phase11
本当にここで合ってるのか――。
俺はいつもどおりの通学路を疾走し、いつもより三分の一くらいの時間で学校へ辿り着いた。
正門前まで来たが、カメラのフラッシュを焚くような光が見えるだけで、大きな物音が響いてくることはなかった。
紫城学園にも警備員はいる。が、夜間は常駐せずに警備システムが見張っているので、門から立ち入るわけにはいかない。何とか乗り越えられそうな場所を探すしかない、か。
俺は塀が連なる側面へ移動するため、外周に沿って走り出した。
魔法が使えりゃすんなり中へ入れるんだろう。苦心の末に入り込んだとしても、もぬけの殻だったら無駄な時間を過ごしただけになっちまう。いや……俺が乗り込んだところで有益なのかも定かじゃないが。
角を曲がった俺の視野へ人影が映る。
黒ブレザー女子が斜め上を見上げ、おろおろとする場面へ出くわした。
……何やってんだ。
そいつは手が届きそうもない壁の前で、勢いよくピョンと跳び上がる。そして見事にケツから地面へと着地した。
「むう……」
抱えてる超大型の二つが引力に負けてんじゃねえのか? 何だか後ろのキャラクタープリントがモロ見えになってるぞ……。
「おい」
俺は声を出し、相手に自分の存在を気づかせる。
「あ~、獅井名くん。ちょうどよいとこに来たのです。あれ~、なんで獅井名くんがここにいるのですか~!?」
訊ねてくる順序が逆だろ。それに、訊く順番を勝手に奪うんじゃねえよ。
「お前こそ、ここで何してんだ」
俺は礼儀も何もなく、寝ぼけ眼の圷に質問で返した。
制服を着込んでいるとはいえ、こんな時間に学校周りでうろちょろする女子はそうそういない。疑いの目以外でこのすっとぼけた女子を見るのは、むしろ不自然だ。
こいつもヤツらの一味だっていうのか――。
「どうしても学校へ入らなくてはならないのですぅ……。なので、麻輝奈を肩車してくださいなのです」
「紗都と一緒だったんだろ? あいつはどうした」
まったく会話が噛み合っていないが、俺は一番訊きたかったことを口にした。
圷は今にも眠っちまいそうな目をパチクリさせると、
「このこの~」
叫びつつゆっくりと俺に駆け寄り、転びそうになりながらも体勢を戻すと、
「ボカボカボカ」
口と拳を使って俺の胸に三発喰らわせた。
何がしてえんだよ、こいつは。お守り役がいねえから野放し状態じゃねえか。
「さっさと肩車しろよコノ野郎! マヌケ面して突っ立ってんじゃねーよ、オイ!」
突き出してきた手には、しっかりと熊のぬいぐるみが握られている。
ったく……。
俺はクマノスケだかのつぶらな瞳に向け、
「理由を教えてくれたら考えてやってもいいぜ。ただ、変なとこを触るなとかくだらねえ条件付きならお断りだ」
「テ、テメエ触りてーのかよ!」
圷はぬいぐるみを持つ手をわなわなと震わせる。
こいつに余計な一言を添えるのは止めとこう。紗都ってキーワードも外したほうがいいかもしれない。
「校内に何の用があるんだ。忘れもんでもしたか?」
差し出がましいことを付け足しちまった気もするが、
「急用なのです。すでに遅れちゃってるのです。だ~か~ら~、肩車~」
だから理由を言えっつうんだよ。紗都はよくこんなガキ臭いヤツの面倒がみれるな。
また熊野郎の出番が来たらシカトしてやろうと考えつつ、俺にある疑問が浮かんだので質問事項をぶつけてみる。
「なあ、魔法を使えば簡単に中へ入れるんじゃねえのか?」
さあ、答えるのはどっちだ。熊野郎か、それともおとぼけ娘か。
圷は完全に目が覚めたようなパッチリ目で、
「はっ。そうだったのです。遅刻してたから焦って思いつかなかったのですぅ」
やっぱりお前もかよっ、と言って熊を叩き落としてやろうかと思った。
圷はまたもやぬいぐるみを盾に、
「テメエにゃ感謝の言葉の代わりに、コレをくれてやるぜ!」
俺より悪態を吐くような言い方でがなると、
「リヒトゥミュール!」
呪文的な語句を叫んだ。
スポットライトで照らされたような白光が、俺の身体を避けるようにして降り注がれる。
何しやがったんだ。
瞬く間に俺の周囲が光に包まれた。まるでアクリルケースに入れられた人形のように、ちょっとでも動こうもんなら触れてしまう間隔だ。
……これはヤバい。かごの鳥より動きがとれねえ。
「獅井名くんを口止め……じゃなくて、足止めさせてもらったのです。触っても痛くないのですよ? でも、麻輝奈がいいですよ~って言わないと出ることはできませんから~」
何なんだよ、その縛りは。
ついでに口止めもされたんじゃないかと思うほど、マジで言葉が出てこない。
「だいぶ時間が過ぎちゃったから、絶対乃浪ちゃんに怒られてしまうのです……」
乃浪が言ってたあいつってのは――、圷のことだったのか。
こいつ、紗都の見張り番だったってことか? それなら俺に勘違いの敵意を向けてきたのも納得だが、優等生様に引っ付きまくってたのに鳴世のような害は受けなかったのかよ。
紗都だってあんなにも可愛がってたじゃねえか……。
「麻輝奈は眞取ちゃんのことが大大大好きなのですよ? でも、正義のために行かなくてはなのですぅ」
悩んだ末にといった表情で告白し、
「ブウェーヒゥン!」
無感情な熊の顔を俺に見せつけて、自分の身体を消去させた。
クソっ。
紗都が学校の敷地内にいるのはこれで確定だ。しかし、圷が最後の仲間だとすると、魔法少女団だかの面子がすべて揃うことになる。
透けて見えるような牢獄で立たされてる場合じゃねえのに、俺は何をやってるんだ。
ここまでなのか。部外者ってのはこんな情けない姿をさらさなきゃいけねえのか。
温度や匂いも感じない無機質な淡い光に、未体験の恐怖感だけが刻まれていく。
これが正義の味方のやることなのか? ふざけんのもいい加減にしろよ。
圷は触っても痛くないと言っていた。その言葉を鵜呑みにするのも危険だが、触れてどうにかなったらそれまでだ。一般人に危害を加える正義の味方なんか知りもしねえ。そんなもんが最近の流行なら、世も末ってことだろ。
俺は少しづつ光の壁へ手を近づける。
圷を信じるわけじゃない。俺はこんなとこで突っ立ってるわけにはいかねえんだよ。
敢然と腹を決め、思いっきり右手を伸ばした。
「なっ」
突き抜けた――、と思った瞬間。取り巻いていた光の障壁が消え、視界が晴れた。
出られたのか……?
付近は俺が閉じ込められる前と何ら変わりなく、夜間の一角として時間が流れていた。
あの寝ぐせ娘が寝ぼけてミスったのか、それとも何らかの思惑を潜めていたのか。当然、俺に不可解な力が備わったわけじゃない。
とにかく、今は動けるようになっただけマシだ。
俺は目の前のコンクリート壁へ駆け上がると、周りも先のことも考えずに反対側へ侵入を開始した。
乗り込んだ位置が把握できないほど、俺の身体は草木の茂みへ埋没している。無我夢中で壁とは逆方向へ進むと、擬洋風建築で建てられた講堂が見えてきた。
正門から見えた閃光はグラウンドの方角だ。とすると、この建物の裏手に当たる。
左からは校舎内へ入らないと通過できないため、俺は右へと迂回してひたすら突っ走った。
ここへ来るまでに回避策が思いつけばと考えていたが、ネオテームよりも遥かに甘かった。魔法を封印したり、力を奪い取るなんてマネも俺にはできない。使わせないことを考えるのが一番てっとり早い気はするが……。
最悪、これは本当に最悪のケースだが、もしもの時はシンプルに身を挺してあいつを庇うしかない。
俺は正義でも悪でもないと自覚している。俺ごと葬っちまう正義があるのなら、そんなもんは大義でも何でもねえ。傲慢なクソ思想ってだけだ。
秘策とも言えない策が練れたとこで、グラウンドが見渡せる場所へ辿り着いた。
いやがった――。
四百メートルトラックのゴール付近。特別教室棟の入り口前に、一人を起点とした扇形シルエットが形成されている。
幸い何ヶ所か電燈が点いていたため、かろうじて個人の見分けはつきそうだ。
一人だけ校則順守な制服姿の背後目掛け、俺は最短距離で接近を試みる。
紗都から少し離れた向かいには、四人のコスプレもどきが間隔を空けて並び立っていた。各々が武器を片手に、まるでスタッフのいない何かの撮影現場といった雰囲気だ。
――四人。おとぼけ少女がいねえじゃねえか。
メラメラ刀のお嬢リーダーに、無手にも見えるヘッドフォン娘。そしてソーダ味みたいな斧を担ぐ褐色ガールと、
「やっほー。来ると思ってたよー、豪ちゃんっ」
黄色く発光したロープのような物を左右へ振り、垂れ目のレイヤー女子が俺に挨拶をかます。
何だありゃ……手鏡から直接出てるのか? ったく、呑気なこと言いやがって。
「な、なんで、ご……あなたがここへ来るのよ」
後ろ向きだった紗都が振り返り、背後霊が実体化したとでも言わんばかりの驚き顔を見せた。
そんな霊的なもんがいるのか知らねえが、ここにいるヤツらをざっくり分けろと言われたら、俺なら同じカテゴリーに放り込むがな。
「首尾はどうなんだよ」
いつだったか、内塔にかけた言葉をそっくり紗都にも投げてみる。
近づいてみて気づいたが、黒ブレザーや格子柄スカートの随所にかなりの損傷個所が見受けられた。
すでに一戦交えたって感じかよ。
「話し合いは決裂ってとこね」
紗都が真顔で言う。
「当たり前だろっ。くだらねえ少女アニメごっこなんかさっさと止めて――」
「下がってて」
紗都は俺をトンと突き押すと、壁にペンキでも塗るようにチークブラシを大きく横へ振った。
すると、紫がかったオーロラのような幕が、波打ちながら頭上へ広がっていく。
「おいっ」
「そこから動かないで」
薄っすらとした紫光が地面まで膨張を続ける最中、カーテン越しに何十発と投石を喰らったような起伏が浮かび上がる。
攻撃されてる……ってことなのか?
さっき圷に投獄された現象とよく似ている。天井ほどの高さを持つドーム型の光が、俺たち二人をすっぽりと覆った。
「無関係のあなたがいるのに容赦ないわね。特に千代田さんと……乃浪さんだっけ」
敵をさん付けで呼ぶのもこいつらしいと場違いな感心をしつつ、前を向いた紗都の背中越しにヤツらを見やる。
千代田が上空へ向け、弓矢を放つ動作を懸命に繰り返していた。
すべての着弾点がこの紫光防壁へあるように、無数の凹凸が出来上がっていく。
紗都はヤツらを見据えたまま、
「これくらいでは突破されないわ。体験しながらコツを掴んできたから」
コツ? 何をゲームみてえに言ってやがんだ。
「こんな争いをして何になるんだ。ヤツらはガキの頃の相手でもなけりゃ、魔女の仇でもねえんだぞっ」
語気を強めて言った俺に、
「そんなこと解ってるわよ」
紗都は普段どおりに落ち着きのある声で告げてくる。
「でも、存在を消すとまで宣告されて実際に執行されかかってるの。私にとって他人事では済まないのよ」
そりゃそうだが……。
「私は強くなれた。能力だけじゃない。立ち向かえる勇力を持つことができたわ」
自分に暗示をかけるように呟き、完全に頭ん中から俺の存在を追いやっている。
ドーム型の避難テントは徐々に形を崩してきた。乃浪がこれでどうだとばかりに、円錐をくっ付け合わせたような氷の塊を大量にぶつけてきている。
護り手とやらの疑いが復活したのか、ヤツらのほうは俺がいようとお構いなしだ。全員を説得できるだけのプレゼンテーションも、今の俺にはできそうもない。
こんなとこまで来て3Dめいたシーンを見続けるしかねえのかよ。
「えいっ」
紗都は指揮者のタクトようにチークブラシを操り、バラけたヤツらの元へバレーボール大の火球をガンガン落としていく。
何だよ、そのデタラメな能力は……。
「ブウェーヒゥン」
少女団四人は口々にあの消える呪文だかを唱え、自らへの直撃を避けていた。
俺の目は動きを追うというより、現れた箇所に焦点を合わせるしか作用しない。
重そうに見える斧を携帯した乃浪がふいに立ち止まり、
「あいつはまだ迷子かな。このまま避けてるだけじゃ持たないかも」
「そうだねぇ」
そのボヤキを受けた鳴世はきりがないと見たのか、黄色く光ったギザギザロープを蛇のようにうねらせ、火球を遠方へ弾き始める。
尋常じゃない弾数だった。紗都のヤツ、いつの間にこんなことを……。家の中で自主練できるってレベルじゃねえだろ。
「ボクの雷属性じゃこれが限界だよー。御堂っち、任せたっ」
鳴世が悲壮な叫び声を上げる。バトンを受けた双子妹は所持する火刀を無言で消し、空へ向けて両手を掲げ始めた。
「グローテェル、ロードゥ。ヴュールミュール」
ボワっと音を立てたかのように炎を灯し、紅い怪火を一気に拡大させる。
上空へ広がった炎の絨毯が、紗都の落下させた火玉をすべて受けきると、
「ウィッケル」
包み込みようにして一つの塊を作っていく。
「なるほど。そういう法則があるのね」
紗都の独り言を耳にしつつ、姿を表に出した千代田の行動に目が止まる。
こともあろうか、せっかく仲間が集めた火の塊に向け、あらん限りといった見えない矢を撃ち込んでいた。火の勢いが増し、火球はどんどん膨れ上がる。
何してんだ……。
一日一度は目にするあれを、間近で見たらこうなるんだろうという形が出来上がっていった。
「頃合いなの」
千代田がポツリと言い、スケールの小さな太陽が完成したところで、
「ヴァッルン」
双子妹が口走った瞬間、俺と紗都が入った半球体にそのファイヤーボールが激突した。
紗都の身体がよろめく。俺は本能的に身構えたが、足元を揺らす振動は伝わってこなかった。何より、ぶつかった衝撃音さえ耳に響いてこない。
紗都の張ったバリア的なものが強力だったってことなのか――。
にしても、あんなもん生身の身体に当たったら一瞬でこの世とおさらばだ。横を通り過ぎただけで消し炭にされちまうだろ。
「今のはちょっとビックリしたわ」
ちょっとって、こいつ恐怖心メーターがどうかなっちまったんじゃねえのか。
紗都がチークブラシをクルクルと回す。
「だったら――」
と小股を広げ、薙ぎ払うように再び化粧道具を横へ振る。
薄紫ドームの凹みや削れた箇所が、みるみるうちに修復されていった。
そして天空を示すようにお気に入りアイテムを高く持つと、
「えいっ」
またもマヌケな呪文的掛け声を発する。
音がしないため発火が原理なのかは解らないが、チークブラシの先からクラッカーのように四色の紙テープらしきものが飛び出た。
紙に見えたカラフルな光の帯が、バラけていた四人それぞれへ物凄い勢いで向かっていく。
「何をやったんだ、お前は」
耳に入っていないのかシカトしているのか、紗都は俺の問いにまったく答えようとしない。
姿を消したり素早い動きでかわしていた少女団は、次々とカラーバンデージによってグルグル巻きにされ、全員が不格好に捕獲されてしまった。
「これは……少々厄介ですね」
炎使いのリーダーは、青い光に捕われながら苦痛に上品顔を歪ませている。
「ボクはまだ完璧状態じゃないのに、また力が抜けちゃうよー」
「あいつは何をやってんのかなぁ。本気でやばいかも」
鳴世も乃浪も、纏わりついてる緑と赤から必死に抜け出そうとしていた。が、とうとう四人全員が地面へ横倒しにされ、完全に動きを封じられた。
ペットシッターが複数のリードを束ねるように、紗都は冷静にチークブラシを握っている。
「おいっ、苦しんでるみてえだから放してやれよ」
無駄だと感じつつも紗都へ苦言を呈すると、
「個人個人に苦手な属性があるみたいね」
分析してる場合かっつうの。
「勉強熱心なのはいいが、危険そうな魔法は試してないって言ってたじゃねえか。隠してたってことか?」
「今ここで学んでるのよ。私は師匠に教えを受けたわけではないし、魔導書を紐解いたわけでもないわ。あるとすれば、何度も観たDVDの魔女をイメージしているだけよ」
負けちまうとこは早送りかよ、とツッコミたいのを堪え、
「お前が望んだことは、こんな仕打ちをするためだったのかよ。そうじゃねえだろっ」
「命の危険を感じる争いなんか望むわけないでしょ。あなたに私の宿望が解るなら教えて欲しいくらいね」
紗都の毅然とした態度に、俺は口を慎まざるを得なかった。
身を守るために魔法を使っているのなら、こいつの言ってることはおそらく正しい。
あのギャル雑誌に書かれた占いどおりになったとすれば、こうなってる原因はこの俺にあるかもしれないのだ。
もしそうならば、それを捻じ戻すにはどうすりゃいいんだ――。
「あの子たちはあなたがいても攻撃の手を緩めなかった。許し難い行為だわ」
四人と繋がったままのチークブラシを、紗都はホウキ程度の長さへスルスルと伸ばす。
「あなたのことは……私が守ってみせる」
と、今度は大きな獲物を釣り上げたように、両手で俸っきれを引き上げてみせる。
カラーミイラ四体が軽々と宙に浮き、校舎の二階ほどの高さへ固定された。
「これならどうかしら」
紗都が握った棒へ力を込める。どこでインクを詰め替えたのか、筆の先から射出された四色の光彩が、濃い紫へと変色していく。
これは……鳴世の手を染めたときと同じような色だ。
紫色はたちどころに少女団メンバーへ到達し、花びらに包まれたように全身を塗り替えた。
いや、そんな綺麗なもんじゃねえ。ここまでくると悪趣味とさえ思えてくる。
こいつ、本当に紗都なのか? 俺を守るなんて余計なお世話もいいとこだが、美名の下に仮面を被った別人なんじゃないだろな。
俺の目の前に、日常の学校風景では確実に見ることのできない光景が展開されている。
優等生とされる女子高生が、同級生女子四人を縛り上げて拘束しているのだ。
一人増やすと紗都にどやされそうだが、四者四様のうめき声が僅かに聞こえてくる。
「さすがに危いの」
無口気味なヘッドフォン娘でさえ苦悶を表した。
「案の定、あの子たちの属性外だと効力が倍増するようね」
少女集団から視点を動かさずに紗都が言う。
もう俺には紗都の言ってることが理解できない。そもそも理解する気もないが、
「あんな姿晒してヤツらも懲りただろ。武力で屈服させるのもどうかと思うけどよ、停戦を持ちかけてみたらどうだ」
「相手のやり方を目の当たりにしてよく言えるわね。手を緩めたらすぐに牙を剥くわ」
「お前が凄いのは充分解った。だからもう止めとけっ」
ツーサイドアップに纏められた二部分をユラリとくねらせ、紗都が俺へ振り返る。
「まだこれからよ」
表情からは喜びや恐れといった感情は読み取れない。授業を真面目に受ける優等生そのままの顔だ。
紗都は浮いている四人へ向き直ると、片手を開いて前方へ押し出した。
ヤツらの身体の周りから紫の霧が発生し、個々の頭上で何かの形を構築していく。
……なんだあれは。
ブリリアントカットだかの、下部が尖った宝石のような固体が現れた。
両手で持ち上げきれるのかというそれは異質な色めきを発し、次第に高速回転を始める。
チークブラシを支える右手はそのままに、紗都は押し出していた左手をすっと挙げてみせた。
連動しているかのように、煙が出そうなほどスピンしているパープルストーンも着実に上昇していく。
まさか、あのドリルみてえのをぶちかます気じゃ……。
紗都は今にも自分へ命令を下し、左手を振り下ろそうとしている。
「おいっ、止めろ! そんなことしてどうなるか解ってんのかよっ」
最初はあんなにもしょぼかった魔法が、ほんの何日かでこんな奇怪なことをできるまでになるとは。紗都の成長スピードが恐ろしい速度で進んでいる。アニメを参考にしてるとはいえ、ヤツらが懸念する片鱗が見えたような気がするぜ。
だが、こいつにこんなマネをさせ続けちゃダメなんだ。
「らしくねえことをするなっ」
「私一人で抗戦できるのなら、思っていたより空疎な相手だったってことよ」
俺の叫喚に耳を貸そうとしない紗都を、力ずくで止めようとしたときだ。
あいつは――。
「トランスフォーマティ!」
四人が浮いてるすぐ真下に、突如黒ブレザー姿の少女が現れた。
「……圷ちゃん」
紗都が小声で漏らし、下げようとしていた手を中途半端な位置で止めた。
俺より先にインチキして入ってったくせに、今ごろ登場かよ。
おとぼけ少女は熊のぬいぐるみを掲げると、身体を回転させながら浮遊していった。四人と同じ高さまで上がったところで、
「マキナ・ヴァン・ストラールッ」
まじない的文句を叫ぶと、両手を大きく広げた全身から目も眩むような閃光が放たれる。
瞳孔の調節が一時狂い、景色がボヤけて見える。アニメなら軽快な音楽や効果音でも鳴るんだろうが、物音といえば半数以上が女子高生の叫び声だ。
俺の目が通常モードへ戻ると、どういう原理で早着替えしたのか、圷が魔法少女団スタイルへ変貌を遂げていた。
「むう……」
見るからに窮屈そうな上半身で、なぜか地べたへ大股開きのまま白ブーツの両足を投げ出している。
こいつ……また落っこちて、しりもち状態なんじゃねえのか?
「麻輝奈っ、早く遮断してくれると助かるかも!」
乃浪の張り上げた声が粛然たるグラウンドへ響く。
「あ~、そうでした~」
ほとんどアレが見えてるようなプリーツスカートを、圷はあたふた押さえて立ち上がった。
「リ、リヒトゥミュール!」
俺を閉じ込めたときと同じ言葉が、熊人形越しに吐き出される。
境目がここと言い切れない上空から、白い光が照射された。急ピッチで仕上げられた正方形の光部屋が、魔法少女団を内包していく。
その一辺が、紗都とヤツらを繋ぐ四本の光線に触れたときだった。鋭利な刃物を振り下ろしたように、個々へ伸びていた光の帯がザックリと切断される。
拘束されていた全員の身体が解放され、四人は伸身宙返りや前方宙返りで見事に着地していった。
御堂妹はリーダーとしての顔を作り直し、
「お待たせしました。愛を振りまく正義の執行者、魔法少女団レクトヴ――」
「勢揃いってとこね」
と、紗都がチークブラシを元のサイズへ戻しながら言う。
四角い光の囲いの中、とうとう五人の魔法少女団が集結しちまった。
白地のセパレートコスチュームに長手袋とロンブブーツ。どういう基準で選んでるのか、乃浪と鳴世の二人はローライズショートパンツ。他の三人は、見てるこっちが恥ずかしくなるようなミニスカート姿。ベタに言えば、まさにアニメから飛び出て来たようなって感じだ。
乃浪が圷の頬っぺたをムニっと掴み、
「いったい何をやってたのかな? あんた、終わったら説教かも」
「ごめんなさいなのです、寝ぼけてたわけじゃないのです。ぜんぶクマノスケのせいなのです。乃浪ちゃん、と~っても痛いのですぅ」
「ふーん。熊、差し出してくれるかな」
「ちょっと間違えたのです。ごめんなさいなのです~」
圷の頬をつねる乃浪の手を、御堂妹がそっと外しやった。
「氷織さん、このあたりにしておきましょう。今は他にやるべきことがあるはずです。麻輝奈さんもここから全力でお願いしますね」
おとぼけ少女はコクコク頷くと、双子妹の背後へ隠れるように移動する。
「……はいはい。相変わらず火弥子は麻輝奈に甘いかも」
ふんっ、氷女もリーダーには頭が上がらねえってことかよ。
「さてさて、眞取っちがお待ちかねだよー」
鳴世の呼号に、少女団全員の眼差しが紗都へ向けられた。