200万に関する夢と悪夢と希望と野望の物語。
「突然だけど訊いてもいい?」
「駄目」
「あの200万円何に使った?」
俺は駄目って言ったぞ。確実に駄目と言った。なのに何故大愛はさも当然のように訊いてきたんだ?
「適当に消費した」
「適当にってどのように?」
「適当には適当にだ」
「適当には適当にってどのように?」
「適当には適当には適当にだ」
「適当には適当には適当にってどのように?」
「しつこいぞ」
「しつこいってどのように?」
「このようにだよ」
「このようにってどのように?」
「本当にしつこいぞ」
「本当にしつこいってどのように?」
「お前のようにだよ!」
「私のようにってどのように?」
「お前、自分がなにやってるのか分からないのか?」
「分からないってどのように?」
「分からないってどのようにってどのように?」
「しつこいわね」
「そうだろ」
やっと分かってくれたか。俺はほっとする。
何故、俺は大愛とこのような会話をしながら下校しているのだろう。それはつまり、大愛は、その、あれだ。多分、俺のことを、だな。おそらく、きっと、あれ、なんだろ。だから、わざわざ歩いて、俺の、家の、前、まで、来るんだろ。お、俺は照れてないぞ。断じて照れてないぞ。
あれから――どれから?という質問が飛び交う可能性があるので説明しておくと、一番初めに200万を貰った日から――大愛は俺と帰っている。若しくは、俺は大愛と帰っている。だが、付き合っているという噂は全くもって一切流れない。誰も信じない噂は流さない、と『歩いて走って踊れる噂情報誌』という渾名を持つ、兵法が言っていた。つまり、俺と大愛が二人で歩いていた、という噂は流されないイコール誰も信じない、ということらしい。それはあまりにも失礼じゃないか? 俺にとっても、大愛にとっても。誰が誰を好きでもいいじゃないか。他人が介入することじゃない。そう思う俺は恋やら愛やらそういうものには専ら縁がなかった。大愛に会うまでは、というか大愛と一緒に下校する、ということが始まらなければ。だからといって、大愛じゃなかったら俺は誰とも恋愛などというものをしなかったのか、と訊かれても、それはイエスとは言えない。俺には大愛しかいないかどうかなんてまだ分からない。なのに、今、『俺には大愛しかいらない』などと荒唐無稽なことを嘯いてみても顰蹙を買うだけだろう。おそらくはな。
とか何とか思っていると大愛に睨まれていた。
「で、どうなの?」
この大愛という一人の女子について分かったことがある。それは大人がいる時といない時では若干、口調が変わる、ということだ。それは追々誰にだって分かるだろう。
「何がだ?」
「200万円。自慢じゃないし謙遜して言うけど、家は大金持ちよ」
どこが自慢じゃなく謙遜しているんだ!?
「あら、これを自慢しながら謙遜しないで言うと、私の家は超超超超大金持ちよ」
いっそそっちの方が清清しいよ。
「だから、200万円なんてものは1円の価値すらないわ」
「いやいや、そこまでじゃないだろ」
「ええそうね。1銭の価値すらないわ」
そういう意味じゃねえよ。
「でも、庶民で常人で凡人で鈍才な一般人である神林君にとってはそうではないわよね」
なんだか胸に深い傷を負った気がする。
「まあ、そうだな」
あまり認めたくはないが認めた。強ち嘘ではない。言ってしまえば本当だ。だからといって、そんなに真直ぐ本当のことを言っていいとは言えない。
「それでその200万円を何に使ったのかを知りたいの」
「ご想像にお任せする」
「わたしは想像力なんて欠片もないのよ。知らないの?」
知っている。こいつは大体の教科の成績はいい癖に想像力が欠けている所為で美術が悪いらしい。絵は上手いらしいのだが(情報提供者、『歩いて走って踊って回る最新情報誌』こと柳下)。
「しょうがないな。じゃあ、俺の200万に関する夢と悪夢と希望と絶望の物語、始まり始まり」
大愛は拍手してくれた。なんかちょっと嬉しい。
「俺はあの日、大愛から200万を貰った。だが、そのまま封筒を持ってゆくと姉や弟や兄や妹になにやら言われてしまいそうだった」
「ご兄弟がいるの? 私のデータにはないけど」
バレてる。そう、俺は一人っ子だ。
「というのは冗談。父さんに奪われかねなかったからどうにかしようと右往左往していたんだ」
「神林君のお父様は仕事が忙しくて毎日12時過ぎにならないと帰宅しないはずよ」
これまたバレてる。
「というのも冗談。母さんが金に目ざとく、俺の封筒の中身を見ようとしないかどうか、俺は不安で不安であれからかれこれ1時間ほど外にいたんだ」
「神林君のお母様も仕事が忙しく、毎日11時半にならないと帰宅しないはずだけど」
何でこいつはこんなに知っているんだ。
「というのも勿論、冗談」
「わたしをからかっているの?」
「いや、まさか。でも、お前はそんなことを知っていなくてもいい、ということさ」
「ふうん」
納得した!? これはありがたいぞ!
「じゃあ、神林君の部屋の机の三番目の引き出しの中に入っている封筒の中身の200万円は何なのかしらね」
「はぁぁぁぁ!!??」
俺は咄嗟に飛びのく。その所為で頭を電信柱にぶつける。痛え。だが、それ以上に問題があるぞ。
「お前、まだ俺のストーキングしているのか!?」
「そうよ。モニターをずっとやってもらっているわ。また一定のデータを取ることが出来たらお礼金を渡すわ」
何だよそれ……。
「おい、じゃあ、何で俺に訊いたんだ!? お前は200万を俺がどこにやったのか知っているんだろ!?」
「ええ。こういう場合、神林君ならどのような反応を示すのかを調べさせてもらったの」
「趣味悪っ!」
「そう言うだろうと思ったわ」
「じゃあ、今まで、俺と一緒に下校していたのもそれなのか!?」
「ええ。その一環でもあるわ」
最悪だ……。いや、そもそも俺は何を期待していたんだ。大愛だろ、こいつと俺とでは違い過ぎる。
「ただし、その一環でもあるわけで、その為だけではないのを覚えておいてね」
大愛が俺に微笑む。悪魔だろ。
「神林君の家に着いたわね。じゃあ、わたしは帰るから。また明日ね」
「ああ」
大愛は走っていった。
「何なんだよもう!」
俺は思いっきり叫んだ。頭の痛みを紛らわす為にも、俺の頭のどこかにある恋やら愛などの文字を吹き飛ばす為にも。
名前と教室での席しか出てきていない兵法と柳下に新たな個性が生まれました。なんだか重要キャラになりそうな予感がします。そんな感じの(どんな感じの?)この物語! これからもどうか応援や感想、お願い致します!