この学校の先生は何かとおかしい。
「よし、今日は剣道だ!」
宮下先生が言う。
宮下先生は体育の先生だ。そして、授業内容が毎日先生の気分で変わる。先生が柔道の気分だったら柔道、サッカーの気分だったらサッカー。この前、バイクの授業があったが、あれは流石に秋本校長先生に怒られた。先生も俺たちも。
普通、こんなことをやっていては駄目なのだが、先生は上手いことやっているらしい。
今日は剣道か。俺たちはさっさと着替え、それぞれ好きな竹刀を持つ。
「二刀流も許可するぞ」
ラッキーと言って数人の男子(飯塚、沖田、陣、領地、人魯、流川と俺)が竹刀をもう1本持つ。
秋本先生の授業は出席さえしていれば自由参加なので女子の大半(真面目な大愛と剣道部の伊達以外)は応援に回っている。因みに棒術の授業のときは真田も参加する。
「準備運動は各自自由にやれ!」
俺たちは適当に準備運動をして、竹刀を振る。やっぱり2本は重い。だけどその分カッコイイと思う。だって、宮本武蔵と同じだぜ。カッコ良過ぎるだろ。うん。
「このクラスで一番剣道が強いのは誰だ?」
全員が伊達を指差す。
「じゃあ、伊達に全員挑戦。勝ったら伊達と交代。いいな」
「はーい」
宮下先生は男子と女子に特に壁を作らない。明らかに男子が強くても女子と戦うこともある。
別に俺には関係ないけど。
「よし、じゃあ俺から!」
沖田が言う。二刀流が中々辛そうだ。
「準備できたら勝手に始めろー」
宮下先生が一人で竹刀を振り回しながら言う。その為、先生の周り5mには誰もいない。
沖田は竹刀を両方振り上げる。
「おりゃーー! め~~ん!」
二本同時に振り下ろす。
「伊達、用意出来てるのか?」
「あんな打ち方の沖田だったら用意するまでもなく倒せるだろ」
「確かにそうだな」
という囁きが聞こえる。沖田、悲しや。
「胴」
伊達は竹刀を横に振る。
「一本!」
闇雲が言う。いつの間に審判になったんだ。怖え。
「くそ……負けた……」
沖田は悔しがっている。
「ほらな」
「だよな」
「妥当だ」
悔しがっているのを他所にこういう囁きもあった。沖田、哀れだ。
その後も伊達を倒そうと何人もの猛者(自称)が挑んでいったが、伊達は無敗だった。息が上がってすらいない。
「伊達は女だから手加減したんだぜ」
「そうだそうだ。感謝しろよな」
「俺たちが本気出してたら3秒で決まってたな」
「女子に手を出すのは気が引けたのでせめて力を抜いてやったんですよ」
男子たちの無様な負け惜しみが聞こえる。
まだ挑戦していないのは俺と大愛。大愛が先に行く。
「いけー、会長!」
「俺たちが弱らせといたからな!」
「会長ラッキーだぞ!」
いやいや、だから、伊達は息上がってないから疲れてないだろう。何、変なこと言ってるんだ。
「ありがとう」
大愛が普通に返事する。
「大愛さん、お先にどうぞ」
「では、遠慮なく」
大愛も強そうな雰囲気は出ている。というか、沖田よりは強い。
「面!」
一気に振り下ろす。
「胴」
冷静に大愛よりも早く胴を打つ伊達。お先にどうぞって言ったくせに、先に攻撃している。
「負けちゃった。神林君、頑張って」
俺と大愛はハイタッチする。それに対して女子からのブーイングと男子からの冷かしに押しつぶされそうになる。が、俺は負けないぞ! 負けるもんか!
左手の竹刀で防御。右手は振り上げる。これこそ二刀流の正統な構えだろう。
「面」
じゃなくて籠手、と呟く。だが、伊達には聞こえない。俺が面を打つとしたら当たる部分からそれ、俺が面を打つ姿勢ならばそこにいたであろう場所に、
「胴」
を打った。だが、そこに俺はいない。
「籠手っと」
鮮やかに俺の左手の竹刀が伊達の右腕の籠手に当たる。
「一本!」
闇雲の判定で俺の勝ち。
「負けた……」
「伊達さあ、毎回右にばっかり避けてたじゃん。それでパターンが読めちゃってね」
意外と負け惜しみをぶつくさ言ってる奴等も役に立った。
「なるほど、そうか……」
あれ、伊達の周りが暗い。俺、負けた方がよかった? まいっか。
「センセー! 俺、勝ちましたよー!」
宮下先生は寝ている。剣道着姿で。よくこんな格好で寝れるな。すげえ。
「あ? そうか。じゃあ、あとは自由行動。チャイム鳴るまでな」
その瞬間、いきなり男子が襲ってきた。勿論剣道で。
「えっと、みんな面ってどういうことだよ」
俺は呟いたが、誰も聞いていない。あーあ、折角の俺の助言を聞けないなんて残念だな。
「全部上からってことは全部防げるな」
しゃがんで両手を上げる。それによって20本以上の竹刀を受け止める。更に竹刀と別の竹刀とが絡まって一本一本が抜けなくなってしまっている。俺はそこまで予想はしてなかった。
試行錯誤の末、右手の竹刀が抜けたらそのまま、胴。全員胴。
「十七本!」
闇雲が言う。
「くそぉ、インチキだ!」
その時、終業のチャイムが流れる。
「よーし、みんな教室に各自戻れよ」
随分適当だな。
「西尾先生何かおかしい。宮下先生も部分的におかしい。この学校の先生は何かとみんなおかしいのか?」
「次は美術。頑張りましょう」
大愛が微笑んでくる。
「そうだな」
ブーイングやら冷かしやらを気にせず言葉を交わした。