俺は自殺なんかしないぞ!
「自殺!? ちょっと待て! 俺は自殺なんかしないぞ!」
俺は大愛家の自家用ジェット内で叫ぶ。というか吼える。
「自殺じゃなくて視察。分かった?」
「視察?」
「神林君を今日、誘った理由は北海道に新しく出来た、大愛グループの遊園地の視察」
遊園地も作っちゃうんですか……。すごいっすね、大愛グループ。
「オープンは5月5日で、4日まで入念に点検をやるの。でも、わたしたちは単純に視察をするだけだから簡単よ」
「いやいや、視察って何するんだ?」
「遊園地で遊ぶだけ。2人だけで」
2人だけで、だと!? 何故か心が跳ね回って躍っているぞ!
「もう1つ」
2人だけで遊ぶっていうのだけでいいぞ! もう1つなんていらないぞ!
「遊園地の命名」
「ユウエん家の姪、メイ?」
ユウエって誰だ? そいつの姪がメイなのか?
「そうじゃなくて、遊園地の命名」
「命名ってのはあれか? 名前を付ける……」
「そうよ」
責任重大じゃないか!
「北海道のどこなんだ?」
「稚内」
「稚内か……」
確か、北方領土を抜いたら日本最北端だったっけ? 今はまだ寒いんじゃないか?
「そんなところに作って、儲かるのか?」
「そんなところなんて言わないで! どんなところであろうと住んでいる人に対して失礼よ!」
怒られた。当然と言えば当然だ。
「了解です……」
ここでずっと気になっていたことを言う。
「なあ、このジェットって他にも席あるよな」
「ええ」
「じゃあ、何でお前は俺の隣に座っているんだ?」
リムジンの中でもそうだった。せめて窓際に分かれることも出来たはずだ。
「誤解しないで。神林君がわたしの隣の座っているのよ」
「なるほど」
俺は席を移動する。大愛の席から4列下がった。
大愛も立ち上がる。
「どうしたんだ?」
「お手洗い」
ここでトイレと言わないところがお嬢様だ。
大愛は黙ってトイレに行く。流石自家用ジェット機、トイレ完備か。そういえばさっきのCAさんの話だと、シャワー室もあるとか言ってたな。大愛グループすげえ。
大愛が戻ってくる。そして、俺の隣に座る。
「ええ!?」
俺は元の席に戻ってないぞ! つまり、大愛が意識して俺の隣に座ったんだ! テストに出るから覚えておかなければ! 赤ペンで線引かないと! 特筆すべきことだぞ! 今の大愛の行動は!
「どうしたの? 神林君」
大愛が訊いてくる。
「いや、どうしたのって、それは俺の台詞だけど……」
「わたしはどうもしてないわよ」
「どうもしてなくてこの状態だったら俺がどうかしてるのか?」
「神林君はいつでもどうかしてるでしょ」
俺の胸に今の言葉が刺さる。
「授業中はいつも寝てるし、家に帰ったらパソコンやりっぱなしだし。挙句の果てに、先生より半歩先に教室に入って『遅刻じゃねえ!』と、先生と言い争っているのはいるのは完全にどうかしてると思うわ」
俺の胸に今の言葉が深く刺さる。
「まだ、あるわよ」
「もうやめてくれ……」
大愛はそれ以上、何も言ってこなかった。俺の要望を聞いてくれるのか? 俺はあらぬ期待を抱いてしまった。
「さ、そろそろ着くわよ。シートベルトつけて」
指示に従う。
まもなく、ジェット機が降りる。
「行きましょう。ここは遊園地よりも少し高い場所にあって、遊園地を一望できるの」
外は予想通り、寒かった。だが、それ以上に、『遊園地』がすごかった。
「これが遊園地か?」
「神林君は遊園地に来たことがないの?」
「あるけど」
あるけど……これは……違くないか?
「ジェットコースター、あるわよ」
「普通はあんなに迷路っぽくない」
「コーヒーカップもあるわよ」
「普通はコーヒーは入ってない」
「お化け屋敷もあるわよ」
「普通は高層マンションじゃない」
「メリーゴーランドもあるわよ」
「普通は馬とあったとしても馬車だけだ。間違ってもケータイやパソコンに乗るなんてことはない」
「醍醐味の観覧車もあるわよ」
「確かに醍醐味だが、観覧車は普通は丸だ。あれは、ハート型?」
「大愛グループの大きな愛を示しているらしいわ」
「はあ……」
ハート型ってちゃんと動くのか? 落ちないのか? あれを視察するんだろ? やめてくれよ……。
「さて、ホテルへ行きましょう」
「ホテル?」
「あそこ」
大愛が指差した先にあったものは、お化け屋敷(高層マンションである時点で屋敷じゃない)。
「えっと、お化け屋敷?」
「そう。あの3階から上がホテルなの」
「3階には泊まりたくないぞ!」
「その名もホテル・ザ・屋敷」
センス悪いと思うぞ、俺は。だが、お化けの方を持ってこなかっただけまだマシだ。
「わたしたちは視察だから最上階のロイヤルストレートフラッシュルームに泊まるわ」
ポーカーで同じマークの10・J・Q・K・Aを取ったときみたいな名前だな!
「じゃあ、ストレートフラッシュルームとかもあるわけ?」
「あるわよ。大愛グループのホテルは全部そう」
「へぇ~」
「泊まったことないの?」
「あるわけないだろ!」
「ふうん」
こっちは一介の庶民だぞ!
「さあ、チェックインしましょう。従業員は全員、開店まで準備とかあるから、もうみんないるわ」
「へえ」
そう言って俺は既に歩き始めている大愛の後を追った。何故、ここでリムジンが出てこないのかを訊くと、
「この程度の距離に車は必要ないの。省エネよ」
だそうだ。お嬢様は省エネまで考えられて余裕だな。だが、俺は車で行きたかった。暗いし寒いし……。男らしく、とかそういう問題じゃなく、人間として根本的にやられたら駄目だろう。そう考えながら寒さを紛らわせていた。