ご期待に添えず申し訳ありません。
「家に着いてしまった……」
ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
「お勉強会楽しみね」
大愛の笑顔が眩しい。なんかすっごくワクワクしてるぞ、こいつ。
「じゃあ、さっきも言ったように、10分だけ片付けしてくるからここで待ってろ」
「か弱い女の子を外に置き去りにするつもり?」
「三角定規で人を刺すような奴がか弱いとは思えないけどな。女子をたとえ10分だけだとしても、外に一人きりにするのは男として有るまじき行為だからな」
「男の中の底辺に位置する神林君でもそれくらいのことはわかるのね」
なんで、俺は罵倒されたんだ!? 男らしいことを言ったつもりなのに!
「さあ、そうと決まったら早く中に入れて。さすがに寒いわ」
「わかってるから、急かすなよ」
鍵を開けて、靴を脱いでから大愛を家に入れる。
「そっちの奥の扉がリビングな。適当なところに座っといて。俺は部屋片付けてくるから」
大愛が靴を脱ぎ終わらない内に言って階段を上がる。
「ちょっと、神林君待って」
「あ、トイレは階段の隣だからー」
「そうじゃなくて」
大愛が何か言う前に部屋に入る。
「さあ、片付けだ!」
マンガだらけの部屋を見渡す。
「とりあえずベッドを整えよう」
マンガは面倒だし。嵩張るし。重いし。
「マンガたちはどうしたらいいだろう。というかどうしてこんなことになってるんだろう。誰がこんなことしたんだ? って俺しかいないんだけどさ。シリーズごとにまとめて隅に置いておけばいいか? 本棚……あるはあるけど、一冊ずつ入れてたら10分じゃ間に合わないぞ。じゃあ、やっぱり重ねておくか。邪魔にならないところだったら、ベッドの上に置いておくのもありかもしれないな。部屋の中で最も大きな物であるベッドをマンガ置場として活用することで、さっきの作戦とは違って、隅すら使えるようになるからな」
なんてことをボソボソ言ってたら、ベッドは整え終わった。残り7分。
「ベッドはこんなもんでいいな。そしてここにマンガを放り込もう」
ベッドにマンガ収納(放り込み)作戦で、足の踏み場もなかったというか、普通にマンガを踏みながら歩いていた俺の部屋は綺麗になった(ベッドの上以外の話)。残り2分。
しかし、ここで俺はとんでもないことに気付く。
「勉強会定番の丸い机がない!」
定番なのかは知らないけども!
「これって、普通にリビングで勉強したほうがよくないか? いやでも、大愛が俺の部屋でが良いって言ったんだから……」
「神林君? そろそろ入っていい?」
大愛が部屋の外から言う。俺の部屋知ってるのか! ってまあ、あいつ、俺のことモニターしてるから俺以上に俺のことを知っているんだろうけどな。
「神林君のことだから、『勉強会定番の丸い机がない』なーんて言って右往左往している頃だと思うのだけど、違う?」
「その通りです!」
完全に大愛にやること成すこと言うこと聞くこと考えることまで、全て知られていると考えていいな、これは。
「あの、わたしは神林君の机でいいから」
「……え?」
そうか成程。別に二人一緒の机じゃなくてもいいのか。わからない問題があった時に訊き合えばいいのか。さすが大愛!
俺の机は使わないからいつも綺麗。だから片付ける必要はない!
「3、2、1、0、タイムアップ。入るわよ」
大愛が部屋に入ってくる。
「今日の朝、チェックした時に比べると幾分かマシにはなってるようだけど、ベッドの上は惨状ね」
「言うな。触れるな」
「じゃあ、わたしは神林君の机で勉強するからね」
「おう。自由に使ってくれ」
大愛は俺の机に座り、カバンから教科書、ノート、筆箱を取り出し、宿題をやり始めた。
マンガを押し退けてベッドに座った俺がそれを見る。ここからだと大愛の背中しか見れない。
その状態のまま10分が過ぎた。別に俺はずっと大愛の背中を見ていても構わないのだけど、またとあることに気付いた。
「これって、俺が勉強出来なくない?」
「あら、神林君、今気付いたの? わたしの予想だとあと3分45秒早く気付くと思っていたのだけど」
「ご期待に添えず申し訳ありません。とでも言っておけばいいのか?」
「そんなサラリーマンみたいなことは言わなくてもいいのよ。ちょっとわたしの予想が狂ってしまっただけなのだから」
人と話すときは相手の顔を見ろよと思う。大愛はずっと宿題をしたまま俺と話している。
「これからが神林君の腕の見せ所でしょ? 現状を打破する方法を考えてみて」
「りょーかい。やってみるよ。やってみればいいんだろ」
大愛の度肝を抜かしてやる。
というわけでというか、成り行きでというか、大愛の所為でというか、とにかく、勉強会をするためには俺も勉強しなくてはいけないのに、大愛に机を奪われてしまったので、俺は苦肉の策を披露する。披露することになってしまった。