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一:突然の訪問者

 甘くて苦いその香りは、君の全身から迸る様に匂い立ってた。

 凄く強烈にさ。まるで君の性格そのままに。

 何故だか、一目で惹かれてた。でも……無理だからさ。

 香りを、せめて俺に頂戴。手に入れられない君の代わりに。

 ねえ、ロゼ?




 ◆デリクがその人に対してどう格付けしてるのかなんて、一目瞭然だね。僕みたいに『かなり好きな感じ』の相手には、自分をデリクって呼ばせてる。『親しくはあるけどそれ以上にはならない感じ』の相手にはフレディ、『初対面や眼中にない相手』にはフレデリック、またはミスターって呼ばせてた。

 特に気に入った相手には?ーー「チェロキー」って呼ばせ方があるんだ。最上級のね。粋だよね、自分が吸ってるタバコの名前だってさ。

 だけど大きな欠点は、相手がデリクをそう呼んでくれない事。ね、マット?

 本名、フレデリック・デイヴィス。職業・女たらし。……なんてね。僕等のバンドのれっきとしたギタリストさ。目下の所、行方不明中だけどね。

 僕よりほら、チェロキーって呼ぶのを許されてたこの人に聞いた方がいいんじゃない? 多分、一番仲が良かったんじゃないの? いつも一緒に居てたしね。

 ほら、マット、答えてあげてよ。聞きたいんだって。デリクの事。




 ★えぇ、何? 何で今頃? まさか故人を偲ぶ、的な?

 ーーあ、違うの? 増刊号特別編? 「一番リクエストが多かったバンドの特集」? そんで俺ら?……ああそう、お世辞でも嬉しいよ。あんがとさん。

 ……ってーな、何だよルーク。だってどっかで死んでるかも知んねえじゃん。っつーか大体な、俺に振る方が悪

 ーーあ?

 ……はあ?

 ……何これ。ドッキリ?

 どっから仕組んでたーー

 ってうわ、ちょっ、待っ…………




 ◆ガターン、と座ってた椅子毎マットは遙か向こうに倒れて行った。言葉を途切れさせたマットの目線を辿った先で、僕がその状況を目に捉えられたのは一瞬。何かが風の様に飛んで来て、マットを連れてった……。

 何が起きたのか、瞬時には理解出来なかった。反射的に席を立って、見送った光景から今向こうに広がる光景を改めて目にして、ああそういう事、と僕は笑っちゃったんだ。同じ様に慌てて腰を上げてた記者さんににっこり笑って席へつく様に促して、僕は自分も椅子に腰掛けた。

 風の様に飛んで来た「誰か」が、勢いのままにマットの首に思いっきり抱き付いたんだ。目標を捉えたチーター並だったよね、今の速さ。なんて、僕は呑気に笑いながら記者さんに話し掛けてる。

 マットが言う様に、『仕込み』かと初めは思ったけど。だって、こんなタイミングで現れるなんてさ。

 ……でも、と僕はまだぷぷっと吹き出しながら思う。まあこの人はいつも突然だったりするし。前からね。

 久し振りだけど、全然変わってないよね……。マットの事、ほんとに好きみたい。

 ……お帰り、デリク。




 ★打ち付けた後頭部や背中や尻の痛み、のしかかられる重み。首も絞められてるし。死ぬって俺。

 目も回るし、まず訳が判らねえ。俺は何に襲われてんだかーーまあ、残念な事にそれだけは判る。くすんだバニラの匂い。あいつの体に染み付いた、嗅ぎ慣れたーー元は俺のものだった匂い。

 ……それは判る。理由を知りたいのは、何で、の方だ。一年近くも所在不明で姿消しといて、何しに今頃帰って来やがった?!

 ーーって言うよか……




 ◆「ど、けーーーーーっ!!!」

 マットが、ブチ切れた。思いっきり下から足でデリクの胸辺りを蹴り上げたみたい。デリク、ゲボッとか言ってる。大丈夫かな……。まあ、いわゆる自業自得ってやつだけどね。

 マットも相当苦しかったみたいだね、首さすってデリク睨んでるし。倒れ方、半端なかったもんね。

 この二人は何かいつでもこんな感じ。面白くてさ、わざと遠くで眺めてるんだみんな。トムとジェリー的な感じ? 愛があるよね。

 ……え、分かんない? どっちにも、だよ。……えー、すごい分かりやすいのにー。デリクはあからさまだけどさ、マットもさ。嫌がりきれてない、許しちゃってる感じがさ。

 本人は自覚ないからね、もしそんなの言ったりしたら、半殺しにされちゃうからね。マットってさ、そういうとこデリケートなの。

 ……分かんないんだ? 分かりやすいと思うんだけどね、ほんとに。まあ見てなよ、その内分かるよ。そしたら二人から目が離せなくなっちゃうけどね。

 僕等みたいに。




 ★「感動の再会だぞ。胸に蹴り入れる奴どこにいる」

 まさかの責める口調。俺は呆れて言葉もない。

 ニヤッと笑って、野郎は続けた。

「どんだけ恥ずかしがり屋さんなんだお前は。変わってないな、ウブなとこ……」

 頬を触っての囁き、ときた。顔が近付く前に、俺はその手をばしっと強く払い退けてやった。プレイボーイの技披露は女の前だけにしろ、って、……頭頂部を開いて直接脳みそにナイフでそう刻み入れてやりたい位だぜ。

 苛立ちが限界に達しそうな前に、俺は立ち上がる。こいつには、怒りと憎しみしか覚えない。

 勝手に居なくなっといて、勝手にまたふらっと現れて。どの面下げて帰って来れた、って話だ。

 バンドにも影響した、俺だけじゃなくメンバーやスタッフ全員が困惑したし、迷惑掛けさせられた。誰が許すもんか。

 無言を決めた俺の怒りに気付いたのか、奴は窺う様に小さく聞いてきた。

「あのさ……お前、何か怒ってる?」

 何か怒ってる、って。そんなレベルかよ。

 蔑みの冷たい目線を効かす俺に、分かった風に微笑んだ奴の顔が近付けられた。

「寂しかったのか……。悪かった、ロゼ。もうどこにも行かないから」




 ◆二人でぼそぼそ喋ってるから、何を言ってんだか分かんない。ただ、いつもみたいにデリクがマットを逆撫でした、らしい。

 バキッ、とかすごい音がした。デリクが吹っ飛んだから、殴られたの確実だね。懲りないよねあの人。歯とか折れてなきゃいいけど。

 そうして、見下ろして立ってたマットは倒れた椅子を立たせて戻して、そのまま出口に向かって行ってる。

「あれ。帰っちゃうの、マット」

 ……声を掛けた僕に迄、とばっちりの睨みがきた。湧き出る怒りを隠しもしない、見た目はクールビューティだけど中身は結構熱いその人は、さっさと身を翻して部屋から出て行ってしまった。

 頬をさすりながら、”色男”デリクが僕等のテーブルにやって来た。記者さんが男だからか、初めましても飛ばして申し訳程度の会釈だけだ。

 僕の右隣の椅子に腰掛けて。僕に対してはいつもそうしてた様に、デリクがぽんぽんと僕の頭に軽く手を置いてくる。大方一年振りの感触だ。

「久し振りだな。変わりないか?」

 僕を見る目は、何故か決まって『可愛い弟に対する優しさ全開』だ。嫌じゃないから、気にもならないけど。むしろ、嬉しいけど。

 にこっと笑みを返して、僕は答えた。

「人生には変化がつきものだよ」

 こういう僕の言い回しを、デリクはいたく気に入ってくれてる。くしゃくしゃと髪を乱された。

「正しくその通りだな。ーーところでこちらさんは?」

 今頃、礼儀みたいに聞いてくる。一応の興味はあったんだね。

 僕の紹介を聞いて、デリクは何だかよそゆきみたいに、愛想全開の笑みで記者さんに言い出した。

「その特集ね、俺がまだ行方不明中って設定で進めて下さいね? 俺が居るからって『バンド復活!!』とはならないと思うから。俺は幽霊みたいなもんだと思ってて下さいね」

 ……その時の僕にはまだ、デリクのその言葉の意味がはっきりとは分かってなかったんだ。

大好きなバンドのひとつ、FOBに捧げます。


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