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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第四章、『神へと至る道』
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10、飼い犬の憂鬱 ⑩ 順位戦

 まっすぐ見据えるクィーンの視界で、取り澄ましていたNo.8の顔が見る間に怒りの形相に変わっていく。


「……やってくれるじゃないの、No.9……!?

 昨日あんたがモリーを絞め上げたのは、てっきり過去からの諍いが元だと思っていたけど、違ったのね。

 ようやく今理解したわ。明日の防衛戦に出さないために戦闘不能状態にしたのよ!

 だけど、こんな汚い真似が許されるわけがない。この順位戦の申し込みは不成立よ!!」


 会議を進行しているときとは打って変わり、素のカマ言葉になってNo.8ががなり立てた。


 そこへ間髪入れずNo.6の席から異議の声が上がる。


「いいや、成立だ!

 No.9はNo.18の無礼な侮辱発言に対し、大幹部として当然の罰を与えたまでだ。

 私含め、状況を見ていた証人は複数いる」


「なっ、グル、ちょっとあんた!」


 噛み付くように叫び、グルを視線で射殺さんとばかりにNo.8が睨み付けたとき、


「では、No.6の証言の裏を取ったうえで、明日順位戦を行うものとする」


 No.1の席から冷静な決定の言葉が発せられた。

 もちろん忠実な下僕であるNo.8は反論できるわけもなく、悔しそうな表情でぐっと言葉を飲み込む。

 

(良かった。無事に順位戦が行われそうね)


 グルに心から感謝しつつ、クィーンはほっと胸を撫で下ろした。

 



 翌日の晩。

 No.3の間で、軽くグレイと剣を打ち合っていたクィーンは、残り一時間前で戦闘前のウォーミングアップを切り上げた。


 休憩するためにカミュの私室へ移動し、変化を解いてから、二人で窓辺にある長椅子へと移動する。

 アリスの腰を抱いて座りながら、カミュが緊張を滲ませた声で話しかけてくる。


「アリス。君の強さは知っているが、今夜はくれぐれも油断しないでくれ」

「はい、カミュ様。気を引き締めて戦うとお約束します」

「信じているよ」


 しっかりと頷き返すカミュの声を聞きながら、アリスはふと思う。

 

(もしかして私の感情に人一倍敏感なカミュ様は、アルベールとのこともこんな風に自信を持って言えば、信じてくれるのでは?)

 

 逆に言うと、アリス本人がアルベールの言動にいちいち動揺している現状では、いくら言っても無駄なのだ。


(――まず私本人が、アルベールに惹かれることへの恐れを、心から払拭しなくては――)


 考えながらアリスは目を瞑り『ローズを見習え』と言ったカーマインの言葉を思いだす。

 

(そのためには私もローズのように、強い意志力を持たなければいけない)


「どうしたアリス?」


 心配するようなカミュの声にアリスは目を開き、間近にある銀灰色の瞳をしっかりと見返す。


「カミュ様。今夜の順位戦を見ていて下さい。

 あなたが不安を感じる暇もないぐらい、短時間でNo.8に圧勝してみせますから」


 自分の気持ちを奮い立たせるように強気に言うと、覚悟を胸にアリスは立ち上がった――




 そうしていよいよ順位戦開始の時刻が迫り――クィーンはグレイと連れ立って『無明の間』を訪れる。


 戦闘場は十個の椅子に囲まれた、直径50メートルほどの円形のステージ。

 その周囲に『一日の終わりの刻』の訪れとともに透明な結界が張られ、中にいるどちらかが死ぬまで解除されない。

 つまり、対戦相手を殺すか自分が死なない限り、外に出られない状態になるのだ。


 昨夜の大幹部会議時では台座の端にあった書記席は、今夜は外側に移動されてジャッジ席となっていた。

 順位戦の立合人は『大幹部の末席の者』と決まっているので、開始数分前にドクターがその席につく。

 クィーンもそこでグレイと別れ、スポットライトのような光に浮かぶ無人の円台の上へと移動した。

 暗闇に沈む観覧席を暗視のきく瞳で見回すと、大幹部が勢揃いしているようだった。



 ようやく対戦相手のNo.8が現れたのは、順位戦開始時刻のぎりぎり前。

 しかも放出した蜘蛛糸で天井からぶら下がり、ターザンロープの要領で中央台の上に踊り立つという派手なパフォーマンスでの登場だった。

 一人でやって来たところを見ると、グルの予想通り側近のアドニスは防衛戦に出さないらしい。


「さあ、No.9。今から生意気にも私に順位戦を挑んだことを、たっぷり後悔させてあげるわよっ」

「……」


 クィーンはブラック・ローズを腰から抜き放ちながら、無言で異様な様子のNo.8を凝視する。

 こうして対面して近くで見ると、縮れた黒髪も硬質な紫色の肌も、どす黒い唇さえも濡れたように光っていた。

 琥珀色の瞳の中の縦長の瞳孔といい、全体的に爬虫類を思わせる容姿だ。

 しかも今日はその不気味さに拍車をかけるように、身に纏っている濃灰色のファーコートが異様に膨らんでいる。

 アニメの視聴記憶があるクィーンは、その内側に入っているものの正体を察して、思わず背筋に悪寒が走った。


「開始一分前です。10秒前から開始のカウントダウンを始めます」


 その時、ジャッジ役のドクターから声がかかり、クィーンは両手でブラック・ローズを握り直し、胸の中央で構えてみせた。


(ローズ、今回も力を貸してね)


「10秒前、9、8、7、6――」


 最後にドクターの口から「0」の数字が告げられた刹那――勢い良くNo.8のファーコートの前側が開け放たれる――

 とたん、ぶわっ、と小蜘蛛の大群が白い糸を撒き散らしながらいっせいに飛び出してきた。


 それは『猛毒の捕獲者』という異名を持つNo.8の分身の毒蜘蛛達。 


 クィーンはとっさに荊のガードを発動させ、飛びかかってく蜘蛛の子を防ぎながら、ブラック・ローズに力を溜める。

 そしておもむろに大量の薔薇の花弁を吹き出させ、力を溜めるように自身の周囲を旋回させてから、思い切って投げつけた。


 飛んでくる巨大な漆黒の塊を見たNo.8は、慌てて手元の蜘蛛糸を巻き上げ、曲芸のように宙吊りになって避ける。


 ――と、追いかけて空中に飛び立ったクィーンは、次の瞬間、小蜘蛛達が張り巡らした白い糸の網に見事に引っかかっていた――


 羽に糸を絡みつかせて張り付け状態になったクィーンを、上からNo.8が残酷な瞳で見下ろす。

 その手に握られているのは黒光りする針のような細剣――魔界製の武器『死の接吻』だった――


「うふふっ、その糸はとても粘性が高く、一度くっついたものからは絶対に外れないのよ。

 私ね、あんたみたいに存在するだけで男の目を引く容姿の女が死ぬほど大嫌いなの。

 もうね、見ているだけでムカついて、破壊したくてたまらなくなるの。

 だから、まずは抵抗できないように手足を斬り落としてから、じっくり時間をかけて、その美しい顔や身体を切り刻んであげるっ。

 ――覚悟しなさい、No.9!!」


 喜色を浮かべて興奮したように叫ぶNo.8に、ごく冷静な声でクィーンが答える。


「いいえ、覚悟するのはあなたよ」


「――え――!?」


 なぜか見ている前方からではなく、後方から聞こえてきた返事に、No.8が振り向きかけたときだった――胸の中央からブラック・ローズの先端が突き出してくる――


 同時にカッと見開かれたNo.8の瞳から、映っていたクィーンの像が掻き消えた。

 見ていたのは蜘蛛糸に引っかかったフリをしたクィーンの幻影――精神体――のほうだったのだ。


 本体は初動で飛ばした薔薇の花弁の大群に紛れ、No.8の背後に回りこんでいた――


「――がはっ――!?」


 No.8の口から断末魔のような呻きと鮮血が漏れる。

 しかし、まだこれで終わりではないと、クィーンは突き刺していたブラック・ローズを素早く引き抜いた。


 アニメを観ていた彼女は、No.8が蜘蛛と蛇と蠍のキメラであり、心臓が三つあることを知っていた。


 ゆえにアニメの記憶と触覚から感じる空気の振動を頼りに、残りの二箇所の心臓の位置を瞬時に特定すると――連続で剣を突き立てて一気に止めを刺す――


 多くの人々を嬲り殺したNo.8を葬る時も、クィーンは決して無用な苦しみを与えることはしなかった。


 No.8は長い舌を飛び出させて大きく身をのけぞらせたあと、文字通り糸が切れたようにだらんと崩れていった。

 同じタイミングで彼の分身の小蜘蛛達の姿が消えさり、張り巡らされていた蜘蛛糸も消失する。

 あわせて結界も融けたらしく、落下して床でもんどり打ったNo.8の元へ駆け寄るドクターの姿が視界に端に映る。


「No.8の死亡確認。よって勝者はNo.9!」


 遅れて勝利を告げる声を虚ろな気分で聞きながら、クィーンは床から『死の接吻』を拾い上げる。

 こうして新しい武器と上の順位を得ても、胸中には勝利の喜びより、他人の命を奪ったことへの苦味が渦巻いていた。


 およそ勝者には似つかわしくない、重たい足取りでクィーンは中央台から降りてゆく。


「クィーン!」

 

 そんな彼女を真っ先に下で出迎え、力強く両肩を抱いてきたのは、意外なことにグレイではなかった。


 


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