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非魔法少女主義!  作者: ミサキ
4/14

phase4

 朝のホームルームをすっ飛ばした俺は、担任の女教師が前の扉から出ていくのと入れ替わりに後ろの扉から教室へ入る。

 箱詰めされたチョコレートだかをランダムに摘み取ったように、俺の席とは別にぽっかりと空いている場所があった。

 振り返った生徒の何人かが闖入者である俺を確認すると、早々に納得して黒板に向きを戻す。

 はあ……。

 ま、視線を浴びるのも普段どおりに戻ったってことで仕方ねえか、と席に向かった。

 どうやら、お隣の新顔女子は登校を継続していたようだ。

 千代田っていったっけか。デフォルトのように馬鹿デカいヘッドフォンを装備してるが、担任がいる間もそのまんまか? 何を聴いてやがるのか知らねえが、妙なチビっ子様だな。

 ん?

 立ち歩いている俺自身も目立つには違いないが、何やらやたらと目につくもんが自席の机上にあることへ気づく。

 それは間近で見ても覚えのあるような、やはりないような不思議な物だった。

 何だこれは――。

 やっと自分都合な頂き物がストップしたと思ったら、小ぶりな箱状の物が胸を張るかのようにして置かれている。

「なあ」

 俺は席に着きながら鳴世へと呼びかけ、

「これ、誰が置いた?」

 ストレートに訊ねてみる。

「重役出勤に逆戻りかね。豪ちゃんも偉くなったもんだよー」

 覗き込んでいた手鏡から顔を上げて鳴世が言う。

 俺が大企業のCEOにでも就任してるなら理解もできるが、一介の高校生の遅刻に偉いもクソもねえだろよ。

「これは誰が置いてったんだ」

「あー、ボクが来たときからすでに置かれたよー。なーに、ちょちょんと突いただけで中身は見てないから安心してよー」

 むしろ勝手に開けて安全確認して欲しいくらいだぜ。

 机に乗せられた怪しげな品物を眺めてみた。白くて耳の長い生物が、キラリンとでも擬音を発するように片方の目を瞑っている。

 そんな絵柄をプリントされた布包みが、解りやすく仕掛けられた罠のように据えられていた。

 俺にはクレアボヤンスだかイントロスコピーなんて能力も備わっちゃいない。が、サイズといい形状といい、どうも中には食い物が入っていると予測できる。

「ねえねえ、どーせ眞取っちのアレが続いてるんでしょー?」

 珍しく空気を読んでいるのか、鳴世は小声でヒントめいたものを喚起する。憎たらしいほどの含み笑いを付録にしてだが。

「おそらく、それはねえと思うがな」

「ほー、自信なさげですなぁ」

 紗都の黒髪後頭部が目に入ったので、登校しているのは視認できた。

 しかしだ。昨夜の電話の様子じゃこれを召し上がれなんて気になるとは考えにくい。ある意味、口も利きたくないから勝手に置いたとも取れるが、そりゃ都合のいい妄想になっちまうだろう。何より、三日間受け取った物とは装いも違うしな。

「じゃ、ありえねえと断言してやるよ」

 何を意地になってんだか、俺は。

「豪ちゃんがそこまで言うなら、眞取っち以外の誰かが置いたのかもよー」

 当たり前のように言うな。それしか考えらんねえし。

 参考にもならない意見を述べる鳴世の顔を、睨むように見やる。

 と、セミロングレイヤーを揺らしてブンブン顔を振った。

 おそらく、自分の仕業ではないという意思表示だろう。

 そんなもん頭をよぎるスペースさえ設けてねえよ。こいつなら砂糖と塩を間違えちまうような感覚を所持してそうだし、料理するってガラには見えないからな。

 とすると、誰かが席を間違えて置いていきやがった、ってだけか。

 おっ?

 不審物に目が釘付けになっていたとこで、布に包まれたそいつがフワっと宙に浮いた。

「ねえねえねえねえ、これを豪ちゃんにプレゼントフォーユーした人いますかぁ?」

 高々と持ち上げた鳴世が、教室の隅々まで伝わる声量で言った。

 こいつの感覚が俺には解らん……。

 一人ひとり聞いて回れとも思わねえけど、何でわざわざ注目を浴びるようなやり方をするのかねえ。

 教室内のざわめきが止み、当然のように拡声器代わりの口へ全視線が注がれていた。

「いない、のかなぁ?」

 垂れ目女子は額に手をかざして、唖然顔だらけの空間を見渡している。

 真夏のビーチじゃねえんだから眩しくもないだろ。芋洗い状態ってほど人もいねえし。

 いい加減制止の言葉を勧告しようとした時、

「じゃあさ、じゃあさ。今は名乗り出れないよーって恥ずかしがり屋さんがもしいたら、あとでこっそりとボクに耳打ちしてねっ。で、ボクから豪ちゃんの耳元にそーっと囁いとくからさっ」

 訂正したくなる箇所が満載すぎることを募集し出した。

 クスクスからギャハハまで様々な笑い声が発生する中、鳴世はなぜか満足げな笑顔を俺に向けてくる。

 はぁ……。

 今日二度目の溜め息を放出だ。

 いや、カウントなんかしてる場合じゃねえと思いつつ、俺は鳴世の袖を強めに引っ張り、自席へ座るよう顎で示す。

 渋々席に着いた鳴世は、頼まれたことをそつなくこなしたような顔に変えて言う。

「ってことになったよー。ちゃんと名乗り出てくれるといいねっ」

 誰も肯定の意思を示してねえし、賛成の声さえ一言も上がってないぜ?

「ねえねえ。もしもさぁ、駅で豪ちゃんを見かけてハートを打ち抜かれた女の子が、決死の覚悟でここまで届けに来たとかだったりしたらどうする? ていうか、どうしよー」

「どうもしねえよ」

 例題の設定からして夢見がちすぎるだろ。そもそもお前が困ることじゃねえし。

「それについては自分で何とかすっから、これ以上余計なマネはするな」

 俺は鳴世が手にしていたブツを丁寧に奪い取り、机の上へと戻す。

「まあ、豪ちゃんがそう言うならいいけどさ。もしボクに自白してきた人がいたら――」

 噛みつくのかってくらい顔を寄せてきて、

「耳元に囁くよー」

 と、囁きやがった。

 聞き漏らすフリで窓際へ顔を背ける。いい加減俺専用の黒板は左にあるのかってくらいに。

 ……自白って、これが悪いことだと決まったわけじゃないだろ。電報なんか送ったことも受け取ったこともねえけど、もしもの場合、伝達方式はそれでいいぜ。

「それにしても、謎な出来事だねぇ。なんだかワクワクしてくるよー」

 深追いしてくるような鳴世の作為的独り言が俺の耳へ到達した。

 期待を膨らますのはどうぞご勝手にって感じだが、こんなの謎というほどのもんじゃない。普通に考えれば置き場所を間違えたというのが妥当な線だ。こともあろうに俺の席へ置いていかなくても、とは思うがな。

 いつの間にか教室の賑わい加減は、いつものデシベルくらいに戻っていた。

 俺はもう一度机の上に乗っかった物へ目だけを向けてみる。

 まったく、余計なもんを抱えさせてくれるぜ……。感謝してやるから今すぐ申し出て来いよ。

 このまま置きっぱなしにしておいても邪魔なので、ひとまず鞄へとしまい込んでみる。

 中を確認する気はまったくなかった。自分宛てじゃなかったらばつが悪いし、何よりファンタジックな物が出て来たりしたら対処に困るからな。



 授業の合間に送り主や受取人が現れることもなく、流れるように昼休みを迎えてしまう。

 鳴世がオーバーにも喧伝したことは泡沫に終わったようだ。

「もうさぁ、開けて見ちゃったりしてみよー」

「そうもいかねえだろ」

 だから、俺の机に肘を乗せるな。余計なオマケも付いてきやがるから少し下がれよ。

 手だけで追っぱらうマネをすると、鳴世は表情でクエスチョンマークを表す。

 ったく、水準の高い悪意なんじゃねえかと思えてくるぜ。

 垂れ目女子は、うちわのようにハンドミラーで顔を仰ぎだすと、

「うーん、なんだかんだで眞取っちって感じがしたんだけどなぁ。ハズレちゃったよー」

 言うまでもなく、紗都は午前の授業が終わるとアイコンタクトの一つさえ寄こさず、圷と二人で学食にでも行っちまった。

 これであいつの線は完全に消えたってことになる。

 間違いなく紗都の目や耳にだって進入したはずだが、あいつは俺の珍事に関心を持つことさえしないだろう。

 昨日の出来事だって俺だけに降りかかってるようだし、この状況で話したとしても何だかこっちからすり寄ったみたいで釈然としない。無駄にごたごたをエスカーレートさせる気もねえし。

 いつもならめざとく干渉してきそうなヤツも今日は現れない。

 ぽっかりと空いたもう一つの席が涼司とはな。あいつ、マジで病院を捜索し回ってるんじゃないだろうな。

 ともかく、昼飯を調達するなら俺もここから離れなくてはならない。誰かに託すわけにもいかねえしなあ、とウサギ柄を見下ろす。

「んじゃ、ボクが憎まれ役をお買い上げしまして――」

 俺は問題のブツを掴むと席を立ち上がり、

「お前は関係者じゃねえだろ。自分の飯でもお買い上げしてこい」

 鳴世に提言してこの場を離れることにした。

 教室内の生徒は数えるほどしか残っていなかった。

 右隣の小学校高学年みたいな女子もそのうちの一人だ。相変わらず両耳に再生スピーカーを当て、前方をジーっと見やっている。

 授業中もそのままのスタイルだが、いくらチビっこいからって教師から発見されないもんなのかねえ。

 妙な風体の所持者にかかわる気もない俺は、ノープランながら教室を出た。

 動き出したはいいが、ノープランなだけに廊下を歩く速度も低速なままだ。

 それにしても、中に差出人の名前が記されたメモ的なものは付加されていないもんだろうか。そこに甘い感情だとかほのかな期待は込めてねえけどさ。

 ん? 涼……司じゃなく、またもや同じ顔をした女子とすれ違う。

 見慣れてきた顔の別人だが、こっちは顔の形を見知ってるだけで、向こうは俺のことなんか知りもしないだろう。

 あいつの具合が悪かろうが大して心配もしちゃいないし、追いかけて訊くほどのことでもねえわな。

 俺は首の一つも振り動かさず、目的もないまま足だけを動かす。

 廊下には携帯電話を向け合って笑いあうグループや、耳打ちをしながら話すペアな男女なんかがチラホラ存在した。

 それらを邪魔だとか羨ましいとは欠片ほども思わないが、歩き続けても変わらない光景があることに気づくと、俺の中で判然としない気持ちが増殖していく。

 何だか徐々に気味が悪くなってきたな――。

 俺は歩幅を広げ、思い向くままに進んだ。

 階段を駆け足で下りて一階へと行き着く。利用したことのない出入り口から校舎を出ると、四方が建物に囲まれた小さな中庭に出た。

 行き止まり、って感じか。

 光を取り込む気がなかったのか、真昼間でも周囲は仄暗い造りになっていた。

 中央に公園でよく見かけるタイプの木製ベンチが二つ、向かい合わせに設置されている。それ以外は樹木の一つも見当たらない。

 こんな様相じゃ誰も寄りつかねえわな、と俺はある種の覚悟を持ちベンチへ腰掛けた。

 ……でだ。

「道にでも迷ったのか? それともこんなとこまで尾行まがいのことをして、俺に主張したいことでもあんのか」

 不躾に、そいつへ目的を問いただしてみた。

 ヘッドフォン娘は長いまつ毛が固着された眼で俺を見つめ、等身大の人形みたく生気ゼロで突っ立っている。

 教室を出てしばらくは気づかぬままだったが、いつの間にか散歩途中の子犬がチラチラ飼い主を見上げるようにして俺の横を歩いてやがった。

 ワンサイズ大きいのか、ダボっとしたブレザー姿は他人のを拝借でもして勝手に入り込んだお子様のようだ。

 ホントに同級生なのかよ。

「おい、何か音楽でも聴いてて俺の声が聞こえてねえのか」

 黙りこくっていた千代田がおもむろにヘッドフォンを外す。ワイヤレス仕様なのか、コードらしき配線はなさそうだった。

 ベンチに座ってる俺へトコトコ近づいて来ると、あろうことか俺の頭へスポっとそいつをかぶせやがった。

 は? 何してんだ、こいつ。

 反射的に取り去ろうと手を伸ばしたところに、突如俺の耳元で銃撃戦が開始される。

「――っんだよこれ!」

 メロディーもリズムも聴き分けられない限度を超えた爆音が俺を強襲した。

 すぐさま片手で掴み取ると、小柄女子は音が漏れたままの音響機器を俺から奪い、再び自分へと装着する。

「ヘヴィメタルなの」

「知りてえのはそんなことじゃねえよ。茶目っ気とかもいらねえし」

 ジャンルなんか訊いた覚えはないが、初めて俺への反応を表した。

 さりげない嫌がらせだろ、と浮揚させたとこで千代田はすーっと腕を上げて俺を指し示す。

 何だか嫌なフラッシュバックが起きそうだったが、

「わたしなの」

「あ?」

 視線と指先は俺の手元にある包みに定められている。

「これ……お前のなのか?」

 千代田は重たそうに首を左右へ振り、

「贈呈した物だから、もうわたしの所有物ではないの」

 腕を下ろしながら淡々と告げてきた。

 ちょっと待て。言葉で表せばそうなるが、あんだけ鳴世が大騒ぎしてたのになぜ今になって名乗り上げたんだ。まさか、常に大音量のせいでノイズキャンセリング状態だったとかじゃないだろな。

「貰い受ける理由が思い当たらねえよ。誰かと間違えてんじゃないのか?」

「至当なの」

 意味は解らないが、何となくお届け先は正しいようだ。

「食するの」

 座ったままの俺と身長差を感じさせない口位置からボソっと言う。

 食えということだろうが、やはり中身は食い物だったってことか。

 嫌なの? とでも言いたげに千代田は小首を傾げてみせる。

 変な小細工があるんじゃ――ともよぎったが、地味にせがまれてる気もしたので、

「……解ったよ。食えばいいんだろ。んじゃ、ありがたく頂くとするわ」

 さすがに危険物を混入させたりはしないだろ。今から昼飯を調達しに行くのも面倒だし、とヤケを起こしつつ包み布を剥ぎ取り、ランチボックスだかの蓋を開ける。

「ははっ」

 あまりの飾り気のなさに、思わず笑っちまった。

 拳よりデカい俵形おにぎりが、儀式も通過せず俺に奉納された。

 それにしてもデカすぎだろ。

 ご丁寧に紙おしぼりなんてものまで用意されてたので、せっかくだから使わせてもらうことにする。

 で、さっそく一つ取り出すと、俺は勢いよくそいつにかじりつく。

 咀嚼を繰り返すと、それは遅れてやってきた。

 これは――。

 何かがヤバい、としか言えない。いや、口に入ったままだから言葉にはできない。

 吐き出したほうがいいのか、それとも飲み込んだほうがマシなのか……。

 マジで毒でも盛られたんじゃないかと、顔を歪めて千代田を見据える。

 制服売り場のマネキンのように、完成された無表情を保ったままだった。

 とにかく塩辛い。辛すぎる。白いとこ全部塩なんじゃねえかってくらいしょっぺえぞ。辛い。文字で表したらどっちの意味に取られてもいい状態だ――。

「……これ、わざとか」

 むせるのを堪えてようやく飲み下すと、俺は気の利いた言葉も浮かばず質疑めいたものを漏らすしかなかった。

 分量を間違えたとかのグレードじゃねえ。砂糖ならまだしも、何かしらの意図を感じざるを得ないぜ。

「食塩だけを送るのは悪いと思ったの。なので、初めて造形したおむすび? おにぎり? にして付け届けてみたの」

 塩を送るって……俺は敵かっつうの。芸術品みたいに造形とか言ってんじゃねえよ。

 ドーリーな顔した小柄少女は臆面もなく、

「仮に敵対関係だとしても義はあって然るべきなの」

「敵対関係? ふんっ、ガキの遊び心にしちゃ手の込んだ発想だな」

 平らげることができないのは申し訳ないと感じつつも、俺は握っていた食物兵器をランチボックスへと返却した。

「義理は果たしたの。これよりわたしなりの確認作業へ入るの」

 顔に似合わぬ大人びた声で言い終えると、トンっと後ろへ飛び、音もなく着地した。

 何だ、おい。

 俺の危機察知能力が足へと命令を下し、その場で立ち上がる。

 千代田はブレザーのポケットから曲がったストローのような物を取り出すと、ヘッドフォンの左部分に差し込んで口元へと繋ぐ。

 見た目には、ヘッドセットってやつに早変わりだ。

「ウィントミュール」

 まさか――。

 マイクっぽいものへ呟くと、周囲に風が渦巻き、半透明の幕が千代田を取り囲む。

 このチビ娘、あの褐色女子と同類だっていうのかよ。

 雨天の窓越しだとか曇りガラスを通して見るように、その姿がぼやけて映る。

「わたしと同じ属性でなければ打ち破ることもできないの」

 頭上はがら空きだからミディアムボブの頭をポンポンと叩けそうなもんだが、初めて見る物へ容易に手を出すほど無知でもねえし、今の俺には冒険心もねえ。

「おい、あの氷を出す曲芸女とグルなんだろ。あいつにも釈明してみせたが、俺は魔法だかを使えねえし、お前らが探すマモリテとやらでもねえ。互いに情報交換くらいしとけよ」

「確認は各々が行なうことになっているの。現段階で獅井名豪が護り手、もしくはそれに準ずる位ではないという確証は持てないの」

 涼司以来、久々にフルネームを口にしたヤツへ出会った気がするぜ。

「プロバティオ・ディアボリカってのを知らねえのか。何にしろ、ねえもんはねえんだよ」

「わたしはわたしの方策で証明するの」

 教師へ自己主張するかのように千代田は左手を挙げると、

「ウィントボーフ」

 パントマイミストさながら、見えない何かをその手に掴んだ。

 片足を半歩踏み開くと、握った左拳を前に出し、右手を耳の後ろへ引いてみせる。

 まるで、弓でも構えたように――。

「迎撃態勢は整えたの」

 飛び道具でも使うと思われているのか、すべてを撃ち落とさんばかりの意気込みだ。

 ……マジかよ。

 錯覚なのか俺の思い込みなのか、歪んだ空間が透過した弓矢の形に見えてきた。

 質量も重量も見当はつかないが、チビっ子様は自分の身長ほどもある物を平然と握り構えてやがる。

「……そいつで俺を仕留めようってのか? 薄らバカには見えねえとかじゃねえよな」

 俺は形容しづらい不快な感覚に見舞われた。恐怖や不安といったものではない。

 ふざけやがって――。

 二度目、いや厳密に言えば三度目か。不本意ながらここまでくると、魔法ってもんが存在することを信じないわけにはいかなくなりそうだぜ。

 千代田は、風壁のような内側で体勢を変えずに立ち続けている。

 殴りかかって来たら止めてみせるくらいの気概はあるが、認識もしづらい矢玉だかを俺なんかが避けられるんだろうか。しかも、説明不可能な方式で生み出された物を。

 対面するポーカーフェイスは、じわじわと警戒ムードだけを濃くしていく。

 元より俺から攻撃する意思なんか持ち合わせちゃいない。ましてや、相手は幼さが残りまくりの女子だ。

「おい、面倒くせえからお試しさせてやる。撃ってみろよ」

 挑発的な手招きこそしなかったが、明らかな煽り文句のあとに、

「だがな、もう一度だけ言っておく。俺は魔法だかを使えねえし、お前らが期待してるような輩でもねえからな」

 過当に付け足しつつ、俺は回避する心構えだけは隠し持っていた。

 相手からの返答は何もない。ただただ小柄な身体にそぐわない物を掲げ、不鮮明なナリを見せているだけだ。

 こっちから仕掛けないと正当防衛にならないとでも考えてやがんのか?

 この場に誰がいるとか、学内の施設だとか完璧に頭から吹っ飛んでて、俺は呼吸をするのも忘れていた。

「ふぅ……」

 息苦しさを感じ、自然な流れで二酸化炭素を排出する。

 続けて当然とばかりに息を吸い込んだとこで――、チビ娘が向かってきやがった。

 やべえ、何か撃ち放つんじゃねえのかよ。

 後ろはベンチで後退できない。どっちだ、右か左かっ。

 いや、避けらんねえ――。

 俺は咄嗟のことで判断が下せず、顔の前で腕を重ねて思わず目を瞑ってしまう。

 ダンッ、と地面にデカい荷物でも落下してきたような接触音が響いた。

 が、衝撃は何も感じない。

 俺に届いたのは前髪を揺らす程度の風と、どこか聞き覚えのある低い声だった。

「本当にこの人物が護り手だと思っているのか?」

 ……何だ?

 瞼を開くと、目の前に迫っていたはずの千代田の姿は、誰かの背中によって遮られていた。

 何が起きたっていうんだ。わけが解らねえぞ。

 俺とそう変わらない身長の男子が、黒々とした煙状の何かで千代田の身体を押し止めている。

「確か、獅井名って名だったな。邪魔だから少し離れてくれ」

 こいつ、あの時の――。

 後ろ姿で目線なんか見えやしないが、上から言われても従うしかない状況だ。

 俺は素早く脇へと移動し、横から二人を眺める。

 どうなってんだ、こいつら。

 そこに男女差別なんてものは存在しなかった。

 男子は黒煙でかたどられた剣のような物を両手で握り、女子は空気を圧縮して作ったような大弓もどきでお互いつばぜり合い状態だ。

「そこにいる人物は何の力も持っていないさ。僕こそが……本当の護り手だからな」

「仮にそうだとしても、あなたを引きずり出せたことは有意義なの」

 どこから降って沸いたのか、俺はこの男子生徒に救われた形になったのだろうか。それとも、千代田はこいつ目掛けて突っ込んできたのか?

「他のヤツも招集したらどうだ。一人では僕にさえ勝てないぞ」

 飛び入り男子は憎々しい声と言い回しで言うと、身長差のある千代田を押し潰すように両腕へ力を込め、

「フッ、呼んだところで何百人もの手勢を相手にすることになるがな」

 何百人って――。

 だが、チビっ子様は恫喝めいた言動を涼しい顔で受け止めながら、

「いずれ相まみえるの」

 小声で意思を伝えると、俺の視界から姿をくらました。

 と思ったら男子生徒の後ろへ現れ、ベンチに乗っかったランチボックスを手にすると、

「ブウェーヒゥン」

 今度は余韻さえ残さず、乃波のときのように存在を消し去った。

 また消えやがった……。

 食いかけおにぎりの行方も気になったが、嫌でも気にしなきゃならないことが俺の意思とは無関係に進行している。

 これがノンフィクションだとしても、まったく楽しめる気がしねえんだが。



 千代田が去ったあとも、この場には俺とあのせっかち野郎以外に訪れる生徒はいなかった。

 よっぽど不人気なとこなのか、誰かが意図的にそう仕向けていたのか――。

「僕はA組の内塔だ。君は魔女王様に近しい人物みたいだが、どこまで把握しているんだ」

 気づくと手ぶらになっていた助太刀男子が、異性に好かれそうな端正顔を不満げな表情にして訊いてきた。

 魔女王様、ときたか。変な主従関係でも締結してんじゃねえだろな。

「紗都のヤツが魔女になったとかいう妄想に暮れてから、妙な連中が湧き出したってとこまでだ。近しいったってガキの頃からの隣人ってだけだからな」

「ヤツらは君と僕を勘違いしていたようだな。しかし、これで僕の存在が知れてしまったということか」

 芝居掛かったように指で額を支える相手へ、

「いったい、お前らは何者なんだ」

 俺は素朴な疑問を口から発してみる。

「フッ、お前らだと。魔女王様を消滅させようとする不届き者と一括りにされるのは御免だ。ヤツらは歴然とした敵対勢力だからな」

 何を争ってんだか知らねえが、ガキみてえなことを言ってやがるな。関係性を訊いたつもりではなかったが、こいつの言動と行動は紗都側だってことを示しているのか?

「内塔とかいったな。お前個人のことだけでも構わねえから解説してみせろよ。あの女子どもよりは話が通じるんだろ」

「法力もない君に話しても無意味な気はするが、まあいいだろう。協力してもらわなければならないことも生じたことだしな」

 縁もゆかりもなかった内塔という男子は、俺に向けて嘲笑を浮かべた。

「廻天の魔女、マトリッチ・サトランダ様の復活により、護り手を含む六六六人の衛士、衛女も蘇った、はずだった」

「はずだった?」

「ああ。実際には最上の側近である護り手の……僕だけが復古した」

 こんな風変わりなヤツが、他に六六五人もいるというのか。

「そのマモリテってのは何なんだよ。職種か? 無報酬なのか?」

「下世話な質問だな」

 わざとに決まってんだろうが。

「とはいえ、どちらも正解と言える。配下六六六人の頂点に君臨し〝魔女の護り手〟と呼ばれる最強の従者のことだ。それが……この僕ってわけさ」

 どうだ、と胸を張らんばかりに尊大な態度をみせる。

「かなり綿密に盛った配役だな。そんな大役に間違えられたのは光栄の至りだぜ」

 アイロニーをギュッと込めた俺の弁舌を内塔はサラリとかわし、

「残念ながら原状回復にはほど遠い齟齬が生まれている。敵サイドの人員も明確ではない。ヤツらも魔女王様が復活したという事実しか掴めていないようだな」

 独り言風に続けたあと俺に向け、

「その上、魔女王様自身ですらすべてを把握しておられない気がするのだ」

「おいおい、事の起こりはあいつの幼稚な夢物語なんだろ? 本人が理解してねえのはおかしいじゃねえか」

「……夢物語? フッ。さっきから妄想だとか、無礼なことを口にするな。僕が魔女王様の前へ姿を現しても、反応をお示しすることは何もなかった。それが把握されていないという証拠だ」

「単純に初対面ってだけだろうよ」

 内塔は苦虫を噛みつぶしたような不愉快顔で俺を睨む。

 苦虫ってのが存在するのかは知らないが、自分の思い通りに事が運ばれてないと言いたいのだろうか。

 俺は無言で内塔を見返した。

「さっきの小娘だって護り手の存在は認識があるのに、僕だということは知らなかっただろう。それと同じことさ」

 同じと言われても、解っているのはお前だけなんじゃないのか?

 俺へ探りを入れてきた女子二人は、かなり乱暴なやり方をしてきた。こいつのあぶり出しには成功したようだが、ヤツらもヤツらなりに模索中ってわけか。

「これは僕の推測だが、おそらく魔女王様が不完全な状態だからだろう」

「不完全?」

「元来、復活は月を跨いだときに行なわれるはずだ。やはり、復活の儀式に何らかの支障をきたしたとしか考えられない」

 ……儀式って何だよ。あいつトカゲの尻尾を煮込んだり、奇怪な古書でも見つけ出したんじゃねえだろな。

「時期がくれば必ず魔女王様は完全な復活を遂げる。それまでは護り手である僕が陰ながら護衛しなくては」

 妄想炸裂って感じだな。どいつもこいつも夢見てんじゃねえよと思いつつ、

「そもそも紗都には何も話してねえのかよ。あいつのせいでこんなことになっちまってるならケツを拭かせるべきだろ。責任の割合を円グラフで表したら、ほぼ単一色じゃねえか」

「それは……些か困る」

 本当に困惑したような語調に感じたが、

「ふざけんな。こっちだって変な争いにゃ巻き込まれたくねえんだ。お前が伝えねえなら俺が言い聞かせてやるよ」

「さっきも言っただろう。協力してもらわなければならないことがあると」

 紗都に説教すること以外ならお断りだな。こんなチャンスは滅多にねえし。

 内塔は物理的ではなく建設的に前を向いて、

「都合の良いことに、ヤツらは魔女王様が不完全な状態だということにも気づいていない。四月も明日で終わる。月が変われば純然たる覚醒が起きるはずだ。そうすれば、以前の魔力や認識もお戻りになられるだろう」

 以前? 紗都のヤツ、実は知り合いだったってことはないよな。そういや、褐色女は宿命的にどうたらと抜かしていやがった――。

 俺は自分の許容量を超える業務なら拒否しようと決めつつ、

「で、俺に何をしろっていうんだ」

「それまでは敵の存在を魔女王様の耳に入れて欲しくないのだ。今ぶつかれば足元をすくわれる可能性もある。もちろん、僕が暗躍していることもすべてだ」

「つまり口出しもせず、これ以上かかわるなってことか」

「そういうことだ。どこでヤツらに漏れるか解らない。君にできるのは、争いの邪魔をしないことくらいだからな」

 釘と一緒に、鋭い目つきで俺に視線を刺してくる。

「あのな、紗都がどんなヤツかホントに解ってんのかよ。争い事なんて言葉は私の辞書に載ってないとか言いかねない女だぞ」

「だから、僕がヤツらと戦うのさ。それが使命だと思っているからな」

 内塔は仰々しく胸を二度叩いてみせた。

 大層なロイヤルティをお持ちだな。動作的には嫌なこったが、頭が下がる思いだぜ。

 紗都が演劇部だかに入部したとは耳にしたこともねえし、こいつらはバカげた争いを本気で現実に持ち込もうとしている。こいつの出現で俺への疑いは晴れるだろうが、果たして一抜けたで済む話なんだろうか。

「ちなみに訊いといてやるよ」

 投げやり気味に俺が言うと、相手は手だけを差し出して続きを促した。

「それでも俺が紗都に伝えると言ったらどうする? お前なんかシカトでペラリと話しちまうかもしれないぜ」

「フッ」

 完全に俺を見下したように鼻で笑うと、

「魔女王様の知り合いってだけで調子に乗るなよ。この場で君を消すことなんて容易いのだからな」

「やれるもんならやってみろ、ってことか」

 同じ言葉を目の前のヤツにこそぶつけたかったが、千代田とのやり取りを見てるだけに強がりを吐くこともできない。

 内塔は蔑むような表情を強め、

「君は単なる傍観者でいればいいのさ――」

 俺に告げ終わると、自らの身体をみるみる黒煙によって包んでいく。

 何が起きるのか解らず、俺は数歩下がって距離を取った。

 こいつが紗都に肩入れする側だとして、氷女やチビ娘よりも、俺に対して好戦的な気がする。魔女になったという紗都を邪魔立てするヤツは、すべて敵と見なしてるのか……。

 マジでこの場でやられるんじゃと思った時、黒い気体は無音で分散していった。

 どうやら俺の知らないうちに、姿を消すってことが流行しているようだ。もう呆れ笑いも出てこねえよ。

 取り残された俺は、後味の悪さと塩辛さを噛みしめながら、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

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