二:波乱の幕開け①
★くっそ。煙草吸いてえ。
もたれた背中からのけぞって、俺は空を仰ぐ。ーー苛々する。何で許せんだよルークは、あんな奴の事。
大事なバンドを途中で放ったらかして。何の用事か理由があったか知らねえが、あのまま活動を続けてりゃメジャーデビューも夢じゃなかったかも知れない。
ルークもドラムスのタイガーも俺も、口にはしないが密かに信じてた。俺達にとっては歴史的な、バンドの成功を。俺達の音楽が認められ、街のあちこちで曲が流れ、皆がそのフレーズを口ずさむ事を。
あいつの抜けた跡を埋める為に他のギタリストを入れてみたが、どいつもしっくりこなかった。演奏は上手い、覚えもいい、練習熱心、人間的にもいい奴ばっかりだった。けど、「これ!!」って感じるもんがなかった。響くもんが、届くもんが、強く残るもんがなかったんだ。
……悔しいけど、あいつと合わさる心地よさを知ってるから。あいつとの協奏はーー何て言うか、魂が同じなのかと思う位、見事に気持ち良くフィットした。
俺が望む所で、俺が望むとおりの弾き方をあいつはしてくれてた。タイミング・強弱・抑揚・距離感、全て口にはしないのに、あいつはまるで俺の心を読んだみたいにぴったり、俺がして欲しい演奏を、間の取り方をしてくれてた。
安心感、信頼感。あいつの演奏に合わせると、俺も声のノビやノリ方が格段に上がった様に思えてた。過信しちゃいけねえけど、俺上手いかも? ってにやける程度に。
普段どんな女たらしだろうが、俺に迄ちょっかい出すおかしな奴だろうが、「引き立て合う」相性の良さをいつも強く感じていた。俺にとっての、唯一無二の存在。
ーーだからこそ、黙って居なくなった事が、俺には絶対に許せないのだ。
★ぽんぽん、と肩を叩く手。はっと垂れた頭を起こして、寝ていた事に俺は気付いた。
「やーっと起きた。風邪引くよ」
心配気なルークが、俺を覗き込む様にしゃがんでいた。首を動かし俺は辺りを見る。まだ暗くはなっていない。大して長い事寝てた訳じゃないらしい。
「ありがとな」
起こしてくれた礼を述べ、俺は立ち上がる。ルークも立って、俺達は並んで屋上から下のスタジオに戻った。
俺は口を開かなかった。普段おしゃべりなルークも、今日は俺に何を言っていいもんやら考えているのか、何も喋らない。
俺が寝ていた間、ルークは奴と話したのだろうか。誰も知らない空白の期間について、奴は自分からルークに話したのだろうか。ルークの方から聞いたりしたのだろうか。
……知りたくなんかない、聞きたくもない。どうせ言い訳だ。だから今、何も言わずに居てくれるルークが俺には有り難かった。
じゃあな、とだけ告げてさっさとスタジオを後にしようとした俺に、ルークは確認する意味でか一言、尋ねてきた。
「デリクが帰って来たの、僕からタイガーに言っていいかな?」
控え目な口調、ーー俺がルークに気を遣わせてる様なのだ、多分に無意識の不機嫌オーラを漂わせて。
反省の意味を込めて、俺はルークの柔らかな髪をくしゃくしゃと撫でて、自然な笑みを浮かべてみせた。
「頼めるか? 助かるよ」
にこっ、と笑うルーク。彼の無自覚の癒し能力に、どれだけ俺は救われてきたか。あいつが消えて怒りに荒れてた時も、やる気をなくして何より大事な歌を手放しかけた時も。
感謝こそすれ、困らせる訳にはいかない。ルークが奴を受け入れる事を選択するなら、俺もそれに従う姿勢をみせないといけない。内心、はらわたは煮えくり返るけど。本心では、何があっても許せはしないけど。
形だけは。
◆「驚かないでね。デリクが帰って来たよ」
電話の向こうのタイガーは、当然驚いてた。長い間言葉が出てこなかったみたい、ようやく小さくそうか、とタイガーは返してきた。
「元気そう、だったか」
「うん。もうね、一年位のブランクなんのその。速攻マットに抱き付いて蹴り入れられるわ、殴り飛ばされるわ。なーんにも変わってないよ」
軽い僕の言い方も、まだ驚いてるのか冗談には取れないみたい、タイガーからの笑いは望めなかった。心配事はそれなんだろうね、気遣う様にひそめた声で、タイガーは聞いてきた。
「マットは……相当怒ってたんじゃないのか?」
「そう見えたねー。蹴りに殺意が溢れてたよ。一度、デリク抜きで話さないとね。デリクの方にも、事情を聞かないと。頑張ってね、ボス。手伝えるとこは手伝うからさ」
「おい、丸投げかよ。今日見てたお前が動くのが一番」
「えー、僕そんな大人の駆け引きとか分かんなーい。お父さん頑張ってよー」
「……」
あ、黙っちゃった。ちょっとふざけ過ぎたかな。反省して、僕はなるだけ真面目な声になる様に気を付けて、低く言った。
「結構ね、マットの怒り本格的。さすがの僕も、今日何も言えなかった。触らぬ神に何とやら、ってね。……とにかく、明日詳しく話すよ。スタジオじゃデリク来るかもだから、タイガーの家、行っていい?」
ーー返事なし。そこもまた僕調子に乗っちゃってた? とか考え直した時、タイガーが受話器に近過ぎる位置からの大声をかましてくれた。
「まだるっこしい!! 今すぐ来い!!」
……出ちゃった、体育会系ノリ。耳キーンってなっちゃってんですけど。キーンって。
「……今から?」
「今すぐ、だ!!」
控えめに尋ねた僕の言葉を、わざわざ訂正して。苦笑して、はあい、と僕はわざと軽く返してやって、向こうがまだ何か言う前に電話を切ってやった。長いからねカラまれると。
さて。まともな夕食を期待出来ない以上、こっちが買って行くしかないよね。
もう慣れっこになっている習慣みたいに、僕は近くのスーパーに向けて歩き出した。
私が書く事に目覚めたのは、好きになったバンドのプロモ見て、「ア、アヤシイこの二人!!」とかBLにも同時に目覚めてしまった時ですかねえ……。
なのでこれは私の「原点」なんです……