われた『レッド』は瞳の色で分かるものの――


(私に白要素ないんだけど……)


 そんなクィーンの疑問をよそに、グルは澄まし顔で続ける。


「その際はお祝いに、骨のマント、ネックレス、イヤリングなどの骨衣装セット一式を進呈するよ」


 この親切な申し出については、クィーンは全力で受け取りを拒否したかった。


(絶対に、いらない……!)


 





 翌日の日中、クィーンが第三支部に顔を出すと、ちょうど目的のニードルが一人でいるところだった。


「ニードル、見て、これは魔界製のレイピア『死の接吻』よ。ソードよりあなた向きの武器だから、今夜の任務からぜひ使うといいわ」


 いきなり新武器を差し出されたニードルは、驚きの表情を浮かべながらも両手で受け取る。


「こんな貴重な武器を、僕が使ってもいいんですか?」

「もちろんよ。私にはブラック・ローズとフライ・ソードがあるもの」

「そうですか……では、ありがたくお借りいたします。大バサミよりかなり強度が高そうですね」

「ええ、聖剣の攻撃にもしばらく耐えられるはずよ」


 速やかにニードルに『死の接吻』を渡し終えたクィーンは、次に単身本部へと足を向ける。

 そして応対に出てきた幹部に要件を伝え、ある人物の元へと案内して貰った――




 迷宮の中心部近くにある個室に入ると、中では一人だけ無傷のメリー人形が、かいがいしく一人と一体の世話をしていた。


「見舞いに来たわよ、モリー」


 クィーンが入室しながら声をかけると、マリー人形と並んでベッドに寝ていたモリーがいかにもぎょっとした瞳を向ける。


 どうやら骨折している両手両足を固定されているので、起き上がることすらできないようだ。

 同じ理由でモリーに修理して貰えないマリー人形は、四肢が切断されたままの胴体を激しく振って怒りをあらわにした。


「んまぁっ、人を半殺しにしておいて良くも顔を出せたものね。この人でなしっ……!」

「止しなさい、マリー!」


 鋭くたしなめてから、モリーは近づくクィーンの顔を睨みあげる。


「アドニスから順位戦の話は聞いたわ。まさか、これで私に恩を売ったつもりじゃないでしょうね?」

「別に」クィーンはふっと溜め息をつく。「ただ、あなたもこれで分かったでしょう?」


「何をよ?」

「私があなたの順位を抜いたのも、大幹部になったのもすべて実力だってことをよ。

 なぜならカーマイン様は人を見た目なんかで差別するようなお方ではない。私とローズがえこひいきされたなんていうのは、モリー、あなたの嫉妬による完全なる思い込み。勘違い。被害妄想よ」


 モリーは「ふん」と鼻を鳴らし、唇を歪ませる。


「鈍感過ぎるのも罪なものね、クィーン。誰よりもカーマイン様からの寵愛を受けながら……。まあ、いいわ。言いたいことはそれだけ? 他に何か用事はある?」


 どうやらモリーはさっさとクィーンを追い払いたいようだった。

 できれば続けて第二支部に戻るように説得したかったクィーンだが、その頑な態度に断念する。


「いいえ、邪魔したわね」


 最後に足元に立っているメリー人形を一瞥すると、足早に部屋を出て行った。




「待って!」 


 廊下に出て少し歩いたところで背後から呼び止められる。

 振り返ったクィーンの瞳に映ったのは、おさげ髪を揺らして駆けてくる人形だった。


「どうしたの? メリー」

「私、クィーンにお礼が言いたくて! 今回は本当にありがとう。おかげさまでテオドラは牢屋から開放されたわ。

 これからは教団で責任を持って育てるから、いつでも会いに来なさいって、今朝方グルが連れて行ったの」

「それは、良かったわね」


「うん」と頷き、メリー人形は寂しそうに目を伏せる。「でも、もう会わないつもりだけどね……」


「いいの? あなたのたった一人の友達なんでしょう?」

「友達だからよ。テオドラには幸せになって欲しいから。こんな普通じゃない私のことは早く忘れたほうがいいの。

 これからは遠くからあの子の幸せを祈るつもりよ」


 メリーはそう言うと、泣くのを堪えるように歪んだ笑顔を作る。


「……メリー……」


 ――と、クィーンがかけるべき言葉を探していると、不意にメリーの視線がブラック・ローズに注がれた。


「でも良かった。ローズはずっとあなたと一緒にいたのね」


「えっ」とクィーンは驚く。「分かるの?」


「まあね。実は私、昔から人の思念を感じ取れるの。

 といっても、特別強い感情や、私へ直接訴えかけてくるものだけだけど……」


 だから先日メリーはクィーンには何も聞こえなかったのに「テオドラが呼んでいる」と慌てて駆けていったのだ。


「じゃあ、ローズのも?」

「ええ、こうしていても、強い怒りの感情が伝わってくるわ。実は最初に会った時から感じていて、てっきりあなたが怒っているんだと思っていたの。でも今ようやくあなたではなく、その剣から発せられているローズのものだって分かったわ」

「つまりローズが怒っている? 私に?」

「どうかしら? 良かったら本人に確認してみる? 触れて集中すれば、私に語りかけてくる言葉なら聞き取れるはず」


 それが本当なら凄い能力だとクィーンは思った。


「お願い、訊いてみて」

「分かったわ」


 返事をするとさっそくメリーは歩み寄り、ブラック・ローズの剣身にぴったりと手を当てた。

 そして目を閉じ「うんうん」となにやら熱心に聞き入り始める。


「なんて言ってるの?」


 クィーンが尋ねると、


「……ええ、とても言いにくいんだけど……」


 言いよどみつつメリーは切り出す。


「ローズはNo.3にたいしてとても怒っているみたい。最低のクズ男だって言ってるわ」

「えっ……?」


(嫌っているのは知っていたけれど、そこまで……!?)


「なんでも、あなたに近づくなという再三のローズの警告が絶対に伝わっているくせに、いつも完全無視してベタベタするのが許せないんですって……」


 そういえばシンシア以上に霊感の強そうなグレイなのに、一度もブラック・ローズの話題に触れたことがなかった。

 いくら幼い頃から幽霊に囲まれ、スルーするのが習慣になっているとはいえ――


(完全無視は酷いわね)


 さらにメリーはローズの怒りの言葉を伝える。


「ローズ的には第三支部のトップの癖に重度の恋愛脳で、クィーンに精神的に依存する重たい男より、まだ聖剣使いのほうが男としてマシだそうよ」


 自分を殺した男のほうがマシだと表現することで、どれほどグレイが嫌いかをローズは伝えたかったのだろう。


「クィーン、あなたにもかなり怒っているわ。恋人でもない男に添い寝するような五歳児並に無防備な女が、色じかけなんてするなって。失敗して死期を早めるだけの自殺行為だから、絶対に止めなさいって」

「……!?」


(……相変わらず遠慮のない物言いね……)


 だからこそクィーンには懐かしくも嬉しく感じられる。


「だいたい、カーマイン様の言うことは全然違う。ローズは捨てたんじゃなく、むしろその逆。自分を貫くために任務を遂行したんだから。

 勝手に勘違いして無理しようとするのは止めて欲しい。あまりも痛々しくて、傍で見ているこっちが辛いって……」


 ローズの言うことはいちいちクィーンの胸に突き刺さる。

 しかし、生前耳を傾けなかったぶん、きちんとその言葉に向き合い、できるだけアドバイスに従おうと思った。


(つまり私はまた以前と同じ失敗。罪悪感に囚われるあまり却ってローズの気持ちをないがしろにし、心労をかけていたのね)


「……ごめんね、ローズ。これからは悔い改めるわ」


 メリーはそこでパッとブラック・ローズから手を離してペコリと頭を下げた。


「ごめんなさい、クィーン! ローズにはまだまだ伝えたいことがあるみたいなんだけど、モリーとマリーが呼んでいるみたい。今すぐ戻らないと怒られちゃう。あの二人は寝たきりで何もできない状態だから」


 あたふたと立ち去りかけた小さな背を、今度はクィーンが呼び止める。


「待って」

「えっ、何?」

「まずはローズの気持ちを教えてくれてありがとう」


(ローズの意思を、そもそもグレイ様は私に伝える気がないし、シンシアはここまで具体的には分からないみたいだもの)


「いいのよ、そんなこと。あなたがしてくれたことに比べたら全然たいしたことじゃないわ」

「ううん、とても助かったわ。……それでなんだけどメリー。あなたは、メッセージ・カードを飛ばせるの?」

「ええ、一応こう見えても魔力はあるから」

「だったら、連絡を取り合えるわね。できれば時々会って、またこうやってローズの言葉を伝えてくれる?」


 なぜならクィーンにとって相談すべき親友は、シンシアだけでは無いのだから。


「……別に構わないけど……」

「その代わり、何か困ったことがあった際にはいつでも気軽に呼んでちょうだい」


 クィーンの提示した交換条件にメリーの表情がパーッと明るくなる。


「いいの?」

「こちらのほうから頼んでいるのよ。それともし良ければなんだけど……」


 クィーンは一呼吸置いてから、思い切って、生まれて初めての台詞を口にした。


「と、友達になってくれる?」


 思わず照れてどもってしまう。

 

 訊かれたメリーはといえば、耳を疑うようにガラス玉の瞳をまん丸くする。


「……私と?」

「そう、もちろんあなたが、嫌でなければだけど……」


 たった一人の友人と別れたばかりのメリーは、ぶんぶんと頭を振って否定する。


「まさかっ、嫌なんかであるわけがないわ! むしろ、憧れのクィーンが私と友達になってくれるなんて……夢みたい……」

 

 そう言って感極まったように涙腺を崩壊させると、初めてメリーは、心からの笑顔を浮かべてみせた――





<飼い犬の憂鬱、完>



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