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非魔法少女主義!  作者: ミサキ
14/14

Last phase

 さて。シリアスめいた魔法少女ごっこにもそろそろ飽きてきた。バイクに乗って登場ってわけにはいかなかったが、こっからは俺の役目だ。

 ロングストレートから白ブーツのつま先まで、遮るものもなく御堂妹の全身が目に入る。どうやら、紗都がかけていた紫の囲い魔法は解かれていたようだ。

 お嬢顔のリーダーは左右非対称の前髪を払うと、俺を出迎えるように前で両手を揃えた。

「獅井名さんは法力無効化能力の所持者……だったということなのでしょうか?」

「あ?」

 対面すると、すぐに名前を含んだ質問声が飛んできた。

 涼司と同じ顔のまま驚愕の目で俺を見つめ、

「もしかしたら護り手……いえ、もっと上の存在。まさか魔――」

「俺はただの人間だ」

 偉そうに言うこっちゃないが、嘘偽りなく正直に答えてやった。

「しかし、人間の身で魔女最悪の魔法を消し去ってしまうことなど考えられません。何か特別な力が働いたとしか……」

 そんな簡単に引っくり返しちまう能力なんか、都合よく身に付くわけねえだろ。確かに回避手段を思いついたのはギリだったけどな。でも、紗都の魔法がヤバかったからじゃねえぜ。あくまで、お前ら魔法少女団にお帰り願うためだ。

 圷を除いた少女団のメンバーが身体を起こし出す。無駄に襲い掛かって来る前に御堂妹へ、

「あんなもん、俺じゃなくても片手で止められたぜ。魔法も使えない普通の人間ならな」

「そのようなことはありえません」

「何を根拠に断定してんだよ。正義だから言うことすべて正しいってのか? だから気づかねえんだよ」

「気づかない……とは、どういうことなのでしょうか?」

 俺は誰にでも解るような文を頭で組み立ててから、

「紗都を含めたお前らの魔法はな、人間や物には当たらねえんだよ」

「……そんな」

 少女団リーダーは二の句が継げないって顔で、しばらく黙りこんだ。

「だがな、魔法を使えるお前らは別だ。音や臭いや質感やら何やら、痛みもすべて受けたままを体感することになる。身に着けてる物も含めてな。俺にはお前らの魔法が光の立体映像としか見えてねえんだ。温度も触感も何も感じねえ。それがここにおける人間と魔法使いの違いさ」

 仮にも正義を掲げているんだ。こいつらは一般人に向けて試したこともないんだろう。

 ぶっ倒れた圷のクーっという寝息が耳に入りつつ、

「さらに誰が設定しやがったのか、非魔法使いへ接触したら消えるようになっていたってわけだ。ご丁寧にもな」

 それが意思だか無意識だかも俺には解らないが、そんな安全策を取るヤツは一人しか浮かばない。

 思い返せば、無害だと思い当たる要因は腐るほどあった。最初に乃浪に突き付けられた氷斧。背中に当たるはずだった紗都のチークブラシ製ホウキ。圷に閉じ込められた光の牢獄。ここへ来てもそうだ。千代田の見えない矢なんか、確実に俺の身体を貫いていたはずだ。数えたらキリがねえ。


 この世に魔法が存在するのを知りつつ、触れた一般人の俺にしか解らないことだったんだ。


「紗都がどんだけ凄い魔法を使おうが、物一つぶっ壊すことはできねえんだよ。もちろん人を傷つけることも不可能だし、仮にそう考えたとしても無理なんだ。紗都の魔法はお前らにしか効力を発揮しない。お前らのも、紗都や仲間にしか効かねえのさ」

 鳴世と千代田、それに乃浪がリーダーの周りを固め始めたとこで、

「要は無益な争いをしてるってこった。早く帰って寝ちまったほうが有意義だぞ」

 俺は説き伏せるように四人へ言った。

 御堂妹は首を動かし、視線だけで仲間を制止する。

「では、本当にあなたは法力も持たない普通の人間だとおっしゃるのですね?」

「しつけえな。そう言っただろうが」

 自分が人間だってことを他人に力説するヤツなんて見たこともねえぞ。

 女に囲まれてベラベラ話す自分が珍妙にも感じてきたときだ。

 左端に位置する平均身長を大いに下げる女子が、淡々と弓を構える仕草を取る。

 おいっ――。

 千代田は事前予告もなしに、俺へ向けて空気の矢をぶっ放した。

 突き刺したほうが早いんじゃねえかという距離で、やはり撃ち放ったほうが速かったそれは、俺の身体に当たると瞬時に霧散していく。

「真実だったの」

 すました顔で確認を済ませると、立て看板に描かれたように元の姿へ立ち戻る。

 いや、何も起きないと解っててもこっちは焦るだろうよ。しかも地味に心臓を狙いやがって。本物の弓矢ならお陀仏なとこだぜ? 試せるもんなら、他の善良な一般人にやってみろってんだ。

「ねえねえ。すっごいじゃんよー、豪ちゃんっ」

 鳴世は、俺が大量にショートケーキでも用意したかのように目を見開く。

「お前聞いてたのかよ……。俺が凄えんじゃねえし」

「もしかしてあんた、あたしたちを助けたのかな」

 今度は乃浪が、アクアスロンでも終えたような表情で訊いてくる。

 俺が何も気づかずあのまま突っ立ってても、こいつらは助かった形になっただろう。逃げ出していたらどうなったかなんて今となっては解らないが、あの黒玉を遠くへぶん投げても、こいつらや街には何の影響もない。紗都の魔法が効かないことを証明するために、俺へ向けさせる必要があったってだけだ。ま、持ち切れずこぼれ落ちたことが運よく作用しただけなんだが。

「そんなカッコいいもんじゃねえよ」

 乃浪は雪女のようにヒューッと息を吐き出すと、

「あんた、ちょっとだけ見直したかも」

 ふんっ、もう一度再確認してみろ。間違えてることに即刻気づくはずだ。

「とにかくだ。それでも紗都を消そうとするなら、そんなもんは正義とは呼ばねえ。陰湿な嫌がらせをする単なるガキの集団だ」

 まだまだ俺もガキなんだが、

「俺には武器を出したり、姿を消すマネなんかどう足掻いてもできねえ。だがな――」

 俺は拳を握り返す動作を見せながら、全員の顔を見渡す。

「お前らのケツを引っぱたくことくらいはできるんだぜ?」

 シーンと静まり返る中、まあこいつが空気を打ち破るだろうなというヤツが、

「お尻を叩かれるのはやだよー。だからボクはやめとくっ。もう眞取っちと争う理由がなくなっちゃったしねっ」

 鳴世はブルンと揺れた二山を主張するように、腰に手を当てて満面の笑みを浮かべた。

「魔女とサシで戦えるくらい強くなりたいかも。という願望だけ秘めさせてもらおうかな」

 だったら口に出すんじゃねえよ、と乃浪にツッコミかけたとこで、

「火弥子、あたしは麻輝奈を連れて先帰るから。あいつ、ああなったら起きそうにないし」

「よろしくお願いしますね、氷織さん」

 褐色の中性的女子が意外な世話焼きぶりを見せ、圷が寝っ転がってる場所へ歩き出した。

「ねえねえ、ボクも帰っていいかなぁ。何だか疲れちゃったよー」

「お疲れ様でしたね、ライさん」

 バイトの同僚にねぎらいの言葉をかけてもらったような鳴世が、俺にすっと顔を寄せてくる。

「眞取っちのことは頼んだよー。そんじゃね、護り手さん。いや、獅井名く~ん」

 小バカにしたようなことを言い、セミロングレイヤーは移動魔法を唱えて消えていった。

 あいつ、次に会ったときもちゃんと名字で呼べよな。

 だんまりモードになっていたヘッドフォン娘が、俺の手と顔を繰り返し眺める奇妙な行動を取っている。

 ったく、さっさと馬の鳴き声みてえな呪文でこいつも帰りゃいいのによ。俺からは訊ねることはないぜ。どうせろくなことを言い出さねえヤツだからな。

 心を読んだわけじゃないだろうが、にじり寄ったのかと思えるちっこい身体がつつーっと俺の傍へ接近し、

「臀部を平手打ちするの?」

 はあ?

「ここまで来てまだやろうってのか」

 わざと叩かれたいなんて妙な趣味を披露しねえよな。

「なぜ平手打ちを実行したいのかがわたしには理解できないの。物理的接触を試みたいと言うのならば把握できそうなの」

 何を難しそうに大胆なことを言ってやがんだ、この無表情娘は。

 俺は意味が合っていると確信しつつ、

「大まかに分けりゃ、愛のムチってことだ」

「……愛?」

 千代田は小柄な上半身ごと傾げ出し、子供が大人に「愛ってなーに?」と訊ねるかのように俺を見つめてくる。

 そこだけピックアップされてもだな……。

 俺の顔は当惑を表していたはずだが、なぜか千代田は、

「立腹しているの?」

「してねえし」

 答えた俺に、背伸びしながら何かを突き出してきた。

 ガム……?

「リラックスなの」

 ふんっ、占いランク最下位はもう終わりなはずだろ。

 外ケースから顔を出した板ガムは、俺のよく見知ったものだった。さすがに包装紙を偽装してまで塩なんか入れねえだろと思い、一枚引き抜――。

「痛っ」

 バチンと、確かな音が俺の耳へ届き、爪に電流を喰らったような痛みが走る。

 雷使いじゃなかったよな、と思いつつ千代田の手元を見ると、ガムの表面へ銀色の金具が覆い被さっていた。

 オモチャ……かよ。こいつ、絶対俺のこと嫌いだろ。マジで最高に地味な嫌がらせじゃねえか……。

「いつかあなたより高身長になってみせるの」

 いくらなんでもそりゃ無理だろ。と、叱る気も失せたとこで目が合うと、チビっ子様はむかつくほど無邪気な顔をして笑いやがった。

「ブウェーヒゥン」

 ちっ。教室の横でもそんくらい笑ってみろってんだ。

 俺の視野には涼司顔の魔法少女団リーダーしか映っていない。遊んでる最中に寝ちまった子猫のような圷は、乃浪が無事保護したのか二人して姿を消していた。

 俺は自分の爪をさすりつつ、

「おい、管理責任はどうなってんだよ、正義のリーダーってのは」

 御堂妹へダイレクトに皮肉をぶつけた。

 ふふっと口元を隠して笑った少女団リーダーは、

「わたくしは放任主義ですので」

 俺には逃げ口上に聞こえる返答を寄こし、

「しかし、魔法少女団リーダーとして、獅井名さんにご確認しておかなければならないことがございます」

「俺に?」

「ええ。明確なご回答をいただければ幸いに存じます」

 俺の捻りもない素性なら、何度訊かれても答えは同じだ。

「あまり長い時間獅井名さんを拘束してしまうと、魔女から別の怒りを買ってしまう恐れがありますので単刀直入に伺います」

 斜めにカットされた前髪から覗く片方の目を、御堂妹は意味ありげに細めてみせた。

 別の怒り? あいつが何を怒るというのだ。

「この先、魔女の魔法が罪もなき人間へ使用可能になった場合、獅井名さんはどうするおつもりなのでしょうか?」

 俺は右ストレートの前に、レバーへフックでも打ち込まれた気分になった。

 紗都はそんなことしねえよ、とここで突っぱねても、こいつは納得なんかしねえだろう。

 俺はズボンのポケットに両手を突っ込み、鼻で一笑したいのを抑え込みながら言う。

「そんときゃあいつのケツを引っぱたいてでも、この俺が止めてやるさ。お前らの手を借りるつもりはねえよ」

「そうでございますか」

 思い上がりも甚だしいとでも言うかと思いきや、

「では、一先ず獅井名さんにお任せすることに致しましょう。現状の魔女を打ち倒すことは、わたくしども正義の理念に反しますので」

 正義の理念、ね……。どこでその理念とやらに共感し合ったのかと根源的欲求が働き、

「なあ。お前ら魔法少女団とやらは誰が結成して――」

「詮索なさるような行為はご遠慮願えますでしょうか。正義の味方に謎はつきものです。魅力を損ねることにもなりかねませんから」

 先立つものがねえと損ねることもないんじゃねえのか?

 白い歯を見せずに笑う御堂妹の顔を見て、何だか涼司を思い出した。

「メンバーによる数々の非礼については、心よりお詫び申し上げます」

 俺が恐縮しちまうほどこうべを垂れ、片手でロングヘアーを押さえながら顔を上げる。

「わたくしもこのあたりで失礼させて頂きましょう」

 言って、御堂妹が小指を唇へ持っていく。

「ちょっと待て」

 魔法を唱える前に呼び止め、俺はポケットから片方の手を取り出す。

 入れっぱなしだった七グラム硬貨を、御堂妹が受け取りやすい位置へ放り投げた。

「これは?」

「それを兄貴に渡してくれ。そうだな……情報料ってとこだ」

 ま、元々は涼司のもんだけどな。

「承りました。それでは――」

 最後の一人がテンプレートに沿いつつ、

「トット、ケイク。ブウェーヒゥン」

 すべての魔法少女が俺の前からいなくなった。



 何とか追い払うことができた、か――。

 夜中に学校へ忍び込んだことなどなかったが、森閑としたグラウンドは馴染みのある夜間の場へ戻っている。

 さっきまで、まるで自分が異世界にでも迷い込んだような光景がここで繰り広げられていた。

 実際には、目に映る情景どおりの轟音は鳴り響いていない。女子の叫び声が方々に届くほどこの学園は狭くないし、誰かが聞きつけていればすぐに人が飛んでくるはずだ。かといってホログラム的なものをぶっ放してても、本物の魔法だとは思われないだろうがな。

 俺は妙な達成感に包まれる前に、あいつがどんな顔をしているか拝んでやることを思いつく。

 もしかしたら消えちまってるんじゃとよぎりつつ、後ろを振り返ってみる。

 紗都は女の子座りのまま、伏し目がちに自分の足元をジッと見つめていた。

 俺は紗都を見下ろせる位置まで足を運び、

「大丈夫かよ」

「……うん、ちょっと足を捻ったみたい」

 またホウキから落っこちたんじゃねえだろな。

「聞こえてただろ」

 ヘコんだような優等生に、主語を吹っ飛ばして俺は訊ねる。

「仲良さそうに話してるのが羨ましく思えるほどにね」

「バカ言ってんじゃねえよ」

「冗談よ」

 だから、お前のは冗談に受け取れねえし、笑えねえんだって。

「……私、あなたを頼らずに一人で解決しようと思ったの。あの頃よりは大人になったし、魔法も使えるようになった。でも、強くなれたと勘違いしていただけだったわ」

 紗都は、黒ソックスで覆われた足首に手を置きながら言った。

「まあ、なんだ。俺がもうちょい早く気づいてりゃよかったんだけどよ。お前もあいつらも、気づきっこねえことだしな」

「あなたは悪くないわ。結局、私は子供の頃から何も変わっていなかったのね。迷惑を掛けてばかりで……本当にごめんなさい」

 うつむいた顔をいっそう隠すように、紗都は頭を下げる。

「お前がどれだけアニメのDVDを観てたのか知らねえが、よく頑張ってたじゃねえか」

「あの子たちにも謝らなきゃ。私が魔女になりたいなんて考えなければ、こんなことにはならなかったもの」

 仮にもヤツらは正義を掲げてるんだ。ウダウダ引きずることもないだろうよ。それに、こいつがこの一連の流れを望んでいないというのなら、原因なんて誰にも説明できっこない。こうなった要因は俺にあったのかもしれないしな。

 俺は、ふと思った疑問を口にする。

「そういや、ずっと圷といたのに、お前気づかなかったのかよ」

「本当に現れたときはびっくりしたけど」

「本当に?」

「何となく、圷ちゃんが来るような気はしてたの」

「どういう意味だ」

 紗都はようやく大きな瞳を俺に合わせる角度へ顔を動かし、

「圷ちゃんの夢がね、魔法少女になることだったから」

 何だって……。

「教室で初めて圷ちゃんを見かけたときに、あのクマノスケとお話ししてたのね。私がぬいぐるみを見て可愛いねって声をかけたら、びっくりした顔をしてクマノスケを突き付けてきたの」

 何となく俺の頭に視覚的なものが浮かんだ。

「オレとダチになりてえのかよ! って言われたから、もちろんって返事をしたわ。圷ちゃんはね、今まであまりお友達ができなかったみたいで、ずっとクマノスケに夢や悩みを話してたって言ってた。仲良くなって私に色んなことを聞かせてくれたの。その中の一つに、仲間から求められる魔法少女になりたいって夢が含まれていたのよ」

 なんだなんだ。まさかあのおとぼけ少女が叶えた夢だったとかなのか? 意味合いは違うが、マジであいつがラスボスなんじゃねえのかと思い始めたとこで、

「私は魔女になりたいということを圷ちゃんへ話せなかったけれど、似たようなことを夢として持っていたから共感を覚えたのかもしれない。まさか、敵対するとは思ってもみなかったわ」

 そりゃそうだろうよ。もうこれだと言える源が特定できそうもねえからな。いや、別に責任逃れしてるわけじゃねえぜ。

 圷がいつ魔法少女になったのかは解らないが、あんなに紗都へくっついていても鳴世のようにはならなかった。だが、乃浪が指していたあいつというのが圷だとすると、ヤツらと同時期にはすでに魔法少女になっていたはずだ。攻撃性がない属性だったからなのか、紗都が敵として見なしていなかったからなのか。内塔にも気づかれないまま、よくあの天然娘はやり過ごしたもんだ。鳴世が不憫にも感じるが、いつか痛い目に合うと予測した俺が正しかったということにしておこう。

「さて、もう帰ろうぜ。こんな時間に――」

 腕時計に視線を落とした俺は、忘れかけていた事案を急に思い出すこととなった。

 時間は優に〇時を超えていた。真の復活が行なわれるという月を跨いでいたのだ。

「おい、何か身体に変化はねえのか? 自分が自分じゃないように感じるとか、今までにはない力が芽生えそうだとか、無性に暴力衝動が湧いてくるとかよ」

 俺は猛ラッシュをかけたような早口で紗都に訊いた。

 見た目に変化はまったくない。ボロボロの魔女コスプレをした普通の女子高生だ。ま、俺も満身創痍には違いない。制服や掌も傷だらけになっちまったからな。

 紗都は少し考え込んだような表情をして、

「少し足が痛むくらいで、他には特に……」

 いきなり急変して、ヒヒヒとか笑いださないでくれよ。

「でもね。最後に一つだけ試してみたいことがあるの」

 紗都はそう言うと、胸元からチークブラシを取り出した。

 目を閉じた紗都のまつ毛に電燈の明かりが反射し、一瞬光ったようにも見える。

「お前、何――」

「えいっ」

 お気に入りアイテムを振りながら小さな声で紗都式呪文を唱えると、

「あ?」

 細かい星形の光群を、出すぎたシャワーのように俺の身体へ浴びせた。

「……信じられねえ」

 俺は思わずバカっぽいリアクションを取る。いや、取るしかなかった。

 ブレザーの破れていた箇所が、たちどころに復元されていく。服だけじゃなかった。泥遊びのあと丁寧に手洗いをしたように、汚れや傷までもがキレイさっぱりなくなっていたのだ。

「成功したようね」

 イタズラっ子が上手くいったみたいな笑顔で、紗都は俺を見上げている。

「……おい、人や物には効かないはずだろ。お前、黙ってたのか」

 これじゃあ、俺がヤツらを騙して追い返したことになっちまう。俺の考察が根底から崩れたってわけかよ。

 紗都はゆっくりと首を左右に振って、否定めいたアクションを起こした。

「良いことに使う分には行使できるのかもしれないと思いついただけよ。いまさっきね」

 紗都らしいといえばそれで済む話だが、まさか真の復活で完全な状態になったのがこれなのか……?

「アニメでも次の週には建物が直っていたり、登場人物の服が破けても毎回同じ物を着ているでしょ? おそらくこういうことなのよ」

 知らねえっつうの。

「もう人に対して魔法を使うのは最後にしておくね。争い事はこりごりだから」

 笑い顔を優等生の真面目顔に作り直し、紗都はそう言った。

 いまこの結果受けて、ガキの頃耳にしたアニメの魔女の独白が、俺にも少しだけ理解できそうな気がした。

 魔法の源は魔女王にあり、自分が消滅すればすべての魔法が使用不能になると言っていた。正しき者や悪しき者が混在した魔法使いたちに頭を悩ませていた魔女は、自らの存在を消して一端リセットすることを思いつく。自害することのできない魔女は理由を明かさず、魔法少女団に倒されることを仕向けたのだ。そして皆が正しく魔法を使えるのならば、自分が復活することもありえると。最後にそう言い残し消えていった。

 うろ覚えだが、こんな感じだったはずだ。

 アニメの話がどうリンクしているのか、俺にはさっぱり解らない。紗都の願望。圷の夢。俺の遅刻……。はたまたそれ以外の何か。もしかしたら全部の要因が重なって、この難解な出来事が起きてしまったのか――。

 ただ、俺にしてみりゃ答えが解ったとしても、だからなんだという話だ。

 とにかく、隣人で幼なじみのクラスメイトが、悪い魔女だかにならなかっただけマシだろ。

「早く自分の足を治してみろよ。いい加減帰ろうぜ」

 俺に促された紗都は、えいっとも言わずに自分へ向けてチークブラシを振るう。

「……自分の身体は治せないみたい」

 ホントにこいつの魔法は中途半端だな……。

 俺は紗都に背を向けると、膝を折って身体をかがめる。

「え……」

「え、じゃねえよ。立てねえんだろ。俺は帰ってさっさと寝ちまいたいんだ」

「でも、せっかくキレイにしたブレザーが汚れちゃうから」

「どうでもいいんだよ、そんなのは」

「うん……」

 俺の首に手が回り、紗都の身体が背中へもたれ掛かってくる。

 おぶって立ち上がった俺はどこから出ようか迷いつつ、壁を乗り越えられそうもない紗都のため裏門へ向かった。門に触れず、こいつを降ろしてやるしかねえよな。

 ガキの頃、おんぶしてみてとうるさかった紗都を、俺はよろけるばかりでまともに背負うことができなかった。今はこんなにも軽く感じることが信じられないくらいに。

 ツーサイドアップの髪がリズムよく俺の顔に触れている。むず痒さを塞がった両手でどうやって取っ払えばいいのか考えていると、

「ありがとうね……豪ちゃん」

 紗都の声が俺の耳元をくすぐった。

 あ? まさか、家まで運んでもらえるとか思ってねえよな。

「タクシーが拾えるとこまでだからな」

「ううん、そうじゃなくて」

 何なんだよ。

「それとな、ちゃん付けに戻ってやがるぞ。あれから何年経ってると思ってんだ」

「だって、鳴世さんはいつも豪ちゃんって呼んでるじゃない」

 こいつ、そんなことを気にするヤツだったか?

「あいつ、俺の言うこと利かねえんだよ」

「じゃあ、私も利かない」

 ガキみてえなこと抜かしてんじゃねえよ……。

「この先、俺の言うことは利かなくていいって、豪ちゃんが言った言葉よ」

「あれはお前……」

 陥落するための勢いでとは言えず、ごまかし気味に紗都の身体を背負い直した。

 どっちにしろ黒玉は落ちてきたんだから、言うことを利いたわけじゃないような気もするが。

「あのね」

 裏門が見えてきたところで紗都が、

「私、魔女になりたいっていう願いが叶ったと思っていたんだけど、実は違っていたのかもしれない」

 そもそもの話を引っくり返すような、奇妙なことを言い出した。

「今さら何言ってんだ。じゃあ、叶ったもんは何だっつうんだよ」

「解らないけれど……内緒」

「言ってることがむちゃくちゃだろ……」

 どう指摘していいのかも解らねえし。

 俺にしがみつく紗都の腕に力が入ったような気がしたところで、この忌々しかった空間から抜け出す出口へ、俺たち二人はようやく辿り着いた。



 翌月曜日――。

 昨日の日曜日に何が起ころうが寝続けてやると決めた俺は、決意どおり丸一日寝て過ごし、今朝も眠気が覚めないまま自室で学校へ行く準備に追われていた。

 結局、深夜の学校で門越えには成功したものの、タクシーを拾えないという最悪の法則に見舞われ、紗都を背負ったまま自宅まで帰ってきたのだ。

 そりゃ一日寝てたくもなるわな、と自分へ労わりめいたことを頭に浮かべていると、

「豪ー、まだ用意できないの」

 さっきからしつこく呼ぶ母親の声が、だんだんと険しさを増してきた。

 よく考えたらあいつ移動する魔法とか使えなかったのかよ、と気づきつつ紗都がリニューアルした黒ブレザーに袖を通したときだ。

「豪ーっ、紗都ちゃんが待ってるんだから、早くしなさーい」

 はあ?

 何であいつがウチに来やがるんだ。身体か意識に変調でもきたしたのか? それとも、また妙な輩が現れたんじゃ――。

 俺は鞄を掴み、急いで玄関へと向かった。

「おはよう」

 制服姿の紗都が通学鞄を膝の前に添え、珍しく緊張したような面構えで姿勢よく立っていた。

 挨拶を返したほうがいいのか、何か訊ねてやるほうが先なのか迷っていると、紗都は鞄から何やら取り出し、

「これ」

 視線を逸らしながら、目一杯手を伸ばして俺へ突き付けてきた。

「どういう風の吹き回しだ」

 俺の目には青い布に包まれた直方体が映りこんでいる。

「ど、土曜日のお礼よ。気持ちだけ受け取るっていうのなら自分で食べるから」

 また変な占いでも信じ込んでるわけじゃねえよな。

 だが、気持ちはともかく断る理由も見つかりそうにないので、

「じゃ、ありがたく貰っとくわ。これで昼飯代が浮くからな」

「そう」

 俺が受け取った物を鞄へしまっていると、

「それじゃあね」

 紗都は気を張ったような顔のまま、とっとと玄関の扉から出て行ってしまった。

 ったく。別に希望しているわけじゃないが、口元をちょいと動かして浮かべるくらいは見せてもいいだろうよ。

 ……まあいいさ。あんなことがあっても、あいつは俺との距離を変えたくないのだろう。

 俺は――。

 靴を履いて玄関の扉を開けると、黒ブレザーの後ろ姿があることに気づく。

 何をしてるんだか。

 俺はツーサイドアップの横を通り過ぎ、駅へと向かうため身体をいつものスピードに乗せた。

 斜め後ろへタタっと近づく音をさせて、

「今朝メールが来たの。内塔くんから」

 紗都が短く告げてくる。

 一瞬、足が止まりそうになったが、慣性が働きそのまま前を向いて歩き続ける。

 あの野郎、消えなくて済んだのか――。

 ふんっ、一人だけ行方不明だとか、そんなオカルティックな話はいらねえしな。

「今までのことが色々と書かれていたわ」

「そっか。何だかバカみてえな話だろ」

「それでね。一度ゆっくり私と話したいって……」

 続きの言葉があるような気配を残し、紗都は黙り込んだ。

 そのまま数分歩いたところで、公園沿いの道へと差し掛かる。

 ガキの頃からほんの何日か前まで様々なことがあった場所だが、様相は古びていったとしても、変わらずいつもここにある。

 変わらず、か。

「もしもだ」

 俺は足を動かしながらも斜め後ろへ向けて、

「お前が何か迷ってるなら、俺が一緒に行ってやってもいいぜ」

「……うん」

 紗都は返事を寄こすと、またしても口を閉じてしまう。

 うん、ってのはどういう意味なんだよ。こうしてくれとかあーしてくれとか、もうちょっと言葉で示してくれなきゃ、よく解んねえぞ。

 公園沿いの道に終わりが見えかけたときだ。

 声をかけるのも憚られる雰囲気の中、紗都に動きがあった。

 というより、俺の手に変化が訪れた。

 横へ並んで来た紗都と自分の間に視線を落としてみる。

 紗都の小さな左手が、申し訳程度に俺の小指の先を握っていた。

 ったく――。

 これじゃ、羨ましい気なんか小指の先ほどもねえと、他人にツッコミを入れられなくなっちまうじゃねえか。

 まるで魔法を掛けられたかのように、俺は文句を口に出せず、紗都の手を払い除けることもできなかった。



 了

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