第9話 明日の約束
「ダーリンはここの出身?」
一番大事な話しなんていうから何かと思ったけど、なんで出身を聞くんだろう。
「いや、たまたまこの街に来て学校に通おうということになっただけだけど。」
トルチェはう~んと残念そうな顔をする。
「じゃあ、宿住まい?」
「一応、お金があったから一軒家を買ったけど。」
言った瞬間、トルチェは打って変わってパアッと顔が輝いた。なんとなく、しまったと思ったけど後の祭りである。
「じっ、実はね。私たちもここの人間じゃないの。で、いまこの宿に滞在してるんだけど、いつまでもここから学校に通うわけにはいかないでしょ。で、せっかくだったら、私たち、もうダーリンとか呼んじゃうまるで新婚ホヤホヤのカップルみたいな仲になったじゃない。だから、あの、ダーリンの家に居候させてほしいな、なんて・・・。」
なるほど。確かに、それは一番大事な問題だ。主にトルチェたちにとってだけど。ってちょっと待って!なんでそこのメイドさんはまた包丁を持っているの。
「ああ、申し訳ありません。もうゴミはなくなったかなと見に来たところでしたので・・・。これは、私と、お嬢様のディナーを作っているところです。」
いやいや、見に来たってずっとここにいたでしょ、あなた。そして今ここで包丁を取り出したでしょ!!
「もう、アニーったらオチャメさん。」
「はい、わたしはオチャメさんです。目の前のゴミに向かって手を滑らせるくらいに。」
ひゅっと何かが飛んできたので、慌てて飛び退くと僕が今さっきいたところには包丁が3本刺さっていた。マジこええ。
「そこのゴミ、せっかくお嬢様が居候してくださると言っているのだから、さっさと泣いて感謝の意を表し、速やかに家を明け渡しなさい。」
いやいや、なぜ居候しようとしている側がこんなに偉そうなんだ。しかも、僕たちが出ていくこと前提?
「アニー、ダメよ。私はダーリンと一緒に暮らしたいから言っているのに、それを追い出しちゃったら意味無いでしょ。」
「しかし、お嬢様。こんなゴミと一緒だなんて危険すぎます。御身を大切になさってください。」
なおも食い下がるメイドさんに対して、トルチェは最後通牒を突きつけた。
「あら、私の体を心配してくれるのなら、まずは私とダーリンの初夜のセッティングをしてもらわなくちゃね。」
ひぃ。
なんか、洒落にならないくらいの数の包丁が飛んできた。てか、最後通牒って僕に対しての最後通牒になってるじゃん。
しかし、このままでは埒があかない。現実をつきつけなくちゃ。
「生憎だけど、いくつか確認しなければならないことがあるね。まず第一に僕はトルチェのダーリンになった覚えもなければ、将来を誓い合った記憶もない。」
「そ、そんな!私をさんざん弄んでおいて、捨てる気なのね。」
「貴様、お嬢様に恥をかかせるつもりか?」
また、2人がワイワイと始める。なんかもう、面倒くさいことこの上ない。すごくイライラしてきた。
僕は、静かに深呼吸をすると、少し低めの声で言った。
「てめえら、少し黙ってろ。」
途端に、顔を真っ青にしてコクコクと頷く2人。そこまで、ドスを利かせたつもりはなかったのにな。まあ、いい。静かなうちに話そう。
「とにかく、僕と君たちとは初対面だし、ダーリンとか呼ばれるような関係にはない。それに、僕には既に婚約者もいるしね。あと、お互い明日の試験を受からなくてはどうにもならないんだから、それまで居候の話は保留。確かにうちには空いてる部屋もあるから、住むとこがなければ、貸してあげてもいいけど、それも明日の試験にお互い受かってから。いいね?」
トルチェは、ショボンとした感じにうなだれながら、わかったわ、といった。メイドさんも納得したみたいだ。
「じゃあ、僕はこれで帰るから。」
今度こそ、帰ろうとしたら、またトルチェに呼び止められた。
「あ、あの。明日のお昼、試験のお昼休みにご一緒させていただけませんか?」
ちょっと、脅し過ぎたかな。それくらいはいいだろう。
「わかった。」
「じゃ、じゃあ、いっぱい準備して持っていきますね!」
パアッと顔を明るくしたトルチェは、顔を赤くしながら奥の方に入っていってしまった。
僕は、メイドさんの睨み付きのお見送りで宿を辞した。
 




