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 この二日は曇天が続き、急に気温が下がった。オホーツク海上空でなにかが起こったのが原因らしい。熱帯夜から開放された人々からはありがたがられていたが、夏の終わりが暑くないのは少々寂しい感じがする。

 ツクツクホウシが鳴き始めるにはまだ日が高く、家々を静けさが包んでいるようだった。

 ナナは無言でずんずんと先を歩いており、ルリはその後ろを追っていた。ここはルリの住んでいる辺りからは電車で三駅離れている。同じ市内ではあるが土地勘はない。ナナの家に遊びに来るのは初めてではないが、駅とマンションの往復の道ぐらいしか覚えていない。なので、地元の図書館に行くためにはナナについて行くしかない。

 背の高いルリの目の前では、結わえあがられたポニーテールがピョコピョコ踊っている。

「フミさん。今日は帰ってくるかな」

 ルリから話しかけた。

「今日も泊まるの?もちろん、泊まっても良いんだけど」

「帰る。制服持ってきてないし」

「そうよね。…フミちゃんは帰ってくるんじゃない?出張以外で二日続けて泊まってきたことはないし。それこそ、服や下着の替えなんか持って行ってないしね」

 ポニーテールの揺れがゆっくりになってくる。

「大変な仕事だな。SE……だっけ」

「そう、SE。なにをしている仕事なのかは、何回説明してもらってもまったく分からないけど、絶対になりたくない仕事なのは確かね。異常だわ。朝は遅いみたいだけど、終電帰りは当たり前だし、タクシー帰宅もしょっちゅう。土日は休みのはずなのに、ほぼ毎日出かけて行るわ」

「何度聞いても凄い世界だな。夏休みは取ったのか?」

「実家に帰っている間のことは聞いていないから分からないけど、取ってないんじゃない。常日頃、他人が休みの日のほうが仕事が捗って良いって言っているぐらいだし」

「キャリアウーマンだな」

「違うわ。ワーカーホリックなのよ。今のプロジェクトが終わったらまとまった休みを取るって言っているけど、春からずっと言い続けてて、未だに取る気配がないしね」

「でもそれだけ働いているからあれだけのマンションを買えたんだろ。立派じゃないか」

「それは……、カッチンになら言ってもいいか。マンションはね、意気揚々と買ったのは良いけど、いきなり資産運用で失敗したの。買ってすぐだけど売り払わないと、むしろ売り払ってもどうしようもない状態になったから、うちのお母さんが助けてあげたの。だから、全然立派じゃないの。そのおかげで、私が居候するのを断れなかったんだけどね」

 ナナはクスクスと笑う。

「なんだ、ちょっと憧れていたんだけどな」

「あら、カッチンはキャリアウーマンになりたいの」

「なりたいわけじゃないけど、なれなさそうなものだから憧れているだけだ」

「カッチンはスポーツライターになりたいんでしょ。あれはキャリアウーマンじゃない」

「どうなんだ?でも、趣味を仕事にして良いかどうかは悩むところだ」

「良くないって聞くわよね。内容はともかく、私は、休みが普通に取れる仕事がいいわ」

「同意だ」

 住宅地を抜けて開けた場所に出た。緑に覆われた公園、その向こうにはグラウンドがある。子供達の遊ぶ声がまばらに聞こえてくる。

「図書館はあそこよ」

 ナナがグラウンドの向こうに見える建物を指差す。

「意外と大きいんだな」

「公民館や他の施設もくっついているからね。あら、アイスの屋台が出ているじゃない」

 言って、ナナはグラウンドの一角に止まっているワンボックスカーに向かって走り出した。

「ちょっと待て。アイスを奢るとは言ってないぞ」

「必要ないわ」

 振り返ってにこやかな笑顔を返す。

「……なるほど」

 怪訝な顔のままナナを追っていたルリも、のぼりを立てたワンボックスカーに近づき、その近くに立つ女性に気が付いて、先ほどの笑顔を納得した。そして、顔を曇らせる。

「こんにちは、セイラさん。ごきげんよう」

 パリッとした半袖の白いワイシャツに黒のパンツをはいた、がっちりとした体格の女性は、声をかけられて嫌そうな顔を見せた。石川聖良は籠目署の刑事である。この夏の初めに二人の通う籠目高校で起こった殺人事件で知り合った。その後、偶然に何回か顔を合わせている。ナナのことが苦手らしい。

「こんにちは。こんなところでなにをしているの?」

 でも、社会人らしい対応を見せる。

「私の家はこの近所だもの。セイラさんこそこんなところでなにをしているの?アイス?さぼり?それとも事件?」

 ナナは愛くるしく質問を浴びせる。

「アイスを買ってあげたら、おとなしく帰ってくれる?」

「はい、ありがとうございます」

 ルリが割り込んで大きな声で答える。セイラは目を丸くさせて驚く。

「カッチン、なに言ってんの!」

「捜査の邪魔をしたら駄目だろう。宿題だってまだ残っているし」

「あら、宿題がまだ残ってるの?明日から学校でしょう」

「カッチンだけよ。私はもう終わってるわ」

「もしかしたら図書館に来たの?だったら残念ね。今日は閉館よ」

「な、なんでですか?」

「だって、殺人事件の現場だもの」

 言ってしまってから、セイラは、しまった、という顔を見せる。らんらんと輝き始めたナナの瞳を見て、ルリは諦めた。

 殺人事件が起こったと聞いて、ナナがおとなしく引き下がるわけがない。それをとめることも出来ず、巻き込まれるのがルリだし、追い返すことができずに言いくるめられるのがセイラだ。

「詳しく聞かせてもらいましょうか。もちろん、アイスを食べながらね」

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