楽しみにしておこう。
「オッケー取れたから、荷造りするか」
俺は自室へ行き、スーツケースを取り出す。
「一応、2日分の着替えとジャージを用意」
何故か独り言が出てしまう。大愛と出かけるのをそこまで楽しみにしているんだろうか。
「あとはケータイっと」
ケータイ、充電満タン確認。
「あ、俺は大愛の番号知らない……」
その時、俺のケータイに着信。
「知らない番号だな。誰だ?」
俺は電話に出る。
「もしもし」
『大愛よ』
「お、大愛! どうして俺の番号を知っているんだ?」
『あなたの寝言はケータイの電話番号よ』
「マジかよ……」
『先生ですら知っているわ』
絶句……。
『とにかく、10時に迎えに行くからその頃には外に出ていてね』
「分かった」
『じゃ』
電話を切られた。もう少し喋りたかったな、と思う自分が心のどこかにいる気がする。
「とりあえず、大愛の番号を登録!」
ラッキーだ。
「えっと、今が6時だから、あと4時間か……」
晩飯と風呂だな。
台所へ行き、適当にチャーハンを作る。プロの料理人を意識。
「よし、完成!」
即行食べる。1人前5分で完食。
「次は風呂だ!」
チャーハンを作っている間に沸かしてある。2分で洗い、3分浸かる。計5分。
「チャーハン作るのに時間かかってもう7時か。あと3時間だな」
それから俺はマンガを読んだり、ゲームをしたり、テレビを見たりしていたはずだが、全く記憶にない……。どうしたものか……。
「おぉ! やっと9時50分! 外に出よう!」
俺はスーツケースを持ち、外に出る。ちゃんと家の鍵もかける。
そこへケータイにまた着信。大愛からだ。
「もしもし。もう外に出てるぞ」
『知っているわ。あと10秒で着くから』
そう言うと電話は切れた。10秒だったら電話しなくてもいいんじゃないか?
「お、来たか?」
そして1台の車が俺の家の前に停まる。リムジンだった。この住宅街にどうやって入ってきたんだろう。謎だ。
「…………」
俺は声が出ない。
リムジンの運転席からスーツの男――というか爺さんが降りてきた。俺に一礼してきたので咄嗟に礼をする。その爺さんが後部座席のドアを開ける。そこにいたのは、
「大愛……か?」
いつもとは雰囲気がまるで違う大愛が降りてきた。でもこいつは確実に大愛だ。間違いない。
「神林君、待った?」
「いや、大丈夫だけど……」
「じゃあ行きましょ」
「う、うん」
俺は大愛につられてリムジンに乗る。途轍もなく広い。これが車か?
「では、お嬢様参ります」
「お願いします」
大愛が爺さんに満面の笑みでお願いする。俺もこんな風にお願いされたい、とか思ってしまった。
車が動きだす。
「なあ、さっきの爺さん誰だ?」
「OESの1人、佐々原さんよ」
「OES?」
「大愛家専属執事――Oai Exclusive Stewardの略よ」
何だか難しそうなので訊くのをやめた。
「わたしには佐々原さんがついているの。お父様は大川さん、お母様は蝦夷森さん」
「川と森と原か……」
「そうね。それには気づかなかったわ。流石は神林君ね」
「いや、褒められることじゃないんだけど……」
「これから、空港へ行くわ」
「空港?」
「そう。そして大愛家自家用ジェットで飛ぶから。飛行機は大丈夫よね」
「大丈夫だけど……。本当に自家用ジェットなんてあるのか……」
大愛は笑って何も言わない。
「飛ぶってどこへ?」
大愛は笑って何も言わない。
「あの、大愛さん?」
大愛は笑って何も言わない。
「怖いですよ」
何も言わない。
「ま、まあ。楽しみにしておこう」
「それがいいですわ」
やっと喋ってくれた。ほっとした。心の底から。