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三:波乱の幕開け②

 君の香りは、君の体からしか形成されない。当然の話だけどね。

 君の好きな煙草の匂い。

 君の好きなワインの匂い。

 俺が好きなその香りは、俺が真似して自分で身に付けても、君が放つそれとは全く違う。君から香るチェロキーの甘さが、ロゼワインの芳しさが、俺は好きだから。

 視覚は何とか誤魔化せても、嗅覚と触覚に誤魔化しは出来ない。どちらも、君を求めてる。渇望してる。

 ーーどんなに、諦めようとしたって。




 ◆「肉はないのか、肉は」

 人の作ったものに感謝する気もなく、そんな文句を言ってくれちゃうタイガーから、僕はお皿を取り上げた。

「あのねー。来る度に僕、アナタに美味しい手料理作ってあげてるんですけど。無償で。アナタの彼女でも家族でもないのに。まさか、タダでご飯が出来上がると思ってる訳じゃないよねえ?」

 最後にかけて険しく低くなった僕の声音に気付いてくれて、タイガーは申し訳なさそうに体を小さくしようとした。

「……すまん。勝手な事を言った。作ってもらってる身でありながら。悪かった。掛かった金は払う、払うからーー美味いから食わせてくれ」

 反省するそばから、まるで反省してない台詞を口にしてる。大人のくせに裏のない真っ直ぐな事しか言えないタイガーに、そうして僕はすぐ折れてしまうのだ。

 本当は大して怒ってはいないけど、からかうと面白いから、わざとにまだ不機嫌顔を続けてやる。タイガーはーー多分、純粋に料理を食べたい気持ちが勝ったらしいタイガーは、おあずけを食らった飼い犬みたいな顔して僕を見上げてる。

 ……負けまし、た。耐え切れず、ぷっと僕は吹き出してしまう。遠ざけてた料理のお皿をタイガーのすぐ前に置いて戻して、笑いながら僕は言った。

「冗談だよ。言う程僕、料理するの嫌じゃないしさ。タイガーみたいに美味しそうに食べてくれるんなら、作り甲斐あるし」

 言葉を裏付ける意味で、にっこりと子供みたいに無邪気な笑顔を浮かべてみせた。

「材料費払うとか言わないでね、感謝の気持ちをお金で返したりしないでね。そういう無粋なのは、僕嫌いだからさ。今度がつっといいお店でおごってよね、高級中華とか。それで手を打ってあげる」

 わがまま女子みたいな僕の言い方が何か、過去のタイガーの恋愛か何かを思い出させでもしちゃったのか、途端に真っ赤になって。見た目は坊主のいかつい大男だけど中身は乙女、のアメリカ代表タイガーは、分かりやすい位そうしてもじもじと背中を丸めて、モゴモゴと歯切れの悪い言葉で応じてきた。

「……承知した。絶対に近い内に、そうさせてもらう。お前はその、優しいな、何だか照れるよなこういうの……、いや、へっ変な意味じゃなくてだなっ」

「照れないでね、やりにくいから。早くこれ食べちゃってね?」

 笑顔のままばっさり斬ってあげて、僕は食べる事に専念出来る様にお皿をタイガーに寄せてあげた。妄想の中で僕を彼女に見立ててしまったらしいタイガーの、お手軽な甘い夢を砕いてあげる為に。

 料理に箸を伸ばし出したタイガーを置いて、僕は自分の食べ終えたお皿を片付けに流しに立つ。こういう単純な事に舞い上がってしまうタイガーは、人として嫌いじゃない。

 その場の空気に呑まれてお馬鹿な妄想をしてしまった自分を後で恥じるだけのまともな自我があるし、そうやってした反省を、多分後でわざわざこっちに教えてくれちゃうんだろう。全部、目に見える。

 戻ったら、まずデリクの話題を振ってあげよう。今日僕を呼び出したのはその為だと、タイガーに思い出してもらわなくちゃ。タイガーがリーダーとして振る舞うべき本題。タイガーがリーダーらしく振る舞える本題。

 年長者へは、敬意を払っておかなきゃね。





 ★ーー尾けられてる。気配は一つ。家を出てから直ぐに、その感覚は俺の肌を灼いた。

 心当たり・ナシ。時間的余裕・ややアリ。感情ーーかなり不機嫌。

 イコール:撒くと見せかけて捕まえる。

 目線だけ、素早く周囲に走らせる。抜け道の位置と歩行者のバラつき加減。後ろから尾行しているのであろう誰かから見て、俺の背中が最も人混みに隠れるであろうタイミングを見計らい、俺は細い路地裏に曲がった。

 少し入った先で家と家との隙間に身を隠し、追って来る筈の人物を待ち受ける。ーー来ない。気配がない。

 暫くは、気長に息を潜める。……随分な時間が経過した。追って来ねえな、と俺は判断した。となると、俺が勘付いたと知って追うのを止め、路地裏の入口辺りで待ち受けているパターン、かも知れない。

 違う道に出る事も考えたが、苛立ちが俺に真っ向勝負を選ばせた。無駄な時間、遣わせやがって。俺は堂々と身を晒し、路地裏から広い通りに戻った。

 来るなら早く来やがれ。わざとゆっくり辺りを見回す。だが、肌をぴりつかせた視線はもう感じられなかった。尾行者は、姿を消したらしい。

 ーー半端者め。内心で毒づいてから、俺はスタジオに向けて歩き出す。そうして。

 歩き慣れた雑踏の中、それは不意に鼻孔を刺した。残された、確かな証拠。

 怒りがまず沸き上がりーー次いで、呆れがそれを上書きした。思わず溢れる嗤いは、苦笑。

 成程、ね。……感情が先に立たない様に、歩きながら俺はシュミレーションしてみる。絶対に、感情的にならない様に。

 売られた喧嘩は、買うもんじゃない。ーー勝つもんだ。

マットみたいな奴は見てると面白いけど、近くには居て欲しくない、分かり過ぎてるルークみたいな子はちょっと怖い、デリクみたいな本心見えない人は信用出来ない。私には、おバカなタイガーが一番安心出来ます。

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