グモングモン。
「確かに、俺はお前が泊まることを許可したけど」
許可してしまった。
大愛の「ここに泊まります」宣言から30分後、和歌森という女の人が来て、大愛の服を持ってきた。その5分後、大愛が風呂に入った。その間、俺は漫画机を撤去して大愛の布団を用意。30分後、大愛が風呂から戻ってきて、今。
ピンクのパジャマを着て、椅子に座っている大愛と、ベッドの上で胡坐をかく俺。
「空いてる部屋はないから、ここで寝てもらってもいいか?」
普通はありえない。まず、生徒が他の生徒の家に外泊することは校則で禁止されてる。それに、女子が男子の家に泊まるというのは明らかに常軌を逸している。俺の人生において初だ。
ピンクのパジャマ可愛いな、おい。
「あら、廊下でもいいのに」
「さすがに女子を廊下に寝かすなんてできないだろ」
「わたしではなく、神林君が廊下でもいいのに」
「ああ、そういうことか」
そういうボケだったのか。俺としたことが、うっかり気付かなかった。
「はっ!? なんでだよ! おかしいだろ! ここは俺の家で、俺の部屋だぞ!」
数秒の沈黙。
「……4点」
大愛の採点。
「4点満点で?」
マジかよ。俺満点じゃないか。
「勿論、100点満点中4点よ」
やっぱりか……。そうだと思った。
「むしろ、0点のほうが清々しいんだけど」
「そう? では、0点で」
神林東示、ツッコミテスト 0点。追試無し。留年決定。
閑話休題。
「ここで寝るのはいいけれど、神林君、変なことしないわよね」
「へ、へ、へ、変なこと?! すすすす、するわけないだろ!」
つ、つーか、変なことって何だしー。俺そんなん知らねーしー。ああ、破廉恥なことって意味? エロいことって意味? しないしない。俺がそんな人間に見えるかっつーの。大体、そんなことしてたらお前はもうパジャマなんか着てねーよ。その姿見たら一瞬でスイッチ入るっつーの。
心なしか汗をかいている。
今年は暑いなあ。まだ5月だぞ、おい。
「そうね、神林君はそんなことしないわよね。愚問だったわね」
「そうそう。グモングモン。お前は安心して寝なさい」
保証はしないけど。
「さて、勉強の続きをしましょう。と思ったのだけれど、神林君の机がないわね」
「そうだな。だから、俺は漫画を読む。大愛は思う存分勉強しなさい!」
大愛が何か悩み始める。俺は読む漫画を決めるため、本棚を物色。
「思いついた!」
突然大愛が叫ぶ。叫ぶって程じゃないけど。俺が驚く程度に。俺が驚いた拍子に大切な漫画を落とす程度に。
そしてその漫画の角が足に直撃。
痛いけど、泣かない。俺は男だ。無言で漫画を拾って、本棚に戻す。
「大丈夫? 痛くなかった?」
「は? 何の話? 漫画? ぶつかったみたいだね。でも大丈夫大丈夫。全然痛くないから」
超痛いけど。
「で、それはそうと、何を思いついたんだ?」
「次は英語なのよ」
「あっそ。やればいいだろ。俺と、俺の漫画に影響を与えるな」
「神林君の漫画のことは知らないわ。それに神林君の漫画ではなく、神林君の足への影響のほうが大きいわよね」
「だから、足とは何のことだ。全然痛くないと言っているだろう」
あの程度の痛み、男ならば我慢できる。ハードカバーだったらヤバかったけど。漫画しかないから、その心配はない。
「英語だから、一緒にやらない?」
「ん?」
どういうこと? 詳しく。
「とにかくこっち来て」
言われた通りにする。
そして、大愛は椅子の右半分にずれる。
「神林君、座って」
大愛が俺を見て微笑む。
「え、これって、座ってって、え、あの、えっと……」
「ほら、こうやって」
大愛が俺の腕を掴み無理矢理座らせる。体の左半分は椅子から出ている。そして右側では大愛とピッタリくっついている。
「これでいいわね。勉強しましょう」
そう言って、英語の教科書とノートを取り出す。
「まずは今日の授業の復習からね」
俺と大愛は英語の勉強を始めた。
いつだったか、「地獄の勉強会編」なんて言っていたような気がします。
だけれども、これは地獄じゃなく、普通に天国じゃないか。
神林羨ましいな。俺と代われ。なんて思います。気が小さいのかな。